第9話 カブラ焼き

「チュパカブラ?!」

 ヨシカワは思わず飛び退った。キツネかタヌキではなかったのか。

 そういえば妙な形状をしている。大きさは中型犬程度だが、頭はヤギのような感じで先細り。目は閉じているが少し切れ長に見える。網の中で縮こまっているのでよくわ見えないのだが、だいぶ猫背のような感じである。それでいて手足は長い。水曜日のオカルト特番でちらっとみた「チュパカブラのミイラ」ってヤツに似ていないこともない。これはミイラではないが。くたっとなっているので死んではいるようだ。


「それは本当かキジマ!」

「ええ、まあ」

「なんでこんなもんが」

「この辺では珍しくないんですよ」

「はぁ?」

 この世界的に有名な珍獣というかUMA(未確認動物:Unidentified Mysterious Animal)が珍しくない? そんなわけがあるか。とヨシカワは思った。だいたい、そんな話聞いたことがない。野良チュパカブラなんてものがうろうろしていてたまるものか。


「去年だったか一昨年だったか、ハリウッド俳優の人がお忍びでこっちの方へドライブに来たんですが、休憩中に襲われましてね。そんで記者会見を休むことになったじゃないですか」

「あ、いや、それはジョークだってみんな思っていたが」

「ジョークってこともなかったんですが、なぜかジョーク扱いになっちゃったんですよね」

「一応地元の新聞社にも知らせたんですが、全然取材に来なくて」

 スドウもぼやきはじめた。以前からマスコミにはまるで取り合ってもらえないという。

「水曜日のスペシャル特番のアレにも投稿とかしてるんですけど、ベタ過ぎるとか、チュパカブラは南米のものだから、それはタヌキかなんかだってことで、全然取材に来ません」

 まあ、普通に考えたらそうだ。実物なら少し違和感はあるが、写真だけ見てもタヌキかキツネかアナグマかなんともいえないだろう。大型のコウモリっぽい感じもあるが、角度によっては気のせいにしか思えない程度だ。


「南米のものは、実はこの町から移住した人らが連れて行ったこれが野生化したものです」

「はぁ?」

「はい、大正から昭和にかけてここからも何世帯かがブラジルに移住しました。その際に飼っていたものを連れていったようです」

 スドウが解説をはじめた。なんだか手慣れた感じがイヤだとヨシカワは思ったが、妙に説得力がある。


「ペットになるのか?」

「いえ、それは食用です。この辺りでは江戸時代から食用に捕獲されていました。しかし、幕府は肉食を禁じていましたから、隠れてこっそりということになります。一部では手懐けて家畜のように飼う家もあったそうです」

 話がデカすぎる。にわかには信じ難い。マリネやカメラマンらも目を丸くしていたが、地元の連中はうなずきながら聞いていた。地元なら誰でも知ってるというのか。なんなんだこの流れは。ヨシカワはむうと唸った。


「江戸時代はこっそり食べるときに、これは蕪だと言って幕府の役人をごまかしたそうです。なので、地元ではこれをカブラと呼んでいます。まあ千葉カブラともいうんですが、それがブラジルに伝わって、訛ってチュパカブラになったんではないかと言われています」

 スドウがドヤ顔で締めくくった。なんだそのやりきった感。キジマもハイタッチなんぞしてやがる。


「これを串焼きにするのが千葉崎名物のカブラ焼きになります。少し固いですが、深みのある味わいが地元で愛されています」

 キジマもドヤ顔で説明しだした。

「だったらなんで最初から出さない」

「最近チバカブラの数が減ってまして、今日獲れるかどうかわからないので保険を用意しておいたんですよ。さっきようやく捕まえたと連絡がありましてこっそり受け取りに行ってきました」

「バンドウさんという猟友会の方ががんばってくれました」

 スドウも口を挟んだ。ヨシカワをたばかるための仕込みにしては手が込み過ぎている。コストだってかけすぎだ。いよいよ信じるしかない感じにはなってきた、とヨシカワは思った。それで撮影が終わるならそれにこしたことはないのだし。


「じゃあ、ちょっと支度しますので、しばらくお待ちください」

 キジマとスドウはチュパカブラを担ぎ上げて、厨房に運び込んだ。これから捌くつもりなのだろうか。ヨシカワは不安になった。UMAを調理して食うなんて、そんな番組アリなのか? もっともさっきのスドウの話が本当なら、別にあれはUMAでもなんでもなくて、それはただのジビエ料理ではあるのだが……。


「ヨシちゃん」

 コガオマリネが小声でヨシカワに話しかけてきた。

「どうした」

「あれ、食べるんだよね?」

「え、ああ、まあそういう流れだよな」

「あたしが食べんの?」

「それがレポーターの仕事だからなあ」

 マリネはうーんと唸ってそれきり黙ってしまった。気味が悪いとでも思っているのだろう。得体の知れない生き物の肉を食えというのだから、身構えるのは当然だ。


「どうする? やめるか?」

「それってプロポーズ?」

「どうしてそうなる」

「これやめたら番組降板でしょ。そしたら仕事なくなるし、仕事仲間じゃないんだから、あたしと付き合ってもいいわけでしょ。あたしと付き合って逃げ切れるとか思ってないでしょ。だったらこれは事実上のプロポーズじゃない」

「その結論の前に、何ヶ所も分岐点があるぞ」

 ちぇっといいながらマリネは口を尖らせた。ヨシカワはそういうマリネの子供のような仕草は、ちょっとかわいいと思った。カメラマンのゴローはいつのまにか千葉崎の住人たちと打ち解けて談笑していた。他のスタッフもそれぞれ雑談してリラックスしていた。


「できましたよー」

 キジマが厨房から肉の串焼きを盛った皿を盛ってきた。まだジウジウと脂が鳴っていて、実にシズル感がある。見るからに美味そうだ。

 カメラマンが気を利かせてアップでの撮影を開始した。マリネを見るとすでにメイクチェックを始めていた。長年やっているので、スタッフの息はぴったりだ。

 だいぶ待たされたが、これならいけるという手応えがヨシカワにはあった。

 チュパカブラの串焼き、やってやろうじゃねえか。


「では、さっそくいただきますね」

 マリネがカブラ焼きにかぶりついた。もぐもぐと咀嚼する。もぐもぐと。コメントが欲しいタイミングだが、一向にもぐもぐを止めない。さんざんもぐもぐした挙げ句、ごくんと飲み込んだ。


「あの、これって完成形?」

「え、もちろんです」

「具とか、ソースとかは?」

「ないですよ」

「味付けとか?」

「そのままです。千葉崎の名産のカブラの素材の旨味と香りを楽しんでいただくものです」

 スドウがドヤ顔でカメラに目線を向けた。


「ヨシちゃん食べてみて」

「またかよ」

 イヤな予感しかしなかった。ヨシカワはとりあえずカブラ焼きを口に運んだ。



 ヨシカワは移民の一人としてブラジルにいた。アマゾンの川のほとりだろうか。小さな港の一角に積み上げられた多くの家財道具とともに、ひもにつながれた珍獣もいた。ヨシカワ少年は父親にカブラの餌やりを命じられていた。


 長年世話をしていると情がうつるものである。日本から連れてきたカブラも旅の途中で食用にされ、残り2頭になっていた。今日は金曜日だ。おそらく今夜、どちらかを食べることになるだろう。


 ヨシカワ少年は、ひもをほどくと、カブラのエサを森に投げ込んだ。カブラたちはエサを追って森へ飛び込んでいき、そのまま帰ってこなかった。少年は父親に殴り飛ばされたが、それ以上の叱責は受けなかった。他に食糧はあったし、目的地まではまだまだ遠かったからだ。少年は、




「その話長い?」

「いや、もういい。ていうか俺の記憶じゃない」


 ヨシカワはキジマを台本でポカリと殴りつけ、味付けをなんとかしろと命じた。作り直して撮り直して、どうにか放送にはこぎつけることができた。その回の視聴率は過去最高を記録し、それ以降全国各地に謎のUMA料理が乱立したのだが、それはまた別の物語である。


(おわり)




 

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カブラヤキ(レリゴー!Bグル取材班シリーズ①) 波野發作 @hassac

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