第二話 ノセたらダマす大予言


 唐突だが、ボクは結構『占い』の類が好きだ。


 イマドキの高校生であるボクにとって、『夢や希望』なんて……まあ、無いとは言わないが、相当漠然としているし、何より眼先の問題に対しての明確な答えなんて高尚なモノも持ち合わせちゃいない。そんなボクに取って、『占い』というのは、一日を生きる為の指針、みたいなモンだ。

 ……いや、まあね? こんな事言ったけど、単純にテレビ付けたら毎朝やってるから見ているだけではあるんだけどね? 


『……今日の運勢第一位は……獅子座の貴方! 今日は凄いですよ~! 百年に一度の大ラッキーな日です! ラッキーカラーは黒! 年上の人に、人生観を変える発言をされるでしょう! その人が気になる異性なら……ちょっとした進展があるかもっ!?』


「ゆうき~。早くご飯食べて学校行かないと間に合わないわよ~」

 テレビの前で固まるボクに、お母さんのそんな声が響いた。



「こんにちはぁー!」

「ああ、こんに――どうした? 随分機嫌が良い様だが?」

「あれ? 分かっちゃいます?」

 へらへらと笑いながら、机の上に鞄を置くと定位置――部長の対面の席にボクは腰を降ろす。

「今日、朝の占いで言ってたんですけどね? ボク、百年に一度のラッキーデーだったらしくて!」

「……百年に一度というのがなんだかバカっぽいが……それで?」

「凄かったんですよ! テストのヤマは当たるし、嫌いなマラソンは中止、学食でてんぷらうどん頼んだら、『サービスだよ!』ってエビ天二つ付けてくれるし!」

「……その程度のラッキーが百年に一度のモノなのか、君は?」

「何言ってるんですか! 小さい事からコツコツと、ですよ!」

 実際、ボクは今ハッピーだし。と、そんなボクに部長が小さく溜息を吐いて文庫本から視線をあげる。

「幸せなやつだな、君は。基本的に『占い』と言うのは、当たる様に出来ているのに」

「またまた~。アレ? もしかして部長、ちょっと悔しいです?」

「別に悔しくはないが……だが、事実だぞ。私も『占い』の修行を積んだ事があるが、ある程度の確率で当てる事が出来る」

「………………は?」

「『占い師』になろうと思った事があるんだ。父方の祖父が東北で占い師をしていてな。『お前は筋がいい』と、二年ほど学んでいた」

「え、ええ!」

 ほ、本当ですか? いや、部長ならうっかり占い師を目指していてもおかしくない様な気がしますけど……

「なんなら占ってもいいが……どうする?」

「ぜ、是非! 是非お願いします!」

 部長の言葉に、首よもげよとばかりに縦に大きく振る。なんせ、色んな意味で規格外なこの部長の事だ。もしかしたら占いの腕もそこそこあって、ボクの人生を抜群に占っちゃうなんて事も……う、うわー! ちょ、ちょっと緊張して来たよ、ボク!

「わかった。それではそのままの体勢で眼を瞑れ」

 分かりました! 眼を瞑ればいいんですね! 眼をつぶれ――

「……変な事、しません?」

「……イヤなら辞めるが?」

「う、嘘です! 瞑ります!」

 部長の言葉に、眼を固く瞑る。視界が閉ざされ、真っ暗闇の中で、部長の手がボクの顔の前を二、三度ひらひら揺れる感覚があった。

「……よし。眼を開けろ」

「……もういいんですか?」

「占いと言うのは一種、超感覚に近いモノがある。タロットや水晶など、道具を使えば使うほどかえって未来は濁って見える」

「……そうなんですか?」

「人にもよるがな。私はこの方法が一番合ってる。それでは……まあ、私と君の仲だ。家族構成や出身地など当てても意味が無いだろう」

 そう言って、腕を組み宙を睨んで。

「今見えた中でまだ聞いた事が無い事と言うと……そうだな。君はどちらかというと冷静に物事を見ている傾向があるが、過去にはつい激昂して周りに迷惑をかけた事があるだろう?」

「……っ」

「間違っているか?」

「……正解です」

 どちらかと言えば、自分でも気が長い方だな~って思うけど……実際、小学校六年生の頃、ついつい友達に声を荒げて大喧嘩した事がある。別の友達に随分骨を折って貰って事無きを得たけど……出来れば、あんまり思い出したい類の過去では無い。

「一見、明るく振る舞っている君だが……実は悩みを抱えているな?」

「……はい」

「ずばり、人間関係だろう?」

「……はい」 

「しかも、異性」

「………………はい」

 な、なんだ、この人! 何でこんなにポンポン当てるんだ! し、知ってるのか? ボクの気持ち、知っててからかってるのか!

「それは恋愛感情か?」

「え、ええっと……は、はい」

「相手には君が好意を寄せている事に気付いて貰えているのか?」

「……さっきまでは気付いて無いと思っていました」

「さっきまで?」

「い、いえ! な、何でもないです! た、多分気付いてません!」

「ふむ。それでは、これからはもっと積極的にアプローチを仕掛けて見るんだな。きっと、相手は君の気持に気付いてくれるさ」

 せ、積極的にですか! そ、それって部長、ボクにもっと積極的にアプローチして来いって言ってるんですか? そ、それならボク、もっと頑張って部長に積極的なアプローチを――



「まあ、嘘だがな」



 ――じゃんじゃん仕掛けて、それこそ部長と……その……つ、付き合ったりしちゃったりしま――

 ……。

 ………。

 …………はい?

「……はい?」

「だから、嘘だ」

 そう言って、読んでいた文庫本に再び視線を落とす部長。いや、そうじゃなくて!

「な、何ですかソレ!」

「五月蠅いな。読書中だぞ」

「あ、す、すいませ――じゃなくて!」

「なんだ?」

「なんだ? じゃないですよ! なんですか、嘘って!」

「父方の祖父は九州出身だ」

「ソコは心底どうでも良いです! 一体何処から嘘何ですか!」

「全部だな。父方の祖父は結構な資産家だったし、娯楽程度に占いなんぞをやったかも知れんが……少なくとも私を占い師にしようとした事実は無い」

「占い師の修行をしていた、って言うのは!」

「無論、嘘だ」

「ああああああ!」

 座ったまんま、髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き毟る。セットが乱れるとか……そんなのどうでもいい!

「じゃあ何だったんですか、今の! 何であんなにピンポイントに当てて来たんですか!」

「当たっていたのか?」

「当たってましたよ! 昔、滅茶苦茶怒った事があって、友達と喧嘩した事とか!」

「ふむ。実際にあったのだな」

「実際にあったのだなって……未だに友達の中では『触れちゃいけない話題』ベストスリーに入るんですよ、それ! 何で知ってるんですか!」

 激昂するボクに、溜息一つ。読んでいた本をパタンと閉じて、部長がこちらに視線を向けた。

「君は幾つだ?」

「幾つって……八月で十六になりますけど」

「人間、十六年も生きていれば腹の底から怒った事の一度や二度、あって当然だろう?」

「いや……そ、そりゃ……」

 ……まあ同い年で『今まで一度も怒った事がありません』なんて言う人間が居たら、凄いと思う前に嘘だと思うけど、確かに。

「で、でも! 悩みがあるって言うのは!」

「占ってみようか? と問いかけて『是非!』と即答する人間に悩みが無い筈が無かろう? そもそも悩みの無い人間など居る筈が無い」

「そ、そうですけど……な、悩みの種類だって当てたじゃないですか!」

「高校生の悩みなど自身の身体的特徴、人間関係、勉強、進路の四つぐらいと相場が決まってる」

「い、異性の問題って!」

「最大公約数的な事を言ったまでだ。『恋愛』と言って無いのが味噌だろ? 『異性』ならば友人関係も含まれるしな」

「積極的なアプローチ云々は!」

「露骨なアプローチなら猿でも好意に気付くさ」

「……何ですか、それ」

 思わず肩ががっくり落ちる。何だ、それ。そりゃ、その通りですよ、ええ、ええ!

「心理学にバーナム効果と言う用語がある」

「……バーナム効果?」

「今、私が実践してみせた事だ。不特定多数の人に当てはまる様な一般的な事柄を、さも占って見せたかの様にすれば、多くの人が『それは確かに当てはまる』と錯覚する事だ。元々は心理テストなどで用いるのだが、占いにも適用できる」

「……本当に……何ですか、それ」

 力も抜ける。部長を信じたボクがバカだったって事ですね、分かりましたよ!

「そうは言うがな。これはテレビや雑誌の占いにしたってそうだぞ?」

「……そうなんです?」

「血液型占いと言うのがあるだろ? アレだって立派なバーナム効果だ。大体、四つのパターンで全ての人間を占える訳が無いだろう?」

「まあ……そうでしょうけど」

「誰に当てはまっても良い様に、限りなく『普通』の事を書き連ねれば、一つぐらいなら当たるに決まってる。予言だってそうだろう? 究極的に言えば、『予言』だって占いの一種だ」

「また極端な事を……間違っては無いんでしょうけど……」

『全世界の占い』って意味じゃ、まあ予言だって占いの範疇何でしょうけど……なんか、ね。

「バーナム効果を使えば、私程度でもこれぐらいは出来る。マスコミや学者が散々研究した『予言書』の類なら、より『もっともらしい』理論を組み立てる事だって出来るだろう」

「じゃ、じゃあ……部長は予言は嘘だって言うんですか?」

「嘘、とまでは言わない。もしかしたら本当に『神の言葉』とやらを聞いた人間だって居るかも知れない」

「だ、だったら!」

「ただ、それを盲目的に信じるのはどうかと思う、という話をしたまでだ。そもそも、神の言葉を聞いた、なんて証明しようが無かろう?」

「でも、実際当たってるんですよ?」

 喰い下がるボクに、やれやれと溜息をついて部長が目尻を揉む。な、何ですか、その呆れた様な顔は!

「……当たり前だろう」

「……へ?」

「当たっていて当たり前だ、と言ったんだ。『予言』なのだろう? 当たっているに決まっているじゃないか」

「……え? す、すいません、意味が分からないんですけど?」

 部長、さっき予言について全否定してませんでした?

「世界中には、『予言』と称されるものが星の数ほどある。一時は『マヤの予言』がブームになったな。だが、よく考えて見ろ? 『マヤの予言』が選ばれたのは何故だ? 編集者だってバカじゃない。その予言が『過去に当たっていた』から、わざわざ南米の予言を、縁も所縁も無い極東の島国に輸入したんだろう?」

「……あ」

 ……あ、ああ。そっか。

「二十世紀末に、フランス人が書いた予言書がテレビやマスコミで毎日の様に報道されていた。特番まで組まれ、私の親戚には『どうせ世界が滅びるんだから』といって住宅を購入した人間も居る」

 まあ、流石にそれは買う踏ん切りをつけただけだろうがな、と部長。

「二十一世紀に入った今、あの予言書の話が出てくるか?」

「……出てこないですね」

 出て来ても、『あの人は今!』的な扱いでしょう、多分。

「ある直木賞作家は、『トーナメント理論』という言葉を使った。『残っている予言書は当たっている』のでは無い。『当たっているから残っている』のだ」

「……小さいようで大きいですね、その違いは」

「『歴史は勝者が作る』、或いは『勝てば官軍』の言葉の通り、今残ってる予言者は軒並み当たっているに決まっている。そうでないと、早々にトーナメントから退場しているからな」

 ああ……なるほど。

「じゃあ……部長は、予言……というか、占い全般を信じて無いんですか?」

「そうは言って無いさ。アガスティアの葉を知っているか?」

「アガ……何ですか、それ?」

「アガスティアの葉。インドの聖者アガスティアが残したとされる、タミル語で書かれた予言だ。この世界に住まう全ての人の人生が書かれていると言われている」

「な! こ、この世界に住まう全ての人のって……」

 何ですか、その規格外の予言は! あるんですか、本当に?

「真相については眉唾だが……一時、日本でもブームになった予言だ。予言というより占いだが……この占い、インド人は九割近くの確率で当たるらしい」

「きゅ、九割ですか! そ、それってものすご……え?」

 ……『インド人』は?

「……なんです、それ? こう……宗教的ななにかですか? インド人以外には神様、冷たいんですか?」

「そうではない。アガスティアの葉の通りに人生が進む人は、日本では三割程らしい。そもそも、アガスティアの葉、と言うのは『未来を決める』為では無く『未来を迷わないよう』にする為に作られている『占い』だ。インドの人々は予言に良い事が書かれていれば、それを実現させようとその『未来』に向かって努力し、邁進する。逆に日本人の場合、その占い結果に胡坐をかき、自堕落な生活を送る為に予言からかけ離れた未来になる」

「ええっと……それって『占い』って言えるんですか?」

 占いってこう……もうちょっと、バシッと未来を当ててくれたりするモノのイメージがあるんですが……

「それでは……逆に聞くが、『貴方の人生、これ以上何の発展も見込めません』なんて占い結果が出たとする。そうしたら君は、人生を絶望し、死んだように生きるつもりか?」

「な、なんて酷い結果を……いや、そんな結果が出ても精一杯生きて行くつもりですけど」

「そうだろう? 酷い結果が出たなら、それを回避する為に、良い結果が出たなら、その結果に少しでも近づく様に努力をする筈だ。占いとは、その手助けの為に過ぎん」

 そうだろう? とこちらに問いかける部長。

 ……そう言われれば、そうかもね。『占い』通りの進む人生なんて面白くも何ともないだろうし……何より、『夢』が無さそうだ。

「重ねて言うが、私は『占い』を全否定するつもりは無い。一寸先は闇なこんな世の中、何がどうなるか分かったものじゃない。少しでも光明があればそれに縋りつくのは当然だ。ただ、良く言われている様に『当たるも八卦、当たらぬも八卦』ぐらいのつもりで、占いを信じろと……まあ、そういう事だ」

 当たるも八卦、当たらぬも八卦……ね。

「……分かりました。そう思います」

「ああ……いや、待て。これは私の考えであって、無理に君がこの考えに賛同する事は無いんだぞ? 君自身、納得の行く答えを導き出してくれれば、私はそれで……」

「……いえ。良いんです」

 今朝の占いの結果は……『年上の人に、人生観を変える発言をされるでしょう』

「……ええ。やっぱり部長、その言葉は真摯に受け止めます」

 なんせ、『年上』の人の言葉だ。占い自体、好き好きはあるし……まあ、これはこれでありでしょう。

「そうか……ならばいい」

 ふっと、優しい笑み。しかし、それも一瞬。部長は再び読んでいた本に目を落とし――

「……ああ、そう言えば」

「何ですか?」

 喋り過ぎて喉が渇いた。確か、ペットボトルにお茶が……っと、あったあった。

「先ほどの占いがあっただろう? 私の」

「あの似非占いですか?」

「似非……まあ、いい。先ほどの占いで分かったのだが、君の意中の人とはどんな人なのだ?」

「っぶ!」

 飲んでいたお茶を拭きだした!

「……何をしている。汚いな」

「す、すいませ……って、ぶ、部長!」

「なんだ?」

「『なんだ?』じゃないですよ! なんでそんな事聞くんですか!」

「可愛い後輩が悩んでいるんだ。少しでも力になりたいと思ってな」

……こ、この人は……なんだ? 鈍感? 鈍感なのか?

「殆ど毎日、放課後の時間はこの文芸部室で過ごしているんだ。積極的アプローチ云々と言ったが……積極的なアプローチをかけるのも、中々に難しいのではないかと、そう思ってな。別に毎日来る必要は無いぞ? そうだな……活動日数を週に二日にするとか――」

「け、結構です! 大丈夫です!」

 せ、折角部長と毎日過ごせる時間なのに、そんな勿体ない事出来ません!

「ならばいいが……」

 心持、不満そうな顔を見せる部長に。

「部長、部長」

「なんだ?」

「……ばーか」

「……謂れのない中傷を受けた気がするが?」

 困惑した表情を浮かべる部長に苦笑と……盛大な溜息を吐き、ボクは残りの時間を読書に使う為、部室に備え付けの本棚に足を運んだ。

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ウチの部長は、ちょっと変 綜奈勝馬 @syota

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