境界線

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雀が朝日に浮かれ楽しげに鳴く声が室内に響く。

微かに聞こえる利玄の寝息に弥凪はそれを見て小さく笑った。


台所で水を飲み体内を起こすと裏口がコンコン音を慣らし、その後小声で聞こえる人物に利玄を起こさないようにそっと身支度をし昨夜借りた羽織を持ち開いた戸静かに閉めた。


「おっはよ今日もいい天気になりそうだね」


近所迷惑にならない程度の声でそう云うと両腕を日の出たばかりの淡い色の空に手を伸ばした。つられて弥凪も空を見上げて「ほんとだね」と口元を緩めた。真っ直ぐに空を眺め朝方の冷え込む空気をいっぱいに吸い込み目を輝かす弥凪の横顔に昴は目を細める。


「その様子だと、ちゃんと話せたみたいだね」

「へへへ」


小さく微笑み照れ臭そうに頬を掻く。頭の固い利玄の事だ、ひと悶着あり朝方涙目で相談されたらと悩んでいたが一安心だ。受取った羽織を着ていると散歩をしようと弥凪からの提案で茶屋を後にする。


涼しい音を立てる川の水に和み柵付近を機嫌良く歩き、寄り添い歩く昴に話し掛ける。


「まだ課題は沢山あるけど、取り敢えずは一歩前進かな」

にっと白い歯を見せ微笑みかける弥凪はすっかり何時もの調子に戻ったようだ。


「まずは自分の身は自分で。そのためには強くならなきゃ」

「ふーん…」


太刀を振り回すのは女の腕では厳しい。茶屋で働き重い材料の入る麻袋を持ち上げたり以前昴を投げ飛ばしたりとそこらの町娘よりは力に自信があるがまだ心もとない。今日利玄と羽織を見に行く約束をしており護身用と持たされた刀は目立つと今は置いてきた。これからは刀と羽織を持ち出歩くのだ、今の身軽な恰好ではなくいくらか重量を増す。課題を提示しそれに向けてこれから鍛錬し慣れていくと未来を思い瞳を輝かす弥凪を横目に昴はひょいと足元に転がる長めの枝を拾い二つに折り曲げた。利き手に持つ方の枝を振り回し時折ポーズを付けて弥凪の反応を楽しんでいるようだ。


「危ないよ」


勢いよく振るものだから隣にいた弥凪の髪を掠め一歩後ずさる。満足したように枝を縦に持ちその片方を弥凪に向け投げ手渡した。反射で受取ったものの意味が分からず口を開ける弥凪に悪戯な笑みを浮かべた昴が口を開く。


「チャンバラしようぜ」


チャンバラとは刀を模した木の棒や木刀で打ち合う男児の遊びの1つ、幼い男児が侍に憧れ太さのある棒を見付けては斬り合う動作をし時折効果音を口で表現する。ルールは単純で特に打ち合う以外ないが個人差で設定に違いがあり大体は正義と悪で役を割切られる。

そんな遊びの名を、幼い男児のような光らせた目で言う。その言葉が聞き取れないと思い昴は再度同じ言葉を洩らす。


「チャンバラ。女でも名前くらいは聞いた事があるだろ? 互いに自由な剣法で打ち合う遊び。チャンバラは列記とした戦いなのだよ!」


指を弥凪に向け指し悪戯気に口を横に開き白い歯を見せ堂々と宣言する。


「俺、風逸昴は今日から弥凪の剣術の先生になります!!」


早朝でよく響く声で宣言し終えた昴は、ドヤ付いた表情で弥凪を煽り反応遅らせ近所迷惑にならない程度で声を荒げた。にしし、楽しげに笑う昴に頭痛がし片手で頭を押さえる。あまりに急な事で朝食を抜いてきた頭は上手く機能しない。


「何で昴が先生に…」

「いやだって城下町に行かなきゃ道場もないだろうし、刀を持っても剣術を知らなればただの荷物だぜ」


昴の最もな言葉にぐうの音が出ない。正直な話記憶喪失の際刀を身に付けていたものの記憶を失う以前は術を知り得ていたのかも不明だが今現在では戦い方をまるで知らない。刀と共に弥凪を引き取った利玄は茶屋の娘として今日まで育ててきた。術を知らないのは当然の結果である。


伝達屋である昴は足が命。俊敏な足捌きで名の通り風のように走る機動力が飛び抜けて高いと言える。機動力は確かに侍に取って必需品ともいえる事だが、昴は果たして剣術を習得しているのだろうか。短剣を身に付ける昴は短い刃物を扱う技は心得ているだろうが一般的な刀の技はどうなのだろうか。


チャンバラを提案してきたという所は機動力だけでなく刀の技を指導するということだろう。無駄なヤル気で空回る心配が出てくるが正直弥凪に取って有り難い話ではある。利玄は茶屋の職務で忙しい、そもそもただの町人に剣術を指導してもらう事も酷な話だ。


「俺も齧る程度の知識だけどないよりはマシだろ。別に相手と対等に戦えるようになれとは言わない、男と女じゃ力の差は歴然だからな。受け流し避ける云わば護身術の1つと思ってくれていい」


小石を掴みそれを弥凪の足元に転がしそれを昴に向かい投げるように指示する。その石を剣に見立てた木の棒で受け止めると言うのだろうか、本気で投げるよう再度言われ弥凪は肩を回し力の限り石を投げつける。石は昴目掛けて直線に伸びそして棒を構えていた手を下ろす。予想と違う反応で拍子抜けする弥凪に昴は持ち前の機動力で素早く石を避けその速さのままこちらに走り抜け風の抵抗を受けないよう縦に持つ棒を弥凪に向け振り下ろす。咄嗟の事で反応鈍くだがその棒をしっかりと受け止めた。


正面からきた攻撃を受け止めたため後ろに一歩後退り手持ちの棒は悲鳴を上げしなり、棒から流れる衝撃を受け止めた手が酷く痺れ堪えられず緩んだ手から棒が滑り落ちる。


「カキーン、ってね」


チャンバラ特有の効果音を口に出しにんまりと笑う昴は落ちた棒を拾う。拾い上げると先程の一撃と落下の攻撃でひび割れ折れる。その一連の動作に反応出来ずただ茫然と口を開けたまま未だに震える手のひらを眺める。


「避ける技を幾ら教えても不意打ちの一発くらいは受け取れるようにしないとな」


遅れて荒療治で力が強過ぎた事を眉を顰め詫びる昴に弥凪は無言で首を横に振る。先程よりは痺れは切れた開いた手のひらを強く握り締める。確かに避けるだけでは護身術にはならない、時には攻撃を受け止めそれを流す反撃が出来ない非力な女はその「受け止める」行為も酷だと自覚させられた。高さある攻撃は重力が加わり一発の力が増す、以前臣の隣にいる海賊の少女から出た攻撃はまさにそれだ。性別は同じ女だがその昴に負けぬ機動力を持ち身軽に跳ねあの大岩を砕く威力の力を持つ。護身術と甘く見ていたが現実は険しい。未熟な自分を思い知らされ強く眉を顰める弥凪に新しい棒を見付けた昴は手渡し口を開く。


「そう言えば以前戦った臣の2本の刀は太刀だったな、2本同時に特殊な剣術で使用するのかそれか一発一発が強く刃を欠けらすための予備か、情報がないから対応のし甲斐がないけどな」


臣の目的は未だに不明、また衝突する事は必ずあるだろう。握った手のひらが汗ばむ。


「まぁ俺が着いているし実際戦う事はないと思うしそこは心配しなくても…弥凪?」

考える動作で顎に手を当てる昴に一歩後ろに下がり弥凪は人通りが激しくなりつつある道で茫然とする昴に向かい両手を腰に付け深く頭を下げた。通行人がその様子を怪訝に見つめる中遅れて反応した昴が声掛けをする前に弥凪は強く声を上げる。


「ご指導宜しくお願い致します」


改まった言葉に再度茫然とし肩の羽織をずらし、頭を上げるように弥凪に言い小さく1つ息を吐く。頼られたという喜びで何とも歯がゆくなり照れ臭そう笑いに頬を掻きしっかりとした目で「任せろ」と呟く。


「じゃあ残りは休憩時間にでもチャンバラするか」

「あ、今日は利玄様とその時間を使って呉服商に行く予定だから明日がいいな」


羽織りを買いに行くと昴に告げるとそれがいいと首を縦に振る。やはり女が刀を腰に下げると酷く目立つ。少しでも目隠しになるものがあると便利だ。

自分が足を引っ張らないように、出来る最善を尽くそう。茶屋まで送ると隣に機嫌良く鼻歌を歌い寄り添う昴を横目に青さの増した空を見上げる。これから忙しくなる日々を思いながら雲の隙間太陽の眩しさで目を細めた。



―――――

―――


「お待たせ昴」


次の朝、塀に寄り掛かる昴に声をかけると短い返事が返ってくる。

昨日早朝顔を合わせたにも関わらずまた夕方にいつものように団子を食べに訪問した昴に一日暇を貰った事を告げると意気揚々に朝方迎えに行くと言われ現在。朝から鍛錬が出来ると張り切り購入した羽織りに腰には刀を差す、予想以上に動き辛く腰に重みを感じ眉を顰めたが慣れていくために必要な事と自分に言い聞かせた。


準備し終え利玄に今日の事を伝えると夕方が門限と告げ見送る。裏口の戸を開け短い道を通り自分の顎付近の高さまである木の戸の前に立つ。


「おはよう弥凪」


挨拶をし何処となく目を光らす昴に首を傾げ戸を開ける。前に立つと塀から跳ね起き嬉々と弥凪の姿を上から下へと舐めまわすように見つめるとやがて苦虫を噛み潰したよう表情に目を曇らせ最終的には両手で顔面を覆い海老反りになり野太い呻き声を上げそれに肩をビクつかせた。


「な、なに?」

その言動に理解が出来ないと声をかける弥凪に海老反りから膝を曲げもう頭が地面着く程の低さから驚異の腹筋ではね起き近付く。目からは涙を流し唇を噛締めていた。


「何だよその恰好!」

嘆き悶える昴は弥凪の格好に不満があるようでそれに指を差し地団太を踏む。今の格好はいつも変わらず仕事着である茶屋の黒無地の着物の上に昨日購入した銀朱無地の羽織りに腰には太刀を下げる。羽織り姿が見慣れないからと指摘すると濁音が交ざった声で違うと怒鳴られた。


「どうしてそんな地味な色なの! そして非番なのに仕事着!」


羽織りと中の着物を指差し変わらず喚く昴を近所迷惑だからと川辺に背中を押し連れ出す。顔面を覆い乙女のように泣く昴を通行人が不思議そうに眺め川辺柳の場で立ち止まらせる。遅れて先程の指摘を不満そうな声を上げる弥凪に向かい顔を上げる昴は声を荒げた。


「羽織りが地味な色でしかも無地! 今の若者はもっと明るく派手な鮮やかな色を着こなすのにどうしてそうなった! そこらの女の子だってやれ花の刺繍や可愛らしい模様を好んで着るのに、いやそもそも何故普段着にしない!」


色々な事をぶつけられ取り敢えず落ち着くように言い聞かせ興奮から冷めずも息を整える昴に1つ1つ返答していく。


「まず羽織り、確かに亭主や利玄様にも綺麗な刺繍入りの生地を勧められたけど私が断った」

「何故!」

「だってどうせ砂埃被るんですもの勿体ないじゃない」


そう言うと弥凪は羽織りの生地を眉を顰め触る。綺麗な刺繍も色の布も全て職人による御業、それを鍛錬や引き摺り汚すのは心苦しい。その言葉を変わらず沈黙し涙を流す昴は聞き入れる。


「それと色だけどそんなに地味? 一応朱色だから目立つわよ」

「目立てたいなら明るさも濃さも足りない! 海老赤や京緋色、仕事着の白布を縛る赤の方がまだ目立つ色だよ!」


最初はこの銀朱ではなく錆色や栗梅、煤竹色などを手に取ったと告げると信じられないと悲鳴を上げ昴は1人打ちひしがれる。利玄の言葉で流石に暗い茶系統からは手を引いて明るい系統にしたのにと弥凪は内心残念がる。


「最後、普段着だけどこの仕事着が私の普段着なの。そもそも今まで一日非番なんて贅沢な事した事ないもの、すぐ仕事に戻れる服装が一番でしょ」

全て返答し終わり一息付く弥凪を横目に身体を小さく顔を覆い昴は涙を流し続けた。普段着を一枚も持ち合わせていない弥凪に羽織りを購入時何度も利玄は着物を推していたがそれを断る。仕事にすぐ戻れるようにと告げると利玄は押し黙り渋々そのまま呉服商を去る。


「白い肌に色素の薄い髪色だったら淡い色の生地が絶対似合う。黄・橙・桃で細かい桜模様や豪快な赤い牡丹の花一輪柄でもいい帯は引締めの効果で色を暗めのものにして帯揚げは生地に邪魔にならない程度の同じ系統の濃いものを帯締めは帯の色と反対の色を持ってきて」


単語をお経のように呟き1人考え込む素振りを見せる昴は勢いよく顔を上げた。


「俺が奢るからこれから一緒に呉服商に行こう」

真剣な表情で涙を浮かべたままの昴が弥凪の両肩に手を置き告げるが「嫌だ

」と睨まれそれを振り払う。肩を落とし柳の木に額を突き独り言を洩らす昴に大きく溜息をつき声を掛ける。


「萎れてると今日が無駄になるわよ。剣術の指導してくれるんでしょ?」

腰に差す刀を見せ昴に告げると鼻水を啜り気落ちしたままの顔で口を挟む。


「いや、今日は剣術は後に情報集めだ」


初耳だと目を丸める弥凪を横切り川沿いに歩く昴を慌てて追掛ける。昴はこれまで1人で辻斬りや滝川源の情報を集め走り回っていた。同時に伝達屋の職務もありとても多忙の筈である。聞くと今日のために伝達屋の仕事を片付けたという。毎日に近いペースで茶屋に足を運ぶ昴は何処に時間を作っているのだろうと前々から不思議に思っていたが目元の隈に睡眠時間を削っている事と悟る。


「ちょっと町外に出るけど夕方には戻れる距離だから安心して」


萎れた表情が徐々に戻る昴が語る。ここらで一番の物知りだという「時雨」という女性に情報を貰いに行く。町外の城下町との境にある一軒屋に住み仕事柄情報が集まりやすいと聞く。自分もよく情報を買いに行くと苦く笑いいつかは独り立ちで業務を熟せる様になりたいとぼやく。


大橋を抜け城下町に続く道を川沿いに歩く。思えば町外に出るのは二年前に利玄に連れられた時以来だと新鮮さに首を見渡す。町はT字の川の境にあり付近の山々から流れ繋がり出来た町の大橋の下を流れる一番大きな川は最終的には城下町に続いている。川の反対側はぽつぽつと個人が暮らす家と田畑がある。その田畑の中心で作業する男女が見え夫婦だろうか互いに中腰で手入れをする。


「ほら見えてきた」

昴の声に正面に顔を戻すと緩やかな曲がり道の先に一軒の家が見て取れる。中々年代のある古屋があり周りと対して変わらない大きさだ。長屋敷を想像していた弥凪は目を丸くし昴と指差す古屋を交互に見る。何か悟りにんまり笑う昴は「驚いたかい?」と白い歯を見せる。


「あんな古屋だけど中々腕はいいんだぜ! 町にもあるけど何があった時のためにここの道覚えていた方がいいかもな。といっても一本道だし平気か」


腕を後ろに持っていく昴の言葉に首を傾け目を凝らしその古屋を見る。個人で持てる程度の古屋見た目は周囲と変わらないその場に近付くにつれ他とは違う一部の箇所が目に留まる。茅葺き屋根に横に並ぶ文字は「くすりや」と達筆な字で書かれていた。


「…薬屋?」


昴の知り合いで手っきり同業者と思い込んでいたが思いもしない職業が登場に動揺し先程昴が言う言葉を思い出す。確かに町には薬屋があり特に大きな病を患う事がないのでそこで事足りる。城下町との境にある屋敷で良質な薬も手に入ると言葉付け足され納得し首を縦に頷く。


「以前町に戻る途中に腹痛が酷くて駆け込んだんだ、値は張るが効き目抜群だし情報通だしで意気投合。お互いに情報の交換とかもしているよ」


その薬屋に着くまで腹痛の理由を昴は語る、城下町で団子の大食い対決がありそれに嬉々と参加したそうだ。前の優勝者も交ざり大盛り上がり片手で串を鷲掴み口に運ぶ者と違い両手指の間に団子の串を持ちぺろりと平らげて見せた所、主催者店の亭主の茫然とした顔が忘れられないそうだ。

制限時間を終え見事に優勝し賞金の銭を受け取り町に戻る途中に脂汗を吹き出し身体が震えだし堪らず駆け込んだそうだ。賞金の銭の半分を取られたけどいい思い出だと目を細める。


いつかの武勇伝を聞きながら2人は目的地に着く。近く見てもやはり個人の家と変わらぬ大きさで立つ古屋は屋根だけでなく塀に紐が括られ布を縫いつけた薬屋の文字が入る。


「さてとっとと用事済ませて帰ろうぜ」


剣術の指導が楽しみだと洩らす昴は速足で薬屋の戸に手を掛けた。遅れて反応し「失礼します」と礼儀正しく声を上げる昴と重なり大きな騒音と共に横引の戸が縦に倒れる。突然のことで戸の下敷きになった昴に気が付き助け出そうと駆け寄ると開け放たれた出入り口屋敷内から二人組の男が戸の下敷きになる昴ごと踏み付け転げ出る。その後を遅れ登場した人物を見た男達は短い悲鳴を上げ青褪め腰を抜かしたまま後ろに後ずさる。白足袋で戸を踏み付け出された左足は着物が乱れすらりと伸びた太腿まで捲り紫紺の着物は裾には黒い蜘蛛の巣と蜘蛛の柄が入り帯は鮮やかな中黄の帯、襟は黒く白いサラシが巻き付けられるが押さえ付けきれず豊満な胸。羽織られる羽織りは白くそれと対等し黒髪が映える。涅色の瞳を細め鋭い視線を目の前に転がる男らに向け凛とした声で怒鳴り浴びせる。


「人が大人しくしてりゃ達者に身体を撫でるじゃねえか、仮病なのは面見れば分かんだよ下衆が」


野太い声で一括すると男らは蜘蛛の子散らしたように走り去ってしまった。一連を目撃し口を開け見守っていた弥凪は女の踏む戸の下の昴を思いだし急いで駆け寄る。女は左手に持つ煙管を咥え足を退け室内に起立すると戸を持ち上げる弥凪を見下ろす。冷えた瞳で体の中を探るような視線を巡らせ煙管を大きく吸い煙を吐く。


「肌艶良さそうな嬢ちゃん何用か?」


絶世の美女と言える女性は艶の良い癖のある黒髪を揺らした。長髪で左後ろに纏められ赤い蜻蛉玉の簪を挿し凛とした強い女性の姿に焦がれ無言で見惚れていると女は戸の下に視線を移す。その戸が不振に盛り上がる様を見て口元を上げた。


「まだ残ってやがったか」


先程いた二人組の連れだと勘違いしているのだろうか、視線きつくし再度白の足袋を戸に乗せ、遠くからでも骨が悲鳴を上げるのが聞こえてきそうな勢いで強く徐々に圧力を掛けていた。戸が鈍い音を立てその時騒動に巻き込まれ気絶していたであろう昴はその痛みで覚醒し、慌てて声を上げた。


「待て待て、俺だよ俺! つゆさん! 風逸です!!」


焦り急いで戸の下から這い出ようとするも露と呼ばれる女に強く踏まれそれが叶わない。必死にもがく昴をそのままに露は深く考える仕草をし沈黙し声を上げる。


「暫くぶりだな風逸」

「露さん絶対わざとですよね、今日行くって連絡入れてましたよね俺!」


豪快に笑い足を退け戸から這いずり出た昴は頬に出来た擦り傷を摩り顔を歪ませた。


「あ、でも相変わらずの素敵な巨乳におみ足。この戸が木で隙間があればその着物の中を覗けラッキーなアレが出来てウハウハだったのにとても残念です」


嬉々とした表情で告げその前に露は屈み尻餅をついたままの昴を胸倉を片手で強く掴むと室内の水瓶が並ぶ壁に投げ飛ばす。背中から水瓶にぶつかり地面に擦り倒れる昴に先程より冷酷な目で見降ろし煙管を咥える。


「今日も変わらず脳内桃色だなこの猿が」


昴をそのまま放置し露は足場の高石を登り和室へ消える。放置されていた弥凪も恐る恐る中に入ると露に戸を直すように命じられ素早く執り行う。先程の一連の行動を見て本能で逆らってはいけない人だと悟る。


戸を直し終えた所で覚束無い足取りで起き上がり未だに目の前を星が飛んでいるようで弥凪は薬屋の室内を改めて見回した。

土間の壁際には何本か水瓶がありその付近に台所があり、土間と間切りがなく中は十畳ほどの和室で中央に囲炉裏が見えその囲炉裏の奥に露が座る。手前に座布団が二つ並ばれ「ここに座れ」と告げられた。


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茶屋侍 髭猫のぷか @nekohigepuka

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