第七講 クロウラー事件と魔術師たち/ルディ・ミットリスフェン

 このころ、クロウラーの巣は大きな地殻変動に見舞われるようになった。道は作り替わり、入り組んで度々崩落を起こし、死者もそれなりに出た。いや、デボラの登場によって、ようやくそれが記録されるようになったのだという見方もある。クロウラーたちの活動範囲はおよそ3分の2ほどに縮小され、危険すぎてうろつけない部屋もいくつもあるようになった。「行方不明者」が多く出た。


 そして、混乱の最中、制度改革の最中、デボラもまた、突如として姿を消したのである。気まぐれなクロウラーとしては突然の失踪など珍しいことではなかったが、時間や予定などに厳格なデボラにしてはかなりイレギュラーなことだ。

 外出をするにしても、助手のアスタ・グレンに言いつけていくのが常であったため、崩落に巻き込まれたのだろうと噂されていた。


 アスタは三カ月の間師を待ったが、いよいよデボラは現れなかった。デボラは抜け目なく遺言を残していた。順当にアスタが後を継ぐと思われたが、指名されていたのは大方の予想を裏切ってルディ・ミットリスフェンの方であった。年齢的にも、経歴的にもあり得ないことである。ルディは未だ学生の身であった。

 アスタはルディの引き留めにも応じず、書類と身辺をきれいに片づけ、グロウラーのすみかを去ることになる。

 さんざん悩んだ末、ルディはグロリアスクロウラーの地位を仮に受けた。歳にして24のころである。


 ルディがトップに立った後も、なおもクロウラーの魔術師の失踪は相次いだ。

 これらは、総称してクロウラー事件と呼ばれる。

 地上でも同じくころには魔法使いの失踪が相次いでいたため、クロウラーは、一時期注目を浴びた。良い意味での注目ではなかったわけだが、この事件でクロウラーの名を知ったものも多い。地上の方は、全くの別件だったのであるが。


 もともと、クロウラーでは失踪者がたびたび出る。穴から落ちて打ち所が悪ければ死ぬし、迷ってしまえば出られないということもある。信じられないことだが、デボラの登場までは「誰も気にしなかった」のだ。


 ルディは調査に乗り出すと、洗いざらいクロウラー達の外出記録などを調べた。デボラがこの記録制度を整備したことが役に立ったようだ。一年におよぶ調査の末、いよいよルディは事件の黒幕の正体を巨大ワームと突き止める。

 嘘から出た真、とでもいうのだろうか。ワームは魔法使いたちの魔力の気配で肥大化し、血の気配によって目覚めたのである。

 ルディはワームを水脈に誘導し、岩を砕いて水を流し込んで窒息死させることに成功する。


 この一件を機に、ルディは正式にクロウラーの長の任を受けた。クロウラーたちに認められたはいいものの、予定を越えた長い地底生活を理由に、恋人に振られたルディはひどくふさぎ込んだ。

 幸いなのは、自棄になりきれるような性格でもなかったというところくらいか。

 いつしか額には苦悩とともに深いしわを刻み、ルディは師をも越える「偏屈じじい」になっていたわけである。


 ルディは人や獣には優しいのであるが、反面、驚くほど人工物や昆虫、爬虫類、ワーム、アンデットなどには冷徹である。ワームに関しては、その一件からであろう。

 クロウラーはせっかくの場所でありながら、彼のおかげでアンデットには肩身が狭いのである。

 そして師の影響なのか、彼もアマデオのことはどうにも疎んじがちである。彼の場合はその頑固さに自覚がないのが始末に負えないところである。

 蓋を開けてみれば、デボラよりもルディの方が徹底的に潔癖であった。

 彼はヴァヴィロヴァ商会からの物品の取引契約を一方的に破棄。ヴァヴィロヴァの血縁者の経営する取引先だと分かった時点で取引には応じなかった。 ヴァヴィロヴァはクロウラーから放逐されたヴァヴィロヴァの息子であり、二代目であるにも関わらず、である。

 おかげで実験の品質は下がり、おおかたの研究は滞ることになる。

 これについて私も二、三言いたいことはあるが、沈黙しておこう。彼は今なおクロウラーのすみかにおいて、トップの座に居る。

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