第二講 開拓者/シャールカルシス

 長い世を生きたアマデオであったが、彼は火葬をひどく嫌った。もしもアマデオを処すなら、火刑を選ぶべきだったのだろう。


 さて、前回はクロウラーの祖、アマデオ・ブリンツの話をしたが、今日はもう少し彼について補足してから、次代、シャールカルシスの話をしよう。

 このシャールカルシスというのは、クロウラーの中でも非常に地味で、つかみどころのない人物であるのだが、私のお気に入りのクロウラーのひとりである。




 アマデオは生者をもてなし、迷い込んだものも、必要がなければ無理に殺すようなことはしなかった。いずれ自分のものになるという余裕からのことだったのかもしれない。

 彼なりにもてなし、談笑し、ときには客人を地上に送り届けたという。ちなみに、気に入られればずるずると滞在を伸ばされ、死期が近くなればもう一度ここに来てほしいと頼むこともあった。

 彼はアンデットになるとくるりと掌を返すというか、ドライで、労働力としてこきつかったという話だ。死霊術の中には、彼を祖にしたアマデオ学派というものがあるが、ヒューマニズムに反するというのはもとより、どことなくドライでずれたところがある。

 鷹揚ではあるが、倫理観というものはおよそ欠けてはいたのだろう。


 アマデオは人の寿命では死なず、アマデオの世は長かった。しかしそれも永遠のことではない。アンデットとはいえ、いずれ終わりの時はやってくる。アマデオがクロウラーの史実から姿を消して、年表にはしばらくの空白がある。

 次にクロウラーとして名前を挙げられる魔術師はシャールカルシス、あるいはシャルカルシスと呼ばれている。その他にもジャッカル、ヤルシュ、ダーシュ、ヤルカルスと、……彼、または彼女は非常に呼び名が多い。彼に関しての記述はかなり少ない。男性か女性かどうかもわからない。

 便宜上、この授業では彼と呼ぶことにしよう。


 古いクロウラーの足跡をたどるには、クロウラーの穴を調べてみるのが一番良い。主導者が違えば進みが違うし、住みやすさや通路の細さ太さなどかなりの違いが現れる。クロウラーの巣をさかさまにたどると、その差は歴然としている。アマデオ・ブリンツ率いるアンデットの無秩序な開発が終わり、整然としたトンネルになり、本拠地ができてきたのがこのころなのだ。


 クロウラーの本拠地周辺、カクレインの森付近は、トンネルの大きさが一定で歩きやすい。

 堅い岩盤を避けるため、多少迂回している様子は見られるが、道はまっすぐで、目的をもって整然としている。初期にレッド・キャニオンで見られたような、「ワームが食い荒らしたような穴」とは言い難いのだ。

 シャールカルシスの開拓跡には、何かを栽培していたような畑の跡と、トイレ、地下水をためる場所がある。食料も上下水道も、アンデットには必要のないものだ。アマデオはほとんど人外の域であることから、人間であるシャールカルシスの存在が示唆されているのである。


 アマデオが残した迷惑な遺産は、いわばダンジョンじみている。

 クロウラーの本拠地から古いトンネルをひたすらに歩いていると、ある地点から掘り進み方ががらりと変わる。それが、シャールカルシス以前の穴だ。アマデオ率いる、アンデットたちが開拓した場所である。

 せまく、非常に歩きにくく不安定で、自分がどこにいるかすらわからなくなる道が続く。這って進むように作られた細い道はぐるぐると曲がりくねっていたり、あちこちに掘り進んでは止めた様子が見られたり、挙句の果てには落とし穴のような真下への穴も散見される。いくつかは自然に出来たものだろうが、全てではない。

 こういった滅茶苦茶な穴は、非常に危険であるため、今では大抵の通路は木の扉で塞がれているか、土で埋め立てられている。


 シャールカルシスはアマデオの死とともに便利で文句の一つも言わない多くのしもべを失いながら、クロウラーのなお揺るがない基礎を築きあげたといってもいいだろう。

 目立って魔術的な功績を残さなかったこともあって、魔法史には決して乗ることがない人物ではあるが、私はそこそこに彼が好きだ。地味で忍耐のいる評価されない仕事、というのにロマンを感じているのかもしれない。

 また、別の理由でクロウラーを訪れるもの好きな観光客には人気がある。シャールカルシスは非常にため込むのが好きで、今でもなお、ごくまれに宝が掘り当てられることがあるのである(大きな声では言えないが、いくつかは観光客向けに埋めている偽物だったりして、時代が合わないことがある)。

 ただ、気を付けなくてはならないのは、その宝が当時の労働力、すなわち無能アンデットであったりすることがあるということである。無礼な訪問は、たびたび死を招く。


 少しおおげさになってしまった。居住区にアンデットの危険があることはほとんどない。

 クロウラーのすみかは、一層、二層、三層とはっきりと階層が分かれている。おおむね。一層は主に畑と倉庫、養鶏をするための施設であり、二層は居住区、三層は居住区およびその他の施設である。そして、危険があるのは4層以下の未開拓で灯りの少ない場所のことである。アンデットたちは、起き出してからはしばらくは寝ぼけている。浅い階層であればそうそう危険はあるまい。むしろ、土砂崩れのほうが致命的だ。「入るものよりも出るもののほうが少ない」というクロウラーの揶揄を、額面通りに気に入って住み着いているなどとは思わないことである。


 クロウラーはわりかし住みやすくなった。

 今では光珠、または光虫などの発明によってクロウラーの陰気暗さも大分マシにはなったものであるが、クロウラーの中は外に比べればまだ暗い。


 アカデミーの伝統に則り、クロウラーたちにもローブが支給されている。傘下に入ったころのことだから、ここ100年ごろの話だ。彼らのローブは苔色であるが、正直、クロウラーの巣の中では色はほとんど判別できない。

 クロウラーのためのローブは、術者の魔力を僅かに吸って袖口や後頭部などが光るように出来ている。肩口から背中にかけては黒い目玉模様が描かれているのが特徴だ。これも光る。

 暗いところでも、お互いの位置を知れるようにする工夫である。

 無論、体に害があるということはなく、「魔力を吸う」と言っても、魔力をさして持たないふつうの一般人でも問題なく光るくらいのものである。

 ただ、光る部分の、特に目玉部分が弱く光るか強く光るかは個人の魔力に依存するところがある。魔力の強さが必ずしも魔法使いの力であるとは言えないが、しかし、じっと目を凝らして見れば、だいたいどのくらいの腕前かわかるというものである。


 クロウラーの巣以外の場所で着ると良い的であると笑われるのであるが、しかし、クロウラーではそのローブを脱いで行動するものは、なにかやましい事でもあるのかと勘繰られてしまう。

 これを脱いでも許されるのは、浴場と寝室のみである。


 長く住むのであれば、彼らはアカデミーに申請し、土ゴブリンを飼うことを許されている。ランタンを持たせ、道を先行させるのである。

 使役生物の術を学ぶには、クロウラーはちょっとした穴場である。こういった術は愛護団体からの非難相まって今学ぶにはそこそこに厳しいものであるが、クロウラーにおいては監視の目もほとんど届かないのである。


 クロウラーで著名な使役術士と言えば今なおグロリアス・クロウラーを務めるルディを挙げることができるが、次回に話すインゲラムもまた、違ったかたちで人を操る才に長けたクロウラーである。

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