第7話 交戦
デリック・オーウェル監察官は、いったい今までどこにいたのか。ロンバルディア騎士団の後方に隠れて安全を確保していたのだろう。しかし、騎士団が予想外の動きをし始めたので、あわてて馬を飛ばしてきたというところか。
それにしても、大事な時に邪魔しに来やがって、とケルナーは心の中で毒づく。
デリックは
「なぜ、本営からの命令を無視して、部隊を逆方向に進めたのです!ロンバルディア騎士団に戦意無し、と報告してもよろしいのですか!?」
「無視などしておりませんし、我々は戦意に満ちあふれておりますよ、監察官殿。」
ケルナーは努力して、落ち着いた声で話している。
「ならば、部隊を戻して、突撃を再開しなさい。」
「貴公の役目は、属領軍の
軍の指揮権は、帝国軍本営が、恐れ多くも皇帝陛下よりお預りするものですから、これに貴公が口出しをするのは
「む...。」
デリックは言葉に詰まった。
レオンハルトは、笑い出すのをこらえなければならなかった。
ケルナー総長は、帝国の権威を借りて監察官をやりこめてしまった。いつもならば立場は逆なのだ。
「それにですな、我々は敵の先回りをして、一万五千騎の騎兵に正面から突撃をかけようとしているのですよ。」
馬を止めるどころか、振り返りもせずにケルナーは答える。にやにや笑いを隠しているのだ。
「き、貴公は三千騎の
「
ケルナーは、生真面目な顔を作って振り返った。
「しかし、なにぶん、我々は兵力が少のうござるゆえ、一兵でも多いに越した事はない。貴公も突撃に加わっていただけるならば、心強いのですが。」
「い、いや、ロンバルディア騎士団のご
額に汗を浮かせたデリックは、まくし立てるようにしゃべった。
「私は監察の任務が他にもあるので、これにて!ご武運をお祈りします!」
馬の速度を落とし、馬首を転じ、後方へ駆け去って行く。
「なんと素早い逃げっぷり。」
ため息混じりで、レオンハルトが皮肉を言った。
「いいのさ。いけ好かない小物だが、ここは生き延びて、奴には我々の手柄の証人になってもらわないとな。」
すっきりした顔でケルナーが応じる。
「しかし実際のところ、どうやって三千騎で一万五千騎を相手しますか?」
それがレオンハルトの最も聞きたい事だった。
「誰も敵全部を相手するなどとは言っていない。先頭集団を足止めすれば、事は足りる。」
「そして、後方からは本領軍の騎兵部隊が追ってきている。前後から挟撃というわけですか。」
「そうだ。そして、ガリシア騎兵が突撃態勢をとる前に、こちらが接近して、白兵戦を強要する。」
「出鼻をくじかれて、突撃どころではなくなるわけですね。」
「うむ。伝令に通達させろ!大隊単位の横陣の壁を作り、ガリシア騎兵の前面に展開!重装歩兵の隊列も利用して、敵の進行を防ぐのだ!」
「はっ!」
ロンバルディア騎士団は、敵と
重装歩兵の長大な横列を回りこんで、ようやく帝国軍本陣を視界に収めかけたガリシア騎兵達は、今度は突撃してくるロンバルディア騎士団に視界を遮られた。
レオンハルトは最前列で馬を、
帝国軍本陣に突撃軸線を向けるために急な転回をした直後で、ガリシア騎兵軍は隊形が崩れている。その内の、騎士の一人を目標に定める。
敵まで十ルーテ(約三十メートル)ほどの距離。
この間にも
長大な
さらに、馬からしてみれば、加速中に
そのため、敵陣にぶつかる直前までは、騎士達は槍の穂先を天に向けて、突撃をするのだった。
ようやく自分が標的にされている事に気付いた騎士は、手綱を引いてこちらに馬首を向ける。だがもう遅い。
攻撃を前に、ここでやっと垂直に立てていた
右手で構えた
倒した
ガリシア騎兵がこちらに向かってくる。ガリシア軍の
二騎は互いに敵を左に置いて、すれ違いざまに槍の一撃を見舞う。槍を突き出すのではなく、脇に抱えて固定したまま、槍先を標的に導く。
レオンハルトは、敵手の槍を下からすくい上げて上へ逸らしつつ、こちらの槍先で敵の上半身を突く。
レオンハルトだけではない。彼の左右でも騎兵の突撃が展開され、悲鳴と落馬は主にガリシア騎兵の側に生じた。
騎兵は、一撃離脱の戦法で戦うため、通常は突撃の後すぐにその場を離れるが、今回は違う。敵に接近して白兵戦を強要し、突撃の機会を与えない事が目的だ。そのため、重くて振り回しにくい
一万五千騎のガリシア騎兵は、左側を重装歩兵の隊列に邪魔され、前方をロンバルディア騎士団にふさがれて、動きが停滞した。
空いている右側前方に広がって逃れようとするが、密集した騎兵がぶつかり合って円滑には動けない。
高所から流れ下ろうとした水流が、突如間近に現れた堤防によって、その勢いを封殺されてしまったようなもので、突撃もままならない。
そしてさらに、その渋滞したガリシア騎兵軍団の背後に、帝国騎兵部隊が追いつこうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます