【詩】天体宮の記憶
悠月
天体宮の記憶
天体宮の記憶
明日、また今日と同じ日が訪れるように
地球に真っ白な地平線を描こう
明日、また今日と同じ夜が来るために
生まれゆく星々に虫網を振りかざそう
暮れてゆく一日にライターの火を翳そう
哀しいウイスキーのジッポーの点し火を
きっともう一度今日はやってくるはずさ
そしたらまた笑顔でさよならを言えたらいい
誰も訪れない高原の丘の上に
傾いた塔の廃墟が建っている
かつて天文台だったであろうそれを
少年たちは天体宮遺跡、と呼ぶ
天球儀の遺跡は
夏、月の出る夜のはじめには
丘じゅうに月下香が咲き乱れる
いちめんに流れる異国の香りの
真ん中で空を見上げる天体宮
すべて少年たちはこの場所で出逢い
ここから旅立ち、またここへ帰ってくる
ようやくやってきた今日と同じ日に
完全な配列で星の輝く日に
甘いチューベローズの月が沈むと
風のない真夜中がおとずれる
少年たちは星空を見上げて
届けられた深宇宙の痕跡を思う
数億光年を辿り着いた光に
まだ星だったころの記憶を思い出す
少年に生れてからはじめて思い出す、
記憶を彼等は「憧憬」と呼んでいる
それは宇宙の郷愁であり、
それを語り得たものはただ一人しかいない
夜、吸い込まれてゆく星空の廻転に
完璧に真っ黒い星間空間の夜空に
虫網を振りかざして星を捕まえよう
どこまでも高い天体宮の頂上で
目の前で燃えている光に手を伸ばそう
そしてまた星が輝いているのなら
真っ白なクレパスで地平線を描きに行こう
高い高い天体宮を翔び立って
ぐるっと地平線を白く塗ろう
完全な配列の神聖な星空に
真一文字に走る白い地平線
星と同じ色に輝く直線を、
かつてたしかに少年は知っていた、
遠い何処かへとつづく漸近線
明日、また同じ今日が訪れるように
沈みゆく真夜中に真っ白な地平線を
今度は帰る場所がわかるように
原初への郷愁がまだ燃えるように
明日、また今日と同じ夜が来るために
生まれゆく星々に虫網を振りかざそう
百億光年、そしてその先へ
まだ知らぬ故郷を求め、少年はいま
真っ白な軌跡を残し、飛び立ってゆく
──きっと、これでもう大丈夫だよ。だって地平線はこんなに白く燃えている。僕たちきっとまた、ここへ帰れるさ。だから今はしばらくのさよならだ。またここへ帰って来る為に、今だけは一度さよならを言おう。
…大丈夫、きっと、また会えるから──
星、残された風、草のかおり
月下香は静かに花ひらく
真っ白に輝く地平線の真ん中で
天体宮は空を見上げている
飛んでゆく、遠い深宇宙へ一直線
何処までも行ける真っ白な痕跡を
いつか、また訪れた今日と同じ日に
帰り来る少年の微笑みを待っている
明日、今日と同じ日が訪れるように
地球に真っ白な地平線を描こう
少年の旅立った残響の真夜中に
地平線はまだ白く燃えている
【詩】天体宮の記憶 悠月 @yuzuki1523
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