第13話
斎藤美月の葬儀は、彼の両親の家で、ひそやかに行われた。中島部長も出席した。
葬儀が終わって、一段落したころ、中島部長は、彼の母親と話すために残った。客間の新しいいぐさの上に、蒼い座布団が二つ並んだ。
「はぁ…部長さんは、美月と親しくしていらしたんですか。それは、本当に申し訳ないことをしました」
「そんな…私の方がお世話になって。最後は止められず、お母様にはなんと申し訳をしたらよいか本当に…」
美月の母は、目元の皺を畳むように、ゆるやかにほほ笑んだ。
「美月はね、正体のわからない子でした。あの子が何を考えているのか、わからなかったんです。それもね…」
母は、何かためらいかけたが、もう一度、気を入れ直したようにして、缶箱を一つ、中島部長に差し出した。
「夫は、それをあなたに見せるのを嫌がるでしょう。でも、もうあの子は死んでしまって。それも飛び降りなんて、正気じゃなかったんです。そのわけを考えても、どうしても私は、あの子が生まれたときのことを、思い出してしまって。夫は後から知って、美月には知らせませんでした。どうぞ」
中島部長は、差し出された花柄のクッキーの箱に、いいしれぬ時の重みを感じた。だが、開けるより仕方がない。
部長は爪を立て、静かにふたを開けた。
「あっ」
出たのは小さな声だった。驚きが、先に、息に飲まれてしまったからだ。
その缶の中には、その箱にちょうど納まるほど大きさの羽根が一対、ミイラになって置かれていた。色は埃のような灰色だった。
「それはね、美月の身体の一部なんです」
中島部長は、返す言葉がなかった。母親は部長の様子を見ずに、たんたんと話す。
「鳩の羽を切ったとか、そんなむごい話ではないんですよ。それは正真正銘、美月の背中から生えていました」
母親の遠い目に、部長は、その眼に浮かぶ過去の光景を想像し、追いかけた。
「美月は、そうとうな難産で、おなかを切って取りだしました。
そのとき初めてわかったんです。美月に、そんな鳩のような羽が生えているのを。
お医者様はびっくりなさって、私も、当然びっくりして。それで、お医者様が、
『こんなものがあったらこの子は生きては行けない』とおっしゃって、私もすぐさま同意して、切って取ってしまいました。
お医者様が預かって処分してくださるのかと思ったのに、退院するときになって、『これは、美月君の臍の緒と同じものかもしれません…どうぞ』って。
たぶん、お医者様も、怖かったのかもしれません。だって、そんなものが生えていたら、"人間"と呼べますか」
中島部長は、こんどこそ、何も言えなくなった。自分の羽が、目の前の母親に見えないことだけでも、感謝しなくてはならない。
「あぁ。でも、そんな子でも、あなたのような方に恵まれて、よい時を過ごせたのかもしれませんね」
母親はそう言って、静かに立ち上がり、他の客に会いに行った。中島部長は缶のふたを閉め、じっと、考えた。斎藤美月がそうしていたように、とっくりと、考えたのである。
「美月君、あなたの"白"は、自由の色ではなかったの?」
誰にも見せないことを条件に、中島部長はその羽根を預かった。
それ以来、不思議なことに、彼女は自分の羽を見ていない。
まるで、最初から羽など、無かったかのように、である。
おわり。
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