第10話 《フリーター》、竜と戦う
「番野、君……?」
美咲に呼ばれ、後ろを振り返った番野はブイサインで応えると、竜の腕に攻撃を仕掛けた。
しかし、
「うおっ、硬っ!」
美咲と同じように硬い鱗に剣を弾かれ、竜に攻撃を当てる事はできない。
「番野君! 分かったと思うけど、その鱗は硬すぎて剣だと弾かれるわよ! だから、鱗の無い胸と腹を攻撃するしか方法は無いわ!」
「いや。まだ方法はある!」
番野はそう言うと、振り下ろされた凶爪を避けずにわざと受け止める。
盾として使った剣から伝わる竜の膂力と重量を受けながら、番野は《勇者》の力に感嘆の言葉を漏らした。
「へぇー、こりゃすごいや。ちょっとキツイけど、こんな攻撃にも耐えられるなんてどんだけハイスペックなんだよ、っと!!」
番野は、かけ声と共に受け止めていた竜の腕を横に弾くと、そのままおもむろに剣で強固な鱗がびっしりと生えた竜の腕を斬りつける。
すると、剣は鱗に弾かれる事はなく、やすやすとその刃を腕に斬り込ませた。
「グギャアアアアア!!?」
悲痛な叫びを上げ腕から血を流す竜を見た美咲は、番野が何をしたのか理解できず困惑していた。
「何が、起こったの……?」
「簡単な事だよ。鱗が硬いんなら、鱗に当たらないように斬れば良い。要は鱗が生えている方向に沿って剣を入れてやれば、鱗に弾かれず、こいつの体を斬る事ができるって訳だ」
「なるほど……。確かに理屈で言えばそうね」
「え? 気付いてなかったのか?」
「…………、うん」
「もしかして、意外とバカだったりする?」
次の瞬間、番野の頬を刃が浅く斬った。
ツー、と頬を伝う生温かい液体の感触を感じた番野は、恐ろしさのあまり竜と戦っているのも忘れて大慌てで美咲に謝罪した。
「ごめんなさい! 美咲様は天才でございます! て言うか、もうそんなに動けるんですね!!」
「まあ、いつまでも休んでいる訳にはいかないものね。て、それより後ろ後ろ!!」
「え?」
美咲に指摘された番野が後ろを振り返ると、そこには口に炎を溜め、今にも吐かんとしている竜がいた。
「知らせてくれるのが遅いんじゃないですかねぇ?」
「ご、ゴメン」
「ゴアアアアア!!」
竜は雄叫びを上げると、目の前にいる番野へ火球を吐いた。
「避けて!!」
美咲が叫ぶが、少し遅かった。火球はすでに番野の間近まで迫っており、これを避ける事はもう叶わない。
普通ならば、もう諦めて死を受け入れるしかないこの状況だ。しかし、今まさにその状況に立たされている番野は、なんと笑っていた。
それも、ヤケになって笑っているのではなく、自信満々の笑顔で。
「おおおおお!!」
両手で剣を構え、一閃。
「うそ……」
竜の放った必殺の火球は、番野の振るう剣とぶつかった途端、まるで包丁で切られた果物のように2つに綺麗に割れた。
「すごい……」
その結果に美咲が思わず感嘆の言葉を漏らす。
番野はそれを聞くと、美咲の方を向いて妙に取り繕った声で言う。
「こんな事、造作もないな」
「うわー、一気に冷めたわー」
「う……」
氷のように冷たい視線を受けた番野は苦笑いを浮かべた後、一旦咳払いをしてから言った。
「俺がこいつの態勢を崩す! だから美咲はこいつを攻撃する事だけに集中してくれ!」
「了解!」
番野は美咲が応答すると同時に竜の足元へ飛びだす。
(まずは、前足を攻撃してこいつのバランスを崩す!)
「はああああっ!」
竜の足元に移動した番野は、竜の右前足に次々と剣を叩き込んでいく。
一見、なんの狙いもなく斬っているように見えるこの行動だが、番野には明確な狙いがあった。その狙いとは、
(こいつの、靭帯! 」
人間や犬、魚類などの脊椎動物の関節には、骨と骨とが離れないようにする為に靭帯が存在する。
靭帯は1つの関節に数本ずつあり、その内の1本が切れても多少は動かせるようになっている。
ならば、もしその靭帯が全て切れたらどうなるか。
(その部分の関節が分離する。そうすれば、こいつは自分の体重を支えられなくなって倒れるはずだ!)
「グォアアアアアアアア!!」
そして、竜が自分の足元にいる番野を踏みつける為、右前足を上げようとしたその時。
「これで、どうだ!!」
番野の一声と共に振るわれた剣が、竜の足の靭帯を斬り裂いた。途端にバランスを失った竜は、ゆっくりとその体を傾けていく。
「よっし!!」
竜の巨体に巻き込まれないように後方に跳んでガッツポーズを取る番野。
竜はそのまま地面に倒れ込む。
しかしこの時、通常ならば起こるべき事象が発生しなかった。
(あんな巨体が倒れ込んだのに、風の1つも起こらないだって……?)
「行くわ!」
「いや、待て美咲!」
「んぇ?」
何かがおかしい。
そう思った番野は、態勢を崩した竜に、作戦通り斬りかかろうとした美咲を制す。
(ちょっ、なんか変な声出ちゃったじゃない!)
突然の制止に素っ頓狂な声を上げた美咲は、それが番野に聞こえていないか不安になり慌てるが、番野には聞こえていない事に彼女は気付いていない。
一方、番野も番野で、ある事に対して恐怖していた。
(まさか、第2形態に変身なんてしないよな……?)
2人がそれぞれ別の事を思う中、竜にある変化が起こった。
あれだけ巨大で悠然としていた竜の体が、次の瞬間、キラキラと光り輝く粒子になって空気に溶け消えていった。
「何が、起こったんだ……?」
「分からない。けど、あそこ……」
「ああ。あいつの倒れてた場所、それにあいつが炎を吐いた場所の草に“一切変化が無い”」
そう。先程まで竜が倒れていた場所や、竜が動いて足で踏みつけた場所の草に全く変化が無かったのだ。
まるで、初めから“漆黒の竜など存在していなかった”かのように。
番野は、ただならない“何か”をその身に感じながら言った。
「俺達は、誰かに狙われてる可能性がある」
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