女子総合格闘技の世界を確かな知識と筆力で描いた作品

素晴らしい作品でした。
まず、文章。
なくても文意が伝わる主語、指示語、接続語等は省かれ、非常に良くトリミングされていて、テンポよくリズミカルな文章になっていました。
それが、臨場感のある試合模様やトレーニング場面につながっていたように感じられました。
軽快な語り口もトリミングされた文章にあっていて、作品の世界観を演出することにも効果的だったと思います。

キャラクターも誰もが個性的で生き生きとし、だけれど奇抜すぎて鼻につくということもなく、
非常にうまくバランスをとって描かれているなと思いました。
それぞれがそれぞれに、地に足のついた悩みを抱えており、
それが彼女たちに現実味と人間らしい魅力を与えていたからかなと思います。
ネコみたいな友達ほしいですw

構成面も良かったです。読み終えるとそれまでの展開にしっかりと1本の筋道が通って今ことが分かり、
また、主人公、ネコ、ショーコの主要3者が全員終盤で繋がるところも巧みでした。

女子格闘技の世界がよく描かれていたことも魅力です。
前述のように、口語体の砕けた文体と書き手の方の格闘技についての豊富な知識、そして日常の描き方によって、
無理なく作品の空気感を作り上げていました。

ネコにショーコが汚い手で勝つ場面は物語を大きく動かす転機として、素晴らしく機能していていました。

また、主人公の特訓の様子が緻密に描かれていたため、
彼女が「前を向いても痛いものは痛い」から「前を向いていれば痛くなくなるはず」そして「この人のように強くなりたい」と変化していく様子に説得力がありました。
特訓描写と心の声が相まって、たいへん力強く成長と挑戦していく気概を感じることが出来ました。

ただ、いくつか気になった点もありました。
まず、文章がよくトリミングされている、と書きましたが、
その一方で、少し削りすぎて、その場面の状態が少しだけ分かりにくくなっている箇所があるように感じられました。
ほとんどが少し後ろを読めば状況を理解できる程度のものなので、あまり大きな問題ではないかも知れませんが、
特に試合中の攻防の様子などは、主語、目的語、指示語など少し加えた方が、すぐにイメージが浮かびやすく臨場感を損なわないかなと思うところが何カ所かありました。
もちろん、前述のように文章をもたつかせないことで臨場感が出ているという側面もあるのですが...
ちょうどいい塩梅を見つけていくのは難しいものですね。

また、一人称について気になった点が二つあります。
一つ目は主人公が総合格闘技初心者にも関わらず、
一人称の地の文で、初めて見る試合においてその内容をかなりよく理解した記述がされていることです。
その分野に精通した人が実況しているような。
内容を読むと、元から見る目があるというのは分かるのですが、
それでも使用する語彙のひとつひとつが素人くさくなくて僅かですが違和感がありました。
こういう部分は、一人称なら主人公の使う語彙などの地の文の変化によっても、その成長が表現された方がいいところなのかなと思います。

見る目がある根拠も、少し弱いように感じました。
私はここは伏線で、主人公には格闘技に詳しい理由があるのかと思ったのですが、
そうではなく、持ち前のセンスと動体視力ということだったので、少しすっきりしない感じが残りました。

二つ目は、地の文の語彙が高校生にしては成熟して感じられてしまった点です。
読みやすく歯切れのいい文章は学生の口語体として成功していると思うのですが、
例えば「大瀑布」という言葉をどれだけの女子高生が知っているのだろう、と。
大人びた人物設定から、そういった言葉を知っていておかしくないと考えたとしても、
読み手側が分からない可能性がある気がします。
大人でも、文章を書いていたり、俳句をやっていたりしていないと、意外と知らない人も多いような...。
ライトノベル的な作品ですし、こういうところは少しもたついたとしても、滝、轟音などの表現を使って描写した方がいいように思いました。

あと、こういった競技を描いた作品で、主人公が初心者であるという設定は、
ストーリー上の効果はもちろんのこと、それ以外にも「その競技に精通していない人でも、よく分かる」という部分があると思いますが、
今回はじめから主人公の理解度が高いことで、少しその効果が薄れてしまっているように思いました。

あと、キッカ先輩が負けてしまうのが少し早いので、ちょっと読んでいてかませ犬的な印象になってしまいました。
もちろん、内容的には最終的に主人公がかなり強いポジションになるのが妥当なので、
それまでの強者は噛ませ犬になって然るべきだと思うのですが、
それを読み手に感じさせてはいけないのかなと。
もう少し間をとることで、「あの先輩が負けるなんて!」という印象が強まり、
噛ませ犬感は減るけれど、噛ませ犬としての効果は高くなるのかなと感じました。
部活の時に前回大会のビデオを見て先輩の実力を知る、など、ワンクッションあると違ったかも知れません。

あとは、試合模様やトレーニングの様子など、たいへん緻密に書かれていますが、
こういった場面を文章のみで表現すると、視覚的な情報がない分、
映画、アニメ、漫画よりも遥かに読み手に負荷がかかると思います。
どれだけうまく書かれていてもそれは変わらないと思います。
この作品は、前述のように私には少しわかりづらい描写があったのですが、
そういった瑕疵に目をつむれば、これ以上ないレベルで描かれていると思います。
でも、私は読んでいて少し疲れました。
せっかくの素晴らしい作品なので、そこで読み手が引き返してしまうのはもったいないですし、
もう少しトレーニングの様子など削ってはどうかと感じます。
しっかりとした練習模様が描かれているからこそ、主人公の変化に感情移入できるのだとは思いますが、
朝霧の中のランニングやウォームアップなどはもう少し筆を抑えられたのではないかなと。
重要な試合、練習は緻密かつ説明もしっかりと、
そうでないところはもう少し文章量を抑えて軽めに、
そういった強弱があると、読みやすくなったような気がします。

ショーコの学校へ行かなくなった理由に、なんとなく違和感を覚えました。
自分を守ってくれる、という発想が私の頭には馴染みませんでした。
彼に会わなくて済むように、学校以外の場所を求めた、そのくらいが自然な気がします。
ただ、守ってくれる、くらいしないとつじつまが合わなくなってしまう気もするので、難しいなと思いました。

と、気になった点はお上手だからこそ出てしまう不具合、という風に私には感じられました。
ああ、すごいのにもったいないな、と良作だからこそいろいろ書きたくなってしまう身の程知らずの感想です(^ω^;);););)

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