第6話血戦(後)
『
(これであっちの戦況は有利になる。それにこっちも足手纏いが居なくなって多少は戦い易くなるかな)
自分の味方に対して酷い評価だが、実際としてレイが居た事でパブロが戦い難さを感じていたのは事実である。何故ならばソーシャの幻術は味方の姿すら
「『
「『
パブロはギフトを発動してソーシャの位置を探ろうとするが、同時にソーシャも魔術を使った。
《此処ですよ此処ですよ此処ですよ此処ですよ此処ですよ》
「くぅっ……!」
頭の中で鐘が鳴り響いている様な喧しさを耐え、『読心』でソーシャの思考を読み取る。
《此処ですよ此処です結界の穴はよ此処ですよ此処ですよあの場所此処ですよ》
「そこだ! 『
パブロは石の破片が転がっている様にしか見えない地点へと氷の元素魔術を放ち、反撃が来る前に急いで結界の穴を塞いだ。
鋭い氷柱が透明な何かを貫き、突然その場所にソーシャの姿が現れる。だがパブロはその像に影が無い事を見抜き、自らの背面に結界を動かした。
「パブロは慌てん坊ですね」
銃声が一つ。
「ぐぁっ!」
パブロは足を撃たれて
「今のはお仕置きです。じっくり、
恐らくはブラフ、防御の重要性が低い部分を狙っただけに過ぎない、そう考えても姉のプレッシャーは減じなかった。
「『
パブロは歯を食い縛って風の元素魔術を叩き付けるが、圧縮空気のハンマーに殴られたソーシャはぐにゃりと歪んで消える。
「ふふふ……。ふふふ……」
闇の中に笑い声と小銃の再装填の音だけが響いた。
「……嬉しいよ、姉上。こうしてまた姉弟喧嘩が出来るなんてね。でも、勝つのは僕の方だ」
銃創を凍らせて止血をし、弟も笑いを浮かべる。
「ULALALALALALA!!」
刃の長さが半分程になったグレートソードを縦横無尽に振り回し、ネイソナ王は最早人の形をした嵐となった。
つい先程まで骨が突き出ていた左腕は元通りになっており、生半なダメージでは大して意味が無い事が察せられる。
「ぐっ、がっ!」
仰け反り、しゃがみ、身体を捻り、首を曲げ、時に受け流し、時に鎧の表面を掠らせながらスクナは鋼の暴風を避けた。
《リーチが短くなった代わりに軽くなったから斬撃密度は上がったなァ。さっきみてェにカウンター打ち込むのは無理だ、さァどうする》
(一度下がり『
大きく後ろへ下がろうとした瞬間にレイがギフトを発動する。
「『
ライフルの発射音が響く。銃弾が空を貫いた。
「ちぃッ!」
スクナは背筋に走る悪寒に従い、視線すら向けずに裏拳を放った。金属が衝突する音と火花が闇夜に散る。
「クソッ! 何で後ろから来る弾丸を防げるんだよ!?」
レイが舌打ちをしながらボルトハンドルを起こして弾薬を装填し直した。
(舌打ちしてえのはこっちだっての。人だけじゃなく物にも効果が有るのかよ)
《ギフトってのは『
《有り難味が便所のスリッパ程も感じられない説明助かるね。何にせよギフト持ち二人相手にしてる状況が不味いのは分かった》
頭の中で会話をしながらも身体は最善の動きを続けると言う傍目には狂気の沙汰としか言い様の無い事をさらりとやってのけ、スクナは勝機を待つ。
「DERYAAA!」
ネイソナ王が上段からの唐竹割りを放った。レイはまだ再装填を終えていない。
スクナが構えた。
「ふんッ!」
腕を交差して剣を
続いて柄の蹴り上げ。スクナの頭と同じ程まで上がった蹴り足は見事にネイソナ王の手から剣を奪い、上空へと放り捨てた。
「WORRRRR!」
しかしネイソナ王の武器には己が肉体も含まれる。異形の鎧何する物ぞとばかりに鍛え上げられた豪腕を振るい、一度はスクナを気絶させた拳を放った。
「そう来るよなぁ!」
スクナはネイソナ王の腕を取り、重心を崩す。巻き込まれる形でネイソナ王はスクナに引っ張り込まれ、そして受身を取る事すら出来ずに頭から石の地面へと叩き付けられた。
「GAHH……!」
常人ならば割れ
「さぁて、レイにはちょいと眠って貰おうか」
「くっ、『
スクナがレイの方を向いた瞬間にレイはその眼で支配を掛けようとするが、スクナに効いた様子は無かった。
「聞いてるぜ、眼を合わせなけりゃ効果は無いってな。兜被ってるから見えないだろうが、眼を閉じてちゃ食らう心配も無いわなぁ」
「だったら!」
急ぐ様子も無く歩いて近寄るスクナにレイは銃を構え引き金を引く。しかし銃弾は装甲に弾かれ、貫通する事無く何処かへと消えた。
「避けるまでもねえ。それじゃあちょいと寝てな」
「くそっ……ん?」
スクナが立ち止まり緩く拳を握るのを見てレイは悔しげに喉を振るわせるが、その後に空を見上げて気の抜けた声を出す。
「今時そんな手に引っ掛かるかって……がっ!?」
スクナの後頭部に先程蹴り飛ばした剣が落ちて来て、気持ちが良くなる程に爽快な音を立てて当たった。
獣染みた危険察知能力と天才的な勘の持ち主であるスクナに純粋な偶然から不意打ちを食らわせたのは彼の人生の中でレイが最初である。それは残念ながら幸運と言うよりは悪運の類であり、追い詰められなければ発揮されない不幸な才能だった。
「あ、『
驚愕に眼を見開いたスクナはレイの支配を受け、動きを止める。
(そんなん、有りかよ……)
此処に
ソーシャの足は氷の
「さて姉上、どうやらレイくんもスクナくんに勝ったみたいだ。危ない所ではあった様だけどね」
思考を乱すには十分な激痛に耐えながら結界を操作しつつ、更に魔術を行使すると言う無茶をやってのけ、それでも油断せずに少年王子は結界を維持したまま姉へと話し掛ける。
「……残念ながらその様ですね。私は動けず、武器は小銃一つ。レイ様を殺せれば兎も角、父上とスクナ様が守りを固めている以上はそれも不可能。詰み……でしょう」
そう言ってソーシャは銃口を自らのこめかみに当てた。
「待って! どうして死のうとしているのさ!?」
自殺しようとするソーシャを見てパブロが叫ぶ。
「パブロ、貴方の目的は私に王位を継がせる事。敗北した王など要りません、貴方が王となりなさい」
「違うっ! 僕と姉上が協力すれば良いんじゃないか! だって……僕は、姉上が幸せになれる様に……」
「他人から与えられた幸福など私は要りません、欲しければ自分で手に入れます。それこそが私の幸福なのですから」
「っ……!」
パブロの言葉にもならない叫びを慈母の表情で見詰めたソーシャが別れの言葉を告げようとした瞬間、スクナの裏拳がレイの顔を打った。
「――――うぐぇっ!?」
レイは勢い良く吹き飛び、地面に倒れるとそのまま失神する。
『
「SHIIIIIYAAA!」
「ふッ!」
剛拳を避け、スクナはソーシャの隣へと跳ぶ。
「スクナ様?」
ソーシャは一体何が起きたのかを理解出来ずスクナに声を掛けた。スクナは振り向いてサムズアップ――この国に於いても肯定的な意味を示すサイン――をして見せる。
「召喚された時はいけ好かない偽善者だったが、今は面白くなったじゃねえか。俺も負けたしもう良いかと思ってたが……、ヴィルージュさんに宜しく頼まれてたのを思い出した」
「ヴィルに……」
ソーシャの足を固定していた氷を踏み砕き、スクナは篭手に覆われた指を鳴らして気合を入れた。
「さぁ行けるだろ。それとも死にたかったか?」
「……生きます。十秒引き付けて下さい、それで終わらせます」
ソーシャが答えると同時にネイソナ王がスクナへと猛進する。
「LAAAAAAAH!!」
ネイソナ王の折れた剣がスクナの腕に叩き付けられた。衝撃が指先まで伝わり、装甲の表面には傷が走る。ネイソナ王の剣は止まる事無く幾度もスクナを斬り付けた。
「
《逆『
(ライフル弾食らってもどうって事無いのにクソ重てぇ!
「『
パブロが火の元素魔術を唱え、回転し燃える四つの車輪がスクナとソーシャへ襲い掛かった。
「クソッタレ!」
横薙ぎに払われる剣撃に左肘を搗ち合わせ、反作用を利用して右から迫り来る二つの車輪へ回し蹴りを放つ。膝から下が灼熱に包まれたが無視し、身体を百八十度回転させて背面から襲い来るネイソナ王の逆袈裟を右腕で受け止めた。
鎧が軋みを上げ、骨も関節も悲鳴を上げる。スクナは加えられる剣圧からするりと逃れて剣の下を潜った。
受け流された剣は勢い余って炎の車輪を一つ斬り飛ばす。スクナは残った車輪を左腕で殴ってバラバラに崩した。
「ORRRRR! 『
「『
ネイソナ王が魔術を剣に宿し、パブロが氷の元素魔術を唱える。スクナの
『
《やべェ、四の五の言ってらんねェ! 『
「『
妖精に命じられてから間髪を入れずにスクナは呪文を発し、己の心臓が爆発する様に鳴動し始めるのを感じた。
《『
無茶を言えと沸騰する頭の中で思いながら、スクナはネイソナ王へと一歩踏み出す。水の中を進むが如くゆっくりと、アドレナリンの過剰分泌によりスローモーションに見える世界で地面を砕いて歩いた。
「――――『
スクナは加速した思考の中でソーシャの声を聴いた気がしたが、ネイソナ王同様スイッチ型のギフトであるソーシャが呪文を唱える必要は無い。幻聴、いや増幅された感覚が捉えた思念だったのだろう。
視界の端で二本の氷柱が空中に形成されて行くのが見えた。鋭く細い氷の串が完成した瞬間、パブロの指先に生じていた結界の穴は閉じて行く。
通常の世界であれば銃声と捉えられたであろう奇妙な音が響き、ライフル弾が回転しながら空間を飛翔した。一発目が氷柱を砕き、立て続けに放たれた二発目が残った氷柱を破片へと変じ、三発目が閉じ掛けた結界へ突き刺さる。
高速思考による神経加速が芸術的な指遣いを可能とし、原則として単発であるボルトアクション式ライフルの擬似的連射を行い得たのだ。精密な射撃と連射の両立と言う異業、それを為し得たのはソーシャの極限的な集中である。
「――――しッ!」
体感時間的には一分にも十分にも感じられる長い一瞬が過ぎ去り、ネイソナ王の半歩前に辿り着いたスクナは真っ直ぐに伸ばした四本の指を突き出した。
助走による加速を載せ、左肩を引く事によって円運動で右肩を前に出し、腰の捻りにより上体を左回転させ、『
同時に四発目の弾丸が三発目の弾丸を叩き、結界を越えて鉛の殺意がパブロへと届く。
臓腑を姉に撃ち抜かれ、少年王子は倒れた。
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