第21話
「おい、やめとけ」
そう言ったのは、星校の連中の中で一番後ろにいたリーダー格と思しき少年だった。
「は?」
「屋島さん、急にどうしたんすか?」
「いいから、行くぞ。おまえら」
屋島と呼ばれた男は、強引に仲間を引きずって店を出ていこうとする。ほとんどのメンバーは、渋々ながらそれに従ってついていく。どうやら芝原たちに未練があるようだが、リーダーにそう言われては逆らえなかったようだった。
だが、一人だけ、最初に芝原に声をかけた男は、屋島の言葉を無視して、まだしつこく芝原に絡んでいた。
「なら、せめてラインだけでも教えてくだいよ。頼みますよ」
芝原の連絡先だけでも強引に聞き出そうとしているようだ。
「どうかしましたか」
その男と芝原の間に入ってきたのは、二メートルはあろうかという巨漢で、西洋風の顔立ちの金髪の男だった。
「そこの彼女は嫌がっているように見えますが」
言葉遣いこそ丁寧だが、その体格と相まって威圧感は半端ではない。ナンパしていた星校の男は泡を食ったような顔をしている。
「い、いえ。すいませんっした!」
そう言い残すとくるりと踵を返して、店から出て行った。
「大丈夫だったか、芝原」
僕は物陰から姿を現して、芝原に声をかける。
「愛原……」
彼女はもともと鋭い目つきを、きつくして僕を見る。
「おまえ見てたのかよ……」
彼女の言葉は、言外に助けに入らなかった僕を責めていた。
だが、仕方があるまい。僕は実際に臆病者だったのだ。その責めは受けるしかない。
「すまん……」
「はあ、いいよ。そこの外国人に助けて……あれ?」
先程の外国人の姿は既に無かった。
「礼言いそびれちまった……まあ、仕方ないか」
そして、芝原は椿野に向きなおって言う。
「助けに入ってくれてサンキューな」
「い、いえ。あたしは何もできませんでしたから……」
「その気持ちが嬉しかったから、いいのさ」
芝原はさわやかに礼を言う。
「じゃあな。またあいつらが戻って来ない内に帰るとするよ」
芝原は、僕を少しばかりの侮蔑を込めた瞳で見ながら去っていった。
「あたしは何も出来なかったのに……」
椿野は悔しそうに呟いた。
だから、僕は言ってやる。
「おまえは僕と違って動けたんだ。充分に立派だよ」
「でも……会長はあの人を救いました」
「………………」
僕は椿野の言葉に無言で応じる。
「皆さんの力を使いましたね?」
そう。
僕はまずゲームセンターの入口付近でクレーンゲームをしていた七海のもとに走り、テレパシーで、凛とアンネを呼ばせた。そして、七海の読心能力で、星校のやつらの中のリーダー格が誰かを見極めさせた。次に、僕は凛に命じて、リーダー格である屋島という男に、魔法で憑依させ、全員をその場から引かせるように操らせた。それでもひかなかったしつこい男には、巨漢の男に変身させたアンネに対応させた。ああいうタイプの男は外見が強そうな男には絡まないだろうと思ったからだ。
「僕は卑怯者だよ」
自分は何一つ動けなかった。
だから、仲間の力を頼った。
僕はそういう男だった。
「でも、会長は何もできなかったあたしと違って、あの人を救いました」
「もしも芝原を救った人物が誰かっていうんなら、こいつら三人だ。少なくとも僕じゃない」
「でも、会長が動かなければ、あの人は救えなかったのは事実です……」
そして、椿野はなぜかぽろりと涙を流した。
「なんで泣くんだよ」
僕は苦笑する。
「いや……悔しかったんです」
僕は椿野はてっきり、一番に男たちの間に割って入りながら何もできなかった自分が悔しいというのだと思っていた。
だが、椿野は――
「会長が何も出来ない人だと、思われたことが悔しいんです……」
「………………」
僕は何も言うことができない。
「会長は……やっぱりあたしが思っていた通りの人でした……このつまらない『世界』救ってくれる人なんです……」
椿野は、涙を流したまま、微笑んで言った。
「やっぱり、会長は権力を握るべきです」
「………………」
「会長はそういう人間なんですよ」
僕は椿野の言葉を聞きながら、自分の中にある大事な何かが、音を立てて揺れ始めるのを感じていた。
生徒会に権力はありません 雪瀬ひうろ @hiuro
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