第11話《フリーター》、《勇者》を辞める

 突然告げた番野に、美咲は訝しむような声色で言った。

「何かに狙われてる? 私達が?」

「あくまで可能性だけどな。そうだと決めつけるにはまだ情報が足りない」

「でも、どうしてそう思ったの? 」

「今の時点で、“あっちの世界”から召喚された人間は俺と美咲の2人。それに、俺達にはそれぞれ違う職業ジョブが与えられている。この事から考えていったら、ここには俺達以外にも“あっちの世界”から召喚された人間がいるんじゃないかと思ってな」

 番野がそこまで言うと、それまで腕を組んで考えながら聞いていた美咲が顔を上げて納得したように言った。

「なるほどね。つまり、“あっちの世界”から召喚された私達以外の誰かがさっきの竜を何かしらの目的を持って、私達にぶつけてきた、と」

「そういう事。だけど、さっきも言った通りまだまだ情報が少なすぎる。さっきの現象が、この世界では当たり前だなんて可能性も無い訳じゃないからな」

「確かに、用心しておくに越したことはないわね。あんなのが来た後だと、次は何が襲って来るか分かったもんじゃないし」

 はぁ、と、ため息混じりに言う美咲。

 そして、美咲は、目の前にいる《勇者》番野に向けてある疑問を口にした。

「ところでさ、番野君って一体どうやって《勇者》になったの? 君の職業ってたしか《フリーター》だったよね? 」

「ああ。本職はな」

「本職?」

転職チェンジ。能力は、自分が1度見た事のある職業になれる。これが《フリーター》の能力だったって訳だ。て言っても、まだ分かってるのはこれくらいだけど」

「へぇー。面白い能力ね。でも、転職したらずっとそのままなの? 」

「いいや。《フリーター》の能力って事から考えるに、これには明確な時間は分からないけど時間制限があるはずなんだ。今はその制限時間が来るのを待ってるんだけど……」

 番野が言った次の瞬間、自身の感覚で経過時間を計っていた番野の身にある変化が起こった。

 首から下全体が、突然発光し始めたのだ。

「うおぉおお!? か、体が光ってる!?」

「それが制限時間の合図かしら? だとしたら、ちょうど良かったんじゃないの?」

「だ、だと良いけどな……、って、うわぁぁああああ!!」

 番野の体を包み込んでいた光が一段とその光力を増す。そして、その光はとうとう番野の全身を包み込んだ。

「目が、目がぁああああ!!」

 不意の発光に目を閉じ損ねた美咲は反射的に両手で目を覆う。

 本人にとってはこの出来事は不幸でしかないのだろうが、美咲が反射的に取った行動は同時にある意味で美咲に幸いをもたらしていた。

 美咲が反射的に手で覆って隠した自分の視界。そこには、およそ衣服と呼べる物は青地のトランクスのみといった格好の番野が立っていた。

(ふむ。なんか、やけに涼しーー)

 一瞬の閃光の後、自身を包む光が消えたことで自分の状態を確認できるようになった番野は、今の自分の姿にとてつもない衝撃と不安を感じた。

(ちょっ、なんだよこれぇ!? なんでだ! どうしてこうなった!? って、いやいや、今はこんな事してる場合じゃない! 美咲が目を開けるまでに何か着ないと!!)

 大慌てで周囲を見回す番野だったが、いかんせん、それらしき物は先程トランクスを除き全て消えてしまったのでここにはもう無い。

「うーん。なんだったのよ、今のは……」

 そしてついに、視力の回復した美咲が視界を覆っていた手を離し、その目を開けた。

(まだだ! まだ何か誤魔化せる方法があるはずだ!!)

 咄嗟に番野が取った行動、それは--

「番、野君……? 何、やってるの……?」

「おお美咲。何ってお前、アレだよ、シャクトリムシの動きを研究してたんだよ」

 そう言って、地面に寝そべってクネクネと奇妙な動きをする番野を目の当たりにした美咲は、一も二もなく真っ先に叫んだ。

「キャー! 番野君が変態になったー!?」

「ですよねぇぇえええ!!」

 次の瞬間、番野の体は、美咲の放った下に叩きつけるような平手打ちによって地面に勢い良く伸ばされた。

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俺が《フリーター》で彼女は《勇者》で。 鷹津 翔 @takatsu

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