天界/『ふろんてぃあーず ~バケツさんの細かめな開拓記~』 - 2

 描かれているのはゲームの中の世界で、ゲームが故に、ゲームの説明を許されるような按配である。主人公はゲーム内で材料を調達加工して販売まで行う。登場するのは、機械運動する商売敵と、買い物を楽しむ通行人たちだ。天界氏が描くのは生産過程そのものと、これら登場人物のやりとりである。仮想空間で仕事をやるのは随分とおかしなことではないかという見解はもっともだが、私はあえて主人公は、昼間は社会に出て生活のために砂を噛むような延々続く仕事をやって帰ってきているものと想像する。疲れて帰ってきて、パソコンの電源を入れて、第二の労働めいたものに熱中する姿は現代人にも身近なことではあるまいか? そういう空気は主人公から何となく感じられるのである。ゲームの世界に入って、生き返った、というあの感じである。


 このゲームの生産では、仕様上不要なものを添加することができる。採算と利便性のみを追求する現代の工業生産においては、ほとんど不可能な技だ。ひと肌の感じられないモノづくりをやるのは結構だし結果的に人類の文明を向上させるだろうが、ものを作るという営み自体は、人間の不思議な習性によっているのであって、その点現代文明は人間にあっていない。人がモノを作っていく過程というものは、最初は要求通り作るのが精いっぱいだったが、腕を上げると難なく作れるようになり、次第に最もうまく作りたいという欲求に変わっていく、こういうものなのである。このての欲求は工業生産ひいては、命令厳守の仕事一般には全然必要のないもの(余計なことはしてはいけない)で、その専門家が引き受けるものだ。一方で、従事する人の方はいくら自分を殺しても禁止されているという不満をどこかしら持っているものなのである、――小説を書くような人は特にそうではあるまいか――自分を殺す必要が何よりも不満を持っている証拠ではないか。主人公は、この素朴な生産的な欲求をゲームの中で満たしているのだ、と私は考えたい。


 主人公がモノづくりに夢中になるように、読者はこのゆるやかな空間の中で、モノづくりを楽しむ。なだらかに流れる時間の中で、現代文明の悲劇と未来文明の果実が、ここには描かれていると、言おうと思えば言えるのである。

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高慢で辛辣な作文 銀次 @Ginji

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