オレオ~黎明編~
太刀川るい
オレオ~黎明編〜
「うわなんだこれ」
「オレオレオです」と彼女は得意げな顔で言った。目の前には雑に加工されたオレオが1つ。某有名ハンバーガーの様に3枚のクッキーの間に2つのクリームが挟まっている。
「今まで聞いたことのない言葉だね」
「そうでしょう。私の造語ですから」
「君は言葉というのは人に伝えるためにあるものだということを意識したほうが良いと思うよ」
「オレオを合体させたオレオレオ……私この食べ方が大好きなんです」そう、彼女はうっとりとした視線でオレオレオを眺める。
「聞けよ。人の話」
「しかし、先輩。このオレオレオには1つの問題があるんです。分かりますか?」
「時間と労力を無駄にする所かな?」
「も~先輩ったら。真面目に考えてください。2つのオレオを合体してオレオレオにする……すると必然的に『オ』が一枚余ってしまうんです」
「まあ必然的にそうなるね……ていうか、それ『オ』って称する人はじめて見た」
「この余った『オ』の問題は、長年放置されてきました。我々オレオレオリストはこの『オ』を単体でただ食べてみたり、牛乳に浸してみたりと工夫してきたんですが、しかしそれにも限界はある……」
「それ、オレオのまま食べちゃだめなの?」
彼女は心底呆れ顔で、はあ~~~とため息をつく。
「先輩にはセンスが無いですね。オレオ製造工場に勤めておきながら、ただ目の前の仕事に追われてオレオの本質を見ようとはしていない。ビジョンってものがないんですか」
オレオを合体させて食べる方が本質を見失ってはいないだろうか、と私は思いつつ反論を諦める。
「それで、この問題を解決するために、私考えました。この工場のオレオ製造マシンを改造して作った連続オレオ製造マシンです」
彼女はどうだとばかりの顔で、乱雑に改造された高価なマシンを指差して言う。なんてことしてくれたんだ。
「見てくださいこのボデー!このスイッチを押すと……」
オレオレオレオレオレオレ…
「うわ、オレオが出てきた。しかも全部繋がっている」
「ね、凄いでしょ。これでオレオレオを好きなだけ量産できるんです。もう『オ』が余ることもない」
オレオレオレオオオオオオ……
「あ、『レ』が切れた」
「定期的に補充しなければならないのが難点なんですよね」彼女はそういうと、『レ』を機械に継ぎ足していく。
「凄いでしょう。この発明は。これをそのまま売りましょう。プリングルスみたいに缶に入れて好きな分量だけオレオレオを食べられるようにするんですよ。全世界のオレオレオリスト垂涎の商品ですよ」
「なるほど、しかし1つ気になることがある」
「売れすぎて生産が追いつかないことですか?」
「なぜそんなにポジティブなんだ君は。気になることというのは……これはどの段階で止めるんだ?」
「それはもちろん、『オ』で止めます」
「だろうね。じゃないと『レ』が手や服にくっついてしまうから」
「ええ」
「すると、次は『レ』から始まるじゃないか。それは解決できているのか? 見たところ一旦『レ』をスキップするような機構は見当たらないが」
「ああ~~~」彼女は頭を抱える。
「しまった……そんな欠陥が……」
「オとレが1対2だからこそオレオは成り立っている。その比率を変えてしまえばオレオは成り立たない。つまり、君の発明はオレオの本質を見失っているのだ」
「オを後から別で供給する人を雇えば……」
「自動化の意味がなくなるじゃないか。作りなおすしか無いね」
彼女はしばらく反論しようとしていたが、やがて諦めたのか、がっくりと肩を落として椅子に座り込んだ。
「はあ、大ショックです。まさかそんな落とし穴があるなんて」
「さて、元に戻そうか。今日はラインの視察がある」
「ああ、でも何か解決方法は……」
「ないだろうね」と言って私は連続オレオ製造マシンに手をのばす。
そこで彼女の「あった!!!」と言う叫びが私の手を止めた。
「あったんです。先輩! 解決方法が! 機械はほぼそのままで完璧な解決方法が!」
「ほう、だったら見せてもらおうか。その解決方法とやらを」
彼女は不敵に笑うと連続オレオ製造マシンの出口の角度をちょっと変えた。そしてスイッチを入れる。
オレオレオレオレオレオレオレと次々にオレオが吐き出される。
しかし、今度は出口に角度がついているのだ。オレオは直線ではなく常に一定の角度を持って吐き出される。やがてそれがある程度の長さになった時、私は彼女の意図を理解した。
オレオレオレオレオレと常に一定の角度を保って吐き出されるオレオは曲線を描いて伸び続ける。そしてその弧はやがて円に近づき……
彼女はオレオ列の最後を『レ』で止めた。そして機械からそっとオレオ列を取り外し、開始の『オ』と最後の『レ』を静かにくっつけた。
静かな衝撃が走る。完璧な円がそこにあった。いまや『オ』と『レ』は完璧に同数となり、その円環の中に自らの矛盾を全て内包していた。
「美しい……」と言う言葉がおもわず口から漏れた。これが、オレオの真の姿だったというのか……
「いやだ、先輩。そんなに褒めないでくださいよ。いくら私が美人だからといって」
「いやそっちじゃない。なんてことだ。これはオレオ界の革命だ」私は全身を駆け巡る感動を抑えながら、その真のオレオを見つめた。いや、オとレはすでに同数だから、オレオという言葉も適当ではない。これはオであり、レであり、そしてその両方を同時に満たす哲学だった。言うなれば『真理』そのものだ。自分がこの仕事についたのはこれを作るためだったのだと理解した。
「すぐに量産だ!」思わずあつい言葉が腹の底から上がってくる。
「はい!」と彼女は満面の笑みで答えた。
こうして私たちは『真理』の生産を開始した。みなさんのご家庭にこの『真理』が届くのも時間の問題だろう。その時をどうか焦らずに待って欲しいと思う。
オレオ~黎明編~ 太刀川るい @R_tachigawa
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