第六講 書類に埋もれて/デボラ・バジョナ
大戦が終わり、安定の時代が訪れた。これからの時代から今にかけて、沈黙の時代と呼ばれる。
クロウラーにこだわりのないバーナードは、あっさりとアカデミーの人間にクロウラーを引き渡した。
バーナードにバトンを渡されたデボラ・バジョナは特に天才的なきらめきがあったわけではなかったが、それなりにふさわしい人物ではあっただろう。アカデミーから選出されたデボラは、補佐として同じくアカデミーのアスタ・グレンと数名の学生を連れて巣へと潜る。
このときのクロウラーの内部は、なかなかに血塗られて陰惨なものであったという。
デボラはまず、アカデミーと同じように、クロウラーの魔術師たちをリストアップして厳密に管理することにした。これによって、魔術師たちははっきりと破門されることがあるようになった。そして、賞罰が強化され、上下関係がある程度組まれる。軍隊に従事することは構わなかったが、クロウラーからの支援は受けられなくなるわけである.。
この種の記入の催促は、めんどくさがりのクロウラーの魔術師たちには酷く煙たがられることになる。
さて、この時代、赤ん坊に長ったらしい名前を付けることは、魔力の向上を助けるとされていた。おおむね、今では迷信と断言されている。高名な魔術師が名前を与えることも良いこととされ、魔術師の中には名前を授けることで利益を上げようとしていたものがいた。
デボラは、制度改革が難しかったアカデミーではなく、まずはクロウラーからそれを禁止した。
名前が魔力に作用しないという根拠に、ある日突然弟子のラルレートルの名前を取り上げると無理やりにルディという名前に改名させた。
アカデミーでは到底できないようなことである。デボラはクロウラーで改革のモデルを作っていた。うっぷんを晴らしていた、ともいえるのかもしれない。
内心ひどく複雑だったと、ルディはのちに語っている。
さらに頭髪の長さが魔力に関係しないことを示すために、ルディは丸坊主にされてもいる。デボラ自身の頭がまた寂しかったため、誰にも非難できなかった。
デボラはごったがえしていた先人たちの業績を評価し直した。するとクロウラーの魔術においては同じような流れで同じような失敗が繰り返されていることに気が付いたため、これを集約した。几帳面なマーリストスが資料をまとめていたことも大きい。クロウラー達はこれは高く評価している。歴史的に、彼らは外部のものによってはじめて観察され、記録されるのである。
そしてリーダーを明確に決めることにし、デボラはグロリアスクロウラーと名乗ることになった。たんにリーダーを明言したまでのことである。
クロウラーのすみかには随分と当たり前とされる不文律が多かったが、多くのものを明文化した。
これにより、外部のものが受け入れられやすくなり、アカデミーからも希望者を受け入れることができた。
デボラは偏屈ではあるが、それなりに公平な人物である。アカデミーにおいての花形、治癒と攻撃以外の魔法にも大いなる評価を下した。
彼の弟子のラルレートル(ルディ)は使役魔法の使い手としてかなり正当に評価されたことで日の目を見たともいえる。一方で治癒と攻撃に関する魔術は相対的に低く見積もられることとなり、魔術アカデミーでそれらを専門にするものは、クロウラーを嫌う。
しかしながら、治癒術を学ぶにはなかなか良い環境である。
デボラの登場によって、クロウラーの魔術師たちはいっそう、直接的な打撃を与えないような不思議な術を得意とするようになる。
デボラと商人について述べておこう。
デボラ・バジョナの下では商人の子はクロウラーになることを一切認められなかった。
もともと、アカデミーは商人を毛嫌いしていた。戦後、商人が彼らの技術を安く買いたたいたというのが根強いトラウマの原因になっているようだ。しかし同時に彼らの多くが目先の銀貨に飛びつき、痛い目をみたということである。彼らは知性に相応の金銭感覚を持たないものがほとんどだった。
しかしデボラ・バジョナに関して言えば、完ぺきな私怨である。外界では女性関係の失敗から洒落にならないほど大きな借金を背負っていた。恋敵が商人であり、背負わされたと言っても良いのかもしれない。
ある意味では契約書から逃れるためにクロウラーになった面もあったかもしれないが。
なぜかクロウラーに限らず魔術師たちはものの市場での価値をはかれない。石ころに魔力を込め、紙切れにロマンを感じ、マニアックな称賛をうけているうちに相当な世間とのズレを生じる。クロウラーの巣の中でズレを正してくれるものは誰もいない。
しかし、クロウラーにもやはり利益に聡いものが現れる。例えばヴァヴィロヴァがいる。彼は役人の父を持つ私生児であった。クロウラーに所属していたものの、利益主義が過ぎた結果、彼はデボラによってクロウラーから放逐された。
その間に相当儲けているのは間違いない。
彼はクロウラーの巣を去ってからも、巣での稼ぎを元手に財を成している。魔術師の需要を誰よりも知るヴァヴィロヴァは賢いようでとろい魔法使いたちを相手取り、勝手がわからずに見当違いな品物を仕入れる魔術商人たちを尻目に、優れた品質の仕入れを行った。
彼はどういう性質のものは多少ふちが欠けても良く、どういうものは絶対に誤差を許されないのかという絶妙なニュアンスを熟知していた。そしてある時は利用していたともいえる。彼は品物の欠陥に気づいていてもしばしば沈黙した。その製品の評判が落ちるのを見越してライバル会社に投資するのである。
デボラもその目利きには一目置いており、苦々しい顔をしながらも弟子に注文の手紙を書かせた。
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