夢と知りせば覚めざらましを
蜜缶(みかん)
前編
「……なんか、眠くなってきた」
そう呟いて、隣で足を伸ばして座っていた染井の膝に頭を乗せた、いわゆる膝枕の状態で体を横たえる。
「舟木はいっつもそうだなぁ…」
呆れたような声を出しつつも、染井はいつものように優しく頭を撫でてきた。
「…お前が眠たくなる顔してんじゃない?」
「何それ?オレが舟木の安心できる場所って意味なら嬉しいけど」
「……馬鹿か」
そう言いながら目を閉じると、染井の手のその優しいリズムが心地よくて、どんどんと眠りに落ちていく。
完全に眠りに落ちる前に、耳元で染井が「…おやすみ」とそう言ってから、オレのおでこに口づけたのが分かった。
「お、やっと起きた。爆睡じゃん。授業とっくに終わったぜ」
「……まじか」
寝ぼけた頭でゆっくりと教室の時計を見ると、学校はもう昼休みの時間になっていた。
周りは既に昼飯を食べ始めているのに、オレの机だけ取り残されたように、直前にやってた古典の教科書やノートがそのまま広げられていた。
「…チャイム鳴ったんだよな?挨拶したんだよな…?まじで全然気づかんかった…爆睡」
オレの席は黒板から1番離れた窓際の席で、陽当たりがよく、昼寝するには最適すぎる場所だった。
授業中ぼへーっとしてても先生にも気づかれにくい場所ではあるが…オレは真面目っ子な方だから授業中寝るつもりは一切なかったのに、気づいたらうっかり寝てしまってたようだ。
「授業中によくそんだけ爆睡できんね?うける」
そう言って、親友の巧が笑った。
「…あー…オレ今日弁当ないんだった。パン買いに行くかなー…巧も行く?」
「いくいくー」
怠い体で伸びをしながら席を立ちあがり、教室の出入り口へと向かう。
その向かった先の出入り口付近には、弁当を食べるために仲良いもん同士にばらばらと別れた教室の中で一際どでかい集団があって、その集団の中に染井はいた。
「今日は何食うかなー」
「もう皆食べてる頃だから売れ残りしかないんじゃね?」
そう話しながらその集団の横を…染井の横を通り抜ける。
だけどオレと染井が会話を交わすことはなければ、目が合うこともない。
…オレたちが付き合ってることを隠しているとか、そういうことではない。
現実でのオレと染井は、クラスメートであること以外に接点が全くないからだ。
最初のあれは、なんでかよく見る" 夢 "なのだ。
毎回その夢を見る訳ではないけど、それでも週に1度は夢に出てくる染井。
夢の中でオレと染井は付き合っているらしくて、会うたびに染井がやたらイチャイチャしてきて、夢のどこかで必ずキスをする。
凄い謎。謎すぎる夢。
だけどそれ以上に謎なのは、それを夢の中のオレが甘んじて受け入れているということだ。
染井というヤツのことは、同じクラスになる前から知っていた。
学年1カッコイイと評判で、街を歩いたらスカウトされたらしいだの学校中の可愛い子片っ端から告白されてるらしいだの色んな噂のある男だ。
だから全く話したこともないヤツだったけど、なんとなく「あぁコイツか」ってくらいに顔も知ってた。
だけど本当にその程度で、気に留めたこともなければ、カッコいいとは思うけど憧れたこともこれっぽっちもないし、友達になりたいとさえも別に思ってなかったんだ。
なのに高3になって、同じクラスになって。
それでもロクに話すことはなかったのに、ある日突然夢を見た。
当たり前のようにべったり隣に座って、イチャイチャしながらしばらくしゃべる。
合間か最後に必ずキスをされ、そしてオレが染井の肩に寄りかかって寝るか、膝枕で寝るかして…いつの間にか夢が覚める。
「お前は夢の中でも寝んのか」と巧につっこまれそうだが、問題はそこではない。
何故にこんな夢を見るのかだ。
初めて見た時は焦った。
もしやオレは超無意識下で染井を好きだったのか?!とも思ったりしたが、どう自分と向き合ってみてもオレは女の子のが好きだったし、染井を意識したことがなかった。
この夢のことは忘れようと思ったのに、その日以降、現実ではオレと全く話さない染井が何度も夢に出てきてはイチャこらしてきて、あまつさえキスまでかましてくるのだ。
だから染井のことなんてこれっぽっちもなんとも思ってなかった筈なのに…最近では夢のせいでやたら染井を意識してしまっている自分がいる。
現実での染井のことはロクに知らないのに、
夢の中の染井は甘党で、お菓子が好きで、歌が上手くて時々寝る時に子守唄のように優しいを歌ってくれることをオレは知っている。
…そしてスキンシップが多くてキスが上手くて、オレをすごく好きでいてくれることを。
(…現実の染井は全然違うかもしれないのに)
自分でも理解できないこの夢が、誰かに理解してもらえるなんて思えなくて。
誰にも相談できずに1人で悩んではまた、夢を見てしまうのだ。
「…なんか会うの久しぶりじゃない?会えなくてちょっと寂しかった」
夕日に暮れた教室の中で、染井がオレの顔を覗き込む。
「…毎日毎日会う方が疲れない?オレはたまにくらいが丁度いいよ」
オレがそっけなく言うと、染井は眉毛を切なげに下げた。
「…オレは毎日でも会いたいのに…舟木はいつも淡泊だよね。愛が足りない」
そう言って、染井がいつものようにオレの唇を奪った。
「……お前、キス好きだよな」
「うん、好き。てか舟木だからだよ?…舟木は嫌い?」
真っ直ぐと見つめてくる綺麗な瞳に、嫌いだなんて言える訳もない。
「……別に嫌いじゃないけど。染井のキスが上手いのは、なんでかなって思うことはある」
「…なにそれ、ヤキモチ?どうしよう…凄い嬉しい。オレは舟木としかしてないから上手いかなんてわかんないけど」
少しきょとんとした後にふやけた笑顔を見せた染井は、ゆっくりとオレに近づいてきて今度は濃厚なキスをしてきた。
すぐ離れていくと思ったから開けたままだった目を、染井がいつまでも0距離にいるから仕方なくゆっくりと閉じる。
ただただ与えられる優しい刺激に、そのままゆっくり意識が遠のいた。
ガバッ
「………っ何だ今の」
久々に飛び起きた。
染井との夢のことは、変だと思いつつもあまりに頻回に見るので若干慣れてきていた。
やたらベタベタスキンシップが多くて、抱きあったり手をつないだり膝枕したり…そういうのはもはや当たり前のものになりかかっていた。
だけどなんだ今のは。
キスはいつも額や手や頬が主で…時々口にもするけどすぐに離れていくもので、あんなに濃厚なものはしたことがないのに。
(キスなんて現実では1度もしたこともないのに…)
やけにリアルな夢とまだ口に残る余韻に、思わず唇を手で拭う。
ガラッ
「……あ、やっと起きた?」
そう言って、教室の後ろの扉から現れたのは巧だった。
夢のことで混乱していたが、オレはまだ学校にいて、時計を見るに放課後らしい。
(放課後何してたんだっけ…掃除終わって、席で巧待ってて、陽が当たって気持ちよくって…そんで寝たんだっけ?)
なんだかうまく思い出せない。
「ふなっきーはホントよく寝るねー?昼と放課後100%寝てるじゃん!前世はのび太だったんじゃないの?」
「ふなっきーとかやめろよキモイ…てかのび太が前世とかあほか…」
訳の分からない巧の言葉に、頭がまだうまく回らず真顔で返した。
「ふは。何?超真顔。疲れてんだねー?今日のカラオケなしにする?」
「……いや、いい。行く。もう寝たくないし」
「そうなの?じゃ、いこっかー?」
ゆっくりと深呼吸をして、鞄を持って立ち上がる。
寝起きで気怠い体はまだ睡眠を欲しがっていたが、寝たらまたあの夢を見てしまいそうで…
そしていつかあの続きさえも見てしまいそうな気がして…なんだか怖かった。
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