最終話 タコ焼き、買いに行こう

『そうそう、一ヶ月ほど前、イチコちゃんと海へ行きました。チャリティーポエムのイベントのために言葉を考えていたけれど、調子が悪くて何も思い浮かびませんでした。反省。イチコちゃん驚かせようと、海にまで入ったんだけどね(笑)。その場でイチコちゃんの感想を聞こうと思ったのだけれど、彼女の姿はどこにもない……。なんと海に入ってクラゲみたいにぷかぷか泳いでる(笑)! それから彼女の目がものすごく大人になってた。ちょっとショックでした。それを見て思ったことがあるので、書きます。


 どうせ泳ぐなら、金槌でいい。

 波打ち際で、息吸って、ぜんぶ吐いて、また吸って、吐いて、いつまでも繰り返していればいい。

 誰もあなたを責めたり、注目したり、褒めたり、貶したりも、していないのだから。

 あなたは誰も、責めたり、注目したり、褒めたり、貶したり、していないのだから。

 どうせ泳ぐなら、どうせ泳ぐなら、金槌でいい、波打ち際でいい』

 


「いらっしゃい」と、いつもの笑顔で迎えてくれたサキに、私は会釈で返した。

「いま、営業中だから、お相手はもうちょっと待ってね」

 と、サキは言った。

 私は、「頑張ってね。どうせ泳ぐならってやつ、読んだよ」と話した。その場を離れようと歩き出したら、後ろから、サキが私を呼び止める声がした。

 右から、左から、サラリーマンから女子中学生まで、歩みが交差する。汚いものがいっぱい詰まっている植え込み前のいつもの場所から、アーケード下の広場でうごめく人々の中へと私は入っていった。波に揺れるより、必死に泳ぐより、こんな楽なことはない。人込みに怒るでもなく身を任せるのでもない歩き方だった。

 何回か肩がぶつかって、舌打ちされながらも、向こう側まで渡りきった。

 振り返ると、人波の間に、サキの姿が浮かんで見えた。

 サキは手を振って笑っていた。こっちに戻ってか、単なるサヨナラか、そのままあっちに行けってことか。


 ふと、私は財布の中の金額を確認した。

「ちゃんと普通にタコの入ってるタコ焼き、買いに行こう。八個、五百円くらいの」

 親からもらった昼ご飯のお小遣いが、学校をサボった分、貯まっていた。

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タコ焼き買いに 猿川西瓜 @cube3d

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