16世紀のドイツ――その歴史を知っている人も、まったく知らない人も、繰り広げられる死闘の世界に入り込める作品!
ちなみに、私は後者でした。
日本の歴史だけでも苦手なのに、海外の歴史ものになんて、手が伸びることはありません。
そんな私がどっぷりとはまった作品です。
私にとっては、ファンタジー小説を読んでいるような感覚で、とても楽しく読みました。
一部オリジナルの設定もあるということですが、まるで史実を見ていたのかと思うほど。
戦いのシーンは息を呑み、仲間たちとのやりとりでは思わず笑い、そして、じんわり瞳が熱くなることも。
物語りは戦いばかりだというのに、暗い話だとなぜか感じないのは、魅力あふれる主人公を彩る登場人物たちも、個性豊かだからかもしれない。
もう、登場人物が誰が好きかと上げようとすれば、語るのが尽きない気がします。
気性が荒く破天荒で、「俺の尻をなめやがれ!」というほど下品で、おっぱい大好きな主人公ゲッツ。
この作品は、そんなゲッツの再生ストーリー。
私がこの作品を読み終え、数日が経ち、今でも心に残るのは――過酷な戦いをも笑い飛ばしてくれるようなゲッツの明るさと逞しさでした。
16世紀のドイツでその名を馳せたゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン――
大砲にぶっ飛ばされた右腕を鉄の義手に換えて生涯を戦い抜いた“鉄腕ゲッツ”の波瀾万丈を描いた作品がこれ!
まず驚くのはこの人が実在の騎士ってこと(ちなみにその義手も残されてます)。
フェーデ(私闘。主に決闘のこと)をこよなく愛し、宗教改革と宗教戦争に明け暮れる中世ドイツで大暴れしたゲッツさん。実際かなり問題ある人だったみたいですけど、著者さんは歴史の重厚さを醸し出しつつ、スカっと気持ちいいゲッツさんの姿を書き切ってくれてます。
この筆の思い切りのよさが、ゲッツさんの破天荒さを実に痛快な主人公として成立させて、延いては無比なる歴史エンタメへと高めてるんですよ。
読み終わると「こんな男がいたのか!」と思うことうけあい、さらには彼を取り巻く歴史まで知りたくなることまちがいなしの一作です。
(スタイリッシュにフルスイング!尖ってるドラマ4選/文=髙橋 剛)
中世ヨーロッパは暗黒時代とも言われていて、略奪や強盗、紛争の絶えない殺伐とした時代でした。
正直、こんな時代に生まれなくて良かったと心底思うんですが、だからこそ、この時代を駆け抜けた人間は本当に強い。力も、心も、胆力が比べ物にならないほど、強い。
ゲッツもそんな豪傑の一人と言えるでしょう。
世間のはみ出し者、荒くれ者、人に私闘を吹っかけて金品を巻き上げることしか能のない、盗賊騎士。まともな稼ぎと言えば傭兵稼業。
何と因果な生業か…前半部では破天荒なゲッツの喧嘩三昧を通して、当時の時代背景をこれでもかと読者に叩き込みます。
そして訪れる中盤の転機。
ゲッツの右腕が戦争により失われ、鋼鉄の義手を身に付けるようになってから、劇的に物語が動き始めます。
誤解を承知で言うならば、主題である義手の登場が遅いのではないか…と当初は思いました。
恐らく、題名を見て読み始めた人ならば、誰もが思うのではないでしょうか。いつ「鉄腕」になるんだよ、と。
前半部はもっと削るべきじゃないか、と。
ことウェブ媒体では、主題の出し惜しみは致命傷となります。引き延ばしはすぐに飽きられます。
が。
終盤ゲッツが参加した戦争にて、前半で親交を深めた男たちが次々と役目を終えて行きます。
そのとき、読者は思い知るのです。
前半部は無駄じゃなかったんだ、と。
あれがあるから、この最終決戦はこんなにも感動できるんだと。
歴史小説は、大きな改変を出来ません。ゲッツの生涯は、史実通りに綴らなければいけません。
仲間との出会い、敵との邂逅は、彼の右腕が健全だった「前半部」にて結ばれたもの。ならば、前半部を省くわけには行かない。
右腕を失うまでのドラマこそが、実は一番大切だったんだよという逆転の主題。
お見それしました。面白かったです。
とはいえ序盤のフックが弱かったのは否めないので、何か代わりの餌をまいてくれても良かったなと思いました。