第11話 立体駐輪場前

 私は、呼吸を止めた。体の力を抜くと、軽い体は海中で揺れた。あの両親も、私が長生きすれば先にいなくなるんだからいいんだ。どう生きても、大丈夫だ。楽に、楽に。みんな、楽になっていますように。

 祈った。

 突然、足が、しっかりと海の底の砂を捉えた。いつのまにか波打ち際まで押し戻されていた。

 閉店している海の家が見えた。色とりどりの大きな看板が、パノラマに広がっている。波は、もうここに来るなと言っているように、私をひいて砂浜に戻した。


 丁度、靴を脱いだ場所に戻っていた。


 いつのまにかボタンを外していた制服を、脱ぐわけにもいかず、とにかく深呼吸した。靴をスリッパみたいにして、浜を歩いた。滴り落ちる海水に靴も足裏も砂まみれになったが、痛くはなかった。ただ、カカトのほうの靴底に小石が溜まるので、途中から靴を持って、つま先立ちで歩いた。

 二十歩くらい進んで親指の付け根あたりが痛くてたまらなくて立ち止まった。目の前にサキがいた。

「あんた……何してるのよ……」

 タオルで髪を拭きながらサキは言った。いつのまにか新しい服に着替えていた。サキの目は、怯えていた。私の方がずっと海にいたのだ。


「サキ、無事だったんだね。よかった……。いきなり海に入って行くんだもの」

 私は安堵のため息をついた。

 サキは苛立たしげに、

「はぁ……海に入ることがこんなにつらいなんて知らなかったわ……」 と、言った。

 私は鼻から海水を垂らしながら、

「それは、そうよ。私も、なんだか海に飲まれて……なんか色々考えちゃった」  

 と、波のほうに振り返ってつぶやいた。

「うんうん、そうだね。でもさ、二人とも入っちゃったら、助からないでしょ。ちゃんと見ててって言ったのに。沖に流されるどころか、すぐそこでバチャバチャしてたから助けなかったけれど、海をなめると怖いよ」

 サキはぶっきらぼうにタオルを私に渡した。私は、大きなくしゃみをした。



 あの土曜日から数日が経った。サキの日記には、海のことは書かれていなかった。サキは、詩を思い浮かべることができなかったらしかった。

 サキは波に揺れて何か気付いたのかな。でも、別にいい。人は変われない。そもそも変わろうと思って海に行ったんだっけ。ふいに、私はそうでなかったかもしれない。ただ体を洗いに行きたかった。お風呂に入りにいくように……日常のこと、普通のことなんだと思った。

 私は、サキの狙いがなんであったかを、用意されたタオルで、なんとなくわかるような気がした。きっと、サキが自分自身を乗り越えていく。私にその証人になって欲しかったんだ。


 あれから風邪をこじらせて、母の作ったおかゆを食べたくないのにたらふく食べさせられた。絵は印象派に変わった。私の好みを探っているのだろうか。新しい服は母が勝手にクローゼットにしまっていた。

 完治してから、放課後、一ヶ月ぶりに京橋の立体駐輪場前へ向かった。

 環状線の電車内で、ふと、サキのブログを読んでみた。

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