第9話 《フリーター》、《勇者》に転職する

「ぐぅっ……!!」

 今もなお竜と相対している美咲は、体力の限界が近付いたせいで徐々に動きが鈍くなってきていた。

 そのため、攻撃の速度は遅いが1撃1撃が強力な竜の攻撃を捌ききれず、防御する事が多くなっている。その度に、剣を通して伝わる衝撃で美咲は少しづつ体力を削がれていく。

 状況は、確実に悪くなっていた。

(ゲームとかマンガみたいに、『○○斬り!!』とか使えないのかしら? それができれば、だいぶ楽なんだけど)

「ゴアアアアア!!」

 美咲は、竜が腕を振るってきたのに合わせて剣をわざと竜の爪に当て、その衝撃を利用して距離を取る。

 だが、腕が痺れ、もはやまともに剣を振る力も残っていない美咲は剣を地面に落として肩で息をしていた。

「はぁ、はぁ……。ちょっと、キツイかも……」

 膝に手をつく美咲の元に、竜はまるで嘲笑うかのようにゆったりとした歩みで近付く。

「これは……、本格的にマズイ、わね……」

 美咲の目の前までやって来た竜はその岩すらやすやすと噛み砕いてしまいそうな顎を目一杯開ける。

 竜の口から漂う血生臭い臭いに美咲は顔をしかめた。

(うーわ、何この臭い! こんな口に噛まれたくないわ!! やっぱり私抵抗する!!)

 果たして、これまで『竜の口が臭いから』という理由で剣を取った勇者がいただろうか。

 ともあれ、再び剣を取った美咲は口を開けて所狭しと生え揃った獰猛な牙をさらす漆黒の竜に向けて剣を構える。

(って言っても、まともに攻撃できるのはあと1回くらいかしら。私の体力的な問題もあるけど、それ以上にドラゴンとの距離が近過ぎる。腕とか牙で攻撃してくるんならまだ避けようはあるけど、ゲームのドラゴンみたいに炎なんて吐かれたらお手上げね)

 竜が首をもたげ、攻撃の意志を見せる。すると、それに呼応するように美咲が迎撃の構えを取った。

(多分、もう潜り込んで攻撃する方法は使えない。だから、ドラゴンの口から突き上げるようにして直接頭を攻撃する!)

 読みが当たれば勝利。外れれば死。

 単純な2択だが、これがどちらに転ぶかで運命は決まる。

 勝負は一瞬。たった1度きり。

「来なさいっ!!)

 漆黒が動く。

 もたげた首を美咲目掛けて振り下ろすような動作だった。

(読み通り!!)

 美咲は、想定したままの動きで竜を迎撃する。

 が、

(火、花……?)

 美咲の目の前に落ちた火の粉が、彼女に絶望を与えた。

「そ、んな……。ブレス……?」

 竜は、呆気にとられて動けない美咲へ灼熱の、しかし無慈悲で冷たい炎を吐いた。

迫り来る死を前にした美咲は恐怖を口にする事はなく、ただ1言呟いた。

「ゴメンね……」

 美咲がポツリと呟いた、その時。

 轟々と迫る炎が、文字通り掻き消えた。

「え……?」

 またも呆然とする美咲の目の前には、自分の持っている物と同じ装飾の剣と、まるでRPGに出てくるような勇者の格好をした少年が立っていた。

 少年は後ろを振り返ると、美咲に向かって言った。


「《勇者》番野、ただいま参上!!」

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