第四講 魔術師と戦争(1)/マーリストス
クロウラーの巣の宴が明けぬままに、外では帝国が着々と力を付けている。平静の時代は終わり、動乱の時代が訪れようとしていた。
AC705年、地上では帝国が北の友好国、ダルバウェインの国境を侵したことで、第一次ダルバウェイン・ウォーが巻き起こる。
そのころ、帝国の内部は非常に荒れていた。
全ての貴族が自分の人生を謳歌しているかと言えばそうではない。長男でなければ土地も継承するべき称号もない。そもそも家名の維持に必死になって、借金ばかりがのしかかる。
そのようなジレンマに陥った貴族の男子が地位を手に入れようと思うなら、軍隊に入って武功を得るのが手っ取り早かった。零落しかけた多くの貴族は、この機会にでも手柄を上げようと躍起になる。
戦争における魔法使いというのは、ほとんど考えられていなかった。僅かに補給部隊に支援としての魔術師もいたものだが、戦争の花形は騎士や傭兵といった前衛職である。
しかし、志願者も少なく、叙勲にはそれなりの家柄を要求される騎士に比べると、地位を問わず出世が望めた。
マーリストスは貴族の三男として生まれた。騎士としての道をあきらめ、魔法使いになろうと思ったはいいが、アカデミーは戦争には協力を渋っていた。
そこで、彼は単身クロウラーへと潜る。
マーリストスは、クロウラーの饗宴には見向きもせず、驚くほどの速さで魔術を極めた。
ただし、クロウラーで随一の魔力を持ち、攻撃に用いる術を極めたマーリストスは、インゲラムにはほとんど相手にされなかった。
クロウラーにおいて、攻撃の術はかなり無力だったようである。大勢を葬り去るような術は、狭所では自分たちの首も絞める。一対一であればそれなりの術もあったが、マーリストスは兵器としての魔術が欲しかったのである。
一方で、クロウラーの中にはマーリストスの過激なカリスマ性に惹かれるものたちも数多くいた。彼らは地上に焦がれ、地上に出てたびたび問題を起こす。困り果てたインゲラムは得意の術で懐柔を図るが、悪意のない身内にたいしては無力だった。
インゲラムの悲劇は集団の統制というものを良く知らなかったことにある。
マーリストスが術を学ぶうち、クロウラーのすみかで過ごした時間は彼が貴族として暮らした時間と同じくらいになっていたはずだった。それでも、彼は地上の栄光を諦めきれなかった。
長きにわたる争いののち、いよいよ、マーリストスはインゲラムを酒宴の席で焼き殺す。
宴が終わったクロウラーは、非常に閑散としていた。熱狂は冷め、インゲラムを慕う沢山のクロウラーが師の訃報とともにクロウラーのすみかを去った。
マーリストスは軍隊に戻ると、すぐさま魔術を戦争に役立てることを考えた。自ら指揮をするよりは裏で糸を引くタイプであったのだろう。魔術師としては破格の出世を果たしたが、それでも、一個小隊を率いるくらいが関の山だった。
マーリストスは、ときおり帝国から捕虜を引き取ると過激な実験を行った。皮肉なことに、インゲラムが生涯をかけて尽くしてきた成果を大きく上回るほど、治癒術についての向上は早かった。
戦争によって実用化に迫られた魔術は、さまざまな発展をしている。
特に冗長なクロウラーの魔術がマーリストスという天才の手によって、理論だてられたのは大きい。
クロウラー式魔術の短縮詠唱のはじまりについても言及しておこう。
クロウラーでの術の詠唱には、三日間以上の時をかけるものすらある。
マーリストスは実用性を増すために研究を重ね、次々と詠唱の短縮を編み出していった。術は強力なまま、素早いものになった。
なお、短縮詠唱の開祖とはいえ、マーリストスの編み出した術は長ったらしく、難解なものが多いことで有名である。マーリストスは圧縮すればするほど、それだけその余地に詰め込むような性格だったとみえる。
しかし理論だって洗練された彼の術はなかなかのものだ。全てを几帳面にさらった彼の術は、素質に左右されず、各人への向き不向きと言うものがない。
習得するのに時間はかかるが、扱いやすく、安定している。
マーリストスは天才的ではあったが、非常に再現性の高い魔術を得意としていた。
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