後編(完)
「なぁ…お前、夢って見る?」
「えー?夢ー?」
「寝た時に見る夢。…見る?」
「あぁ、みるよ。時々だけど」
カラオケに来たものの、どうしても夢のことが頭から離れず、曲の合間に子機でポチポチ曲を探しながら巧に聞いてみた。
「…どんなん見んの?」
「えー?この間は夢でバイトしてたかなー。超店混んでてんてこ舞いなのに、お客さんからまだかーとか言われて…起きたら夢だったんだけど、その後バイトでさー。その日はなんか仕事2回もした気分でやたら疲れたわー」
「へぇ…」
夢を思い出したのか心底怠そうな顔で巧は答えた。
(仕事する夢なんて、普通でいいじゃんか…)
オレなんか同級生の男とイチャこらしてる夢だぞ、とは言えなかったが、日常すぎる夢で羨ましい。
オレも日常と言えは日常っぽいものばかりだがが、内容を考えたらかなりの非日常だ。
「なぁ…夢に同じ人ばっかりでてくることってある?」
「えぇ?何で?オレはないけど…まぁ舟木は時々でてくるけど、まぁたまにだわな」
「……ふぅん」
そんなもんかと思って話を打ち切ろうとしたが、なんでか巧は食いついてきた。
「舟木同じ人ばっか夢に出てくんの?…何それ、もしかしてオレ?!舟木オレのこと大好きだもんなー、夢にまで見ちゃうよなー?」
「ちげーし。むしろお前の夢なんか見たことねぇわ」
何でか興奮気味にしゃべりだす巧に冷めた声で返す。
「酷っ!同じ人出てくるとかめっちゃ愛されてんじゃん。オレじゃないなら何ヤツだよ!」
もし出てくるとしたらお前とは正反対のヤツだよ、と返せば巧はジト目でオレを見てから「ふなっきーつれないー」と言いながら曲選びに戻った。
(…やっぱり、こんなに夢に出るってことは、オレが染井を好きだからなのか…)
初めて夢を見た時は「絶対好きじゃなかった」って、断言できる。
…だけど、今はどうだ?
夢のせいか、寝ても覚めても考えるのは染井のことばかりで…
"この気持ちが恋じゃない"と断言することは、今のオレにはできなかった。
「ねぇねぇ、今度たまには出かけてみない?いつも会うの学校でばっかりだし、外でデートとかしてみたいなー、なんて。ボーリングとかどう?駅前に新しくできたじゃん?」
夕焼けの人気のない教室で2人、窓際の床に並んで座って、染井がこてんとオレの肩に頭を乗せた。
「ボーリングはまぁいいけど…デートねぇ…そういやしたことなかったっけ…?」
どうだっけなぁと考えながら真横にある染井の頭にオレも当たり前のようにこてんと頭を寄せた。
「ないない。そもそも舟木は好きとかもちゃんと言ってくれないしー…これじゃただの友達じゃないかって不安になる」
互いの頭をくっつけたままだから表情が見えないが、染井がすねた顔をしてることは声だけで分かった。
「…お前は友達とこんなにべったりくっつくわけ?」
「するわけない!…舟木だけだし」
そう言って染井の頭が離れていったので、染井の方へと顔を向けると、ちゅっと軽く口に触れるだけのキスをされた。
「…舟木も、オレだけだよね…?」
いつもオレへの愛でいっぱいの瞳が、今は不安に揺れていた。
「…他のヤツとこんなことするわけないだろ…オレが好きなのは…」
「……なんなんだよもう…っ」
珍しく夢の途中で突然目が覚め、変な汗がでてきた。
(夢の中でオレは今、何て言おうとした?)
(当たり前のように、オレは染井に―…)
布団の上で頭を抱えてうずくまる。
いつも起きる時間までにはまだ何時間もあったが、のび太なオレをもってしても寝ることができなかった。
「はよー…」
「おハロー。…ふなっきー、最近常に眠そうだね?前からよく寝てはいたけどさー、なんか一段とすごいね。立ったまま寝れそうじゃん」
「…ダメだ、眠い…先生来る前に起こして」
「え、学校来てそうそうそれ?本当に大丈夫ー?最近舟木寝てばっかだからオレ超暇なんだけどー…」
そう言いつつも巧は先生が来るまで無理やりオレを起こしたりはしなかった。
学校に来て席について即効寝る。これが日課になってしまっているほど、毎日眠かった。
最近は夜は眠る気になれなくてほとんど寝れず、昼間休み時間や放課後にうたたねする回数が以前に比べて格段に増えた。
授業の合間の休み時間は寝てるし、起きてる間も極力染井を視界に入れないようにして。
…それでも染井は夢に出てくる。
学校で染井の夢を見ると、寝起きでは時々現実だったのか夢だったのかわからずに焦る時があるが、現実にそんなことがあるわけもないので夢でしかないのだけれど。
だけど家でじっくり夢を見てしまうよりは、学校で短い間寝て夢を見ないか、夢を見たとしても短くてそんなにイチャつくことない程度ですむのでマシだった。
ぽん、ぽん、ぽん、ぽん…
心地よい刺激に、ゆっくりと目を開ける。
「…お前、本当にオレの頭撫でるの好きな」
教室の机に突っ伏して寝てたからまだ相手の顔を見てないが、オレの頭を撫でる奴なんて1人しかいない。
あくびをしながら顔を少しだけ上げると、そこにはいつものように染井がいた。
「え…や…ごめん。なんか、気持ちよさそうに寝てるなと思って…つい」
いつもなら優しく微笑む癖に、今日は顔を真っ赤にしておどおどしてる。
そんな染井もかわいいなぁとか、眠たい頭でのんびり思う。
机の上で組んだ手の上にもう1度顔を乗せて、目をつむる。
「……もう撫でてくんないの?オレ、染井に撫でられんの結構好き」
「え、あ……え…!?」
染井は驚いてるだけで頭を撫でてこない。
いつもは言われなくても率先して撫でてくるくせに。
「……なに?今日はもう撫でてくんないの?」
重たいまぶたをゆっくり上げて、催促するように目線だけ染井の方に向けると、
「や、いや…えっと…じゃあ…」
そういっておずおずと手を伸ばしてきて、またいつものリズムでオレの頭を撫でた。
目をつむり、ゆっくりと微睡んでいく意識の中でも、染井のぽつりと呟いた声がしっかりと聞こえた。
「……いつから気づいてたの?オレが頭撫でてるの…」
いつも撫でてくるくせに、染井はいったい何を言ってるのか。
「……だっていつもなでてるじゃん。……今日はキスしないんだね?」
そう言うと、ガタガタガタ!!!っと大きな音を立てて、目の前の染井が立ち上がった。
「え、ちょ…ごめん、舟木!気づいてるなんて思わなくて、オレ…っ」
あまりの大きな音と染井の動揺具合に、寝ぼけた頭が一気に覚醒する。
「…どうした、染井…?」
オレが体を起こすと、染井が後ずさって後ろにあった机にガタっとぶつかった。
「舟木っ…ほんと、ごめん!オレ舟木はてっきり寝てるもんだと思って…や、寝てたからってキスしていいとかそんなことないんだけど…でも気づいてるなんて思ってなくって…っ」
ごめん、ごめんと何度も謝る染井にオレはよく理解ができない。
「……寝てる時に、キス、してたんだ…?」
確認するように繰り返すと、染井は「…はい、そうです」と顔を余計に真っ赤にして動きを止めた。
(今日の染井はいつもと違うなぁ…)
呑気にそう考えていると
「ふなっきー、起きたー?いい加減帰るよー?」
ガラっと教室の扉を開けて、巧が登場した。
「え、巧…?」
「……っ!」
突然の巧の登場に染井はまた1歩後ずさってガタっと机を揺らした。
「あれ、染井もいたんだ?舟木と染井が一緒にいるのって珍しいねー?染井も一緒にボーリング行く?駅前のとこ」
「え、や…オレは……いいっいかない」
巧の言葉と染井の返事を聞きながらオレは思考を巡らせる。
(そうだ、今日は巧とボーリング行くって言って、だけど巧が課題提出し忘れて居残りで、そんでー…)
それでオレはいつものようにここで寝てたんだ。
だから、これは、さっきのは、いつもの夢じゃなくて、現実で―…
(……え…でも染井、キスしたって…え?てか、オレさっき普通に染井を可愛いとか思っちゃってたし…え?!)
頭の中を疑問符ばかりがぐるぐる回って、なにがなんだかわけがわからない。
心臓がバクバクして、いつの間にか握りしめていた手のひらは汗だらけだ。
なにがどうなって、どうすればいいのか。
ワケが分からずにゆっくりと視線を染井に向けると、バッチリと目があった。
「……っごめん!オレ、帰るから…ほんとごめん!」
染井は弾かれたように顔を反らして、荷物を持って走るように出入り口へと向かう。
去っていく染井の背中を見ながら、オレの頭はまだどうしていいのか整理がつかなかったけど、それでもこのまま何も言わないのはきっとダメだと思った。
「―…染井!」
声をかけると染井はビクっと肩を揺らして、足を止めてからゆっくりと振り返る。
染井の綺麗なその目には、緊張と困惑と恐怖のようなものが宿ってるように見えた。
「なぁ、今度一緒にボーリング行こう。…オレと染井の、2人でさ」
オレがそう口にすると、染井は一瞬目を瞠ってから
「……うん!」
そう言っていつも夢で見ていた染井のように、オレに甘く微笑んだ。
終 2015.04.18
夢と知りせば覚めざらましを、現と知りせばやがて起きしを
「……オレだけハブですか?そこは"予定の合う日に3人で"とかでよくないですか?」
「……」
「え、無視!」
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