最後の王妃の最後の愛
悠井すみれ
最後の王妃の最後の愛
遠いところから良く来てくれたわ。さあ、上着を脱いで、こっちに座って。少し散らかっているけれどごめんなさいね、一人暮らしなものだから油断してしまって。
あなたはヴォルフの――甥ごさん? まあ、あの人にとても似ているのね。隠し子かと思ったわ。あの人はとうとう結婚しなかったから……少しは浮いた話でもあったのかしら、って期待しちゃった。
ヴォルフはまた忙しいんでしょう。おじさんにお使いを言いつけられて、あなたもご苦労様ね。大したことはできないけれど、せめてお茶とお菓子をご馳走するわ。
若いんだから遠慮なんかしないで、たくさん食べて。お菓子もジャムも私が作ったのよ。この辺りでは春にはベリーが山のように採れるの。とても食べきれないからジャムにしたり、お酒に漬けてみたり……でもさすがに飽きてしまうから。少し減らしてくれると助かるわ。
礼儀なんて気にしないで。私には子供がいないから、食べ盛りの男の子というものが見てみたいの。それとも私の腕が信用できない? いっそ久しぶりに命令してみようかしら。
王妃の勧めるものを口にできないというのですか?
あらあら、何て怖い顔をするのかしら。心配しないで、この家の中は盗聴されてはいないのよ。まず森に入るのに大仰な検問があるのでしょう? 不審者はそこで足止めできるから十分ということのようね。私は模範的な囚人ですもの。森の中ではかなり好きにさせてもらっているわ。
無礼ですが、なんて枕詞は結構。ご忠告もね。今のはほんの冗談だもの。私も自分の立場が分かっています。あなたの善き市民としての義務も。
この国にはもはや王も王妃もいない。全ての国民は法の下に平等。
私はただの未亡人。この国で一番有名な。未亡人に定冠詞を付ければ私のことを指すらしいわね。兵隊さんが言ってたわ。
眉をひそめることなんてないわ。あの子は悪気があって言った訳じゃないし、私も笑って聞いたもの。大体、あの子は革命の後に生まれたのよ。任務で顔を合わせるおばさんへの、ただの軽口よ。お世辞のつもりでさえあったかもしれない。あなたは有名なんですよ、って。ええ、正直言って、ほんの少し無神経ではあるけれど。
あれから二十年ですもの。何もかも変わるわ。世の中も、人の心も。
あなただって革命前のことなんて憶えていないでしょう。でも不思議ね、あなたを見ているとあの頃のことを思い出すわ。あなた、ヴォルフの若い頃にそっくりなんですもの。革命の前、私たちが憎まれ始めるよりももっと前。私が王太子妃殿下と呼ばれていた頃よ。
思い出話に付き合ってくれるかしら。
あの頃の私はとても無邪気で楽観的だった。夫とはいつか分かり合えると思っていたし、赤ちゃんにも恵まれると信じていたわ。家といえば王宮のことだったし、毎日違うドレスを着て、たくさんの人に囲まれて――何より、それがいつまでも続くと思っていたのよ。お馬鹿さんでしょう?
でも、そう思わせたのはヴォルフのせいでもあるのよ。彼は、何があっても大丈夫です、って笑って励ましてくれたの。
お義母様のお小言が怖いとか、自由に散歩もできない、とか。陛下となかなか二人きりになれないとか。私にだって悩みはいろいろとあったのよ。多分、他の人から見たら贅沢なことだったのでしょうけど。
そんな時、ヴォルフはいつも言ってくれたわ。いつか全てが良くなります、私が必ずあなた様をお守りします、って。私はそれを信じてしまっていたのね。
ヴォルフの言うことは半分は本当で半分は嘘だったわ。夫が王に、私が王妃になってすぐに、私の知っていたあの美しく平和な世界は足元から崩れ落ちてしまったのだもの。
革命というものがなぜ起きたのか私はいまだに分からない。直接の原因を言うなら、恐ろしい病気の流行や大きな災害が重なったことかしら。国中を暗い影が覆って。葬儀をあげようにもお墓を掘る人もいなくて、捧げる花さえ流された。……あれは、本当に悲しいことだったわ。
でも、それは歴史の上では何度もあったこと。夫も私も、完璧ではなかったでしょうけど民を助けようと尽力したわ。
私たちに限ってダメだったのは、きっとあの考え方が流行り始めていたからね。王も農夫も商人も皆同じ人間なのだと、誰も血筋や存在しない――おお神よ! ――神の言葉を理由に人の上に立ってはならない、という。
あなたのように若い人は信じてくれるかしら。私は本当に、心から民を守っているつもりだったのよ。なのに私は民から盗んだお金で遊び暮らしていたと責められたわ。民が苦しむのを横目で見ながら笑っていたのですって。あの頃の私は決して幸せなだけではなかったのだけど。でも、それは私が甘やかされているからそう思ってしまうだけなのよね。口に出してはいけないことなのよね。
そうね、革命が恐ろしいのは驕っていた者にとってだけ。それなら、国民皆が望んだことなら、確かにヴォルフは正しかったわ。全てが良くなったのよ。それに、彼は私を守ってくれた。それだけは変わらない事実ですものね。
この国の誕生の日は私の夫の命日になった。ヴォルフが来てくれなかったら私の命日でもあったでしょう。
生まれて初めて面と向かって罵られて、石を投げられて。怯える私を彼は抱きしめてくれた。震える手を握ってくれたあの温もりは、今も忘れず覚えてる。
輝かしい偉業に彩られ、権力を握った王妃も数多くいるけれど、私ほど近衛に恵まれた王妃はいなかったでしょう。――彼は、いつも、今でも私の特別な人。
ただの忠誠心からではない、といっても自惚れではないはずよ。ヴォルフはよくここにも来てくれたもの。この罪深い私を、いつか幸せにしてくれると言ってくれていた。
彼だってやるべきことがたくさんあったでしょうにね。かつての王妃にかまけるよりも、国のために働かなければならなかったでしょうに。
正気の沙汰とは思えないけれど、彼は後に私に求婚さえしたのよ。彼が私を監視し、教育するという名目なら、私をここから出すことができるのですって。
幸せになる権利? あるのかしら、私に。ヴォルフに似た顔でヴォルフと同じことを言われると不思議な気持ちになるわね。
彼も言ったの。私は不幸だった分、幸せになる権利があると。権利。何て新しい言葉。私は義務ばかりを説かれて育ったのに。
私が愛された妻ではなかったのは事実よ。私が助かったのは、夫と一緒にいなかったからでもある。いつも夫の傍にいたあの娘は夫と一緒に殺されたわ。
でも、それはもう関係のないこと。夫が良き伴侶だったかどうか。私が夫を愛していたかどうか。私が不幸だったかどうか。全て些細なこと。大事なのは、私が王妃だったということだけ。
私は旧い時代の女よ。旧い法に育てられ守られていた者として、二夫に見(まみ)える訳にはいかないの。夫には貞節でなければならないの。私は滅ぼされるべき旧弊の象徴の一つなのよ。国が生まれ変わったからといって口を拭って愛を求めるなんて、どうしてできるかしら?
こんなこと、もう何度もヴォルフと話したことなのに。なんでまた繰り返してしまうのかしら。あなたがあんまり彼に似ているからかしらね。年甲斐もなく娘の気持ちになってしまうのね。……もしかしたらヴォルフもそれを期待してあなたを送り込んだのかしら。
私とヴォルフは十年も同じことを続けたの。十年、私は彼が差し出す手を拒み続けた。
あまりに私が頑なだったから、十年経った頃にはヴォルフは戦法を変えた。
国民のことを考えてくれって言い出したの。
新しい政府も上手くいかないことが色々あったのね。昔を、王制を懐かしむ声が大きくなってきたのですって。最後の王妃も協力していると皆に見せることで、国民が団結できる、って説かれたの。
私ひとりの幸せを言われるよりもずっと、もっともらしい理屈ではあったわ。私を頷かせるのに十分ではなかったけれど。
だって、私は国民を子供のように思っていたのよ。自分の子供さえいないくせにね。だからダメな母親だったのでしょうけど、それでも母親ですもの。子供のことを一番に考えていました。
それも、私がヴォルフの傍らに、なんて。母親が父親以外の男性と再婚するなんて気持ちの良いものではないでしょう?
それに、私といるのはヴォルフのためにならないことなのよ。彼は新政府の中でも高い地位に就いたもの。貴族の出だというのに、貧しい人たちにも認められた。やっぱりあの人は、心映えも能力も素晴らしい人。そんな彼が私と、古き悪い時代の象徴と結ばれたりしたら、世の人はきっと裏切られたと思うでしょう。
これが、最近の十年、私が言い続けたことよ。
ね、分かったでしょう? 私はヴォルフと一緒になってはいけない理由は山ほどあるの。ただ愛しているからというだけで彼の傍にいようだなんて考えてはいけないのよ。
あなたは彼に叱られてしまうのかしら。私を説き伏せることができなかったから。
そんなことはしないで、私の意地なんだから、って。彼にはそう伝えてね。何を言われても私の心はもう動いたりしない。若くて格好良いあなたについて行ったら、私がヴォルフの見た目だけに惹かれてるみたいじゃない。見くびらないで欲しいわ。おじさんになってもおじいさんになっても、私は彼が大好きなのに。
ヴォルフが自分で会いに来てくれれば良かったのよ。結ばれることはできなくても、たまに彼の顔を見ることができればそれで良いのに。
今、何と言ったの? それは本当なの?
彼が病気で――そう、それなら良かったわ、すぐにどうこうという訳ではないのね。でも公の場からは身を引く――ええ、もちろんそうすべきよ。命の全てを国に捧げるなんて、昔の王のようではないの。彼は私とは違うもの。国のために尽くした人だもの。ささやかな余生を送る権利があるわ。そう、権利とはまさしく彼のような人のためにある言葉のはず。
でも、わざわざ私に言いにきたのは、もしかしたら、単なる礼儀では、ないというの? 永い眠りにつく前の僅かな時間をどう過ごすかは、当然彼の願いを一番に考えなくては。でも、その相手はいくらでもいるでしょう? 彼ほどの人だもの。沢山の人に愛されているはず。なぜよりにもよって私に声を掛けてくれるの?
ただの男と女としてなら私たちを隔てるものはない、と彼が言ったのね。 本当に? 信じて良いのかしら。私たちが結ばれる道もあるというのかしら。何十年も回り道をした分、最後は寄り添って生きる、互いの最期を看取る、そんなことが許されるのかしら。世間から後ろ指を指され、今日までの名声を無にしても、それだけの価値があるのかしら。
――そう、彼はそれを望んでくれているのね。
ヴォルフは私のためにそこまで言ってくれるのね。それなら私も本当の気持ちを明かさなくては。
ああ、ヴォルフ。あなたのことを愛しているわ。この世の誰よりも、ずっと。二十年を経て容姿は衰えて、子供も望めない歳になって。それでも私を求めてくれるなんて、なんて嬉しいことでしょう。私にはもう権力も富も何もない。ただ愛しかお返しできないのに。
どんなに言葉を連ねても気持ちを伝えられるとは思えない。歓喜に震えるこの心臓を、取り出して彼に見せることができたなら!
私の言うことを全て彼に伝えてね。最初から最後まで、全て。
私は絶対にあなたと一緒にはならない。一緒に生きるのも、看取るのも看取られるのも絶対に嫌。
なぜ? なぜと聞くの? あなたには分からなくても、ヴォルフなら思い当たることがあるんじゃないかしら。
例えば夫のことよ。
暴君。虐殺者。貪欲な盗人。淫蕩な冒涜者。ねえ、夫は本当にそんな呼び方が似つかわしい人だったかしら?
私たちは色々な失敗をしてしまった、それは言い訳のできないことよ。でも、それは人間の手にはどうしようもないこともあったはず。国民の全てが夫の死を望むほどのことをしたかしら? あの娘でさえただの少女だったのよ。ただ奢侈と甘言に舞い上がっただけの可愛い女の子。神と等しく崇められた王の血を流させるのに彼らが躊躇しなかったのは、それほどに夫が憎まれたのは、あの人の差金があったのではなくて?
夫とあの娘は死んだのに、私は都合良く助けられた。それを単なる幸運だと、どうして信じることができて? ヴォルフは私を手に入れる機会を待ち望んでいたのではないの?
あるいはここに閉じ込められてからの私の待遇。
ヴォルフを拒絶するたびに扱いが悪くなったのは気のせいかしら?
最初は召使と呼べる人もいたのよ。監視の人たちも銃を持ってはいなかった。食料や衣服の配給も。私が手ずから繕ったり、野山に木の実やなんかを探しに行ったりしなくても良かったわ。
ヴォルフにとって私は、何もできないお姫様に過ぎなかったのでしょうね。一人では何もできない。お洒落やお喋りが空気のように必要で、かしずかれ世話をされなくては生きていけない。だから、締め付けて辛い暮らしをさせれば、泣きながら彼に縋りつくと思ったのではなくて?
ええ、彼がそんなことをするはずがない。認めるはずもない。高貴にして高潔なる人、富める者と貧しい者の架け橋、新政府の輝かしい重鎮たる彼が、そんな卑劣なことをするものですか! でも、それならなぜあなたは黙っているのかしら? なぜ私の説を否定してはくれないの? 彼はあなたに何て言って送り出したのかしら。私はヴォルフのことをよく知っている。ほとんど生まれた時から。その私を、あなたは納得させることができるのかしら。
でも勘違いしないでね。今言ったのはどうでも良いこと。ただちょっとだけ――何て言ったら良いのかしら――私はヴォルフが思うほど馬鹿ではないと言いたかっただけ。多分、彼が思うよりも多くのことが見えているし分かっていると言いたかっただけ。
私の妄想だというならそれでも良いわ。いえ、その方が良い。ヴォルフは私の知っているヴォルフでいて欲しい。優しくて、公正で、誰よりも私のことを思ってくれる人。私だって彼を愛している。彼が何をしていたとしても。それは決して疑わないで。
でも、それでも私の答えは変わらない。彼と共に生きることは絶対にありえない。夫のことも国のことも、本当の理由ではないわ。本当の理由――それはもっと別のこと、もっとずっと勝手なことよ。
私、今が人生で一番幸せなの。
ああ、また間の抜けた顔をするのね! ヴォルフだってそんな顔をするのを見たことがないわ、とても新鮮。
あなたの気持ちは分かるわ。一体なぜ、と顔に書いてあるもの。粗末な小屋、ツギだらけの服、兵隊さんたちに見張られ、閉じ込められて。かつて王妃と呼ばれた女がどうして満足できるんだろう、って不思議なのね。
確かに最初の何ヶ月かは辛いことばかりで泣き暮らしたわ。
夜がこんなに暗くて恐ろしいものだと知らなかったし、ご飯を作るにもお風呂に入るにも薪を割って火を熾さなければならないなんて知らなかった。刺繍は嗜んでいたけれど、針が曲がるほど硬い生地を手に
今まで何てたくさんのことを人にやってもらったんだろう、って初めて思い知った。今まで私が持っていた――持っていると思っていた――全ては与えられたものに過ぎなかった。私が盗んでいたのは民のお金だけじゃない。時間も力も奪っていたのね。
何も知らないくせに国母を気取っていた私は罪人と呼ばれて当然と思ったものよ。
でも、しばらく経つと気付いたの。私は、貧しい人たちとは別の形でたくさんのものを盗まれていたのよ。
舞踏会のシャンデリアは綺麗だったけど、そのせいで夜空の星が隠れてしまっていた。焼きたてのパンの香りや、自分で羽根をむしった鳥を焼いただけでどれだけ美味しくなるか。冴えない色の目の粗い生地の服でも、その辺の花を飾るだけでどれだけ楽しい気持ちになれるか。誰も教えてくれなかった。私には秘密にしていたのよ。
お世辞でなくて褒められることの嬉しさも。兵隊さんたちは私が作ったジャムやクッキーを美味しいと言ってくれた。王妃様――いえ、「森の奥のご婦人」の手作りは人気なのよ。夫を殺したのと同じ階級の人たちなのに、いつの間にか冗談を言い合えるようになったのよ。ヴォルフがいつか語ったことと同じ。人は、身分を越えて分かり合えるのね。
何より素晴らしいのは誰も私のすることを咎めたり見張ったりしないということ!
王宮の食事は、材料は最高のものだったのでしょうけど、ありとあらゆる方向からマナーを品定めされては何の味もしなかったわ。
ここでは口を開けて笑っても眉をひそめられることはないし、木になった林檎をもぎ取ってそのまま齧りつくのさえ許される。
今着ている服はただのごわごわした木綿よ。絹なんてもうずっと触っていないし、金糸や銀糸の刺繍がある訳でもない。お針子さんたちが腕を振るったものではないけれど、コルセットで息が詰まるようなことはないわ。
豪華だけど重い冠も、宝石が山ほど飾られた髪飾りも。髪を高く結い上げるのも頭が痛くなって仕方なかった。私の髪はもう白髪混じりになってしまったけれど、ただ背に流して風を通すのはとても気持ちが良いわ。若い頃に同じことをしてみたかった。
裸足で草の上を歩くことの心地良さ。冬の日、外から帰った後に最初に熾した炎の明るさと暖かさ。針仕事をしているうちに迎えた夜明けの美しさ。みんなみんな、当たり前にあるのに私には許されなかったことばかり。
ここに来て始めて、私は私の罪を知った。不幸を知った。
今の暮らしを続けることで、私は罪を償えるのでしょう。ずっと閉じ込められて貧しい暮らしをすることが私の肉体に課せられた罰。
でも私の心は、魂は幸せで、自由なの! 新しい政府は自由を何より尊いものとしているらしいわね。本当に、その通りよ。私ほど自由の価値を知るものは他にいないでしょうね。たとえ孤独でも、何ものにも縛られず思いのままに日々を過ごすことの素晴らしさは王冠とも宝石とも、愛とでさえ引き換えにできない!
ヴォルフと一緒だとそうはいかないわ。どこへ行っても私は元王妃として注目されてしまうでしょう。いろいろな噂がつきまとうでしょう。またあの窮屈で息苦しい日々に逆戻りよ。たとえもっと自由に出歩くことができて、良いものを着て美味しいものが食べられるとしても、それが恵まれたことだとは思えないのよ。
愛さえあれば耐えられる、幸せになれるなんて、私にはもう信じられないの。彼への愛は私を縛る。彼のおかげで外に出られたという事実、恩義、借りが、枷となって私の自由を封じてしまう。
罰と引き換えの自由だから後ろめたさを感じずに心の中でだけ愛しむことができるのよ。魂だけは限りなく自由だと言えるのよ。
今の私には魂の自由の方があなたの愛より大事なの。
これが、私があなたを拒む本当の理由。何て勝手で酷い女かしら。
ああ、ヴォルフ。なんて顔をしているの。傷ついてしまったのね、可哀想に。
私だってこんなことは言いたくはなかった。綺麗な言い訳であなたを拒み続けようと思っていたのに。でも、言い訳を言わせないようにしたあなたが悪いのよ。断る理由がなくなってしまったら、本当のことを言わない訳にはいかないじゃない。
それに、二十年前のあの日、あなたが私を攫ってくれなかったからよ。私が私の罪と不幸に気づく前に、王宮は豪華な牢獄に過ぎなかったと気づく前に、また別の鳥籠に閉じ込めてしまえば良かったのよ。あなたの愛という檻に囲って、あなたの愛だけを糧に生きるようにしてしまえば。そうすれば、私はそれを幸せだと信じたでしょうに。どうしてあの時私よりも国を、あなたの体面を選んだの? 私があなたを捨てたんじゃないわ、あなたの方が先に私を捨てたのよ!
――ごめんなさい、取り乱してしまったわ。あなたは彼ではなかったわね。今のところは伝えなくて良いわ。あんまり酷いもの。ただ、私が申し訳ないと思っていることだけは伝えて頂戴。
ヴォルフは私の初恋の人で、最初に愛した人だった。そして最後に愛した人でもある。でも、それももう終わってしまったわ。
私の中の大事なところを、私はたった今自分の手で殺してしまった。でも、それは私の身勝手でしたこと。悲しむなんて偽善も良いところね。
ヴォルフの具合はどれくらい悪いのかしら。動けるうちにまた来てくれることはできる? できることならもう一度会いたいわ。お別れはきちんと会って伝えたいもの。
最後の王妃の最後の愛 悠井すみれ @Veilchen
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます