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花岡 柊

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「田舎って、帰りたいと思う?」

 最近沈みがちだったかー子が、うちの床でゴロゴロしながら私の顔を伺いみた。


 休日の午後に、かー子はふらりと訪ねて来た。二人分のペットボトルと自分の分のサンドイッチを入れたコンビニ袋を提げて、入ってもいいかな? って少し遠慮がちに。

 いつもは私の都合をメッセージで確認してから来るかー子だから、珍しいねって玄関先で声をかけたけれど、なんとなくぼんやりとしていて心ここにあらずだった。


 さっきから大学のレポートに集中していた私は、少しだけ間を空けてかー子からの質問に返事をした。といっても、突然の問いかけになんの答えも浮かばず、ん~。なんて言っただけなのだけれど、かー子自身も明確な答えが返ってくるとは思っていなかったみたいで、それ以上何か言ってくることはなかった。

 貰った時にはひんやりとしていたペットボトルのジュースは、かー子が買ってきてくれたあとテーブルの上に置かれたまま温度を失い始めていた。


 一つ隣の駅に住んでいるかー子とは、最近よく会うようになっていた。受けている講義は全く違っていて今までは何の接点もなかったのだけれど、混み合った食堂のランチタイムに相席になって以来、田舎者同士ということで話があった私たちは、こうやって時々会うようになっていた。

 時折会話の中に混じる話をつなぎ合わせてみれば、かー子の田舎はどうやらとてつもなく田舎らしく。電車なんてものは走っていなくて、バスは一日両手で足りるほどしか行き来していないところらしい。

 コンビニなんてものは無くて、小ぢんまりとした商店で雑誌を買ったり、パンを買ったりするらしい。映画館やレンタルショップなどは、夢物語と爆笑しながら話していたことがある。カフェなんか出来たら、ジーちゃんバーちゃんたちがめん玉飛びださせて驚くだろうし。それよりなにより、カフェなんて出来ても直ぐ潰れる人口だと苦笑していた。

 東京に出てきた時は、コンビニの灯りが眩しすぎて、整然と並べられている田舎にはない輝かしい商品の数々に目がくらんだとか。

 で、初めに何を買ったのかを訊いたら、ペットボトルのコーラだったと。

 それ、さすがに田舎の自販機でも買えるじゃん、と大学の食堂で二人大笑いしたことを憶えている。

 私の田舎もそこそこだけれど、さすがに電車は走っているし、コンビニもレンタルショップもある。残念ながら、映画館は電車で大きな隣街まで出なくちゃいけないけれど、ちょっとしたお出かけ気分は楽しいから、田舎だ田舎だと文句を言いつつもそれほどの不満を抱えてはいなかった。

 実家のある田舎には、年に何度か帰っていた。夏と冬と、あとはゴールデンウイークや、特に意味も無く帰ったりすることもある。

 田舎に帰れば、実家の母はここぞとばかりに手料理を作ってくれて、私もここぞとばかりに普段貧相な食事、コンビニとかでしか栄養を摂っていないから、満腹で動け無くなるほど食べては、東京に戻って体重を戻すのに必死なわけだけれど、それはそれで田舎へ帰る醍醐味みたいなものがあっていいんじゃないかと思っている。田舎へ帰れば同級生もいて、たまに帰る私を嬉しそうに迎えてくれる。近所のお豆腐屋のおばちゃんや八百屋のおじさんも声をかけてくれるし。隣の家で飼われているクロだって、尻尾が取れそうなほど喜んでくれる。

 歓迎されるっていうのは、嬉しいし。私も、友達に会える年に何度かの帰省を楽しみにしていた。

 そういえば、かー子が田舎へ帰るとか、帰ったって話は今まで一度も聞いたことがない。話していないだけなのかもしれないけれど、私が聞いた話はど田舎すぎると言う文句ばかりだ。


 レポートが残り半分ほどになり、一旦休憩。

 うちへ来るそうそうサンドイッチをお腹におさめたかー子は、本棚にある漫画本を片手に未だゴロゴロし続けていた。

「お菓子でも食べる?」

 先日、たくさんの食材を母が段ボール箱の中に詰め込みクール便で送ってくれた。タッパーに納まるカチンコチンの煮物やお肉は、直ぐに冷凍庫へと放り込んだ。そのカチンコチンの食材と一緒に、クッキーの缶が入っていて笑ったっけ。

「これさ、冷凍物と一緒に入ってたんだよ。笑えるでしょ」

 缶の回りに貼られている透明なテープをくるりと剥がし、パコッと音を立てて蓋を開ければ様々な形のクッキーが納まっていてわくわくする。小さい頃から、私はこの缶に納まるクッキーがとても好きだった。母がわざわざ買ってきているわけではなく、多分お中元やお歳暮で貰っているものだと思う。

 私が好きなのを知っている母は、未だにこれが届くとこうやってクール便にもかかわらず一緒に入れて送ってきてくれる。

 床でゴロゴロしていたかー子がむくりと起き上がり、缶の中身を覘くと、いいね、と呟いた。

「そう? 好きなの食べてね」

 いいね、の意味を深く考えもせず、かー子の側に缶を少し押してずらした。

 かー子は、ひねり出された形のココア味を摘む。

「紅茶かコーヒーでも飲む?」

 テーブルに置かれたペットボトルを気にしつつも訊ねると、紅茶がいいと言ってからクッキーを口に入れた。

「美味しいね」

 キッチンで薬缶に火をかける背中に言われて、まるで自分のことを褒められたみたいに嬉しくなって振り返った。

「でしょー。これ、小さい頃から味が変わらないの」

 弾むように言うと、かー子は次に食べるクッキーを物色しながら頷いている。

 お湯が沸いて、マグにティーパックを入れて注いだ。

「これも実家から?」

 私がテーブルに置いたマグを持ち上げて、かー子が訊ねる。

「ん? ああ、そうそう。この紅茶も、前にお母さんが送ってきてくれたやつ。どこから貰ったのか知らないけど、ビニールの袋にごっそり入れてきてて」

 話しながらケタケタ声を上げる。

「いいね」

 さっきも言った言葉をもう一度かー子が言うのを聞いて、今度は首をかしげた。そんな私を見て、かーこが微笑む。それは、本当に楽しくて笑うときとは違う、なんだか切ない笑みで、私の頬はなんとなしに引き攣った。

 紅茶を飲み干すまでに、二人で何枚かのクッキーを食べた。その後、二人でテレビをみたり、大学教授の噂話で盛り上がったりして時間は過ぎていった。

 夕陽がのぞく頃、小さなバッグ一つを肩にかけてかー子が立ち上がる。

「帰るね」

 玄関先に座り込んでスニーカーを履くかー子の背中が寂しそうに見えて声をかけた。

「これ、持ってく?」

 さっき二人で食べたクッキーの缶を差し出すと、かー子が笑った。

 さっきとは違って、今度は嬉しそうに顔をクシャリとする。

「あの、さ」

「ん?」

「田舎に帰りたいかって、質問だけど」

「うん」

 スニーカーを履いたかー子が、立ち上がってこちらを向く。

「帰りたいって言うより、会いたい。なんだと思う」

「会いたい?」

「うまくいえないけど。実家があるからとか言うよりも、そこに会いたい人がいるから帰りたいんじゃないかな」

 私の答に、かー子は又クシャリと表情を崩した。けど、その顔はなんだか泣き出しそうで、私は咄嗟に持っていたクッキーの缶をかー子の両手に無理やり持たせて言ったんだ。

「会いたい人に、会いに行けばいいんだよ。そこがかー子の帰りたい場所になるんだよ」

「そうだね」

 泣きそうな顔のまま、かー子が又笑う。

 私はその表情に釣られて泣けてきて。けど、何で泣けてくるのかよくわからなくて、クッキー缶だけじゃなくて、紅茶のティーパックもごっそりと手でわし掴みにして、近くにあった紙袋に入れてかー子へ差し出した。

 かー子は、泣き笑いのままクッキーの缶もその紙袋に入れて、また来るね、と泣きそうな顔で笑った。


 その一週間後、かー子が田舎へ帰ったと連絡をしてきた。反対を押し切って東京へ出て以来、一度も帰っていなかった実家へ帰ったと。

 クッキーの缶はなかったけれど、今度うちへ訪ねる時はみかんをたくさん持って行くね、と嬉しそうにいっていた。

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