Final Stories ~magic on the cosmo body~

機械男

いきなり最終回 世界の果てに見たものは・・・

前回のあらすじ


ついに12人の呪われた囚人達の全員を討伐することに成功した、勇者ソルバブル一行。

最後の戦いに挑むために魔王の間を訪れるが魔王の圧倒的な魔力の前に勇者以外の全員が素粒子レベルで分解をされてしまう。

絶体絶命の勇者のピンチに現れたのはかつて勇者の村を荒らし回っていた第一悪魔剣士『ドライウェット』だった。

ドライウェットの助けもあり魔王の持つ『素粒子操作能力』を一時的に封印できたものの、

魔王は何の能力もなしにソルバブルとドライウェットの両者を相手に一歩も退かない。

魔王の圧倒的な剣技を前に、ソルバブルは再びその形勢を不利にすることとなった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「ぎゃあははははははははははははは。所詮はその程度かよソルバブル!天の称号を持つ者が聞いて飽きれる」


 さらなる崩壊が進む魔王城最上階。すでに壁一面にヒビが入り、いつ崩落してもおかしくない危険な状態が続く。

 先の粒子分解によって完全に天井を失ったために魔王の高笑いが天を通じて城の外の魔の森にまで響き渡る。高笑いを終えた魔王は腰に身につけた6本の鞘から剣を抜き、再び膝をついているソルバブルとドライウェットに向ける。


「ドライウェットよ。俺は貴様には少々期待しているところもあったんだが、所詮は第一悪魔のクズだったな。このような愚かな勇者を助けて一体何が得られるというのか。はなはだ理解に苦しむ」


 魔王の言葉にも反論することもできないほどに傷ついた勇者と悪魔。勇者は脇腹に受けた刺し傷が内臓を損傷したばかりでなく先の素粒子分解の影響で全身の筋肉にも細かな断裂を生じているため、少しの動作をするだけで激痛が全身を駆け巡る。

 第一悪魔は傷こそ勇者よりも小さな切り傷のみではあるが、魔王との魔法従属契約を裏切る行為をしているために体の内側で魔王から貸与した分の魔力が爆発を続けている。その痛みは勇者の痛みの10倍を上回る。もはや魔王に立ち向かうのは不可能といえる。


「て・・・てめぇがグリアードさえ殺さなければ・・・。俺にはグリアードを殺した奴に忠誠を誓う必要などない・・・くっ!」

剣を杖代わりとしてドライウェットが再び立ち上がることを試みるが、やはり体に力が入らない。もはや限界をとうに越えた肉体では立ち上がることすらできない。


「グリアード?あの下級悪魔のために俺に立ち向かってきたというのか。悪魔の分際で愛を語るとは落ちたもんだ。もはや同情をする気にすらなれん」


「何が悪魔だ。お前だって元々は人間だっただろうが。たかだか人間の分際で魔王を名乗ってんじゃねぇ!」

 今できる精一杯の抵抗として会話を伸ばそうとするドライウェットであったが、もはや喋るだけでも危険だ。

 そしてさらに言えば魔王はもはや問答をする気は一切ないようだ。


「人間ではない。俺は魔王となるべくして生まれた超人だ。お前らとは生きてる次元が違う」

 そう言うやいなや、魔王が向ける剣先に徐々に黒い球体が集中し始める。どこからともなく飛来する塵のような小さな黒粒が剣先に集中して肥大を始める。驚くべきことに勇者ソルバブルが先ほど見せた『高次臨界天竜点砲』と寸分違わぬ予備動作である。違いがあるといえば魔王は必要なエネルギーを、周囲の魔物の魂を変換してかき集めている所だ。


「うそ・・・だろ。お前が何で高次臨界天竜点砲を・・・」

 勇者はあまりの信じられない光景にただただエネルギーが貯まる様子を凝視することしかできない。

 額からは汗が流れおち、貯まった雫が地面へと落下した。


「貴様にできて俺にできないことなど存在はしねぇ。所詮は神が用意したとはいえ魔法式を用いて記述しない限りはお前ら俗物には使えないからな。全ての魔法と物質を魔法式で記述することができる俺にとってはこの程度のこと、一度見れば造作もないことだ。哀れな神の奴隷と悪魔よ、もはやてめぇらと戯れるのも終わりだ。この世から消し飛んで、永遠に回廊の糞溜めのなかで仲良くしてろよぉおおおお」

 もはや勇者の放った高次臨界天竜点砲をはるかに上回る大きさの魔王の黒球が、さらにその大きさを拡大する。1m程度の光すら吸収する黒球が完成し、触れる者全てを神が用意した無限回廊へと転送している。勇者がドライウェットにかつて放った大きさの10倍の大きさだ。

 微かに触れた塵から、はたまたブラウン運動によって接触する空気まで転送をしている。その影響で気圧が変化をし、黒球の中心に向かう風が発生する。全てを吸い込むまさに悪魔の魔法がそこには存在した。

 あとは魔王が発射を命じるだけでソルバブルとドライウェットは亜空間へと転送されるか、黒球を回避ができてもその後の2次爆発に巻き込まれることは間違いない。そうなればもう逃げ出すことはできない。


「はああああああああああああ!しねええええええええええ」

 魔王が力を込めると黒球にひびが入り、中から光を放ち初める。ついに魔法が発動をするのだ。ソルバブルは無駄だと分かっていながらも防御結界を構築しようとし、ドライウェットは敗北を悟り目を静かに閉じた。


 そして、次の瞬間。瞬く間に爆轟、光音、大地を揺るがす極重衝撃波が魔王城の屋上を中心として炸裂をした。その大きさは四方200km遠方からも確認することができる強烈なものだった。爆発の衝撃波で空気は割れ、振動によって地には歪みが生まれる。爆風は豪風となって周囲の森の木々をなぎ倒し、地面ごと根が引き抜かれた影響で見るも無残な土茶色が魔王城を中心として広がる。

発生した爆煙が城全体を包み込み城の状況が確認できないが、おそらく中心にあったものは建物だろうと一切の形を成さずに吹き飛んでいることだろう。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

「これは・・・勇者の高次臨界天竜点砲ではない?・・・ソルバブルの身に一体何が・・・」

 爆風の影響を受けないほどの遠方。勇者の帰りを見届けようと待機をしていた龍心醤府リュウシュウシャンプーは魔王城で起きた爆発に驚きを隠せなかった。

 爆発は禍々しいオーラを放ち、拡散する魔力の影響で周囲の木々が枯れていく様子が見て取れる。あまりに強い魔王の魔力に生命が崩壊をしているのだ。魔王城からは噴煙と炎が見えるばかりで建物の姿すら確認することはできない。

 かつてドライウェットに切り落とされた左足が悪い結果を予感してかズキズキと痛み始める。

 

 同じくことの成り行きを見にきた虎心婦人とらごころふじんもまた、爆発が高次臨界天竜点砲によるものではないのを理解していた。しかしながらこの様な大規模な爆発は高次臨界天竜点砲以外に起こせるものではないのも間違いない。何かが起こったのだ。

 やはり自分もいくべきだった。彼女はそう思わずにはいられない。

「これはだめかもしれないわね」

「そうなったらお前はどうする?もう諦めるか」

「そうね。そうなったらもうおしまいだから諦めるわ。勇者様が負けるのなら誰も勝てはしない。でもせめて最後ぐらいはあがかせてもらうわ」

「強くなったもんだな。それもあの勇者様のおかげか?」

 かつては生に執着することを諦めて死を求めた戦いを繰り替えしていた以前の虎心婦人からは考えもつかない発言であった。

 その表情には不安は見られるものの、力強い割りきった決意が見える。


「そうね。全てあの人のおかげ。私の身も心も全てはもうあの人の物。あの人がいなくなるなら、あの人が成し遂げたかったことを一つでも多く成し遂げるのみ」

 そう言うと彼女は足元で恐怖のあまりに虎心婦人の足をギュッと掴んで離さないこころを抱きかかえる。

「お兄ちゃんは大丈夫だよね?帰ってくるよね」

 不安の色を隠せないその顔からはソルバブルと約束した「いつでも元気で明るくいること」という契りのかけらも見ることはできない。ただひたすらにソルバブルの身を案じ、彼に帰って来てほしいという思い以外は排斥されてしまってる。

「安心なさい心。もし勇者様が駄目でも私が必ず守ってあげるから。それは勇者様と私の約束」

「そんな約束いらないよ!お兄ちゃんとお姉ちゃんに帰ってきてほしいだけなんだ。一緒に暮らしたいだけなんだよ」

「心・・・。」

 とうとう泣き出してしまった心を抱くことしかできない虎心婦人は己れの無力さを恥じた。

 戦闘狂として人生を浪費するのではなく、もし私が勇者様と同じ思いを胸に100年前から行動さえしていれば。そう彼女は思わずにはいられなかった。


「おい・・・。みてみろよ。なんだは」

 突然、龍心醤府が煙に包まれて姿を確認できない魔王城の方を見ながら何かをつぶやいた。

 虎心婦人もまた龍心醤府の言葉を聞いてから魔王城の方を見てみるが、彼の言うを確認することはできない。

「何を言ってるの龍心醤府?あなたには何が見えてるの?」

「おいおいおい・・・嘘だろアレは。一体何が始まってるんだ。あそこには一体がいるんだ・・・」

 答えになっていない返答を発する龍心醤府に虎心婦人は苛立ちを感じた。龍心醤府と違って魔物の血を持たない純人間である彼女には魔王城の中に何かがいるのを視認することなどできなかったからだ。

「あれは・・・。だめだ、はっきり見ることはできない。煙に包まれちまってうまく見えないががいる!がいやがるんだ!」

 同じ答えばかりを繰り返す龍心醤府は完全に役に立たない。何かを察してはいるのだがそれが何かは確認できていないようなのだ。

 ついに苛立ちの限界を迎えた虎心婦人が龍心醤府に詰め寄る。胸ぐらを掴んで一気に彼を引き寄せた。

「いい加減にしろ!一体何が起きたってのよ!馬鹿なことしてないでさっさと教えなさいと脳漿輪切りにされたいの!?」


 胸ぐらを捕まれた状態でもいまだに龍心醤府は口を閉ざしている。その様子は何がいるのかを理解できてないだけでなく恐怖を感じてパニックになっている様子だ。

 魔界総統軍の切り込み隊長として12人の呪われた囚人達の一人のパンサーを倒した男と同じとは思えないほどの怯えようを見せている。


「まだ・・・まだでかくなる。あ、あれはまるで・・・。まるで・・・」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ドライウェットは生きていた。

 しかし彼は自分がどうやって生きていたのかが理解できない。魔王の放った擬似的高次臨界天竜点砲を受ければ、その肉体は亜空間に飛ばされるか避けれても2次爆発の影響でダメージを割けることはできない。だが彼の体は魔法の放たれる前とまったく変わらず様子でそこにある。一切の衝撃すら感じとることはなかった。

 彼の回りには青い半透明のガラス状のなにかが格子状に張られていた。

 それは完全に高次臨界天竜点砲の2次爆発を防ぎきり、さらには一切の傷を負っていない。

 彼にはそれが何なのかを理解することはできなかった。この世界にある物質の中に同じようなものを聞いたことはない。この世界にある魔法の中にこれほど強力な魔法を確認したことはない。

 彼の頭の中には天界の神々の使う鐘楼結界が思い浮かんだが、その考えもすぐに自分で否定する。もし鐘楼結界であるならば悪魔である自分が壁に触れた瞬間に、性質の反対性から彼は蒸発をしてしまうはずだ。


 彼がそれを理解することができないのも無理はなかった。

 それは完全にこの世の物ではなかったからだ。

 F-14-2号輸送室と呼ばれるそれは、本来は宇宙犯罪者の中でも銀河の破壊に重大な関与をする可能性のあるものを隔離する目的で使われる絶対障壁である。内外の一切の衝撃を空間遮絶によって防ぐため、破壊をすることは絶対に不可能だ。


 ドライウェットは勇者と魔王の様子を伺おうと外の様子を確認する。すると彼は完全に爆発の衝撃で崩壊した燃え上がる魔王場のはるか上空に自分がいることに気がついた。恐らく位置的に爆発の直前にこのF-14-2号輸送室によって隔離され、そのまま輸送室ごと浮きつづけているのだと予想される。

 そして彼は驚愕の光景を目にする。

 一切の金属性武器以外の攻撃を無効化する魔王が、爆発すらも無効化して無傷で浮遊していたのは十分に予想の範囲内である。

 だが魔王の顔もまた、信じられない光景をみていることに驚愕を隠せていない。


 魔王とドライウェットの見つめる先には大きな壁があった。それは銀の色をして幅は60mほど。円筒型に近い形状で、地上から上空に向かって伸びているため柱という表現が正しい。

 柱は縦に大きく長く、地上400mほどまで伸びているようだ。そして問題は柱の先。そこにはさらに柱と同材質の銀色の大きな構造物が続いている。そのまま上空にさらに伸びているようで、全体としては900mほどの大きな構造物をなしている。

 魔王が見つめていた柱は、実は上側の構造物を支えるためにもう一本の同型状の柱を持っている。すなわち2本の柱で上側の構造体を支えている。

 そして構造物の最上部には何か立体構造があるのが見て取れるが、魔王とドライウェットの位置からはそれを視認することすら困難だった。


(これは・・・足か・・・?)

 ドライウェットは構造物の上空から下に向かって生える『手』を視認することで、目の前にある壁は足の一本で、これはあまりにも大きすぎる巨人なのではないかという仮設を立てる。

 しかし彼はそれを確信することができない。なぜならここまで大きな巨人の話は童話の中でしか聞いたことがない。

 魔王軍の中でもっとも大きなサイクロプスでさえ記録上で最も大きなものは魔王城と同じ高さである。これは36mに当たる。

 この銀色の構造物が巨人なのだとしたらその記録を大きく上回る化け物の中の化け物だ。


「高次臨界天竜点砲をまさか本当に撃てるなんて・・・。あの神の奴らはずいぶん適当な呪文をよこしたもんだな。もう一回合えたら文句を言いつけてやる」

 魔王とドライウェットの場所からはまったく確認できないが、銀色の巨人は何かを呟いているようである。


「これは神か?それとも勇者様はトランスフォームも習得なされてたのかな?どちらにしろ、いまさらになってハリボテのでかさで勝負しようたぁ、ちょっとせこいアイディアじゃねぇか?」

 魔王は目の前に突然現れた銀の巨人が何かをまったく理解できてはいなかった。目の前の巨人を神がついに地上に降臨したか、はたまた勇者が最後の力を持って巨人へとトランスフォームをしたと思い込んでいた。

 

 その考え方は実際、完全に間違っていた。

 目の前の銀色の巨人は勇者の本当の姿その物であり、むしろ今までの姿が勇者の仮初めの姿。本来は重力の少ない宇宙空間で暮らすことを前提としたバルムンダル星人の巨体はこの重力下の世界では3分間しか耐えられない。

 宇宙空間の存在しないこの世界で生きるために、勇者ソルバブルが用いた最初の宇宙道具『M-0A21変装用具』、通称『変わるんです君』。人間の姿に擬態をするためのそれの発動をソルバブルは解除したのだ。

 一度しか使うことのできないその宇宙道具の発動を解くことはソルバブルにとって、逃げようのない死を受け入れることを意味する。

 彼の両膝が重力に負けて徐々に曲がり始める。腕の重量で肩は軋む音を上げ、全体重を受ける足下の骨が砕けて周辺の肉に刺さり始める。この姿になったからには早々に決着をつけなければならない。


 魔王は銀の巨人の全体を視認するために、全速力で浮遊魔法によって巨人から距離をとる。そして先の高次臨界天竜点砲の影響で砕けた剣を捨てて新たな剣を腰の鞘から抜く。

 魔王の剣先にはまた新たな黒球が拡大を始めた。

「はんっ!どれだけてめぇが頑丈であろうとも、亜空間に体の一部を飛ばされても生きていけるのか?理科の実験の時間だぜ」

 今度は先ほどの5倍の大きさの黒球が形成されていく。エネルギーを得るために周辺国土の上に住む全魔族軍の魔力が徴収されて、それに耐えきれない魔物達が次々と死にゆく。

 臨界点を越えた黒球がもう一度ソルバブルを殺すために爆発的な加速を得て発射された。秒速2000mを越える速度で発射されたそれは銀の巨人の体の中心をめがけて一直線に進んでいく。

 それは銀の巨人と衝突をした瞬間に爆発を起こして先と同じように大きな黒煙をあげる。

 だがそれだけでは終わらない。

 さらに魔王はもう一度、二度、三度と連続的に高次臨界天竜点砲を練り上げ、銀の巨人の全身を破壊するべく撃ち込みに撃ち込みを続けた。

 一発の高次臨界天竜点砲でも銀の巨人の全身が見えなくなるほどの噴煙が上がるのだが、連続的に発射をしたために銀の巨人は地獄の業火を彷彿させる火炎と煙に完全に包まれた。


 しかし、次の瞬間、魔王は確かに見た。爆炎の中からまったくの無傷で出てくる銀の巨人が駆け出してくる姿を。

 完全な前傾姿勢で全速力で魔王を目指して駆け抜けてくるその姿は正しく弾丸。

 魔王は間一髪のところで巨人が繰り出したジャブを避けたが、そのまま巨人が突進してきたためにその肩に激突をすることとなった。

 金属による物理接触でしかダメージを受けつけない魔王であったが、巨人の体表面を被うグロリウムメタンは金属と同性質を持つ特殊物質である。時速2600kmで走る巨大な壁との接触はいかに防御結界を張った魔王であろうともダメージがないはずがない。魔王は巨人の速度を一切緩めることはできず、完全に押し負ける状態でぶっ飛ばされる。


 突然の衝撃に一瞬、意識を失う魔王ではあったがすぐさまに目を覚ますと、今度は飛ばされた状態から身動き一つせず新たな魔法詠唱を開始する。

「δ,Γ,yak bar imemns wita(デルタ、ガンマ、ヤークに住まれる死の現象よ)」

 魔王が詠唱を完了すると魔王の体から溢れ出た魔力が空中で固まり、一本の巨大な槍を成す。

 この槍は先の神界対戦において現在神ロマンティノケウスの父親を穿ち葬った『ドゥレイドの血管針』そのものであった。

 神龍の血管に神の血を注ぐことで完成した、破壊を具現化した暴力の塊。魔王はやはり一切の身動きをすることなく地表面へ向かって落下を続けながら新たに詠唱を口にする。

「yo,wy,vers demaruto(穿て。対象を破壊しろ)」

 魔王の魔法命令を受けたドゥレイドの血管針は次の瞬間には銀の巨人の腹部に突き刺さっていた。それが飛翔した過程を目視できたものは一人もおらず、銀の巨人は痛みを突然の痛みに耐えきれずに膝をつく。

「yo,wi,vers diraruto(穿て。対象を分解しろ)」

 詠唱を完了すると、ドゥレイドの血管を中心として今度は銀の巨人の分解が始まる。彼の体の構成物質が徐々に小さな結界球によって包まれて分離されているのだ。ドゥレイドの血管が新たに生み出す結界球が巨人の体の構成物質を包むごとに侵食は進んでいく。

 彼のお腹に開いた穴からは彼の血液と思われる赤茶色の液体が滝のように溢れ出す。

 銀の巨人はドゥレイドの血管を手で掴み引き抜こうとしたが、槍に触れた手もまた表面から徐々に分解をされ始めて掴むこともまともにできない。


「死にやがれデカブツが。王に触れるなんざ100万年はええよ」

 どこからともなく飛来した一つ目のグールドラゴンが落下する魔王をその背に乗せる。そして彼は竜の背でゆっくりと立ち上がると、今度は手の甲を下に向けながら銀の巨人を指差す。

「β,qualtlu,ж,al dar mitu kastla(ベータ、クオルトゥ、ジェー、アルの黒い翼を開放せよ)」

 魔王が新たに呪文を詠唱する。新たに形成された魔王の魔力は今度は黒いベールに包まれた横に細い棒状物体を成している。

 その黒布がずるりと落ちると、中からは棒状物体を形成している真黒のの群れが現れた。

 それは12人の呪われた囚人の一人、不死帝ガマドォーラを力で従わせるために魔王が作った死の概念の結晶物である。

 この死の蝙蝠に触れた瞬間にその対象は蝙蝠と融合を果たし、原因なく死ぬ。

 どのような対象にも死という概念を得た状態を付与するため、生物、無生物、不可死であろうとなかろうと必ず死ぬ。


 死の蝙蝠たちは互いに密集しあった棒状態から徐々に飛びたち始めて、銀の巨人へ向かって飛行を始める。

 たとえ一匹であろうとこの死の塊が触れた瞬間に銀の巨人は死ぬ。


 しかし銀の巨人もまた蝙蝠が飛び立ち始めた直後から、その脳内で新たな攻撃の準備をし始めていた。

 彼は宇宙道具の使用許可を得るためのロジックコマンドを脳内コンソール画面に打ち込み、パスワードロックを解除する。

 銀の巨人の体内では空間を飛び交う素粒子をかき集めて、ロックを解除した新たな3つの宇宙道具が構成される。

 『G-1-3号反衝撃消滅機』、『F-14-2号切断機』、『GH-101-4号粒子砲塔指型』

 

 まずF-14-2号切断機の構成が終わると、F-14-2号輸送室とまったく同じガラス状の格子壁が腹部を貫くドゥレイドの血管を包み込む。完全に壁面がドゥレイドの血管を包み込んだのを確認した直後、ガラス状壁面は徐々にそのサイズの縮小を始めた。最終的にはその輸送室の内部の体積は完全に0となってしまい、ドゥレイドの血管は空間とともに消滅をした。


 そして次に銀の巨人はその指先に力を込め始める。指先には宇宙道具構成前にはなかった微細なエネルギー口が開いており、その穴から徐々にエネルギーが排出される。両の手の平を向かい合わせて、バスケットボールを持つような間隔をとっている。

 するとエネルギーは手と手の中間位置に徐々に集まり、白い光を放つ純エネルギーの集合体が形成されていく。手の平の磁場重力場制御機構が働き、指から放たれたエネルギーを内部に溜め込むように調節しているのだ。

 集まったエネルギーは手と手の間を中心として渦巻き、連続的に金属を引っかいたような不快音が形成される。

 死の蝙蝠たちが銀の巨人との距離を半分に詰める前に巨人の集めるエネルギー弾は人間サイズ比で言うところのバスケットボールの3倍ほどの大きさにまで膨れ上がった。


(一体なんだあのエネルギーは・・・!!)

 銀の巨人が保持するエネルギーを感じ取り、魔王の顔に焦りが浮かぶ。神々との大戦をした時でさえ、この様な強力なエネルギーを感じたことはない。100人の神を生贄として作成されたガルドの杖の一撃を圧倒的に上回るエネルギーがそこにはあった。

「Ъ,Ю,decoda-al mrusaba simm kastla(イエル、ユー、デコーダアルの砦を開放せよ)」

 魔王が詠唱を終えると、彼と銀の巨人の間に真黒の壁が出現する。

 闇の英雄バジルダが城を守るために用いた魔力防御壁だ。すべての闇結界魔法はこの魔法障壁の一部を切り取って膨らませて用いるのが基本であり、個々の呪文の規模にもよるが1gの暑さの防御壁から1000の結界を生み出すことが可能である。

 魔王はさらに手と指を用いた手指操作詠唱を加えると、バジルダの防御壁を自身を包み込む直径50mの球体状へと変化させた。


 銀の巨人は右足だけを後ろに下げ、エネルギー砲発射時の衝撃に備えるための姿勢をとる。腰を深く落とし、ブラックホールを破壊するために作られた、バルムンダル星人の最終兵器の発射準備を整えた。


「哀れな王よ。もし君がその心に生命を愛する気持ちさえもてば、宇宙警察の一員として働ける実力を持っていたというのに。本当に惜しい実力者だった。久々に自分の血を見ることができたよ」

 

 銀の巨人はさらに指に力を込めると新たにエネルギー砲の威力を時間的に減衰させる粒子を混ぜ始める。あまりに強力なエネルギー砲がその直線上の他の星々を破壊してしまわないようにするための工夫である。この世界には宇宙がないため他の星々の心配をする必要は存在しないのだが、彼は彼の世界の風習と手順を守った方が失敗も少ないだろうと考えたのだ。

{************************}

 最後の発射申請パスワードをコンソールに入力すると、銀の巨人はそのエネルギー弾を保持した両手を押し出すように全力で魔王の方向に突き出した。



 瞬間、エネルギー弾の中心から魔王に向かって光の道が形成される。内部に蓄えられたエネルギーが物質を破壊するのに貢献するあらゆる素粒子、粒子、原子、分子へとエネルギー物質交換をされながら発射されているのだ。

 光路上のあらゆる既存物質はそれら複数の粒子と分解や結合、はたまた単純な射出されたエネルギーによる破壊によってその存在を完全に消滅される。

 あらゆる物質が混ざりあい破壊される轟音が響き渡り、地上からはるか上空での事象にもかかわらず、この技のすさまじい威力が地上の者達にも伝わった。その音はホワイトノイズにもっとも近かった。

 魔力物質で構成されたバジルダの防御壁ですら例外ではない。勇者ソルバブルがこの世界で手に入れた魔法式の知識によって、エネルギー物質交換は魔力物質に対しても行われた。いまや光路の中には純粋魔力、魔素、魔石まであらゆる魔力物質の構成要素が混ざりあっている。

 バジルダの防御壁は徐々に光路の中に構成された複数の魔力物質に影響をされて削り取られていく。防御壁は層状になって構成され、本来であれば一つ目の層が破壊されようと、性質の異なる二つ目の層が守るためそれ以上の影響を受けないのが通常である。

 しかし銀の巨人の放ったエネルギー砲はエネルギーをランダムに異なる魔力物質に変換しているため、膨大なパターンで防御を図るバジルダの防御壁すらも突破する。

(何て攻撃をしてきやがる!?こんな力技が防御壁を破るってのか!)

 確実に削り減っていくバジルダの防御壁に焦りを覚えた魔王はさらに内部から魔法障壁を追加しようとする。だが魔法がうまく発動しない。

 魔王は防御壁消失にあせるばかりで魔法が発動しないまで気づくことができなかったが、この光路の内部空間は既に魔法の発動が可能な状況ではない。電子が動けば電波が発生するように、魔力や魔素が動けば互いの魔素が影響を受けるような魔力波が生まれる。

 光路の内部は大量の魔力物質の発生と消滅を繰り返し、吹き荒れる暴風雨の状態だ。魔法式の発動の前提条件たる空間の構築がなされておらず、いかに優秀な魔導士であろうと魔法を発動することはできない。

(ま、負けると言うのか。この俺がこんな低俗な技にっ・・・。)

 バジルダの防御壁は既にその1/4を削り取られた。もはやすべての壁を失って内部に破戒を進めるための粒子の波が押し寄せるのは必至である。

(ない・・・。俺には魔法が使えない環境ではなにもない・・・。くそっ。魔法さえ使えれば)

 そう魔王が考えている間にも更なる破壊が進む。

(こんな・・・こんなことがあってたまるか)

「あってたまるものかあああああああああ!」

 防御壁にはついにヒビが入り、漏れ込んできた粒子の波が内部に充満を始める。大量の魔素の衝突が魔王の魔力結界を破壊し、金属の物理接触以外を拒絶していた特殊能力が消失する。中性子線から魔導光子まであらゆる有害粒子が魔王の体を破壊つくし、崩壊へと導く。

 彼の体が完全に消滅するまでに10秒もかからなかった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 魔王の体が消滅してからも内部の様子が分からない銀の巨人はエネルギー砲を発動し続けた。3分しかない命の灯火も、もはや限界を迎えている。新たに使用をした宇宙道具『Q-4-5物質固定装置』がなければ立っていることすら不可能だ。

 そんな彼は今、死を目の前にして彼が救った世界というものをもう一度見渡してみた。

 勇者として旅していたときは気がつかなかったが。この世界には彼の元の世界にはない様々な美しいものたちがあった。

 花は人工的に育てなくても自然に育ち、人々はコンピュータによる支配を受けずとも互いを慮る心によって助け合って生きることができた。粒子暗号やナノマシン監視保障をせずとも互いが互いを信頼しあい、口約束が十分に機能を果たす。

 未来の世界にはない何かが確かにここにはあった。


(そういえば、トラコとの約束を叶えれなかったな・・・)

 彼の頭の中には頭の上に二つのお団子を結った女の子の像が結ばれた。

(もう帰れないなら、あんな約束するんじゃなかったな。きっとこれから先も傷つくだろう。酷いことをしてしまった)

 彼の脳裏にはあの夜、彼に抱きついて泣きじゃくった虎心婦人が思い浮かぶ。この世界に召喚されて、たくさんの人たちにお世話になり、たくさんの人たちと大切な思い出を作ったのにも関わらず彼の最後に浮かんでくるのは彼女との思い出ばかりだった。


-----勇者様、いかないでください。私と何もかも捨てて逃げてください-----


 彼女と生きていけるならそんな道もありなのかもしれないと本気で彼は思っていた。たとえそれが実現不可能な妄想だとしてもだ。

(死ぬときは必ずトラコの前で死ぬなんて無茶な約束をしたものだ)


 彼はできもしない約束をしてしまった自分を呪った。たとえ魔王を無傷で倒したとしても、違う世界から来たソルバブルは必ず元の世界に戻らなければならない。虎心婦人と共に死ぬまで一緒にいるなんてことは絶対に叶えられない。

 彼のエネルギー砲が光を失い始める。限界を迎えた体がバルムンダル星人特有のエネルギー生成機構の運転すら停止させた。彼はもはや攻撃もできないことを確認すると、静かにその場に倒れた。魔王の討伐ができているかどうかが気がかりだった。

 しかしながら数多の星々を渡り歩き、宇宙犯罪者を逮捕する日々に明け暮れる彼にとってはこのような死の瞬間がいつか訪れることは分かっていた。悪意に満ちたものが宇宙テクノロジーの粋を駆使して武器を作れば宇宙警察であろうと造作もなく殺せる。今回の死が特別なもののように思えるのは死ぬのが異世界かどうか、魔法のせいかどうかといった所だけだろう。


(どうせ死ぬなら3階級特進ぐらいはしてほしいが・・・きっと無理だろうな)

 彼はもはや思考をすることすらままならない。まぶたのないバルムンダル星人は目を閉じることもできない。しかし目から入ってくる情報を処理して思考することはもう彼にはできなかった。

 重力の影響で神経ネットワークの壊死も始まった。ここから先は1秒1秒ごとに彼が彼でなくなっていく。


 彼のまわりでは木々が風に揺れ、小鳥が普段の穏やかな時を再び取り戻し始めていた。

 彼の人生は誰もいない森の中で穏やかに閉じることとなった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 


 魔王の死体が見つからないことから生死の確認を国軍をあげて実施し始めて早一年。

 ついに国の中枢部は一切の魔王の生存を示す証拠を見つけることができなかったという結論の報告書をまとめ上げ、国中に魔王の脅威は限りなく0%に近づいたことを宣言する政治採択を決定した。


 同時に魔王城に勇者一同が攻め入った魔王城急襲日を『勇者の日』と定め、祭日とすることを決定。さらに勇者ソルバブルとその一同を神託を受けた聖人であるとして未来永劫、国の英雄として奉ることと定められた。

 勇者ソルバブルの旅路に出会えた国民たちは、かの心優しい英雄が魔王と相打ちになって死亡したという報告に嘆き悲しんだ。




「で、おまえは本当に行かなくていいのか?勇者の遺体の捜索チームは昨日の午後に第3部隊が出発したばかりで、走ればまだ全然間に合うぞ」

「いいのよ、私は。私はもう、勇者様がどうなったか知ってるから」

 橋の街セリーの一角の飲食店の中で龍心醤府≪リュウシュウシャンプー≫と虎心婦人が会話をしている。

 龍心醤府≪リュウシュウシャンプー≫は戦いの終わったあの日から一月たち、魔王の様子が見えなくなった第一報告書を確認してから軍属を離れた。彼もまた英雄の一人として国からよい地位を保障されるはずだったが、その受け取りを拒否して今は用心棒を行っている。世界を救ったのは自分ではなくソルバブルの功績だということに負い目を感じているのだ。

 虎心婦人は勇者と魔王の戦いが終わったあの日を境に姿をくらまして消えた。しかし今回どういった風の吹き回しか、突然この村に住むと言い出して帰ってきたのが昨日のことだ。


「んな!?そう、それだよそれ!俺がこの一年間ずっと聞きたかったことだ。お前はソルバブルがどうなったのかをやっぱり知ってるんだな!」

 龍心醤府は虎心婦人の方に身を乗り出すように食いつく。他の客は一切いないこの料理店ならどれだけ大声で喋ろうとも一切気にすることはない。

「おかしいと思ってたんだよ俺は。あの戦いが終わってからお前は消えるようにどこかに行っちまって行方不明。勇者の捜索隊が結成された時に戻ってくるかと踏んでいたが、一向に行方知れずで捜索隊への一切の協力を拒否して放浪生活を続けるなんて。俺はお前が絶対何かを知ってるんだと確信していたんだ」

 龍心醤府はまるで新しく買ってもらった本をおあずけされている子供のように虎心婦人にキラキラした目を向けている。もしかしたら勇者の遺骨を弔いにいけるかもしれない。または生きた勇者に会えるかもしれない。そういった様々な期待がその中には見えた。


「生憎だけど、あんたが期待してる情報は一切持ってないわ。勇者様にもうこれから先絶対に会えない。ただそれを知ってるだけ」

「はぁ!?じゃあさっきの勇者がどうなったか知ってる云々ってのは一体何のことなんだ?」

「もう勇者様には会えないくなったって事を知ってるのよ。それは遺骨の形でも会えないし、生きて会うことなんてもう絶対にないわ。それだけわかってれば勇者の遺体の捜索チームなんてのに入るのはバカらしいって思うでしょ」


それを聞いて一瞬ポカーンとしてしまった龍心醤府。だがすぐにもう一度、より詳細な話は聞けないのかと詰め寄る。

「な、何があったんだ!?ソルバブルには?ソルバブルと会えないってお前は何で分かるんだ?お前は俺の知らない何を知ってるんだ!?」

「落ち着きなさいよ。私は逃げたりしないからゆっくり話すから。でも多分あなたはこの話を聞いても何もできないわよ」


 そう言うと虎心婦人はコーヒーを口に運び、誰が見ても上品にコーヒーを飲む。カップをテーブルの上に戻すと、もう一度話をし始める。

「この話はどこからしたらいいかしら。そう、私が彼の秘密を知ったのは魔王急襲作戦の前日の夜ね。私はね、勇者様が魔王城に向かう前日に、いかないで。私と一緒に逃げてって頼み込んだのよ。魔王に何て勝てるわけないと思ってたから」

「そいつはひでぇな・・・。ソルバブルだって生きたくて魔王城なんかにいくわけじゃないだろうに。で?勇者は何て言ったんだ」

「酷いとは何よ。無限に近い魔力を持ってた魔王の寝込みを襲えば倒せるとか言うわけの分からない作戦を立てたあなたたちのが酷いってものよ。で、そしたら彼は逃げることはできない。必ず帰ってきて一緒に死んでやるから心を泣かないように見張ってろですって。」

龍心醤府は言葉につまった。勇者のその言葉はプロポーズだということは恋愛経験のない彼にもすぐ分かったのだ。にも関わらず、勇者はその後死んでしまったのでは何と声をかけてやればいいか彼には見当もつかなかった。


「それでね。ここからがポイントなんだけど。彼はその後こう言ったの。今から言う話は死ぬまで誰にも話してはいけない。喋ってしまったら俺は君の元を離れて故郷に帰らなきゃいけなくなってしまうからって」

「な!?なんだその秘密ってのは?それは言っちゃいけないって言われてるけど俺に話していいことなのか?」

「いいわよもう。約束やぶったのはあっちが先だし。彼はね、自分は実は俺は人間じゃないんだ。この世界を救うために派遣された特殊エージェントなんだって言ったの。そしてそっからさらに続けてこう言ったわ。俺は本当は山を越えるような大男で、この人間の姿は嘘の姿なんだ。本当は人間ではなくて、魔王を倒したら元の世界に帰らなきゃいけないんだって」

「んな!?それってのはつまり・・・」

「そうよ。あの日に魔王城から現れて魔王と戦って見事に魔王を倒したあの神体は、実は勇者様が呼び出した神の化身でもなければ、神が与えた超兵器でもない。彼自身だったってこと。ついでに元の姿に戻ったら死ぬから元の姿は見せられないとも私に伝えてったわ」

「な、なんてことだ・・・」


 龍心醤府が驚愕するのも無理はない。あの日、魔王を実際に討った銀の巨人は世間一般的には神の使いであるとされているからだ。これは神聖教会が発表した公式資料によるもので、十分な調査と研究に基づいて神が勇者に与えた機械仕掛けの神で間違いないと宣言されている。神の遺体は無礼に扱えば神の怒りに触れることとなる。そうならないように教会が巨人の遺体場所には巨大な保護施設を作るという計画が発表されている。


「私が言ったことがもし教会の耳にでも入れば、きっと私は神と勇者の愚弄者ということで裁判にかけられるわ。そんな馬鹿なことはしないわ。勇者様は死んだ。これは私が知りたい事実で。私は既に知っている事実。遺体の場所ももちろん知ってる。それで十分よ」

「なるほど・・・。それは確かにいえるな。まさかソルバブルが・・・。いやもしかしたら万が一とは思っていたが本当にそうだとはおもわなんだ。」

「私だって勇者様が別世界から来たって言ったときは、私を安心させるために雑な作り話をしてるんだと思ってたわよ。だから彼を心配させないように、異世界には戦いが終わった後も帰らないように約束をさせたっていうのに・・・」

 そう言ってうつむく虎心婦人を見ていると龍心醤府も何もいえなくなってしまう。二人の間を静寂が包み込む。


「おっひさー!トラやん帰ってきてるって聞いて、仕事ほっぽり出して帰ってきたぜえええ!」

 葬式会場のようなこのレストランの扉を思いっきり蹴飛ばして突然、グルーダが姿を表した。

 いまや彼女も国家から『生きる超雄聖人』の称号を与えられた、人類始まって以来3人目の英雄である。

 だがそんな英雄も虎心婦人の姿を確認するとまるで子供のように抱きつきに飛びかかる。彼女の姿を見て立ち上がった虎心婦人はその衝撃を持って二人で床に倒れこむことになった。

「うおー!まじでトラやんだっ!いきなしどっか行っちゃうなんてひでえよおぉ。あたしも連れてけよ薄情者!」

「ちょっ、ちょっと離れなさいグルーダ!あなた質量操作切ってないでしょ!重くてつ、潰れるわよ!」

「おお、それはごめん」

 グルーダは急いで虎心婦人の上から跳び退くと、倒れている虎心婦人を上から見つめる。そこには長年の共を慮る安堵の表情があった。

 虎心婦人もまた数刻遅れてから立ち上がる。

「心配かけて悪かったわね。ちょっと傷心旅行の気分で。誰にも会いたくなかったのよ」

「うう~。許しちゃう!許しちゃうよ、けど次からはどこに行くか言ってくれなきゃ嫌だよ!心配したんだから」

「ごめんなさいね・・・。私はこの通り大丈夫よ。あなたとドライウェットはどうなの?あの日の戦いで私はてっきり死んだと思ってたけど元気なそうね」

「おうよ!私もドライウェットもピンピンしてるよ。恩赦が与えられたとはいえ重犯罪人だから結界牢獄の外には出てこられないけど、中では自由にやってるから問題ないよ」

 グルーダは自身が健康であることをアピールするためにポーズをとって見せた。

「ドライウェットは戦いが終わってからすっかり腑抜けちゃってるけどね。魔王を自分の手で倒せなかったのがよっぽど悔しいみたい。毎日読書をしてばかりで見てらんないよぉ」

「まぁしょうがないわね。彼にとってはそれが一番大切だったみたいだし。」

 虎心婦人の頭の中に眼鏡をかけて黙々と読書に耽るドライウェットの姿が浮かぶ。かつては街のチンピラだった彼が、再び外の世界に出てこれる日はくるだろうか?彼女はそれが気がかりだった。

 だが世界は平和になって時間もある。あせる必要はないだろう。

「ドライウェットは勇者様の事何か言ってる?」

 虎心婦人の問いに対してグルーダは首を振って答える。

「なーんにも。あの時のことは一切秘密にしてるよ。勇者様はどうなったのか。あのご神体様がどこからきたのか、あの爆発の中で何で生きていられたのか聞いても何も答えてくれないよ」

「そう・・・。まぁなんとなくそんな気はしていたけれども。またいつの日か私もよらせてもらうわ」

「うん。彼もきっと喜ぶから。ぜひきてよ!」

 グルーダが元気な様子に虎心婦人は安心した。きっと二人でいれば、ドライウェットもグリアードの死を乗り越えられるだろう。



 ふいに彼女が窓の外に目を向けると、そこには2mほどに育った木が伸びていた。

 ソルバブルがあの夜に虎心婦人に渡した彼の星の木だ。虎心婦人の手に渡されたときには種だったそれは1年たって既に大きく成長していた。


-----俺の故郷は滅んじまった。唯一残ったのはこの種だけ。俺は平和になったこの世界で、君とこの木を育ててみたいんだ。だから俺はきっと・・・。-----


(本当に、嘘つきな人ね。でも私も人の事は言えないからおあいこね)

 彼女の手首にはキリサス文字で『1』の意味を指す表示がなされていた。それは彼女の生命があと1~5年以内に尽きることを示している。

 彼女もまた勇者に嘘をついていたのだ。コーカサスとの戦いに使った禁呪は彼女の魔導躯幹装置を完全に破壊し、彼女の永遠の命を有限の者へと変貌させた。

 彼に負担をかけたまま魔王戦に行かせたくないという彼女なりの配慮だった。今や彼女は不死ではない。

(あれだけ死を渇望していた私が、まさかまだ生きていたいと思うなんてね。やっぱり勇者様って最高だったわ)

 彼女が生命活動を停止するころにはまだこの木は花をつけるまでに成長していないかもしれない。平和になった世界でソルバブルの木を増やしていく事を望む彼女にはそれができないことが酷く悲しく思えた。

「ねぇ、二人共?もしよかったら私のお願いを一つ聞いてくれない?難しいことじゃないしあなたたちでもできる事だから安心して。あのね・・・。実は私はね・・・。」


 外の世界では子供たちがまり投げをして元気に遊んでいた。

 彼らが右手につけた腕輪にはそれまでの神聖教会が配布していた神の言葉ではない、新しく追加された教義が掘り込まれている。

 

 男の子の投げた鞠が宙を舞い、緑の芝生の上で優しく跳ね上がる。子供たちはその後を追って全速力で駆けていく。

 勇者は確かに守りたいものを守った。その成果がそこには存在した。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Final Stories ~magic on the cosmo body~ 機械男 @robotman

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ