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上岡はファイルを片手に、廊下ですでに待っていた。
拳銃はニューナンブM60、三段伸縮の特殊警棒、セラミック製の「黒手錠」などは緊急時に使用する可能性があるため、服装や装備の点検が必ず行われる。
上岡が鋭い声を発した。
「手帳ッ!」
真壁は制服の胸ポケットからさっと取り出す。警察手帳は縦12センチ、横8センチの黒に近いこげ茶色をしている。脱落防止用に紐が結ばれ、その先端は「なすかん」と呼ばれる留金で胸のポケットとつながっていた。
次いで「拳銃ッ!」「警笛ッ!」「警棒ッ!」と点検が続く。それが終わると、本来なら地域課課長がやるはずの簡単な注意報告を、課長代理の上岡が行う。
「さて・・・君を呼んだのは他でもない。歌舞伎町で、ちょっと人手が必要なんだ」
「どういうことです?」
「年末はねぇ、ちょっと忙しくなるの。今日もねぇ、右翼が暴れているとか・・・靖国通りで車同士の接触事故・・・シャブ中のヤクザが注射針を飲んだとか」
真壁は眼をむいた。
「注射針を飲んだ?」
「ああ、そいつは常習犯。もう3回ぐらいやってる」
真壁はため息を付きそうになった。
「君が就いてもらう場所は歌舞伎町北交番って言って、職安通りの並びにあるから。あとヤクザ者の処理は・・・手首をひねってやれ。痛い目に遭えば、ヤツラは黙る」
真壁は1人で靖国通りから、歌舞伎町一番街に入って行った。
さすがに圧倒される。午前2時を過ぎてもネオンが煌々と輝き、人通りが絶え間なく続いている。客引きが誰彼なく声を掛け、ホストが若い女性をキャッチやスカウトしようとする。ちょっと暗い通りを覗けば、ハングルや中国語が書かれた看板が立ち、物騒な格好をした黒人がたたずんでいる。
コマ劇場が近くなり、花道通りが見えてくると、歌舞伎町交番がある。上岡の言っていた通り、年末は忙しいのだろう。立ち番も、交番内にいるはずの見張りも出払っていた。その様子を視界に収め、花見通りを渡ろうとしたとき、真壁は呼び止められた。
「ああ、おまわりさん!そこのバーでケンカだよ、なんとかしてよ!」
若いサラリーマン風の男が指した先には、人だかりが出来ていた。真壁がやじ馬を押し退けると、ビルの隅に置かれたゴミ袋の上に、若い男が顔から血を流して伸びていた。
「オラァ!」と奇声とともに、若い男の顔に拳が飛んだ。殴っている男は角刈りで、右のこめかみに小さな切り傷があった。どう見てもヤクザ者である。真壁はため息を吐き、上岡の言葉を思い出した。
「痛い目に遭えば、ヤツラは黙る」
中年の男が、ヤクザが拳を繰り出している前で呆然としていた。真壁はその中年の男の背中から、努めて落ち着いた声を発した。
「やめるんだ」
新宿巡査Ⅰ 伊藤 薫 @tayki
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