第7話エピローグ

「儂は、王であり、そして、お前達の父だ。だから、お前達の罪は、儂が地獄へ持って行く」

《姉上、笑って殺して下さい。僕は姉上が笑っている顔が一番好きだ》

「介錯は要らん。自分で、始末を付ける」

《ああ、最期に姉上の笑顔が見れて、僕はとても幸せです》

「お前は……、美しく、育ったな。……さらばだ、ソーシャよ。幸せであれ」

《さようなら姉上。どうかお幸せに》


 銃声が響き、首が転がる。

 天使の顔をした悪魔の眼から透明な血が流れた。



 スクナが目を開けると、机に向かっていた天使の如く美しい女性が立ち上がりスクナの寝ているベッドへと歩いて来る。

「お早う御座います、スクナ様。体調はどうですか?」

「あー……、怠さは有るが異常は無い。どれ位寝てた?」

 自分と同じ様に患者服姿のソーシャに一瞬面食らうが、スクナは全身を軽くチェックして問題が無い事を答えた。


「一日ですね。スクナ様は急性魔力欠乏症を起こしておりましたので魔力回復ポーションを投与して、骨折や火傷も治療しておきました」

「成程、あんがとさん。ところでネイソナ王の心臓ブチ抜いた所までは覚えてるけど、あの後どうなったか聞いても良いか?」

「私がパブロの止めを刺して、父上は自刃しました」

 さらりと述べられる衝撃的な内容に流石のスクナも軽く眉根を寄せる。


「アレでまだ生きてたのかよ。不屈王しぶと過ぎだろ」

「そっちですか」

「弟王子については予想通り。レイは?」

「パブロが死んだ直後に消えました。恐らく元の世界に戻った物かと」

 ソーシャの答えを聞いてスクナは僅かに肩を竦めた。


「これで召喚主が死ぬと少なくともこの世界から追い出されるのは確定だな。あーあ、だとすると俺は姫さんの命を守らんとならんのか。面倒だ」

 気怠げな様子でベッドにごろりと転がるスクナを見てソーシャは静かに青筋を立てるが、首を振って怒りを振り払う。


「……元の世界に帰りたいとは思わないのですか?」

「未練が無い訳じゃないが、文字通りヤクザな稼業してんだから生き別れも死に別れも珍しい事じゃねえ。第一本当に元の世界に戻れるかも分からんだろうが」

 スクナの返答にソーシャは少し考え込んだが、そう言う物なのかと納得して話を戻す事にした。


「……まぁ良いです、その後に騎士団がやって来て一応事態は収束しました。祝賀式は取り止めましたが、近い内に私の王位継承式を執り行うので反乱に加わっていない貴族達はこの宮殿に残しています」

「だろうな。……気のせいか木が燃える臭いがしねえか?」

 ソーシャの話を聞きながらスクナは周囲を見渡す。石造りの宮殿が燃える筈も無いが、火事自体は起こり得る。


「どうやらツブカア王国に逃げた残党がフェイルグの森に火を点けた様です。森の燃える臭いが風に乗って来たのでしょう」

「確か反逆した貴族は殺したって……、ああ、そう言う事か」

 何かを思い出した表情でスクナは納得する。


「ツブカアに使者を出したのですが、恐らく向こうは『そんな人間は来ていない』と答えるでしょうね。犯罪者を匿うなんて国が隣に有るなんて……困ってしまいます」

 溜息を吐いて聞いてもいない事を喋る様子は一層白々しく、ソーシャの乳母だった老侍女を彷彿ほうふつとさせた。


「部屋の地図に付けてあった丸印、あれは何処から燃やせば良いのかってのを前から考えてたんだな?」

 スクナの質問にソーシャは明確な返事はせず、ただ微笑むのみ。


「……母はツブカアの出身でした。母だけでなく我が王家はツブカア王家と長く血の付き合いを続けており、その歴史は初代ソーマ王の頃からの物です。長い……長い、蜜月でした」

「恨まれるだろうな、とても多くの人間に」

「ええ、でも父も弟も死んだと知れば、向こうが攻め込んで来たでしょうから」

 酷く乾いた予想をソーシャは口にした。


「そんな物か」

「そんな物ですよ」

 どうでも良い話に相槌を打って終わらせた時の様に、緩慢な沈黙が二人の間に流れる。


「……」

「……そう言えば、王に何が必要かと言う問いに答えて頂いておりませんでしたね」

 ふと思い出したと言う様子でソーシャは剣を抜く時の――実際には抜けた訳では無かったが――約束について触れた。


「よっと、そんな話も有ったな。決まってんだろ、野望だ。金持ちになりたいだの女をはべらせたいだの権力が欲しいだの、人を蹴落としてでも手に入れたい物が無けりゃ王様なんてやってらんねえよ」

 スクナはベッドから起き上がり背をヘッドボードにもたれ掛けさせて答える。


「野望……」

「お前さんの弟は姉に幸せになって欲しいって野望をちゃんと持ってた。その為に何人も死なせて、自分も死んだ。……なぁ、姫さんは野望を持ってるかい?」

 ねじれた精神の持ち主らしからぬ真っ直ぐな視線でソーシャを見詰め、スクナは静かに問うた。


「私は……。私は、幸せになりたい。恐怖の悲鳴と苦痛の絶叫を二重奏にして、屍山しざん血河けつがを築きたい」

 ぽつりと零れたのは悪鬼の願い。それを聞いてスクナは快哉かいさいを叫ぶが如く笑い声を上げる。


「かっかっか! 暴君め! だが確かにお前さんには血のドレスが良く似合う!」

「もう! そんなに笑わなくたって良いじゃないですか!」

 ソーシャは僅かに頬を染め、恥ずかしげに怒ってみせた。


「……うわー、姫さんが照れるとおっかねえ。快楽殺人鬼がまともな人の振りしてるみてえ」

「ひょっとしなくても馬鹿にしてます?」

「うん」

 再びソーシャの額に青筋が浮かぶが、目の前の男に対して怒っても何の意味も無い事を思い出して溜息を吐く。


「……スクナ様の野望を教えて下さいませ」

「俺か? 世界だ。俺は世界の頂点を目指す」

 天を指差して答えるスクナを見て、ソーシャは軽く鼻先で笑った。


「でしょうと思っておりました。矢張り貴方は死んだ方が良さそうですね」

「はっ、俺を殺すかい? 弟殺しのお姫様?」

 スクナは挑発する様に煽るがソーシャは涼しい顔で受け流す。


「まだ殺しません。スクナ様にはもっと殺し甲斐の有る方に育って頂きませんと」

「そいつは楽しみだ。で、今はどうする?」

「まずはツブカア攻めに出て下さい。私はその間に権力を掌握してしまいますので」

 ソーシャの答えを聞いてスクナは勢いを付けてベッドから跳び降りた。全身を伸ばし、身体を良く解す。


「はっ。抗争だのタマのり合いは経験して来たが、異世界来て戦争やる破目になるとはな。……面白い人生に生まれたもんだ」

 ソーシャが側に居るのも構わず服を脱ぎ捨て、折り畳まれて仕舞われていた自分の服へと着替えて呟いた。


「世界の王を目指すのですから詰まらない筈も無いでしょう。く道は覇道か外道か……」

 ソーシャの囁きは蠱惑的にスクナの耳をくすぐるが、それに踊らされる事無く自分の意思を述べる。

「いや極道さ。俺は俺の道を目指す」

 スクナは確かめる様に呟き、頬の皮肉をぐいと持ち上げるようにして笑った。



 ――――後に極道王と呼ばれる事となる男の物語、これはその序幕である。

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極道戦記(ゴクドーサーガ) @Otherone

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