第8話 敗北の姫将軍
接近戦に移行した重装騎兵を、軽装騎兵が弓や槍で援護する。防御の薄い身軽な軽装騎兵は、防御力の高い重装騎兵の後ろに隠れて突撃し、乱戦の時に敵の側面や背後にまわって支援攻撃をおこなう。
騎兵という兵種は、重装騎兵と軽装騎兵の二種類に分かれる。
重装騎兵は、馬にまで防具を着せ、
騎兵の体高の高さと、
攻撃力を重視した重装騎兵は、この時代における軍隊の主戦力の一つだった。
もう一つの軽装騎兵の場合、馬は鎧を着けず、騎手の防具は硬くなめした革鎧か、金属の胸当て程度という身軽な装備で、移動の速さを重視した騎兵だった。武器は、馬上で取り回しのしやすい
その役割は、伝令、長距離偵察、友軍部隊の側面援護、遊撃による敵のかく乱などである。
伝令任務や偵察においては、身軽で馬の体力消耗を抑えられるため、長時間の高速移動が可能だし、戦闘においては、状況がまずくなれば、素早く逃げ散ってしまうことができる。
偵察や伝令のように、軽装騎兵の方がすぐれた働きをできる任務もある。そういう理由で、重装騎兵と名の付く部隊にも、三割ほど軽装騎兵が編入されているのだった。
ガリシア騎兵は、突撃態勢を整えようとした所で、ロンバルディア騎士団に急接近され、前方をふさがれた。左側は、重装歩兵が長大で密集した横陣を
交戦中の前衛部隊が前に進めないために、後列の騎兵部隊は、戦いに参加もできずにその場に停滞させられた。狭い
そこへ帝国本領軍の一万二千騎の騎兵達が追いつき、背後から突撃をかけて来た。
背後からも攻撃を受け、はさみ撃ちにあった事を知ったガリシア軍総帥のディアナ姫は、開けている右翼方向へ敗走する事をせず、むしろ前方への決死の突破を
ガリシア騎兵の予想外の猛攻に、三千騎のロンバルディア騎士団では荷が勝ちすぎると判断したケルナー総長は、騎兵達をいったん左右に分かれさせ、意図的に道を開けた。
前方が開けたガリシア騎士達は、勇んで前進しようとする。しかし、さらに彼らを
皇太子は本陣から逃げない。いや、逃げられない。帝国の権威を
ガリシア騎兵部隊は、強引な突破と引き換えに隊形が混然としてしまい、各部隊が乱れ混ざり合ってしまっている。ガリシア騎士達は組織力を発揮できずに、個々に白竜騎士団に向かって突撃を行う。
整然と隊形を組んで複数の騎兵が同時に突撃をしてこそ、敵を
そこへ陣形を組んで待ちかまえた白竜騎士団が、槍先をそろえて正面から整然とぶつかってくる。左右からは、いったん道を開けたロンバルディア騎士団が馬首を返して攻め立てくる。背後からは
ガリシア騎兵部隊は、四方をほぼ包囲されてしまったのだった。
包囲によって多方向から攻撃する帝国軍騎兵部隊に、有利な展開となった。
しかし、帝国軍の騎兵部隊は、ガリシア騎兵を次々に討ち取りながらも、時間が経つにつれ、戦う内に陣形が大きく乱れ、混戦の状態となっていった。
レオンハルトも、ロンバルディア騎士団本隊どころか、
レオンハルトは、混沌の戦場を見回す。ある場所で、騎士達が互いに名乗りを上げて正々堂々と一騎打ちの戦いをしているかと思えば、他方では、別の騎士が味方を
こんな状態では、いきなりどこから攻撃を浴びるか分からない。敵の突撃を
そう考え、レオンハルトは馬を操って乱戦の場から離れた。ロンバルディア騎士団の軍旗を探し求めて、兜の
混戦の中から脱出してきた三騎のガリシア騎兵が、彼の右側に突然現れたのは、その時だった。
レオンハルトが彼らの進行方向にいたため、先頭のガリシア騎士は、垂直に立てていた
後に続く二騎も
三人目の小柄な騎士は、白塗りの、金で
こちらは騎兵槍をすでに横に構えていたが、槍先がふらふらと落ち着かない。重い槍を、細腕でうまく支えられないようだ。ふと見ると、普通の鎧と違って、胸甲の部分が大きめの膨らみをもっている。
それに加え、その
女。
何かを思いつきかけた時、槍の突きが顔に向かってきた。しかし、剣を持つ右腕に、力をためて攻撃を待っていたレオンハルトは、難なくそれを払いのけた。
間髪入れず返し斬りした長剣は、一振りで
二人の味方を目の前で倒されて、一人きりになっても逃げ出さないとは。いや、味方を目の前で倒されたからこそ、
その場に踏みとどまる女騎士に感心しつつ、馬を進めて距離を縮める。すれ違いざまに一撃を放つ。馬上から振り下ろされた剣は、剣の自重を合わせた重たい一撃だった。鈍い金属音と共に、剣がはじき落とされ、女騎士はくじいた手をおさえて動きを止めた。その間に馬を素早く下り、剣を突きつける。
「貴公は私の捕虜だ。貴公が抵抗をしないと誓うならば、こちらもその身に危害を一切加えない事、騎士の名誉にかけて誓おう。」
討ち取らなかったのは、女性の命を奪う事への嫌悪感があったからだ。それに、彼女の正体を確かめないといけなかった。
あらためて
「名のある騎士とお見受けする。お名乗りいただこう。」
相手の正体の見当を付けながらも、レオンハルトは
「......」
くじいた手を押さえたまま無言でいる女騎士に、重ねて話しかける。
「私はレオンハルト・グレーナー男爵。アルビオン帝国の騎士にして、ロンバルディア王国の
「
ようやく答えた
まあ、男爵など下っぱ貴族にすぎないから、下郎呼ばわりも仕方ないな、と心の中で受け流す。
気を悪くした風も無く、話し続ける。
「騎士でありながら、戦場で名乗りを上げぬとは、異な事ですな。」
そして、戦いの間にひらめいた事を、いきなり口にして不意打ちをしかける。
「ガリシア軍総帥にして、王国の次期王位継承者、ディアナ・ベルダライン王女とお見受けする。」
「!」
女騎士の動きが硬直した。
「それとも偽名でも名乗り、私を
責めているわけではない。ただ、戦場で追いつめられた者は、捕虜となる時に、姓名と身分を明らかにする決まりがあるのだ。
ここまで言われて、さすがに
「いかにも。私がガリシア王国の王女、ディアナ・ベルダライン・デ・ガリシアだ。」
騎士の国の物語 ~亡国の姫騎士~ コハク @amber2032
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