『クロウラー』たち
頻子
クロウラー学 (選択必修)
ガイダンス クロウラーを学ぶ君たちへ
はじめに クロウラーと向き合うきみたちへ
このアカデミーにおいて、クロウラーの研究をしていると言うときまって奇特な目で見られる。中には、「いったい何をやらかしたんですか?」と心底気の毒そうに聞くやつすらいるのだ。
そういう連中に出食わした日には、憤りを通り越して悲しくなってくる。正直なところを言うと、今、やらかしてやろうか、と思うことすらある。
どうも、我らがアカデミーでは、クロウラーはある種の”流刑地”という認識が強いようだ。訪れたが最後、二度と帰ってこれないだとか。しかし、クロウラーはカルト集団でもなければ、異常者の集まりでもない。
彼らはわれわれと同じく、れっきとした魔法使いたちなのである。
きみたちがクロウラーについてどんな理解をしているのか、私は非常に危惧するところである。おなじ魔術師でありながら、われわれはクロウラーのことをあまりに知らない。知らなさすぎるといってもいいくらいだ。
アカデミーで扱う魔術には、彼らの開発した魔術の系譜を汲んでいるものが多くある。しかし、われわれがそれを意識する機会はあまりないというのも事実だ。
というのも、クロウラーの考え方には、かなり独特なものがある。通常、彼らはクレジットに自分の名前を求めないものである。とはいえ、クロウラーたちが寛容で無欲というわけでもないのだ。
クロウラーたちの考え方は、アカデミーで育ったきみたちにとっては馴染みのないものだろう。
例えば、地下で共同生活を送る彼らにとって秘密というものはほとんどない。研究の成果は、惜しみなく全てに行きわたる。食べ物はわかちあい、寝食を共にする。
しかしながら、クロウラーは決して、相互扶助の楽園というわけではないことには留意しておきたい。誰もが等しく暗闇の中に住んでいると、まるで逆説的ではあるが、隠し事というのが非常に難しいのである。
クロウラーについて語るなら、彼らの歴史について知るのは欠かせない。
しかしながら、クロウラー達の歴史を探ることはまったく簡単とはいえない。たびたびのすみかの崩壊と浸水によって多くの資料は水浸しになって使い物にならなくなってしまったし、何代にもわたるクロウラーの中での諍いもあったのだ。
彼らは常に『改良』を旨として生きていた。古き良きアマデオの時代から変わらず、クロウラーたちは熱心な開拓者である。
クロウラーは、よかれと思ってなんにでも手を加える。ツルハシでも炭鉱掘りであっても、歴史であってもそうだ。その熱意が独特の魔術を生み出したと言っても過言ではない。各人によって継ぎ足された魔術はあまりにツギハギで、今では誰にも使えない……なんてことだってザラだ。
そして、クロウラーは驚くほど過程、すなわち過去に興味がないのである。見上げるべき先人たちの名前は、ほとんどが辞書を引きやすくするための索引でしかない。
未だ、契約において名前を貴ぶ風潮のあるアカデミーでは考えられないことではあるが、彼らの偉大なる功労者たちはは記録の中で何度もスペルを新たにし、あるいは、ほとんど記録に残っていない。ただ、伝聞として、あるいは壁に刻まれた文字として僅かに残っているのみである。
だから、私が語るクロウラーとは、ほとんどのところは推測ということになるのだろう。きみたちには、ぜひとも自分の目でクロウラーがなんたるかを確かめてほしいと思っている。
私がクロウラーの歴史についてまとめていることを知ると、グロリアス・クロウラーのルディは結構なことだと尊敬をもって仕事を私に丸投げするようになった。
まったくもって、彼らの全体都合は個人を顧みやしない。
諸君、クロウラーについては沈黙したまえ。彼らは一時の尊敬の念をもって、ついに面倒の一切を押し付けるようになる。
もし、きみたちがクロウラーと会うことがあれば、とりあえず、うすのろのふりをしたまえ。クロウラーたちは役立たずと見るや、勝手に自分らで取り組み始める。そして、知らないふりをするには、やはり知っていた方がいいと私は思う。
クロウラーの”巣”に三カ月もいると、小生意気なだけの君たちのまっすぐさが愛おしく思えてくる。
きみたちに、この言葉を贈ろう。
腹いっぱい学んで、それについては知らないふりをしなさい。空腹なふりをすること。けれどたくさん学びなさい。ほとほと、魔術師はしゃべりたがり過ぎるのである。
それがクロウラーの生き方ではあるまいか。
それでは、講義を始めよう。
はてさて、きみたちの内の何人が、「やらかして」クロウラーに飛ばされるのか……。あるいは、自分の意志でもってクロウラーを訪れるのか。私はほんとうに楽しみにしている。
繰り返しになるが、クロウラーは決して恐ろしいだけの場所ではない。
私の話が、少しでもクロウラーを知る端緒になれば嬉しいものである。
ジョッサム・グレイフル
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