おまけ・過去の染井編

良く寝てるなぁって、いつも思う同級生がいた。

それは多分、オレ以外もそう思ってると思う。

授業の合間の休み時間とか昼休みとか、ほんのちょっと空いた時間に、本当に良く寝てる。

机に突っ伏す人は結構いるけど、ソイツのそれはそういうのとは違い、毎回爆睡だ。そんなヤツは、なかなかいない。

でも特に仲がいいわけでもないから、「あぁ、また寝てるな…」ってそれだけの印象だった。

ソイツの名前は舟木といった。




放課後、委員会を終えて教室に戻ると、静まり返った室内に1人、舟木が寝ていた。

(あ…舟木寝てたんだ。やべ、普通に開けちゃった…)

ガラッと勢いよく開けてしまった扉を、ゆっくり静かに閉める。

大きい音をたててしまったから起こしてしまったかと思ったが、舟木は少し身じろいだだけで、また深い眠りについていたようだ。

近づいて覗き込んだ顔から、すぅすぅと規則的な寝息が聞こえてほっとする。


(五木のことでも待ってんのかな…?)

舟木はクラスメイトの五木巧とよく一緒に行動していて、1人で居残りしているイメージがない。

だから今日もきっと五木を待ってるんだろうなってなんとなく思った。


舟木の席は窓際で陽が良く当たるからそばに寄っただけでぽかぽかと心地よく、舟木の寝顔はやけに気持ちよさそう。

染められていない細っこくて黒い髪の毛は、陽の当たった部分が少し茶色く見えて、なんだかやけにふわふわと柔らかそうだ。

その後頭部には、鏡で見えなかったのだろうか。ほんの少し、寝癖の様に跳ねている場所があった。


「………」


そんな舟木の頭に手を伸ばしたのは、無意識だった。


寝癖の部分に少し触れると、太陽に温められた髪の毛の暖かさと自分とは比べ物にならないその柔らかさに、何とも言えない感動を覚えた。

そのまま寝癖を何度か撫でるようにしていると、舟木が「ん…」と声をあげ、はっと我に返る。


(やば…何してんだオレ…!起こした…?!)

ぱっと手を離せばよかったのに、何故か舟木の頭を触ったまま固まってしまったオレに、舟木は何と…すりすりと頭を寄せて、幸せそうに口角を上げた。


「……っ」


…もしかしたら、本当はただ身じろいだだけなのかもしれない。

だけどオレはその舟木の仕草に、野良猫が自分だけになついた時のようなそんな感覚を覚えて、恐る恐るまた舟木の頭を撫でた。

舟木は相変わらず規則的な寝息をたてたままだったが、その寝顔は心なしか、さっきよりも幸せそうに見えた。






それから、放課後1人で寝ている舟木を見つけると、頭をぽんぽんと撫でるようになった。

舟木だけでなく他の人が教室に残ってるかどうかという問題もあるから、週何回もということはなかったが、委員会のある日はほぼ毎回。

舟木は委員会に入ってなくて、五木が委員会が終わるのを待って教室で寝ているようで…そして五木はオレより委員会が終わるのが遅いことが多かったから。


ぽん…ぽん…


誰かが来たらすぐに離れられるように外に耳を澄ませながらも、舟木の柔らかい髪質を楽しみ、慣れた手つきで頭を撫でる。

こうして寝ている舟木に慣れるほど舟木に触れているくせに、寝ている時に勝手に触れてるという後ろめたい気持ちがあるせいで、いつまでたっても起きている舟木には自分から話しかけることすらできなかった。


(舟木、頭撫でられんの気持ちいいのかな…)

最近はほとんど毎回、オレの手にすり寄ってくる。

すり寄って来た頭を優しく撫でると、時々満足げな笑みを浮かべる。

…それが何でかたまらなく、心を満たした。


「ほんと、幸せそうに寝るよなぁ…」

こんな幸せそうな寝顔を見たことない。そう思い、思わず呟くと、

舟木がまるで微笑んだように一瞬唇を嬉しそうに歪めてから口元の力を抜いて、ほんの口を少し開いてまた寝息をたて始めた。

ほんの少しだけ、開いたままの口元。

…なんでかそこから目が離せない。


ぽん…ぽん…


そのまま頭を撫でながら口元を見ていると、ぽかんと開いたままの口元がほんの少しだけ口角を上げた。

その仕草に、どきりと胸が高鳴る。

そしてそのまま誘われるようにして、その唇に顔を近づけた。


最初に舟木の吐息がオレの唇に触れて、余計に胸が高鳴って。

それから、もう少し近づいて…


(…唇も、やらかい)


そう思った瞬間、たん、たん…と遠くで誰かの足音が聞こえて、慌てて舟木から離れて鞄を持って教室を飛び出た。



(何やってんだオレ…っ)

必死で廊下を走りながら興奮や自己嫌悪に罪悪感、舟木にばれたら嫌悪されるかもという不安など色んな気持ちがぐるぐると駆け巡る。

それでも一番心を占めていたのは、あの瞬間確かに感じてしまった幸せな気持ちだった。




それからは、極力舟木を避けた。

…またあんなことをしてしまったら、堪らないから。

元々、舟木が1人で寝ている放課後以外、接点なんてほとんどない。

放課後教室に残らないようにすれば、舟木から離れるのは簡単だった。


数か月前まで当たり前だった日常に戻るだけ。それだけだ。

放課後は友人とカラオケに行ったり、テスト勉強したり、ファミレスの飲み放題で何時間も駄弁ったり。


…だけど、そんな日常は、いつも通り楽しくて平凡な日々なのに、どこかつまらなかった。

どんなに仲間と遊んでも何か満たされない。

どんなに楽しくても、ふと頭をよぎるのは―…陽だまりの中で舟木の寝顔を見ながら、温かく柔らかい髪の毛を撫でていたあの時間だった。





委員会が終わり、速足で教室へと向かう。

教室が近くなると足を遅め、足音を立てないように気を付ける。

静まり返った教室。扉を開けると―…窓際の席に1人、眠っている舟木がいた。


「………っ」

その寝顔を見ただけで、胸にぐっと何かが込み上げる。


近づいて舟木の寝顔を見て、たまらずその髪の毛に触れる。

…相変わらず、柔らかい。


触れたまま手を止めていると、舟木がオレの手にすり寄った。

そして気持ちよさそうに口角を上げる。

その瞬間に、なんでか涙が込み上げそうなくらい安心して、胸の中が何かで満たされるのを感じた。



舟木の前の席に窓に寄りかかるように腰を下ろし、陽射しを背に受けながらゆっくりとリズミカルに頭を撫でる。

(…何なんだろうな、この気持ち…)

考えればすぐに答えが出そうな気もするが、なんだかよくわからない気もするし…

陽射しでぽかぽかに温められた頭では考えることすら億劫に感じて、考えるのをやめた。


(結局、舟木離れできたの1週間だけだったな…)

他に誰もいない静かな教室の日向で、温かくてやらかい舟木の頭を撫でて、外の音には気をつけながらも現実なのか夢なのか曖昧になるほどオレの思考も微睡んで。


そんな時間がただただ幸せで。

オレしか知らないこの秘密の時間が、いつまでも続けばいいなって…なんとなく思った。




終   2016.02.22

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