二次元から***が消えたなら


「ヤバいことになったわ」

 教室でメガネの***が言った。

 机をはさんでツリ目とタレ目の***が聞いていた。

「ふへ?」

 タレ目は首をかしげる。ツリ目は無言で窓の外を見ていた。町の中でどかんと爆発がおこり、もうもうと黒い煙を上げていた。「キャーキャー」という悲鳴が校庭から響いてくる。ツリ目は窓を開けて見下ろした。セーラー服とブルマとスクール水着の生徒たちが、水をかけられたアリのようにわらわらと校庭から逃げ出して行くのが見えた。

「ねえメガネ。説明して」

「どうやらリアルワールドで2Dにじげん***虐殺ウイルスが大流行してるみたいなのよ」

「なにそれ」

「あんまりにも2D世界に***が多いものだから、嫌気が差したプログラマーがコンピュータ・ウイルスを作ってばらまいちゃったの。あらゆるPCと電子端末機器に感染して、画像も動画もゲームもライトノベルも片っぱしから削除してくんだって。情報によると」

 机にバシンと両手を叩きつけ、タレ目が立ち上がる。

「それってマジでやばいじゃうぼあうえ」

「最後のほう言葉になってないし。本当に意味分かってんの?」

「もち、こーゆうことでしょ!」

 タレ目は学生カバンのジッパーを開き、逆さにしてぶんぶん振った。中身がばらばらと机の上に落ちる。ゲームソフトのパッケージにも、ライトノベルのてかてかした表紙にも、クリアファイルにもタオルの布地にも同人誌の薄い本(十八禁)にも、彼女たち三人の***がそっくりそのままの姿で描かれている。そのうち、ツリ目がゲームのパッケージを手に取った。目の前の二人と印刷された表紙を見比べる。

「あー、同じだわ。これ、私たち。オタクに消費される***だわ」

 メガネがずれたメガネを直している。タレ目がにゃんにゃんネコポーズでウインクしている。ツリ目は「初回特典版」のパッケージを開けて、ブックレットをぱらぱらとめくった。「シロユリ学園の***といちゃいちゃぺろぺろする」ゲームらしい。

「ねえ、メガネ」

「なあに」

「いちゃいちゃぺろぺろ、ってどうゆうこと?」

「タレ目ちゃん、教えてあげなさい」

「はいはいはぁーい、こういうことでぇーすっ」

 薄い本(十八禁)を見開き全開で突きつける。ツリ目は青い顔をして、ひざから崩れ落ちた。へなへなと座り込み、両眼を手で押さえながら声を漏らした。

「わたしが、わたしがぁ、あんなところを舐めるなんて……」

「落ち込まないで、ツリ目ちゃん。ウイルスのおかげで二次元***世界の秩序が壊れて、私たちは自分の正体に気づくことができたのよ。これは幸福なことじゃない。お外では魔法使い***とかミリタリー***とか、とにかく可愛くて美しくて強いっぽい***たちが未知の侵略者と激戦を繰り広げているわ。私たちは平凡な女子高生だけど、がんばって生きのびましょ」

「でも、どうやって」

 その時、教室の扉が開く。馬のかぶり物をした大男が入ってきた。右手には斧、左手には刺身包丁を構えている。近くの***が悲鳴を上げながら切り殺された。

「あっ、モブ***が死んじゃった。尊い犠牲ね、今のうちに学校を脱出しましょ」

 馬の目が三人のほうを向いた。メガネは二人の手を引いて、教室の後ろのドアから廊下に飛び出した。床と壁は所どころが血に汚れている。階段に向けて走っていると、タレ目のポケットで携帯電話がびるぶると震えた。

「うわぁい、救世主かな。お化けかな。とりあえずポチっとな。もしもーし、タレ目チャンだよぉー」

 ピッピピーツーピピピッツーツーツツツーピーガガガガガガg

「うーん、すっごいノイジィ」

 もの憂げな顔でメガネが尋ねる。

「混線してるのね。激戦地だから仕方ないわ。それで、なにか分かった?」

「みゃ。デジタルデータに置き換えてフーリエ変換したら解読はできたった。『オクジョウヘゴー』だって。どーゆー意味だろね、ツリ目ちゃん?」

「私にきかれても。むしろ二人のアタマとカオスな世界設定についていけない」

「えー、ツリ目たんつっめたーい」

「仕方ないわ。彼女は一般人ポジションでツッコミキャラなんだもの。とにかく、屋上に行きましょう。フラグを立てていけば攻略の糸口がつかめるはずよ」

 三人は階段を上る。駆け足のリズムに合わせて、とんとんと音が反響する。踊り場にはケガをした***が泣きながらうずくまっていた。もっとひどい場合には、死んだ***が倒れていた。

 最上階。ドアノブに手を振れ、メガネは神妙な顔持ちを浮かべる。

「屋上、鍵がかかってる」

「それってやっばいんじゃにゃーい? わたしたち大ピンチだよぉ」

「二人とも、ちょっと離れて」

 ツリ目が扉の前に立つ。適度なスペースを目測し、ふぅと息を吐く。一瞬、緊張感のある空気に包まれる。その静寂を切るように、回し蹴りが扉を破壊した。ガコガンッと音を立てて吹っ飛んだ鉄の板は、いびつに歪んで屋上の床に着地した。

「はぁーっ。なるほど、ね」

「ツリ目たんすっごーい!」 

「べ、べつに。おどろくことじゃないわ」

 視線をそらせてツリ目は言う。その顔はわずかに赤い。

「そういう設定だっただけよ。ゲームの箱に書いてあったんだもの。空手の師範なんだってさ、わたし」

 三人の***は屋上に立った。そこから見渡せるのは破滅へと向かう町の姿だった。遠くの高層ビルは真っ二つに折れている。数え切れないほどの住宅が燃えている。赤黒い空が溶岩のようなカタマリを吐き出して、猛スピードで落下するそれが地上を破壊する。

「あれって魔法使い***じゃなーい?」

 タレ目の見る先で、蛍光色の小さな人影がくさび形の陣形を組んで飛んでいた。先頭からまぶしい虹色の光が発射され、空に穴が開く。今度は空の穴から、赤黒く太い熱線が仕返しとばかりに放出される。魔法使い***の人影は一瞬で消滅した。

「あちゃー、やられちゃったねぇー」

 呆然と見つめていたメガネもまた、落胆の声を漏らすのであった。

「あれだけの力を持った***も一瞬で。私たちのような平凡な***じゃとても太刀打ちできないわ。何か、この世界から脱出できるようなイベントを起こさないと。秋葉原と全国のオタクたちからの救いの手はまだなのかしら。彼らの***への愛が、きっと私たちを、この世界を……」


「救いなんてしないわよ」


 ツリ目の***は屋上の端に立ち、手すりに触れながら全てをあきらめた表情で町を見た。熱線が地上に降り注ぎ、爆発した。白すぎる光が何もかもを飲み込んだ。こうして二次元の世界から全ての***が姿を消した。



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