第14話
……僕の中で誰かが叫んだ。
僕が道路に目をやると、一台の貨物トラックがまっすぐに突進してくる。瀬名さんは僕に気を取られて気がつかないまま、こちらに横断しかけていた。
僕は生まれて初めて、思いっきり相手の腹を蹴った。カバンも放り出して、彼女をひき殺すはずのトラックへ走る。僕は叫びながら道路に飛び出して、彼女の手を掴んだ。
狂ったように叫ぶ僕に気がついたらしい。
色黒の運転手は――なぜかニヤリと笑った――急ハンドルを切った。巨大なタイヤをきしらせながら、僕のもといた歩道につっこんでいく。その進行方向にはあのカズオが口を半開きにしたまま凝固していた。
つぎの一瞬で腹に響くどんっという音、つづいて何かを巻き込むような不快な音を響かせながら、トラックはそのまま門柱にぶつかって停止した。車体と門柱の間に赤いぼろぞうきんがぶら下がっているように見えた。
僕は瀬名さんのカバンを拾い上げ、手を取って歩道に立たせてあげた。
「行こう」
「あの事故にあった人、知り合い?」
「知らないよ。あんなやつ」
ここからでも歩道に散った血しぶきがみえる。
携帯電話なんか持っていないし、僕はどこにあるかわからない公衆電話を求めて町を走り回るつもりもさらさらなかった。
瀬名さんは大きく瞳を開いてしばらく僕を眺めていた。まだトラックがいきなり現れたショックが残っているみたいだった。
僕はあの瞬間、叫び声とともに瀬名さんがトラックに引きずられて、消しゴムみたいに路面に赤く削り取られていくのが確かに見えた。そして葬儀や、それからの僕の人生がめちゃめちゃになっていく姿も……。
なぜなのかはわからない。
虫の知らせかも知れないし、彼女の説が正しいのかも知れない。僕は言わなければならないことを言った。なぜかそうしたかった。
「何があっても君を守る」
瀬名さんはちょっと何か考えているようだった。
「実はね、初めて会ったとき、この人は私を守ってくれるって、誰かがささやいた気がしたの」
そう言ってちょっと強めに僕の手を握りかえしてくれた。
そんなわけで、僕はもう恐いものがなくなった。瀬名さんは生きていて、僕は身を寄せた彼女の手の暖かさを感じている。
相変わらず太陽は全力で熱をばらまいてたし、世の中は混乱に満ちていた。
やり残した宿題のことも頭の片隅にあったけど、彼女さえいればどんな問題でもなんとかなるような気がした。
なぜって僕はまだ十六歳、季節は夏だから。
とある心のイジメ供養 伊東デイズ @38k285nw
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