第4話 イフォーン(後編)


 正直言って、誤算だった。いざ戦争となってもすぐに取り消せば済むと思っていた。いきなり爆発からスタートとはシナリオが雑過ぎるのではないか。

 カウントダウンと同時に吹き飛ばされたイークロンが、カフェのがれきの中で目覚めたのは、すっかり日が落ちてからのことだった。


 カフェは完全に破壊されていたが、イークロン自身に大きなケガはなかった。ガレキをはね除けるが思ったよりも軽かった。なんだかリアリティがない。ひょっとするとイフォーンの効果でなんらかの異空間にいるのか、あるいはVR的な何かの中にいるのかもしれない。

 起き上がるとすぐ脇にさっきの女子校生が倒れていた、肩を揺すると目を覚ました。辺りを見回して、イークロンを見た。

「あの、何が……?」

「ああ、なんか爆発したらしい。どこか痛む?」

「え、ああ、とくには大丈夫みたいです」

「ならよかった」

 他にも客はいたはずだが、店の跡地には倒れてはいなかった。店員もすでにいなかった。逃げられたのだろうか……。いや、それで自分たちを置き去りにするのも変だ。いずれにしてもちょっとこれはひどい。すぐにやり直した方がよさそうだ。


 イフォーンで開発会社に連絡してこの状況を解除しよう、と思ったら手には持っていなかった。爆風で吹き飛んだのかもしれない。周辺のガレキをひっくり返したが見当たらなかった。

「まずいな」

「どうしたんですか?」

 女子校生が聞いてきた。探し物をしているイークロンが気になったのだろう。

「あ、ケータイを落としてしまったみたいなんだよね。ピンクのガラケーなんだけど」

「ピンクの?」

 男子高校生がピンクのガラケーというのは珍しい。

「ああ、借り物なんだけど、ちょっと連絡したいところがあって」

「ピンクの、二つ折りみたいな?」

「そうそう」

「わかりました。探し物はトクイなんです」

 とにかくアレさえあればどうにかなる。店内は壁がボロボロで、テーブルやイスがしっちゃかめっちゃかに散らばっていた。壁はボロボロだったが、破片は落ちていなかったし、テーブルもイスもそれ自体は壊れていなかった。ただ倒れて転がっているだけだ。よく見ると床に転がっているカップで破損しているものはなかった。なんというか、そこにそうやって置いたように見えた。目覚めたときにガレキだと思ったのは、よくよく見てみるとそれがなんの破片なのかわからない。天井の素材とも違うし、壁とも床とも違った。しかもイークロンの周りにあるだけだ。まあ他にもいろいろと不自然だ。なにがどうなっているのかまではわからないが、いずれにしてもイフォーンの効果なのは間違いないだろう。面倒なのでさっさと解除するのが正解だ。


「あ!」

 女子校生の声がしたので振り返ると、

「これですよね!」

と、カウンターの奥の方でピンクのガラケーを掲げていた。

「あーそうかも」

 イークロンが渡されたものを見ると確かに「イフォーン」という銀河商業文字コモンズのロゴが書かれていた。表面に傷がいるのでギョッとして二つ折りを開いてみたが、内側は無傷だった。

「ありがとう、助かったよ」

 いいええ、と言って女子校生は笑った。頬にススはついているが、それがまたなんともかわいかった。


 イークロンはイフォーンの発信キーを押して、応答を待った。呼び出しの電子音が聞こえる。しばらくして受信されたとわかる音が鳴って、アタミ担当の声がした。

『アーイ、デスカリカメントオエール、エレネッテトリンダ?』

「は?」

『エオイリアス、セロンデエレネッテトール?』

「すいません、もう少しはっきり」

 滑舌とか受信状態の問題ではないことはわかったが、とりあえず聞きなおしてみた。でもたぶんこれは翻訳機トランスレイターの故障だ。イークロン自身は翻訳機トランスレイター外装インカム型も内蔵バイオチップ型も身につけていないので、このイフォーン内蔵のものか、あっちの本部か中継所のどこかのものがイカれたんだろう。アタミの話しているのはたぶん銀河商業標準語コモンズだ。イークロンはそれを少しは読めるが、ヒアリングは翻訳機トランスレイターに頼り切りだったので、まるでわからない。


『セロンデ、エレネッ、ティオ、テトール? アロン?』

「だめっすわかんないっす」

『アーイ、クレンメレ、ストロニン』

 とりあえずこの状況さえ解除できればいいのだが、どうするべきだろうか。翻訳機がどこか中継地点にある場合、こちらの言っていることはちゃんと伝わっている可能性もある。テンピリア軍はインカムの簡易翻訳と、本部サーバー翻訳の二重方式だったので非常に安定していた。軍用は生死に直結するし、現場の装置は壊れやすいのでそのような仕掛けになっていたのだろう。イフォーンにそこまでの用意があるかどうかはわからないが、とりあえず可能性があるのなら、とにかく解除だけ指示してしまおう。


「とにかく、解除、キャンセル、とりやめ、中止、ストップ、シミュレーション中止! 中止お願いします」

『アロン? アーイ?』

「と、とりあえずまたかけ直します!」

 ああ、ダメっぽいが、とりあえずどうもならん。イークロンは一旦イフォーンの通話を切った。今ので通じてたらラッキーだが、とにかく手を打たなきゃならん。秋葉原へ行けばなんとかなるんだろうが、ここで王子と店長に借りを作るのはどうなんだろう。イークロンは躊躇した。


「どう?」

 イークロンがイフォーンを握りしめているのを見て、女子校生が聞いてきた。

「え、ああ。ちょっと壊れてるみたいだ」

「ヤバいの?」

「……ちょっとな」

「ちょっと?」

 女子校生は笑い出した。まあ店がこんな状態でちょっとヤバいとか言ってる場合じゃなかったな、とイークロンも笑った。まずは店から出よう。状況を把握しないとならない。


 店から脱出するにあたって、使えそうな物を拝借することにした。物色している最中少し雑談をした。女子校生は数寄屋案奈すきやあんなと名乗った。イークロンも本名を名乗った。アンナはやはり孤月高校の生徒で、サポート専門部というへんてこな名前のクラブの部員だと話した。他の部の手伝いをする助っ人集団のようなものだということだった。


「俺は帰宅部なんだけどね。まあちょっとバイトとかで忙しいんで」

 宇宙貿易で移動貸本屋をやっているとはさすがに言えなかった。言ったところで信じるわけがない。ましてや今のこのイカれた状況が自分のモニターのバイトのせいだなんて言えるはずがなかった。

 キッチンを探したがろくな武器はなかったので、バックからモップを持ち出した。棍棒の心得はないが、護身用にはなるかもしれない。むしろアンナの方が上手にくるくると回していて頼もしいぐらいだった。


 イークロンとアンナは店の入り口を封じている巨大なガレキを倒して、外に脱出した。びくともしないと思たが、二人掛かりで反動をつけて揺すったら上手いこと倒れてくれた。


 店の外はひどい有様だった。ビルは倒れ、線路は完全に破壊され、列車は川に突き刺さっていた。電力が途絶え薄暗くなった街中を二人で走って、スーパー堤防にある公園の高台までいくと、遠くの方で巨大な機動兵器が怪光線で街を破壊しているのが見えた。上空には何機ものUFOがバンバン飛び交っていた。自衛隊機や米軍機も飛来したが、ことごとく撃ち落とされた。そして、さらに巨大な宇宙母艦が雲を割って降りてきた。それはまさしく宇宙戦争だった。


「どうするの?」

 アンナが聞いてきた。

「君は宇宙人を信じる?」

「いまさら?」

 イークロンのすっとぼけた質問に、アンナはケタケタと笑った。まあそうか。いまさらだよなこの状況では。イークロンもつられて笑った。


「実はアキバに知り合いの宇宙人が住んでる。そこに行けば解決方法を教えてくれるかもしれない」

「マジで?」

「マジマジ」

「行こう。宇宙人会ってみたいし」

 歩いていくと結構時間がかかるが、途中に川はない。というより他に解決方法が思いつかない。くやしいが、王子か店長を頼る他に何も思いつかなかった。何もできないのはイークロンだけではない。宇宙人の軍事力に対して、地球人はまったくの無力だった。地球はオルガニゼイションの施策に守られているが、一歩間違うとこういう状況になるということが今はっきりとわかった。ハリウッド映画みたいにノートパソコン一台で母船を無力化するなんてこともできはしないだろう。退役戦艦でどうこうしようなんてことも無理だ。そのうち小型の対人兵器がわんさか降りてきて、根絶やしにされてしまうだろう。

 イフォーンが軍事シミュレーターとしては実に優秀なものだということがよくわかった。元通りになれば、の話だが。


「あれ何?」

 イークロンが高台から降りようとしたときにアンナが声を上げた。指差す方を見ると、黒い影のようなものが上空から降りてきて、倍ほどの身長のある巨大機動兵器の頭部を踏みつぶした。そのまま胴体へとキリモミ式にめり込んで、黒い影は地面まで突き抜けた。


「あー。知り合いだよアレが」

「マジで?」

「マジマジ」

 黒い影=〈UNDO〉はアント王子の乗機である大型の機動兵器だ。その強さは銀河に比類無いとも言われるが、実際は兄王子たち二人のものより少し弱い。最強はテンピリア大王の機体なので、せいぜい銀河で4番目の強さだ。UNDOは爆炎の中をイークロンたちの方へ歩き出した。歩き出したと思ったら走り出して、上空へ飛び上がった。飛び上がって、真っすぐ2人の方へ降りてきた。いや、落ちてきた。


 バッシャーンと巨大なクラウンが発生し、大量の川の水がイークロンとアンナの上に降りかかった。

 ザバーっと公園の斜面を水が流れていった。水煙の中から黒い巨体と赤い巨眼が現れて、真っ黒い手が伸びてきた。UNDOはクイクイと何かをよこせというポーズをとった。イークロンはその巨大な掌に乗り、イフォーンを置いてすぐに飛び降りた。

 UNDOは器用にイフォーンを開いてボタンを押した。


『アーイ、デスカリカメントオエール、エレネッテトリンダリエネ?』

『デル、ガスランド、エレネッテメダ』

『レレ、エルメイ』

『ズオモ、リグレッサ』

 UNDOはイフォーンを切ろうとして、手元が狂って押しつぶしてしまった。


 隣の席に孤高の女生徒が完熟マンゴーモカフラペチーノを持ってきて座った。

 アントがポケットからイフォーンを取り出した。テーブルに置くと、ルートビアを飲んだ。

 いつの間にか日は暮れていたが、店内は平和そのものだった。


「で、それはなんなんです?」

「ああ。うんとね、エミュレーターだったかシミュレーターの一種でね、仮定する条件を決めるとその状況を実際に再現して試してみることができるんだって」

「もう試しましたか?」

「試した気がする」

「でしょうね」

 イフォーンはベキボキに壊れてしまっていて、もう使い物にはなりそうもなかった。つまり試したということだ。アントはバイトに行くわ、とイフォーンをポケットにしまって去っていった。


「ねえ」

 隣の孤高生がイークロンに話しかけてきた。さっきから気になってチラチラ見ていたので、咎められるのだろうか。イークロンは身構えた。

「あたし、あなたの名前知ってるんだけど、なんでかな?」

「奇遇ですね。僕もです」

「どっかで会った?」

「さあ?」

 ふうん、とアンナは氷の溶け切った完熟マンゴーモカフラペチーノをひと口飲んだ。もうフラペチーノとは言えない代物だった。


「あとさ」

 アンナが真顔で聞いてきた。

「うん」

「放課後になって今来たばっかなのに、なんで9時過ぎてるんだと思う?」

「さあ?」

 イフォーンのせいだろうな、と察しはついたが説明が面倒だ。イークロンはもうアイスじゃないカフェオレを飲み干してから、真顔で聞いた。

「君は宇宙人を信じる?」

 アンナは首をブンブンと振った。だよね、とイークロンは笑った。とりあえずメアドを交換して解散した。


〈第2エピソード完:つづく〉



 

 

 

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オルガニゼイションF フリーライド・フリクション 波野發作 @hassac

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