探偵たちの休日

伊佐見紅葉

探偵の後悔




 このときの私はとんでもない馬鹿野郎だと思った。

 何故ならことだ。


「さてどこから話しましょうか。あなたが犯人だということは、はっきりわかっていることですが」

 

 百瀬保久斗ももせほくと。世界有数の探偵たちの中でもトップに立つほどの実力者。今のその彼の表情は冷淡そのものだ。

 その彼の居場所でもあるこの《百瀬探偵事務所》内の——二つの暖色のソファーと真ん中に古めかしい机がある応接間と呼ばれた——その窓際の一角で、彼と私はお互いに睨みあっている。

 この男に今後恨まれても仕方がないと心の底から思った。今回の出来事は全て私が仕組んだのだから。

 

 

「どうして私だと? 他にもあの店内には客がいたはずだ。」

 あくる日の朝に起きたコンビニ強盗事件。

 世間からみれば既に容疑者と思われる犯人は捕まったものの、依然として起きた経緯や動機がはっきりしていない。身元もはっきりとしてはいないが、若者ぐらいしか知らないといったところだろうか。

 ニュースでも取り扱われているが、結局真相は闇だとぶつくさ文句を言うコメンテーターもいたものだ。表面上でしか知らない者にしてみればこんな事件にどうして彼がいたのか、不思議で仕方ないだろうとは思う。

 ただ彼にとってもこれは重要な事件なのだ。本人からしてみれば、こんな事件二度と起きてほしくはないと願うだろう。

 淡々と話す私に彼はしびれを切らしたかのように答える。

「いやあなたしかいないんですよ、どう考えてみてもあの状況下でね。彼に罪を着せようとすれば、ご自分がばれないと思ったのでしょう。——けれど、それは間違いだとはっきりと申します。あの時彼の敵意のある目線がでしたからね」

 あの時向けられた視線は、やはり私だったか。道理でどこか調子がおかしいと思ったものだ。少しため息をついた。

「それで私だと……。しかし忘れてはないか? じゃあどうして私は彼に罪を着せようとしたのか、その犯行を示す動機もそうだが、私が実際にやったという証拠はあるのか?」

 畳み掛けるようにいうと探偵は狼狽える。


 あのコンビニにも防犯カメラがあることを忘れてはならない。丁度私がした犯行は、その全ての防犯カメラから見える方向とは死角となっていて、他の誰もが見えない位置にあった。正確にいうなら。ただそれだけじゃなくカメラやコンビニにあるミラーに映らないように立ち往生した格好で、そこからカメラの遠隔操作をしていた。ある意味有利に実行が出来たという訳だ。

 だが、その直前にあの若者が取った——慣れない仕草で拳銃を持ち、そこら中に暴れまわった——行動がまさか私自身の首を絞めるものになっていたとは気づかなかったのだ。迂闊だった。


「何を云うのかと思えば……。あなたの行動は僕から見たら分かりやすいですよ。だってじゃないですか。彼に罪を着せたのはご自分の立場というのがあるし、それに動機なんてあなたからすればないのも当然でしょう? ——ただ証拠はあるとは言えないのが現状です。誰もあなたの犯行を見ていた人が一人もいないし、物証もないのですから。けれど、容疑者扱いされたあのから証言をもらえばあなたの所業がすぐにわかるというものです。……最も云わないですがね、何故か」

 自信のない顔と言い方をする探偵に少し笑う。

 それもそうだ。あの若者——いや少年とは、事件のことについてはお互いに言わない約束にしている。むしろ今回の事件が《どうして起こしたのか、何の為に起こす必要があったか》、これを知ってしまったらこの探偵は怒ること間違いなしだ。

 けれどもこの男は、気づいてるかもしれない。

「申し訳ないが、私の口からも言えないのだよ。何せあの少年とは、ある約束をしてるんだ。君が分かるまでは何も言わないことにしている。それとも?」

 こんな挑戦的な言い方はまさに私の悪い癖だ。でも今回はこういってもいいだろう。

 彼はむっとすると、私に対して云い返してきた。

「それではあなたが——今回の事件の犯人ということは取り下げて——首謀者であるということは間違いはないってことですね。むしろこれからいうことは僕の推測ですが、これは普通の強盗事件とはわけが違う。いやむしろというのが正しいでしょうか」

 その通りだ。むしろ今回の事件は明るみには出ない。それでもニュースとして出てしまっているが、それはこの探偵が関わってしまったというだけだ。なんの問題にもならない。

 それにお互いの勤務というのもある。手早く済ませよう。

「もうそろそろで答えが出るか。それじゃあ、私からあえて出そう。百瀬探偵、君はこの事件は、その理由を事細かく説明してくれ」




「今回の真相は、この事件の犯人とされている少年——四条優史しじょうゆうしの探偵実技試験だった。そしてそれを開始するために、あなたはカメラを操作しようとした。が、四条君がまさかの行動に出てしまい、結果的にこうならざるえなくなった。あのコンビニの店長も店員も四条君が捕まってびっくりしていたことも考えて、多分この推理で当たっていると思いますが、まさかこうなるとは……」

 答えを言い終えた途端に彼は落胆した。明らかに四条に対してではなく自分に。

「なんでもっと早くに僕に教えてくれなかったんですか。僕だったら彼の緊張を解けるはずでしたよ? 今回ばかりはちょっと考えものですよ、智治ともはる兄さん」

 そう今回の一連の事件は全てこの私百瀬智治ももせともはるの責任だ。

 あの少年——四条優史の探偵実技試験に、我が弟でもある百瀬保久斗を呼んでプレッシャーを掛けてしまったのだから。

「悪いな。まさかこうなるとは思ってなかったんだ」

 





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