第三講 享楽・享楽・享楽/インゲラム
クロウラーに長く暮らすと、視覚はそこそこに鈍るのだが、聴覚、嗅覚といった他の感覚が非常に研ぎ澄まされてくる。アンデットにまみれていたかつては、嗅覚についてはうたがわしいが、ともかく、普段、われわれがどれほどの部分を視覚に頼っているのかわかる。
気配に非常に敏感になるとでもいうのか、感覚が研ぎ澄まされるというのか。慣れるまでは大変だが、ある種の修行にも適しているということで、魔術師然としないものもクロウラーの巣には結構いるものである。
ところで、視覚に頼らないクロウラーで誰かの気を引くには”声”が重要だ。容姿はあまり関係ない。容姿にコンプレックスを持ち、クロウラーを志すものがいるくらいだ。実を言うと、性別もあまり関係ないのだが……。
特に光が乏しかった昔のことであれば、声が重視されるのはなおさらであったろう。とにかく、クロウラーではよく通る澄まし声が好まれる。
次にクロウラーの担い手となったインゲラムも、非常に魅力的な”声”を持っていたのだという。
シャールカルシスの登場ののち、クロウラーは細々と地上の人間を受け入れ発展していく。
何らかの事情で地上にはいられなくなった人間、あるいは行き場を失った知能あるアンデットなどがクロウラーに集まり、手さぐりではあるけれど、ともに暮らすようになった。
入れ違いに、アマデオの影響を失い、古いアンデットは多く土に還った。
クロウラーが勢力を拡大していくにつれ、クロウラーの名は地上でもちらほら耳にすることができるようになった。
術を極めんとすると過剰な節制を強いられていた当時の魔術師たちもまたクロウラーに多く流れた。
インゲラムは、はじめて地上で勢力的に活動を始めたクロウラーである。自由自在に見た目を変える魔術の他、治癒術に長け、人を惹きつける才能があった。
特に、人を惹きつける才能については特筆するべきものがある。そのやりかたは、ある種の魔術と言っても良いだろう。インゲラムの登場により、クロウラーの人員は絶えなかった。
インゲラムは地上に出向いては大勢を森に誘い込み、彼らをすみかに招き入れてもてなした。
クロウラー周辺の村落では行方不明者が相次いだ。これが働き盛りの若者ばかりであったため、非常に問題になった。
カクレオンの森は恐れられ、人々はこぞって供物を捧げた。インゲラムは、それをちゃっかりいただいていたらしいのであるが。
理想郷、の名の下に、このころのクロウラーで行われていたのは、かなりの乱痴気騒ぎであったといわれる。昼と昼、昼も夜もなく、凄まじいほどの饗宴。3層にはダンス・フロアと斎場があった。
クロウラーにカルティストというイメージが付きまとうのは、間違いようもなくインゲラムの影響である。
クロウラーのまわりはあまり平静とは言い難いが、世界としてみると目立った戦争もなく、インゲラムの下、平静の時代と呼ばれた時代が過ぎてゆく。
およそ150から100年前、AC600から650年ごろのことだ。
インゲラムの魔術の腕はいってしまえばそれほどでもなく、良い教師ではあったが、弟子に抜かれることもしばしばだったようである。それが弟子たちの向上心を上手にくすぐったのかもしれない。次に問題を起こすマーリストスやバーナードも、また、インゲラムの弟子たちであった。
ところで、クロウラーではゆったりと時間が流れるとでもいうのか、時計の針の進み自体は変わらないのだろうが、人の成長はゆっくりとしている。寿命も長くなる。クロウラーで育つものは若く、死ぬ者はより新鮮だ。
そして、クロウラーでは傷の進みが遅い。治癒術を学ぶにもうってつけ、といえるかもしれない。治りも遅いことは忘れてはいけない。
ところで、クロウラーで人の関心を買うには、「声」が重要であるという話をした。実生活の上でも、魅力的な声というのは大いなる武器になる。魔術師であれば、詠唱はやはりもごもごとした声よりもはきはきとした声であるべきだ。
とある研究によると、声だけでモテるものはいるが、声はひどいがモテるということはないというのである。クロウラーでダメだったら、それ以上はあきらめるべきなのかもしれない。
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