鷹谷「窓が閉まっていたら弁償だった」泉菜「………」

 時刻は4時18分。いかに神聖なる学舎と言えど放課後ともなればそれなりの喧騒に包まれる。それは例えばグラウンドからは部活動に励む生徒の、教室からは居残り勉強を嘆く声や真面目に勉学に励む生徒の質問の声。図書屋や廊下等で駄弁っていたり声であったり、あるいは職員室から漏れる教師達が会議をする声かもしれない。そうでなれば吹奏楽部が楽器を吹きならすような音か


 そんな中、そのどれとも異なる、しかしそのどれよりも巨大な喧騒と共に神聖なる学舎の廊下を疾走する2つの影があった


「待てコラ香てめぇぇぇぇぇ!!!」


「鷹ちゃ~ん、廊下で走っちゃいけないんだZE☆お母さんそんな子に育てた覚えは無いんだZE☆」


「ぶっ殺す!!!ぶっ殺してやるからそこで止まれぇぇぇ!!!!」


 凪波学園2年屈指のバトルマスター(本人が名乗ったわけでは無い)、静寂鷹谷と凪波学園創立以来と名高いバカ(こっちは自他共に認める)、花岸香の2人である


 何故こんな事態になっているのかと問われれば理由は1つ、確信犯香が謙太郎をそそのかし執事キャラ解禁、その結果鷹谷の頼みの綱(命綱とも言う)を断ち切ったからである


「止まれって言われて止まるわけないじゃん!捕まったらデストロイされるもん!」


「当たり前だろうが!ウダウダ言ってねぇで止まれ!!!」


 と、まぁこんな調子で10mほどの間隔を空け校内を疾走―――もとい暴走している訳で現在の時刻は詳しく言うと4時18分37秒。


 ちなみにその1分23秒後の4時20分きっかりに鷹谷は勢い余って3階の窓から転落する事になる



( ・∇・)( ・∇・)( ・∇・)( ・∇・)( ・∇・)( ・∇・)



「戻りました」


「ただいま~!」


「あ!先輩方、やっと戻って…………来て…………?」


「……何をやらかしたんですかお二人」


 時刻は4時30分、2人が部室を出てから約15分後。戻ってきた2人を見て鏡と泉菜が硬直していた


 香は右足に包帯、そこかしこ、特に左目の辺りに巨大な痣がありまるで漫画に描かれたように「ボコボコ」であり、一方の鷹谷も本人にか外傷こそ無いが制服が所々擦りきれたような穴が空いていたりどこかに引っ掻けたように破れていたりと「ボロボロ」であったのだ


 にも関わらず本人達は


「いや~派手にやっちゃった~☆」


「窓が空いてて良かった、閉まってたら割っちまって弁償モンだっただろうな………」


 等と宣っている訳である。そんなものを見たら誰だって硬直するだろうし絶句するだろう。むしろ何事も無かったかのように


「あ、お帰り~」


「お茶淹れてあるよ~」


 等と呑気にくつろいでいる3年生2人が異常なのである


「…………えっと、とりあえずお2人共何故そんな事態になってしまわれたのかご説明頂けませんでしょうか?」


 怖がっているのかそれとも引いているのか泉菜の口からやたら丁寧な口調で質問が飛び出した


「ん?良いけど特に面白くないよ?」


「いや別に面白さを求めて聞いてる訳じゃねぇだろ」


「あ、そう?んじゃ、確かね―――



(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/



 時刻は遡りまたもや4時18分37秒、場面は目立つ2人のリアル鬼ごっこである


 怒号と笑い声を撒き散らしながら駆け抜ける物体Xを遠目に目撃した、もしくは聞いた生徒達が何事だと近くまで見に来ては「あぁ何だあの2人か」「いつもの事だったわ」と再び引き返していく


 そんな状況下で2人は情報部の部室があるB棟から普通教室や職員室等があるA棟へ続く渡り廊下に差し掛かる。この時点で4時19分20秒である


「ちょっと、鷹ちゃん、もう流石に、疲れてきたから、どっかでお茶しない?」


「飲みたきゃ1人で飲んでろ、その間にぶん殴る」


「うん嫌だ」


 このように香の息が上がってきた頃に2人はA棟1階に突入。4時19分27秒である


 追いかけっこが始まってからA棟に来るのはこれが最初(で最後)だったが2人の大騒ぎはA棟に居る生徒にも届くほどの物であった。その為か既におおよその状況を察している生徒が殆どであり今まで程見物人は居なかった


 最もそれは見物人に限った話であり退屈な自習や補修をしている生徒や教師の興味を引くには充分すぎるものであったが


 そうして多くの生徒達の興味を引きながら時刻は4時19分40秒、2人は2階へ到達する。ちなみにA棟の1階の時点で息が上がりはじめていた香は既に言葉を発さなくなっていた。いかに挑発と減らず口の申し子とは言えスタミナが無尽蔵な訳では無いのだ


 そんな香に対し鷹谷はつい先日までハードな運動部に所属していた身、これくらいでバテる程ヤワな鍛え方はしていないらしく


「いい加減止まれや!」


「観念して殴られろぉぉ!!!」


 と相も変わらず怒声を飛ばし続けている。尚、今彼の頭の中からは何故自分が香をぶん殴ろうとするに至ったのかという理由の事はすっかり抜け落ちている。これが4時19分50秒、3階に到達したのも同じタイミングである


 さてこの10秒後に鷹谷はこの3階の廊下の窓から落ちることになる。その事を踏まえた上でこの先はご覧いただきたい



 2人が階段を登り終えてまず見えるのは教室である。なので当然ながら教室に入って逃げるか左に曲がって廊下を走り抜けるかの2択を迫られる。香は一瞬で廊下を走り抜ける事を選びその香を追いかけている鷹谷もそれに倣ならうこととなる。これで残り9秒


 捕まったらデストロイされる事を長年の付き合いから理解している香は死ぬ気で直線の廊下を走って逃げる。どうしても1発殴らなければ気が収まらない鷹谷は凄まじい速さで追い掛ける。そうしている間に両者の距離は縮まり続け3m程まで接近した時残りは3秒


 そうして迎えた突き当たり、本来香は突き当たりのすぐ左にある2階への階段を使って逃亡を続行するつもりだったがここで想定外のアクシデントが、その階段から無関係な一般生徒が現れたのだ。幸い香は疲れにより速度が落ちており生徒も普通に歩いて登って来たためぶつかることは無かったが避けきる事はできず


「うわっ!」


 と声を上げて香は滑って横向きに転んだ。具体的には後ろから追い掛けてくる鷹谷に右半身を向ける形でうつ伏せに転んだ。残り2秒


 さて両者の距離はさっきの時点で3m、香が転んで停止したわけだが鷹谷は『凄まじい速さ』で走っていたため更に差は縮まっている。果たして咄嗟に止まれるだろうか?



 お察しの通り正解は否である。鷹谷自身は香が派手に転倒したのを見て流石に止まろうとしたのだが止まりきれずにそこに突っ込んだ。残り1秒


「おうっ!!!?」


 珍獣馬鹿がなんとも形容しがたい声をあげる。鷹谷が突っ込んだ拍子に右足を踏みつけられたのだ。鷹谷はそのままバランスを崩した


「うおっ!?」


 続いて香の左足に引っ掛かり勢い余って前方宙返りの要領で鷹谷が吹っ飛ぶ。正面の壁には窓あった。空いていた。4時20分きっかり


「あ」


「あ」


「あ」


 一般生徒と馬鹿と自分自身の間の抜けた様な声を聞きながら鷹谷は窓から落下していった



(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/



 ―――ていう事があったんだよ~」


「いやいやいや、ちょっと待ってください」


 長い回想を終えた香を待ち構えていたのは泉菜によるストップであった


「何ですか静寂先輩が3階から落ちたって?何でその静寂先輩より花岸先輩の方が重症なんですか?」


「いや鷹ちゃんは3階から落ちても特に無傷だったし僕も踏みつけられた右足だけで済むはずだったんだけど鷹ちゃんに保健室へ連れていかれるまでに1発殴られてさ~」


「いやいやいや、何で1発殴られてそんな全身痣になるんですか?」


「いや派手に吹っ飛ばされて体打っちゃったんだよ」


「でも保健室には連れていくあたり幼馴染みっすね」


「どんな幼馴染みですかただの異常者ですよ」


 と3人が怪物談義で盛り上がる中、柚子音がうんうんと頷きながら一言


「3階から落ちても無傷か~それでこそ情報部の用心棒だよ」


「あくまで俺は仮ですからね?」


「というかハードル高くないすか用心棒!?もう私要らない子じゃないすか!!!」


「大丈夫だよ鏡さん、これは流石にジョークだろうし」


「ですよね!?流石にジョークですよね?私3階から落ちたら多分死ぬっすから!!!」


 ギャアギャアと喧しくなってきた所で再び香が割り込んできた。その目は時計を見つめていた


「そういえば部長、そろそろ行かなきゃ」


「あ、本当だ。用意はしてあるし早く行こうか」


 と、言うと柚子音は脇に置いてあった大きく膨らんだビニール袋を持ち席を立った


「どこに行くんですか?」


 鷹谷の問い掛けに対し柚子音は屈託の無さそうな笑みを浮かべ


「いや、ちょっと鷹谷君の歓迎会でもしようかと思ってさ」


 と言ってビニール袋を揺らす。その中にはコンビニ等で売っているようなお菓子が大量に詰め込まれていた



「屋上にでも行ってお菓子食べようか。皆で」

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凪波学園情報部 JOKER @joker03

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