社会ゼロ・ワン化計画


 本日はお忙しい中、わざわざお越しいただきありがとうございます。

 はい、本来ならばお宅に伺いたいところなのですが、そちらの都合もあるでしょうからこの場を借りて失礼させていただきます。お会計はこちらで済ませますので、ご自由に注文なさってください。どうぞ御遠慮なさらず。たかがファミリーレストランなのですから。私ですか? 食事は別のところで済ませましたので結構です。

 改めましてご挨拶申し上げます、私は社会省・新社会体系構築委員会の北村佳奈という者です。

 名刺は結構ですか。失礼しました。お気になさらず。

 さっそくですが、本題に入らさせていただきます。新聞等で話題になっているのでご存知かと思いますが、現在暫定実施中の「社会ゼロ・ワン化計画」について、あなた様のデータベース登録が完了しナンバーカードが発行されましたので、お届けに参りました次第です。

 新聞をお取りになっていない? これは失礼しました。

 では簡単にご説明させていただきますね。これも立派な委員会の仕事の一つですし。

 現在、我が国の経済成長は滞り国際勢力も決して有力な地位にいるとは言えません。加えて少子化により将来の担い手は年々減少し、教育の崩壊により貴重な人的資源を腐らせてさえいます。社会保障費の増加により国の借金は増えるばかりですが、現在も将来も税収が増える見込みは到底ありません。ただでさえ未納者が大勢いるのが現状ですからね。あらあら、そんな申し訳なさそうなお顔はなさらないで。これから努力次第で何とでもなりますから。

 この国家の危機的状況を打開するには社会の改革が必要不可欠です。しかしながら、これまでの政策のほとんどが失敗に終わってしまったのは記憶に新しいことです。はい、社会のシステムだけを変えても上手くは行かないんですよ。社会を構成する国民の一人一人の意識改革、行動改革と一体になることで初めて社会は良い方に変わるというわけです。

 社会ゼロ・ワン化計画とは、社会の構成員としてふさわしい人物を「1」、ふさわしくない場合は「0」とみなすことにより、先ほど申し上げた国民の改革を行うものです。簡単に言えば、社会の中の「1」人になるのか、ならないのかということですかね。役に立たない人はいなくていい、すなわち「0」人扱いです。「1」の側に社会的メリットがあれば、自ずと人は努力をしてその称号を手に入れようとするはずですから、社会は構成員というその土台から生まれ変わっていく、と。

 お分かりいたただけましたか?

 どうやって「1」と「0」を分けるかですが、そこでこのナンバーカードを使うわけです。トランプぐらいの小さなカードですよね。これは表面が「1」か「0」を表示するディスプレイで、裏面が生体磁石となっています。私の胸にも同じナンバーカードがありますよね。服の上でいいので、こうやって心臓の上に置くと生体に反応してカードが付きます。心臓の固有振動数を感知して政府のデータベースと照合し、社会の構成員として認められる行動――納税や選挙投票、社会奉仕など項目を挙げればキリがないですが――が十分であれば、このように「1」の数字が浮かび上がるわけです。いやはや、「1」の文字が出るのは認められていることの証明ですから、当たり前のこととは言え嬉しいものです。

 一つ例外があるのですが、それは「無表示」というものです。隣のテーブルで参考書を開いている青年がご覧になれますか。彼の胸にもナンバーカードがありますよね。そこには「1」も「0」も表示されていないのがお分かりいただけたと思います。就学期間中の学生はまだ将来の有用性が未確定ですから表示が免除されるわけです。他にも、就学以前の幼児はもちろんですし、やむ負えない理由により行政機関から特別に許可が出た場合も同じく無表示です。その認可の一つとして、現在は社会ゼロ・ワン化計画への移行期間中ですから「0」表示対象の方も特別措置として更生猶予としての「無表示」が許可されています。期限は来年の5月1日までですので、ご注意ください。

 簡単な説明はこれくらいでよろしいでしょうか。詳しくは先ほどお渡しした封筒の中にガイドラインが入っておりますので、そちらを参照して下さい。万が一の場合は記載の無料電話相談ダイヤルを利用するのもよろしいかと思います。

 ええ、ご質問ですね。どうぞ遠慮なさらず。

 なるほど。「0」表示の者にはどんな罰が与えられるのか、ですか?

 滅相もございません。「0」表示は刑事法に触れるものではないのですから罪を問われるものではありませんよ。

 もちろん、行政上のサービスを受ける際に不都合が生じるのは避けられませんので、その点についてはご了承ください。他には、そうですね、「0」ナンバー非就労者対象には就職活動セミナーや労働訓練が課せられますので、奮ってご参加下さい。「1」ナンバーになるためには手に職を付けることが不可欠ですからね。

 社会の構成員全てが「1」となることが私たち新社会体系構築委員会の目標です。はい、それは「0」をゼロにすることと同じ意味になりますね。あなた様のおっしゃることに間違いはございません。

 蛇足ですが、止む負えない場合には行政認可の権限を行使させて頂くことも十分に在り得ますので、どうかご理解頂ければと存じ上げます。

 では、そろそろ失礼させて頂きますね。実はつい最近から「0」ナンバー候補者の登録が始まりまして、対応に追われているのですよ。住所不定であったり、対応拒否をされたりと色々大変でして。いずれ大規模な処理が何かしらの方法で行われるのでしょうが、それも酷なことですしね。非道なことは私たちも避けたいのが本音です。

 本日は快く対応していただき、ありがとうございます。本当に助かりました。

 そう言えば、まだ料理のご注文をなさっていませんが、大丈夫ですか?

 食欲がない、と。

 よろしいのですか。ファミレスでお食事という機会も久しいかと存じ上げておりましたが……失礼、人様の事情に私があれこれと口出しをするのは良くありませんね。

 では、最後に一言だけ。


 今後あなた様が「1」を胸に掲げられることを心からお祈り申し上げております。


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