愚かなるノア

イブスキー

愚かなるノア

【プロローグ

 愚かなるノアの呪われし未来、預言書に記された剣があると囁かれた。魔剣セフィロスは光り輝く宝石を宿し、あらゆるフォースを切り裂く。はるか昔、世界を切り開き事象抗体ジャク・グレッダは、冥府より具現化せしそのガンブレードによりことごとく滅んでいった。すると勇者が立ち上がる。彼は迅神<デルマシャロイ>により運命を操られし者であり、ウォーリアでもあった。民衆は汚れなきこの唯一神のような男を羨望し、「素晴らしきフォ……  】

 

「……なんじゃこりゃぁぁぁあ?!」

 今日、テニス部の後輩である安田から送られてきたのがコレ。安田とは部活でペア組んだりして、オンラインゲームを一緒にやって、んでもってメールとかやってたら、結構仲良くなったわけ。

 そんで、昨日下校途中に声をかけられて、

『西尾先輩、俺が書いてる小説、ぜひ読んで欲しいんです。頼みたいこともあるし。メールで送っていいッスか?』

 笑顔で言われ、『いいよー』って何も考えずに返事したら、パソコンにこんなん送られてきましたけど、みたいな?

(最初からかさっぱりわからないんですけどぉ? “愚かなるノア”って何? “事象抗体”ってどんなん?)

 俺は文字数を確認してさらに衝撃の事実を知る。

(二万文字!? 原稿用紙にして五十枚じゃん。え、それ、俺読むの? マジで?)

 自分で自分に聞いてみたら、脳が「いやぁぁぁ」と叫んでいた。それ無視して、ちょっとだけ明るい未来を想像してみる。

(プロローグだから、次の章はもうちょっと違う感じなのかな?)

 気を取り直して、ギュギュっとスクロール動かし第一章を見つけ出した。


【第一章

 ○○砂漠の奥底に剣があると聞き、俺(登録ナンバー:666)はそれを探そうと、砂の中を歩いていた。全身の血が沸騰するかと思うほど寒かった。暗黒の大地だ】


(沸騰したら暑くなるけど? ○○砂漠? その前に登録ナンバーって何?)

 俺のほうが砂漠を歩いてるし、寒さと暗黒の中にいる。暗中模索、五里夢中、先が読めないわからないとつくづく思う。

(え? これってもしかして嫌がらせ? 来週から中間テストだけど? お気楽な二年と違って、二学期の中間ヤバかったら、俺、結構人生つんじゃう感じなんだけど、安田はわかってるかな?)

 けど安田にはすごくお世話になっているし、あんまりひどい事できないと思った。試合で俺がボレーミスして、安田が集中砲火浴びて惨敗したのに、『俺のせいッス。すいません』とかウル目で謝ってくれた。

(でも第一章はプロローグよりちょっと読みやすくなったかな?)

 そこだけが救い。そこだけしか救いがない気がした。


【その時、俺の超魔導空間転移式精神感応ターミナル端末が鳴った。

――トゥルルルルルル

 内ポケットから取り出し画面を見ると、その中に猫耳の女が映っていた。】


(超魔導空間転移式精神感応ターミナル端末って何だろう? スマホみたいなもんかな? そんでもって猫耳の女!?)


【「ジェーガー、そっちはどうニャン?」

「ユリア、うまくいってる」

「こっちも海鳥作戦の準備OKニャン」

 そうして電話は切れ、俺は再び歩き始める。】


(やっぱ電話か。作戦“海鳥”は期待していいかな? でも猫耳は華麗にスルー?)

 たぶんこの世界では猫耳をした女の子は普通なんだという解釈をすることにした。

 その謎の男666はしばらく砂漠を歩いているらしい。らしいというのは、途中で敵の説明が出てきたので、本人が何をしているのかさっぱりわからなかったからだ。


【……大いなる究極神龍【ドラゴニアム】は、遠き地平線の果てより神聖帝国空軍元帥シュ=ウェルティとともに襲来し、この終極の地を手中に収めようと思考かんがえていた。】


(おお、すげぇ、なんか強そう。でもこのカタカナ全部覚えられないや。漢字も多いし。ひらがなだけ読んじゃダメかな? <いなるはのてよりとともに……>、うん、無理)

 しょうがないから、俺は秘儀<斜め読みの術>を使うことにした。一行飛ばしぐらいで、最後はまるっと五行飛ばして第一章の最後までたどり着いた。

(666さん、砂漠から出てないな、良かった)

 展開が進んで欲しい反面、秘儀を使った時はあまり進んでは欲しくない。そんな我儘な読者の声にこたえてくれて、謎の男666はずっと砂漠を歩いていたようだった。


【第二章

 砂漠に隠されしカーン魔機動要塞の前で、ドラゴンの血を引く俺は光の戦士達と再会した。

「早かったな、ジェーガー」

「俺達はユリアからターミナル端末で昨日連絡を受けて、皆で集まり、それからジェーガーがきっとここに来ているだろうと話し合った結果、魔竜サイアスの背に乗って先ほど着たんだ」

「それで早かったのか!」

「ジェーガーさん、お久しぶりです」

「その赤くて装甲が厚そうな胸当てはもしかしたら、装備屋の一番奥にあるという“ガルギアの胸当て”か?」

「ジェーガーさん、エーナスの奴、俺の金を使ったんですよ」

「あ、それ言わないでよ、ファルコム!」

 ボコッ!】


(おお、セリフだけで全部状況わかる。あ、でも誰が誰だかわかんないや。誰、こいつら?)

 ノリツッコミみたいなセリフがダラダラ続く。セリフの主を探そうとして、俺は途中で諦めた。

(きっと“光の戦士”というワンパックひとくくりって感じでOKみたいな?)

 その時、超魔導空間転移式精神感応ターミナル端末じゃない、俺のスマホが鳴り出した。

 俺はパソコンから目を離し、スマホに手を伸ばす。画面を見ると安田の文字だ。

「安田、マジで……」

 通話ボタンを押してすぐ、俺はこの苦悩から解放されたくて文句を言い始めた。けれど、安田は俺の言葉なんかちっとも聞かずに、

『先輩、またメールしたけど見てくれました? もう一個ファイルあるのを忘れてました』

「え、まだあるの……?」

『二つに分けた方が分かりやすいかなって。それ見ると読みやすくなるんで。あ、もう塾の時間だから切りますね』


 ツーーーーーーーッ。


(ぐはっ、見放されたよ、俺)

 仕方がないとパソコンに向き合い、恐る恐る新しいメールを受信する。送られてきたそれには、確かにファイルがひとつ添付してあった。

(文字数倍増とか嫌だな……)

 正直な感想を言ってみた。ホントはさっき電話で言いたかったんだけどさ。

 欝な気分になりながら新しいファイルを開くと、そこには……。


【ジェーガー・フォンゲルフォルト、登録ナンバー666、21歳、左利き、オッドアイ、髪はブルーグレー、身長186cm、光戦士】


(身長? それ必要情報なんだ。オッドアイなのか)

「へぇ……」

 ちょっと声に出して感心してみたら、ちょっと空しい感じがした。

 下には“光戦士”なる仲間たちの情報をザラッとある。ジェーガーとファルコムの背が1cm違いということは理解できた。

 どうやら人物辞典らしい。一番下のほうには敵の名前が十個ぐらい書いてある。その中にユリアという猫娘の名前を見つけた。


【ユリア・フェルル 18歳 猫系エルフ族 髪は白くて背中まである。スリーサイズは93・58・62。「ニャン」が口癖。武器は鍵型の爪“シュプライナ”、趣味は……】


(何でこの子の設定だけ一生懸命?! しかも巨乳!)

 猫型エルフはたぶん猫のコスプレをイメージすればいいんだろうと、俺は勝手に納得した。それに巨乳設定は嬉しい。

 それから俺はその人物辞書を使い、わりと必死に会話文を読み解いて、第二章を読了した。


【第三章

ジェーガー「ここからが問題だ」

ユリア  「“海鳥”作戦、成功だったニャン」

ファルコム「完璧だぜ」】


(げっ、シナリオかよ!? しかも作戦終了?! 俺の今までの努力は?! 諦めんなよ、安田!)

 なんかムカついてきた。こんなに頑張ってるのに全然報われないし。そろそろ夕飯で腹減ってきたし。

 その時、再びスマホが鳴り始める。やっぱり安田だった。

『先輩、読んでもらえました?』

「まだ途中。っていうか……」

『ありがとうございます! 実は頼みって言うのは砂漠のことなんですよ。俺、あの砂漠の名前が思いつかなくて。先輩にぜひ考えて欲しいんです』

(お前、色々考えてたじゃん)

 そんで、俺、すっげー苦労したじゃん。

『お願いしますよ、先輩!』

「フォーバンシュラート」

 ムカついてたから、適当ぶっこいてみる。

『すげーいい! フォーバンシュラート砂漠。うん、しっくりきますね。頼んで良かった! 先輩、センスがいいッスね!』

「そうかな……」

 ムカついてたのに、褒められて嬉しくなる俺ってバカかも?

『だったら、最後の方の中ボスの名前も考えてください。戦闘シーンとかあるから、その雰囲気に合った名前が欲しいです。それと感想も!』

「でも中間……」

『もちろん、中間が終わってからでいいですからね!』

 俺は中間より強い敵と戦うらしい。


 まさに“愚かなるノアの呪われし未来”

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