第一講 地下への情景/アマデオ・ブリンツ

 さて、クロウラーについての講義を始めよう。

 まずは、クロウラーと、クロウラーの開祖たるアマデオ・ブリンツについて軽くさらっておこう。


 AC300年あたりの年代を指して、”未開の時代”と、そう呼んでいる。

 クロウラーの歴史は、はるか500年ほども前から始まる。


 未開の時代。大陸の西の果て、レッド・キャニオン周辺では、石炭や鉄などの有用な鉱石の鉱脈が内部から食われるようにしてなくなっていることがたびたびあった。鉱石を的確に掘りつくしていくそのような穴ぼこが見つかると、鉱夫達は慌てて空洞を埋め立て、入り口に縄を張り注意を促す看板を立てて、少なくとも数十年は二度と立ち入らない。

 「クロウラーが出たぞ」と、彼らは言った。


 鉱山労働者はなかなかに迷信深く、それゆえに賢明である。


 レッド・キャニオン周辺で探せば、現在でもそのような穴ぼこは無数に見つかる。しかし、今ではそこからクロウラーへと潜ろうとするのは無謀というものであろう。

 最も一般的なクロウラーへの入り口はそこからもうすこし西へいったところの、カクレインと呼ばれる広大な森の中にある。私も、出入りをするときはその入り口を使っている。

 クロウラーの本拠地は、その真下にある。レッド・キャニオンからは数百キロも離れている。


 クロウラーについて語る前に、ひとつ教えておくことがある。

 もともと「クロウラー」というのは、芋虫、あるいはワーム状の生き物を指すことばである。うねるような穴は、不気味に肉食の巨大なミミズの存在を匂わせたのだろう。

 そして、クロウラーに住む彼らを指す「クロウラー」というのは、地下で暮らす魔法使い自体のことを指すこともあれば、単に彼らのすみかを指すこともある。どちらを指すかは文脈による。すみかを指す場合は、モグラ穴とかネズミ穴とかミミズ穴とか、いろいろな言い方がある。”巣”というのも、クロウラーのすみかを指すことばの一つだ。


 さて、諸君、クロウラーとはなにものか?

 初期の頃はとくにそうだが、有象無象の集団である彼らにはロクな帰属意識があるでもなく、また魔法使いの集団と言えるほどに熟達した魔法使いばかりがいたわけでもない。だから、一口に彼らが単に魔法使いの集まりだったとは言えないのである。

 クロウラーの特徴は、深さの程度の差こそあれ、一貫して地下に拠点をおいて生活していたというところにある。


 地下に拠点を築くためには、それだけの穴を掘るための肉体労働が不可欠であり、それを可能にしたのは、初代クロウラーの長、死霊術士アマデオ・ブリンツとその従僕たちである。

 アマデオに関しては、モロトフというコソ泥が彼についての記録を残している。また、アマデオはクロウラーとして活動する前から死霊術士の中ではかなり有名な人物でもあったようで、そちらのほうにも資料が残っている。

 もう少し時代が進めば、クロウラーも外とのつながりを持ったりするし、今もなお(!)生きる不死のものから話を聞くことができるのではあるが。




 アマデオ・ブリンツの時代は古く未開の時代だった。当時の人々はとても迷信深く、魔法使いたちは広く認知されていなかった。なにごともわかっていないことが頻繁にあり、新しい発見もひっきりなしだった。

 神の庇護の下にない場合の魔法使いの肩身は非常に狭かった。この辛酸を舐めるような時代は我々アカデミーの礎を築いた先人たちにも覚えがあるだろう。若い魔法使いはピンとこないようだが。


 アマデオ・ブリンツもまた、良き隣人に対して怪しげな術を使ったとして密告され、捕縛されたうちの一人だった。そして、彼の場合は事実その通りだったのである。

 異端を嫌う審問官はかなり多くの間違いを犯したろうが、珍しくこのときばかりは”あたり”を引いたと言えるのだろう。

 言い伝えによれば、処刑場に集められたアマデオの他には30数名の囚人たちがいた。彼らのどのくらいが、真に罪人であったかは分からない。

 彼らはレッド・キャニオン荒野の処刑場で、ろくな道具も食料もほとんど渡されず、自分たちで穴を掘るように命じられた。そして、最期には自分たちの掘った穴に投げ込まれ、地中深くに埋め立てられたのである。


 アマデオと囚人たちがかろうじて目を覚ましたのは、暗く深い空洞の中だった。幸いなことに、そこにはかろうじて小さな空間があった。

 囚人の一人が、ヤケを起こして、「本当に魔術師なら術を使ってみせろ」とアマデオに迫った。アマデオは黙って首を横に振る。

 囚人たちは絶望し、あたりには険悪な雰囲気が漂う。それが誰のせいだと言い争いになり、一人がスコップで殴り殺された。

 すると、アマデオはなにかを呟いた。くぐもった声。だれもその言葉を知らなかった。

 しばらくすると、倒れた囚人が無言で立ち上がり、木片を手に地下へと掘り進む様子を見せた。残りの囚人たちは無謀なことだと呆れたが、彼らのたゆまぬ意志に感じ入ったものがあったのか、やがて一人二人とその動きに加わっていく。


 しばらく掘り進んだところで、彼らは運よく地下墓地を掘り当てた。囚人たちは喜んだ。ここから地上へ逃れられるかもしれない。

 アマデオは進み出て棺をノックした。すると棺の蓋が開いて死体が這い出す。そこでようやく真に”生き延びた”囚人たちはアマデオの本業を知ることとなる。

 辺りを見回してみると、嬉しそうな顔をしていたのはわずか4人ほどで、他は曖昧な無表情を浮かべていた。わずか4人の囚人たちはすっ転びそうになりながら、外の世界へと這い出していった。

 アマデオは鶏の鳴く声を聞くと、追うのを断念したという。墓地からさらに燭台を一つ拝借すると、死体の行列を従えてまた奥へ奥へと掘り進んで行った。




 アマデオ伝わっている話は寓話的であり、実際にどうだったのかは今となっては知る由もない。

 とにかく、アマデオは自在にアンデットを操り、深い深い穴を掘ったということらしい。


 死霊術士アマデオの下で、死は問題にならなかった。クロウラーの総数は決して減らない。増える一方である。


 彼らは十分な仲間を得ると、ゆっくりと永い永い時間をかけながら地中に潜っていく。人の目を避けるように、西へ西へと勢力を伸ばす。

 そうしてレッド・キャニオンのふしぎな穴ぼこもなりを潜めていったのである。


 アマデオの目的はなんであったのだろうか?

 アマデオは明らかに何かを掘り当てようとしていた気配がある。それが何であるのかにはやはり諸説あるが、孤独に耐えかね、アマデオと同じような長命のものを探していたといわれている。アマデオの正体については、日光を嫌ったこと、人をあまりないがしろにしなかったことから、ある種のヴァンパイアというのが有力な説である。

 死者たちは忠実ではあったが、思考もままならないものがほとんどで、明瞭なものも一様に覇気はなかった。

 ただ、アマデオほどに大規模な人数をいちどきに操れる死霊術士はいなかったと言っても良い。




 クロウラーへの入り口はマンホールのような丸い鉄の蓋でふさがれていて、特に見張りといったものはいない。ただし開けるのには大の大人が2、3名ほど必要である。

 きちんとアポイントをとっていれば、中から開けてもらえるのである。


 クロウラーのすみかのもっとも古い場所には、ちょくちょく「モロトフの忠告」という趣旨の殴り書きの刻み文字が見られることがある。ペケ印の右下に二本の斜線。これは崩れやすい状況にあることを警告するためのサインで、クロウラーはこのようにたびたび壁にマークをつける習慣がある。刻み文字であるのは、薄暗い中でも触って確認することが出来るように、ということだろう。


 いたずら書きとして、気の難しい魔術師の部屋の扉にはこのマークが見られるときがある。意味するところはもちろん「触るな・危険」である。


 あるクロウラーの男などは、私が私の研究室の木扉に刻まれたこのマークの意味を尋ねたとき、「ああ、クロウラーが尊敬するとある人のマークですよ」と素知らぬ顔で答えた。

 彼らは積極的には嘘をつかないと思うが、そういうところが私は嫌いだ。

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