桜恋水

東川善通

第1話







 ある屋敷の真ん中にそれはそれは美しくも大きな桜の木があった。

 昔からそこにあるというその桜の木には玉のように美しい肌に桜色の髪。そして、そこに青々しく、それでいて自然な色の髪飾りを挿した青年が住んでいるという。ずっとずっとこの屋敷を見続けてきた彼は一度だけ恋したそうだ。ただ、その恋の行方は誰も知らない――






 都に植えられた桜が鮮やかなまでに開花する時期、ある屋敷の中庭にある桜の木も見るものを圧倒する美しい花を咲かせていた。そんな傍でさらさらと風に揺れる花を童水干姿わらしすいかんすがた(公家男児、及び公家に仕える男児の服装)の少女は何とも言えない顔で見つめていた。

「……どうして、私なの」

 ぽつりと零された言葉は桜の木の上にいた彼にしっかりと伝わっていた。だが、彼は上から彼女を見下ろすだけで、何もしない。彼女も彼が上にいることなど知るはずもなく、心の中に溜めていた思いをぽつぽつとただ零すだけ。誰かに聞いてもらおうとは思っていないのだろう。それでも、彼は何かを言うわけでもなく、ただ聞いていた。

「姉様達だっているじゃない。それなのにどうして――」

「姫様、すい姫様、どこにいらっしゃいますか?」

「……此処にいる。用なら、さっさと済ませろ」

 少女――翠姫こと翠嵐すいらん()は溜息を吐くと先程までのしおらしい雰囲気から一転し、キリッとした目つきで我の強そうな口調というよりは男らしい口調になり、さっさとその場を離れて行った。まるで、そこにいたことを知られたくないように。

「あ、姫様」

「どんくさいな。何やってんだ? 私の服を汚す気か?」

「姫様、何度も言いますが、その口調とその服装はお直しくださいまし。お父君も姫様のために美しい単衣を用意なさっておりますし、帝の成人の儀が済めば、帝の許に嫁がれるのですから」

「ふん、そんなもんは知らん」

 桜の木から遠くでそんな会話がなされる。どうやら、先程、翠嵐が零していたのはこのことだったようだ。恐らく、男口調と男装をしているのは嫁ぐのを回避する一つの手段なのかも知れない。

 去っていく姿を眺め、少しだけ聞き耳を立てていた青年は近づいてきた人物に束帯姿そくたいすがたを着崩しているにしても、動きづらいであろうその格好で木からふわりと舞い降りた。

「……変わったことをする娘子だな。それでも、自分の運命が変わらんのは分かりきっておろうに」

「あの子は私を好いてくれておりましたが、私にもどうにもできないため、あの子はそんな運命に必死に自分の知恵だけで抗っておるのです。それに誰も、止めようとしないがために」

 やってきた人物――綺麗な着物を纏った白髪の老婆に彼はそう告げるが、老婆そうは思っていないのだろう。しっかりとした言葉で青年に告げた。

「人間はよう分からんな。絶世の美女と呼ばれたさき姫がたった数十年で皺くちゃ婆になるくらいだからな」

璃桜りおう様とは生きていける時間が違うのです。しょうのないことです」

 璃桜と呼ばれた青年は興味のないように息を吐いた。それに咲は悲しそうに目尻を下げた。そして、璃桜は思い出しように手を老婆に差し出した。どうやら、彼は何かを咲に注文していたようだ。

「それより、さっさと作ってきたもの寄越せ」

「どうぞ、毎回言っておりますが、丹精込めて作っておりますが璃桜様の口に」

「合わんことはない。われが好いているのだからな」

 さっさと寄越せというのに咲が差し出した盆の上にある食べ物に手を伸ばして自分の口に放り込む。咲は中庭にぐるりと回っている縁に座り、何とも言えないような顔でそれを見つめていた。それでも、璃桜は普通にそれを食べてしまう。

 咲は盆の上に一緒に持ってきていた湯のみに白湯を注ぎ、食べ終えた璃桜に渡した。璃桜はそれをごく普通に受け取り、咲の隣に腰を下ろす。

「咲は……いや、咲もこの家の者も吾よりも先にいってしまうのだな」

「それもしょうのないことです。璃桜様にとって辛いことかもしれませぬが」

「ふん、誰も辛いとは言っておらんだろう。ただ、この餅を作ってきてくれる奴がいなくなるから、つまらんと言っとるだけだ」

「そうですか。そうですね、貴方様にとって私どもは所詮、関係のないモノにすぎない」

 寂しげに咲の口から零れ落ちる言葉に璃桜は顔を背け、それに答えはしなかった。それは璃桜自身の中で、咲たちがどういう位置にいるのかわからないためだった。長らく、咲たちの一族と時を共に過ごしてきていたが、自分の存在意義もわからない璃桜にとって、咲たちの位置を決めることができなかったといっても過言ではないのだろう。

「さて、私はそろそろ失礼します。こう見えて、私の体は日に日に弱くなっているようですから」

「……あぁ、そうか」

 咲はゆっくりと立ち上がると璃桜に一礼したのち、部屋の奥へと帰って行った。璃桜はそれを一瞥することなく、自身も桜の上に戻った。

「……吾は何故、ここにおる」

 小さくも大きい疑問を零す璃桜。その言葉に答えるものなどなく、住んでいる桜の木のみが風に揺られ、さわさわと啼くだけだった。


*   *   *


 ちゅんちゅんと桜の木に止まった鳥の囀りに璃桜は目を覚ました。どうやら、あれから苦手であるというのに色々と考えているうちに眠ってしまっていたようだ。しかし、その眠りは予想以上に長かったようで、桜の花は殆ど散り、若葉が芽吹いていた。

 璃桜は体を起こし、ふと下を見た。そこには悲しそうな顔した翠嵐がいた。その顔から璃桜は嫁に行くよりも辛いことが彼女の身に起こっているのだと理解した。

「……お婆様」

 そして、彼女の零した小さな呟きに彼は彼女の祖母である咲に何かあったということが分かった。それは恐らく、悲しみにくれてしまうくらいの辛いこと。そうだとしても、璃桜にはどうにか出来る問題でもないため、ただただ翠嵐を見下ろし、その言葉を聞いていた。

「生きてください。死なないで。私を、私を一人にしないで。どうか、どうか」

「桜様、貴方には神が住まうとお婆様は幸せそうに語っていました。だから、だから、もし、本当にいるのだったら、お婆様を助けて……」

「私の大好きな尊敬するお婆様を、私のことを理解してくれているお婆様を、どうか、どうか、助けて下さい」

 手を握り、必死に桜に向って語りかける翠嵐に璃桜は目を背けた。必死に願ったとしても、璃桜にそれを叶える力というものは存在していないためだ。それを彼女に伝えてもいいが、伝えることは出来なかった。

 しかし、それでも、彼女の言葉に璃桜は何か動かされるものがあったのか、桜からふわりと翠嵐の背後に降り、屋敷の中に入って行った。翠嵐はほんのりと香ってきた桜の花の匂いに後ろを振り返ったがそこには誰の姿もなかった。それでも、なぜか、咲の部屋に自然と向かっていた。

 ――咲の部屋。咲は痩せ細り、床に伏せていた。

「……咲」

 部屋に音もなくやってきた璃桜は咲の名を呼んだ。それに咲は反応し、薄らと目を開け、璃桜の姿をその目にしっかりと捉えた。

「おや、璃桜様。貴方様が、屋敷の方まで来られるとは、珍しい、ですね」

 今にも消えてしまうかのような咲の声に璃桜はふんっと顔を背けつつも、その枕元へ腰を下ろした。そして、その口から出る言葉は優しさなど微塵も感じさせないような淡々としたもの。しかし、咲にはそれが彼から出る不器用な優しさであることを知っている。

「お前がなかなか来ぬから、吾が来てやったまでだ」

「そうですか。しかし、もう、私は長くはございませぬ」

「で、あろうな。吾の目でもそのくらい分かる」

「それでも、貴方様に、看取られるとは、私は、幸ですね」

「幸、か」

「はい……」

 そう言って途切れる会話。どちらも喋らず、静かな時が流れる。

「……何か」

「どう、なされました?」

「何か、残してやらんのか」

「あの子に、ですか」

「あぁ、咲を慕っておるのだろう。いなくなってしまうのだったら、その前に何か残すか、一言でも言っておいた方がいいんじゃないか。まぁ、吾には死ぬという概念がよくはわからんが、な」

「……貴方様に、ご心配されるとは、翠嵐も幸ですね」

「別に心配という訳ではない。あやつに毎日桜の木の下で泣かれてはようよう眠ることができんからな。たった、それだけのことだ」

 素っ気なくそう告げる璃桜に咲は弱弱しげだが柔らかな笑みを浮かべた。それに璃桜は口を尖らせる。

「翠嵐のことは、貴方様に、お任せします。どうか、あの子を、守って、やって、くださいませ」

「全く祖母と孫とは似るものだな。桜に住んでいるとはいえ、神だと言われているとはいえ、吾にそんな力など存在せぬ。ただ、長い時を見続けるだけだ。それなのに、やれ助けろだ、やれ守ってくれだなど、勝手なことをぬかすな。お前たちも彼奴らと同じぞ」

 立ち上がり、怒る璃桜に咲は顔から笑みを消し、何とも言えない顔をした。しかし、璃桜はそんなことなど気にする風もなく、桜の花となりその場から姿を消した。

「璃桜、様、璃桜様、りおぅ――」

「お婆様、先程の綺麗な男性は……」

「おぉ、翠嵐、よう来た。あの方に、あの方に、婆は謝らねば、ならぬ、ならぬのじゃ」

 病で殆ど動かせぬ体を無理矢理に動かし、必死に璃桜の下へ行こうとする咲の所に翠嵐が現れた。翠嵐は聞いたことのない名前と咲に怒鳴った男性が突然消えたということに困惑していた。しかし、咲には、それに答える余裕などなかった。ただ、そこに翠嵐が来たということが有り難かったのだ。咲の傍に膝ついた翠嵐に咲は必死に縋りつき、璃桜に謝らねばならぬと何度も繰り返した。

「お婆様、落ち着いてください。何が、どういうことなのです?」

「先程、璃桜様が、婆の所に、来てくれた。それなのに、婆は、璃桜様に、願ってはいけぬことを、言ってしまった。あの方に、叶える力などない、と昔から、知っておったのに。婆が、悪いのじゃ、この婆が」

「璃桜、様? 先程の方ですか?」

「そうじゃ。あの方は、桜に住んでおる。婆は、謝らねば、ならぬ」

 そう言ったかと思うと、寝たきりとなっていたため動かない足を引き摺り、無理にでも璃桜のもとへといこうとする咲。それを翠嵐は食い止める。

「お婆様、なりません。余計にお体を悪くするだけです。謝罪はこの翠嵐が行きますから、お婆様は養生なさってください」

「あの方は、婆以外に姿を、見せておらぬ。お前が行ったところで、見せてくれる、はずもない」

「それでも構いません。見えなくとも、声さえ届けば、よろしいではないですか」

「駄目じゃ、駄目なのじゃ。婆が、顔をあわして、謝らねば」

「なれば、私が出てくれるように頼みます。必死に頼めば、恐らく」

 行こう行こうする咲に翠嵐は必死に自分が行くからと止めるが、それでも咲は翠嵐の言葉を否定する。しかし、咲の具合が悪くなるのを望まない翠嵐。ただ、止める一方で翠嵐は璃桜のことが気になっていた。

 そして、暫くの間そんなやりとりを繰り返していたが、突然、咲が苦しみ始めたのだ。それに慌てたのが翠嵐である。苦しみ始めた咲をすぐさま布団に寝かせ、女房を呼ぶと医師を呼ぶように告げた。翠嵐は咲の傍に座り、苦しむ咲の手を両手に握って、祈った。だが、その祈りも空しく、叶うことはなかった。咲が生あるときに医師は到着したが、大丈夫かと思われたが、その後すぐに息を引き取ったのだった。

 咲が亡くなったのを見届ける他なかった翠嵐は怒りのような感情に動かされ、桜の木の下に来ていた。

「お婆様が亡くなった」

 はっきりと聞こえる声でそう告げる。しかし、桜の上にいるであろう璃桜は何の反応も返さない。ただ、桜の木が風に揺れ、さわさわと啼く程度だ。だが、それによって僅かに残された桜の花びらが零れ落ちていた。

「お婆様は謝りたいとおっしゃっていた。だが、動かぬ体を無理矢理に動かしたために病状が悪化した。それでもなお、謝りたいとすまぬとうわ言のように呟いていた」

 反応が返ってこなくても翠嵐は言葉を続けていた。璃桜は桜の上で寝転がっており、目を瞑っている。どうやら、反応を返すつもりは毛頭もないようだ。

「聞こえているのだろう。答えたらどうなんだ」

 声を荒げ、そう言っても反応は皆無。無駄と思ったのか、怒りを通り越して呆れとなったか、翠嵐はその場から立ち去った。璃桜は目を薄ら開け、それを眺めたかと思うと再び目を閉じた。


*   *   *


 ふと、懐かしいようなそんな夢を見た。

「――様、今日も桜が美しいですね」

 大きな桜の下で女性が自分に話しかけていた。確かに彼女が言うようにその桜は綺麗だった。幻想的で、まるで、この世のものではないかのように。それにこの桜はどこかで見覚えがあった。

「本当にこの桜が好きなのですね」

「好き?」

「そうじゃないのですか? いつもお忍びでここに来られているようですから」

「さぁ、わからん」

 お忍びという言葉に恐らく吾はどこかいいところの人間だったのかもしれない。かつての記憶など殆どないというのに、このような夢を見るとはな。

「――様は変わっておられますね。好きかどうか分からずにいつも来られるとは」

 不思議そうな女性に吾は何とも言わず、見つめた。暫く会話もなく、桜が散るのをただただ見つめていた。女性は途中で飽きたのか、いなくなったが、吾は気にすることはない。

「相変わらずよな、お前は」

 ふと聞こえてきた声に吾は笑みを浮かべる。あぁ、そうだ、その声の主は吾の唯一の友人だった。

「ゆすら」

「よう。それにしても、彼女、お前に惚れてるみたいだぞ。まぁ、毎回待つようにここに来るからな。そう思っても仕方ないだろうな」

「ふん、興味はない」

 そうだ、ここに来る理由はゆすらに会うためだった。桜を具現化したかのように桜色の髪と翡翠の瞳を持つゆすら。政治的な愚痴や宮中に漂う居心地の悪い空気や交わす言葉の裏に隠された意味などをゆすらに語っていると落ち着く。否、そんなことを思っていること自体が馬鹿馬鹿しく思える。……政治、宮中?

「宮中には大量に女がいるだろうに」

「奴らが勝手に集めてきただけだ。吾が決めたわけではない。それに女どもが欲しいのは権力と金だ」

「まぁ、求めていなくても、裏にはそういうものがあるからな」

 結婚したくなくても、無理に嫁いできた女は大概そんなものだ。親が権力を欲しがって、嫁に寄越す。吾は興味がないというのに。まぁ、奴らには、そんなこと関係ないのかも知れんが……。

「お前も大変だな」

「ふん、生まれた時からそういう生活だからな。大変というよりも鬱陶しいだけだ」

 あんな生活、慣れなどしない。日に日に生きているのが苦痛になるだけだ。重い病気になれば、心配する振りをして、裏では次の天皇を誰にするか画策している。

そうだ、思い出した。吾は最高権力者でありながら、自らの意思は無視される天皇というくだらない人間だった。だからこそ、桜の木に縛られているというゆすらに自分を結び付けていたのかもしれない。

「ゆすら、お前はそこから離れたいと思わんのか?」

「離れたいと思うさ。だが、自分のを見つけられなければ、離れることなどできん。そういう規則がこの桜にはある。ま、風変りなヤツしか俺には話しかけてはこないが……」

「それは吾だな。宮中に縛られているのが嫌で、ここに来る。お主と話している時だけが心穏やかだ。ゆすら、もしよければ、吾にくれないか」

「いいのか?これから先、再び、世に生きることはできなくなるぞ」

「かまわぬ。あの地獄にいるのであれば、心地のいい桜の傍にいたい。もし、世に戻った時、吾に会いに来てくれれば尚よい」

「そうだな。お前に会いに来よう」

 そうだ。吾はこうして、ゆすらと桜に住まうものを交換したのだ。ゆすらは世に生き、吾は桜と生きる。あの後、ゆすらは本来持つべき姿で吾の前に姿を現した。

「久しぶりだな。会いに来てやったぞ」

「……まさか、女子だったとはな」

「昔、住まう前もよく言われたよ。住まってからは気にも留めなかったが」

 そういう家で育ったんだというゆすらは以前の面影を残しながらも、女人として、美しかった。かつての宮中に使えていた仮面を付けた者たちよりも何倍も。

「そうそう、今日はいい話を持ってきたんだ。この桜を取り巻くこの場所を俺が買い取ってやった。これで、いつでもお前に会いに来てやれる」

 にこやかに笑うゆすらに今まで会いに来なかったのはそういう手続きをしていたためであることを感じ取ることができた。ゆすらは本当に約束を守るためならば、どんな手でも使うのだな。だが、確かに知られずいるよりも心の温まるものだった。

「吾はお前の前にしか姿を現さぬ」

「構わん。そうだな、俺が死んだあとは、投手の嫁にだけは伝えておくから、彼女たちには姿を見せてあげておくれ。お前の綺麗な姿を見れないのは損だから」

「そのくらいなら、構わん。話し相手がいてくれることに越したことはない」

 そして、最後にゆすらがいなくなるとき、吾に名前をくれたのだったな。璃桜という名を。


*   *   *


「もう、ヤツが死んで幾年過ぎたことか」

 がしがしと頭を掻き、璃桜は体を起こした。久々に見た夢は、今まで彼が忘れてしまっていたかつて屋敷に住まう者たちのように生きていた時のもの。まるで、自分が解放される刻が近づいているようなそんな錯覚さえ、起こさせた。

「くだらんな」

「何がくだらぬ」

 呟いた言葉に返ってくるものがあり、璃桜は驚きつつも、桜の木の下を見下ろせば、そこには彼を睨み付ける翠嵐の姿があった。やれ、面倒だと感じたのも一瞬で、あまりにもいい時機にそこにいたことに面白いと感じたことが大きかった。

「漸く、見つけたぞ」

「ふむ、咲が居らんようになってどのくらいになる?」

「貴様の時間間隔はおかしいようだな。もう数年経つ」

「そうか、そんなに経つのか。道理で、女々しさがなくなったものだ」

 彼が記憶の夢を彷徨っている間にそれだけの時間が過ぎていたことに璃桜は静かに頷き、翠嵐をじっと観察した。ただ、上からはあまりよく窺えなかったのかとんと翠嵐のもとに降りる璃桜。

目の前に降り立った璃桜は翠嵐よりも頭一つ分高く、桜色の髪が翡翠のような美しい瞳を尚も引き立てていた。そんな璃桜に見つめられた翠嵐はこのように美しいものがいてよいのかと思うほど、璃桜の姿に見惚れてしまっていた。

「吾を見つけたことを褒めよう。それから、忠告してやろう。宮中では容易に人を信頼するな。信頼したらば最後、傀儡にされてしまうぞ。気を付けよ」

「なぜ、貴様がそのようなことをいう。お婆様に無理をさせた、貴様が」

 淡々と告げられたことにより、意識をはっきりさせた翠嵐は璃桜の胸倉を掴み、怒りをぶつける。数年経とうとも彼女の中からは璃桜に対する怒りは消え失せなかったらしい。

「吾はただ桜に住まうものだ。人を助けることも救うこともできぬ。ただ、主らの生きる時を眺めるだけよ。辛い時、悲しい時、そんなことがあっても、吾は何もしてやることはできない。そこから立ち上がって歩き出すのは主らの意志よ。この屋敷の者たちは今までに何度も挫折し、立ち上がって歩き出したから、今があるのだ。決して、吾がいるから繁栄したものではない。吾はただ見つめてきただけだ」

 静かに助けられないのがもどかしいとばかりに璃桜はそういうと翠嵐の手に己の手を重ねたかと思うと、そっと手を外させ、その場から姿を消してしまった。一筋の涙を零していた璃桜に翠嵐は何も言えず、ただそこに突っ立ていることしかできなかった。

 彼はどれだけの人の死と出会ってきたのだろう、どれだけ助けたいと願ったのだろう、いつから彼は人を見ないようにしてきたのだろうと彼女の中に渦巻いた。

「……私には関係のないことだ」

 そういい、考えるのをやめた翠嵐は再度桜の木を見たのち、屋敷の中へ姿を消した。そんな様を璃桜は見つめていたが、余計なことを言ったと、溜息を吐いた。

「咲、すまなかった」

『貴方様が謝る必要などございませぬ。あれは私が悪かったのですから』

「何故、ここにおる。早う、極楽へ行け」

 謝罪の言葉を零した璃桜の前に姿を見せたのは数年前に往生したはずの咲の姿だった。それに驚くもののさっさと成仏しろと告げる。それが彼女にとっていいものだというが、咲はもう少しだけここにいさせてくださいと璃桜に頭を下げてきた。

『あの子に桜餅の作り方を教えてやりたいのです』

「くだらん理由だな」

『えぇ、くだらない理由にございます。故にほんの少しでよいのです。いさせてください』

「勝手にしろ。いるも消えるも吾にはどうにもできんからな」

『ありがとうございます』

 璃桜に頭を下げた咲は煙の如くその場から姿を消した。ただ、消して、成仏したのではなく、やるべきことをしに行ったことは容易に想像することができた。

「別にものなど食べなくとも吾は生きれるというのに、お節介め」

 死んでもなお、自分のために尽くしてくれる咲に少なからず、嫌な感じはしなかった。むしろ、何もしてやらなかった自分にどうしてそこまでするのかそう疑問に思っていた。何も与えていないのに、彼女は璃桜に何かを求めるわけでもなく、常に与え続けてくれていた。そして、今も。

「返していけるようなものではないな」

 どんなに時間をかけようとも彼女に返せるものなど璃桜には持ち合わせてなかった。こういう時、どうすればよいのだとかつての友に問う。しかし、答えなど返ってくるはずもなく、風に揺られた枝葉が啼くだけだった。


 いつもはぐっすり眠れるはずの翠嵐は浅い眠りを繰り返していた。その中で、あまりにも明瞭な夢もあった。

「翠嵐や、よく話をお聞き」

「はい」

 普段は女房たちが立っている台所に咲と翠嵐は立っていた。そこで、咲は桜の葉を塩漬けにし、塩抜きを行う。翠嵐は何も言うことなく咲の行動を見ていた。

「桜餅はね、唯一璃桜様が食べてくださるものなのじゃ。これは、婆が母様に教わったものなのだよ」

「曽婆様からですか。でも、どうして、私に」

「翠嵐は桜が好きだから、きっと璃桜様も好きになれると婆は信じておる。璃桜様は一人。故に寂しいお方なのじゃ」

 咲は桜餅を作る手を休めることなく、翠嵐にどうかあの方に作っておくれと優しく告げる。偶々見つけることができたとしても、次必ず会えるとも限らないため、翠嵐は返事をすることができない。しかし、咲はきっと大丈夫と翠嵐の目をしっかりと見て告げる。

「この話の詳しいことは璃桜様と仲良くなってお聞き。璃桜様はね、人として生きているときは天皇様だったんだよ。じゃが、ここの屋敷を建てたゆすら様と出会ったことによってのちに桜に住むようになったそうじゃ。本当に昔から寂しい方じゃった。故にゆすら様は桜と周りの土地を買い取って、璃桜様の傍に居ようと努めたそうじゃ」

「だから、あのようなことを?」

「あの方なりにお前を心配しておるんじゃろう」

 璃桜様は言葉は冷たいがお優しい方なのじゃという咲にそれがあまりわからない翠嵐は首を傾げるものの咲の死に際に訪れたり、翠嵐に見つかってもそのまま消えず、翠嵐の傍に来た、よくわからないが何かを思い、行動しているのは確かなようだ。だからこそ、璃桜を嫌いになりきれない。

「お婆様、私にはあの方が分かりません」

「人というのはそういうものじゃ。最初から分かる人などおりゃせん。ゆっくり近づいていけばいい。この桜餅もそのきっかけにすぎん。後は翠嵐がどうしたいかじゃ」

「……私はあの方とお話してみたいと思いました。あれほど、美しい方に出会ったことがないから」

「お前は行動が出来る子じゃ。だから、大丈夫。ゆっくり話せばいい」

 夢であることもあってか、普通よりも早く桜餅を作り終えた咲は小皿に二つ乗せると翠嵐に渡す。小皿を受け取った翠嵐の手を握り、お前ならしっかりとやっていけると言葉をかける。でも、と答えたくなる翠嵐だが、咲の目を見ているとそう言葉を発することはできなかった。

「婆は翠嵐の心の中におる。いつまでもお前を思っておるから」

「お婆様、私は」

「きっと大丈夫。婆は翠嵐が本当は優しい子だと知っておるよ。そして、強い子だとも」

 優しく微笑む咲にもう会えないと感じたのか涙を零し、その手をしっかりと握る翠嵐。ぼろぼろと涙を零す翠嵐に何度も大丈夫よと声をかけ、己の着物で彼女の涙を拭う。

「私は、私は自分を信じたい」

「お前の信じる道をおい来なさい」

 そう言い終わると咲は桜の花びらに包まれ、翠嵐の前から消えてしまった。ただ、彼女の手には先程渡された桜餅が残されていた。

「……おいしい」

 試しに口に含んでみれば、それはほんのり塩味でそれいて、餡子の甘さが口いっぱいに広がる。それは夢であるというのにはっきりしていた。彼女が目を覚ましても、その味は口の中にしっかりと残っていた。

「夢? それとも、本当に」

 わからない。けれども、翠嵐の頭にはきちんと咲の作った桜餅の作り方が入っていた。璃桜に会うためには必要かもしれない。だが、簡単に作れるものではないし、何よりも台所に立つということ自体、翠嵐は初めてとなる。故に女房たちにはいらぬ心配をかけられるだろうことは予想が付いた。

「お婆様は私は行動が出来るといっておられた」

 気にしていたら、作れない。そう思った翠嵐はすぐに台所に向かい、桜餅の作成に取り掛かった。勿論、女房たちには驚かれ、やめるようにも言われた。しかし、台所の片隅に陣取り、そこで作った。

「翠姫様、どうなされたのです?」

「別になんでもない。貴様らには関係ないだろう」

 慌てる女房たちに翠嵐はいつも通り、厳しい口調で伝えると作り終えた桜餅を小皿へと乗せる。ただ、料理すらも初めてだった翠嵐。それもあり、初めて作った桜餅は不恰好でおいしそうに見えない。不恰好になってしまったそれに眉を顰めるものの食べた感じでは味に問題なかった。

 翠嵐はそれをお盆に乗せ、白湯と合わせ持って、桜の近くの縁に腰を掛けた。

「非常に不恰好だな。うまそうに見えんな」

「……味は問題ありません」

「菓子とは見た目で楽しませ、次に味で楽しませるものぞ」

 いつの間にか隣に現れ、お盆の中を覗き込む璃桜に苛立ちを覚えてしまうのは当然といえば当然のことであった。

「美味いが、生地が緩いな」

「……放っておけ」

「まぁ、初めてにしては上出来だろう」

 お盆の中にあった白湯を飲み、そう呟いた璃桜に驚く翠嵐。しかも、褒める様子がなかったのに急に褒められたことにも驚いていた。

「咲から教えられていても、まだまだだな。料理に不慣れすぎて、効率が悪い。もう少し効率を良くすれば、いいものが作れるだろう」

「仕方ないだろう。料理というのは女房が作るものだ。私たちは作らない」

「吾も人のことは言えんが、咲は幼いころから母親と並んで作っていたぞ」

「曽婆様と」

「うむ、いつもはしゃいでいたな。美人故になかなかいい景色だった」

 淡々と呟く璃桜だが、翠嵐は璃桜の口から聞こえる咲の幼い頃の話。それは咲からも聞いたことのない話で、興味が惹かれるものだった。

「そういえば、咲の初めての桜餅はとてもじゃないが食えたものじゃなかった分、お前は筋がいい」

 不恰好な桜餅を再度手に取り、口に放り込む。もぐもぐと咀嚼するその横でしっかりと褒められたのに目を大きく見開く。

「咲は不器用でな。食えたものになるまでかなり時間がかかった。それまでは非常に不味いものを食わされたぞ」

「え、でも、お婆様はとても料理がお上手で」

「一品を作るまでにかなり時間がかかってあそこまで上達したんだ。旦那に食わせたいといってな」

「お爺様にですか」

「あぁ。あれが料理をするのは吾に桜餅を作るか旦那に料理を作るかぐらいだ。あとは客人をもてなすぐらいだったな」

 白湯を飲み、そう語る璃桜に他にはと思わず聞いてしまう翠嵐。璃桜は特に嫌な顔をすることなく、その要求に応えた。しかし、女房が翠嵐を探す声が聞こえるとふっと璃桜はその場から姿を消してしまった。

「翠姫様、何をなさっていたのですか」

「別に一人で桜を眺めてもよかろう」

「しかし、そのようなところに居られては風邪をひかれます」

「風邪をひいたら、お前たちの責ではない。私の管理ができていなかっただけだ」

 ふと、女房から目をそらし、桜の気を見れば、璃桜の姿がはっきりと見えた。ただ、璃桜は手で払う動きをしており、さっさと行けと言わんばかりだった。おそらく、女房を奥に返したとしても、再度彼が下りてくることはないだろう。翠嵐は大人しく女房について、奥へと戻った。

「……話し過ぎた」

 璃桜は桜の上で少々後悔していた。しかし、翠嵐と話すことは咲たちと話すよりも穏やかで心安らかだった。まるで、ゆすらと話しているときのように楽しかったのは確かだった。

「まぁ、いいか。あれも不味いものではなかった」

 お前に合うだろうと最初に作ってきたのは勿論、ゆすらだった。そして、ゆすらも翠嵐と同じく不恰好なもので、作ったその時のまま、来たのだろう手は餡子まみれで、思わず、璃桜が「手を洗って身なりを整えてから来い」と叫んでしまった。それを考えると翠嵐はいるものだけを持ってきていたのは大変好感だった。

 あれがどんな思いで作ったのかと思うが、嫌な思いは入れてないのだろう、そのため、正直おいしかった。気に入ったまではいかないものの、翠嵐が満足するまで咲の話はしてやろうと桜の上で思った。


 何が起こったのか大きな物音に目を覚ます璃桜。璃桜が目を覚ましてしまうほど大きな物音が屋敷に響くというのは珍しかった。さらに言えば、女房の叫び声も聞こえてくる。気になる璃桜は誰かに気づかれることなく屋敷の中に入り、声と音のする方へと向かう。

「貴様はもう少し女らしくできんのか!?」

「黙れ、私は天皇の嫁には行かん!」

「親に対してその口ぶりはなんだ!」

「貴様が親だと思ったことはない。姉上たちしか目をかけず、私のことなど天皇のことがなれば気にしないのにそれで親を名乗るのか!?馬鹿にするでない」

 どうすればいいのか狼狽える女房たちの前には大声で言い合いをするがたいの良い男性と翠嵐。会話の内容からして、男性は翠嵐の父となる。しかし、翠嵐は彼のことを父と認めたくないようで、反発しかしていない。勿論、その反発に対し、怒りを増幅させる男。

兼寛かねひろ様も翠姫様も落ち着いてくださいまし」

「お前たちは引っ込んでおれ。これは儂と翠嵐の問題よ」

「しかし」

「いいから、引っ込んでな。何かあっても私は知らんぞ」

 翠嵐の父――兼寛と翠嵐は女房の言葉にそう返すと再度、言い合いを始める。女房たちはどうしましょうと顔を見合わせるだけで、その場から動かない。璃桜はこんなことで自分の睡眠が脅かされるとは甚だ迷惑な話だなとその光景を眺めながら思う。しかし、姿を見られて、どうのこうの言われるのも面倒ということで、あえてその場には触れず、桜の木へと戻った。

 暫くすると怒声も物音も聞こえなくなった。どうやら、収束したらしいのだが、桜の木の近くで不機嫌そうな翠嵐の姿があった。

「やれ、言い負かされたか」

「言い負かされてはおらん」

「では、その不機嫌そうな顔はなんだ」

「母様や姉上たちに邪魔された」

「そうか。まぁ、あれだけ大きな声でやり合っておれば当然だな」

「私は父が嫌いだ」

「うむ、聞いておればそれはわかる」

 翠嵐の傍に降りて、声をかければ当然ながら不機嫌そのものの声が返ってくる。璃桜はそれに溜息を吐きながらも、問いを繰り返していく。ただ、このまま、話していると女房に聞かれるかもしれないと思った璃桜は翠嵐に一言かけるとその体を抱え、桜の木へと登った。

「さて、己の話を聞こうか」

「何故、わざわざ木の上に」

「下だと、吾が見つかる上に、己が変だと騒がれるぞ。料理の件もあるしな」

「……否定はしない。あと私の名は翠嵐だ。己などと呼ぶな」

「それもそうだな。吾は璃桜だ。まぁ、咲から聞いておろう。好きに呼べ。で、翠嵐、溜めているものを吐いたらどうだ。どうせ、下には聞こえん」

 名前を呼ばない璃桜に自分の名を語り、名で呼ぶように伝えれば、確かにその通りだと頷き、璃桜も名を翠嵐に伝えた。そして、不機嫌な翠嵐に言いたいことを吐きだせと告げる。

桜の木の上は璃桜の聖域ということもあり、そこで大声で叫ぼうが下には聞こえないという。誰にも聞かれないということもあってか、儘よと思ったのか、少しずつ言葉に乗せ、心内にあったものを吐きだしていく。

「元々、私を作る予定など父にはなかったのだ。だが、できてしまった。私という存在は認めるものの、娘としては今まで扱われたことなどなかった。それなのにだ、天皇の嫁になることが決まってから、妙に私を気にかけるようになった。私はアイツの気分を取るための道具などではない」

「そうか、そうか」

「私を見てくれるものなどお婆様しかいなかった。姉上たちも母上も私を邪魔者扱いして、この屋敷に私の居場所などなかった。お婆様が唯一の居場所だった」

「……吾にとって、ゆすらが居場所だったのと同じだな。吾も宮中には居場所などなかった。妬み、蔑み、企みが渦巻くあの場所は吾にとって地獄そのものだった」

「お婆様から聞いた、天皇だったと」

「かつての話よ。今の吾は話を聞くことしかできぬ桜に住まうものだ」

 天皇であったことなど、忘れたい記憶だ。いや、今までは忘れておったがなという璃桜の表情はなんとも言い難いものだった。思い出さなければよかったと思う一方、こうして、翠嵐の心の内を知るための道具にすらなったのだからよかったといえば、よかった。

「気分が落ち着くまでここにいればいい」

「邪魔ではないのか」

「邪魔であれば、ここに連れて上がらん」

 落ちぬようにだけ気を付けろというと、翠嵐から少し離れた枝に寝転がった。翠嵐は移動することなく寝転がった璃桜を見ていた。

 今は思うことなく気ままに日々を繰り返す璃桜。しかし、その過去にはどれだけ逃げ出したくなる苦しいことがあったのだろうかと翠嵐は考えてしまう。ただ、そう思っても今は自分の話を聞いてくれる人がすぐ傍にいるということが何よりも嬉しく感じた。咲が亡くなってから、居場所が削られてしまったように感じていた翠嵐にとって、咲が教えてくれた桜餅で新しい居場所がもらえた気がした。

「ありがとう」

「礼はいらん。桜餅を寄越せ」

「璃桜様は本当に桜餅が好きなんだな」

「……璃桜で構わん。桜餅はゆすらがよく作って持ってきていたからな」

「わかったよ、璃桜。今度は失敗しないようにする」

「あぁ、そうしてくれ。できれば、見て楽しみたいからな」

「善処する」

 璃桜が見ていた咲の桜餅の作り方や聞いたコツを手振りを含めながらも翠嵐に説明する。それを静かに翠嵐は見て、次こそは綺麗なものを璃桜にあげようと誓う。その穏やかな時間は互いによい時間だった。しかし、女房たちが翠嵐を探し、屋敷の中を駆け回り始めると、そこでのんびりしているわけにもいかなかった。

「話がしたければ、遠慮なく登るなり、声をかけるなりするがいい」

「それは助かる。私にとって、璃桜の傍はいい」

「勝手に言っておれ。そのうち、二度と来るなというかもしれんぞ」

「そういわれたら、桜餅でも持ってくるさ」

 くつくつと笑った璃桜にそういうと、翠嵐は器用に木を降り、屋敷の中へと戻っていった。璃桜は桜餅を持って来たら強くは言えんなと思いつつも、あまり深入りをしてしまわぬように気を付けなければと感じた。深入りしてしまえば、いらぬ感情が動いてしまう、手を出せぬ関係なのだから、それは自分の首を絞めるのだと自分に言い聞かせる。

 あれから、璃桜はのんびりと屋敷を眺めることが増えた。いつ、翠嵐が来るのかどこか楽しみにしている。深入りしないようにと思っていたのに彼女と関わるうちに彼女はいつの間にか璃桜の深いところまで足を運んでいた。

「璃桜は天皇だったよな」

「あぁ、そうだな。かつての話だ」

「名は憶えていないのか」

「名か。そうだな、残念ながら忘れてしまっている。思い出したら、教えよう」

「期待している」

 璃桜は天皇であった名前を憶えていなかったというよりも、思い出せないのだ。何度も夢に名前を呼ばれる場景があるというのに。名前の部分だけが綺麗に掻き消されてしまっていた。思い出したら聞かせてくれという翠嵐に思い出せる自信など微塵もないというのに頷いてしまう。それぐらい、彼は彼女に心を寄せてしまっていた。それは翠嵐にも言えることだった。最初は怒りをぶつけた相手だったというのに、今ではよき話し相手であり、彼女の心の蟠りを取り除いてくれる唯一の人となっていた。

「嫁になど行きたくない」

「吾に言ったところで、どうにもできんぞ」

「わかっている。だが、言いたい。璃桜の傍に居たいのだと」

「さっきと言っておることが違うぞ」

「違わない。同意義だ。璃桜と離れるなど嫌だ。むしろ、考えたくない」

「……吾と翠嵐の過ごす時間は違う。いずれ、分かれることになるのだ。お前の嫁入りはそれが少し早まるだけよ。それに翠嵐の宿世をどうのこうの言う資格は吾には存在しない」

 璃桜は翠嵐を抱きしめ、その背を優しく摩る。翠嵐はその優しさに体重を璃桜にかけた。ただ、全てをかけても璃桜はびくともせず、しっかりと翠嵐を支えていた。布越しでもしっかりと感じる璃桜の鼓動と体温に、璃桜はここに存在していると叫びたかった。璃桜のことを知ってもらえたら、傍に居られるそう思うのに翠嵐は何も言うことができなかった。

「吾は願うことしか出来ない。お前が幸せであるようにと」

「璃桜が居らんのならば、私は幸せを感じることはできない」

「なれば、吾の願いを叶えてくれ。翠嵐が幸せになるという」

「酷いな、璃桜は」

「酷くて構わん。そうしなければ、翠嵐は幸せになってくれないだろう」

 本当に酷いし、それは卑怯だと涙を零す翠嵐。璃桜はただ、優しく翠嵐を抱きしめてやることしかしなかった。

 しかし、女房たちの姿がちらりと璃桜の視界に入れば、翠嵐の目の前から花を散らして、消えてしまう。さっきまでそこにあった温もりに胸元を掴み、涙を零す。

「……私は諦めが悪いのだ」

「あぁ、知っている。だが、吾は依怙地なものだ」

 小さく呟いた翠嵐の言葉に木の上で璃桜はそう返した。傍に居たいという翠嵐に璃桜は決まって時が違いすぎると告げ続けた。互いに意地の張り合いだった。互いに折れるわけにいかなかった。

「どんなに言葉を並べてもそれを言うか」

「当然よ。吾と翠嵐の過ごす時間はかけ離れすぎている」

「そうか。まぁ、この話は今日のところは終いにしよう」

「今日のところと言わず、これからずっとにせよ」

「それは断る。私はまだ諦めておらんからな」

 しっかりと璃桜の目を見て言う翠嵐に璃桜はその目は好かんと素直に感じた。何が何でもやり遂げてみせるという目は璃桜の周りには殆どなかったため、慣れないのだ。真っ直ぐに見られるということは。

「ところでだな」

「何かあったのか」

「最近、不審火が相次いでいるらしい。先日、検非違使から注意されたしと通達がきた」

「ふむ、何かあれば、すぐにでも翠嵐に伝えよう」

「桜が燃えては大変だからな」

「そうだな」

 ただ、璃桜はその不審火は本当に不審火なのか気になったが、翠嵐には何も告げることなく、自身の中にしまい込んだ。


 不審火の話が合ってから、数日後、璃桜はぱちぱちという非常に耳障りな音を耳にした。もしかしたらと思い、璃桜はそれを放っておくことはできなかった。音を辿り、着いた場所は屋敷の裏門だった。そこには以前、その姿をみた兼寛が松明を手に立っていた。

「妖ごときに我が家を取り潰されてたまるか。この家に住み着いてしまっているのであれば、この家ごと消してしまえばいい。家くらいどうにでもなろうよ」

 ぶつぶつとそう呟くと兼寛は無表情を浮かべ、躊躇うことなく、松明を自らの家に放り投げた。燃えやすいものが沢山あったこともあり、ごうっと音を立て、屋敷は紅く燃え広がる炎に包まれていった。屋敷の中では火事に気づいた女房たちや翠嵐の姉たちが逃げ惑い、着物や顔などを黒くさせつつ、逃げ出てきた。

 ふと、璃桜はその中に翠嵐の姿がないのに気づく。もしかしたら、奥の座敷に隔離されたように部屋を設置されているため、逃げ遅れているのかもしれないと屋敷の奥に向かったが、そこには逃げ出した跡が残っていた。

「翠嵐、どこだ」

 炎は屋敷全体を包み込み、徐々に屋敷は形を失い始めていた。それもあり、璃桜は翠嵐の姿を探した。すれ違いになって、逃げたのかと外を見てみたが、やはり姿はなく、璃桜の中に不安降り積もる。そして、もしかして、と自らが住んでいる桜の木のもとに行けば、全身濡れた状態の翠嵐がそこに立っていた。

「翠嵐」

「……璃桜」

「逃げろ。今だったら、まだ外へ逃げられる」

「いやだ。私は璃桜と共にいたい。璃桜が消えてしまうというのならば、私も共に消えたい」

「翠嵐、お前には生きて欲しいのだ。だから、頼むから逃げてくれ」

「璃桜を置いて、逃げるなんて嫌だ」

 近づいてきた璃桜に翠嵐はきつくきつく抱き着いた。璃桜はそんな翠嵐を突き放すことができず、助けを求めるように桜を見上げれば、璃桜の住んでいる桜は炎に包まれ、まるで炎の花を咲かせているようだった。

「翠嵐、すまない」

「璃桜、何?」

 璃桜は翠嵐に謝ると困惑する翠嵐の首筋に力いっぱい手刀を振り落した。翠嵐は短く呻いた璃桜に体を預けるように倒れこんだ。璃桜はそんな翠嵐を抱きかかえると燃える桜の木に近づいた。

「何が当ても吾が守るから、死なないでくれ」

長い間聳え続けた木には大きな穴があった。水の溜まったその場所に翠嵐を寝かせ、火の粉などが入ってこないようにその入り口に立った。

璃桜はじっと燃える屋敷を見つめた。すでに崩れ、桜の木もすでに全て燃やし尽くしたのか、徐々に火が弱まり始めていた。ただ、それは翠嵐にとっては幸いのことなのだが、璃桜にとっては自らの命が消えることを意味していた。

「翠嵐、吾の愛しい人よ。どうか、幸せに」

 屋敷や桜を燃やし尽くした頃、璃桜は翠嵐の額に口づけを落とすとそこから消えていった。全てが落ち着いた頃、翠嵐は駆けつけた人々によって助けられた。目を覚ました翠嵐が見たのは黒くなった屋敷と桜の木。

「璃桜、返事をしてくれ!」

 その場に璃桜の姿がないことが分かるや否や、翠嵐はそう叫ぶ。周りの人々は炎に包まれたことによって気が狂ったかと思われたのだが、そんなことを翠嵐は気にしている余裕などありはしない。必死に璃桜の名を言うが、何も彼女には返ってこなかった。

「私を一人にしないでくれ、璃桜」

 ぽろぽろと涙を零して訴えるも返ってくるものもなく、泣き崩れるほか彼女にはできなかった。そののち、誰が言ったのか、兼寛が放火したことが発覚。翠嵐の家は姉夫婦に継がれることとなった。ただ、翠嵐は兼寛に「璃桜を返せ!あの人を返して」と詰め寄ったが、人の意識など殆どなくなっていた兼寛は何も翠嵐に言葉をかけることなく、島流しの刑に処された。

 その後、全てに活力をなくした翠嵐は周りに流されるまま、天皇家へ輿入れすることとなった。


*   *   *


 薄らと目を開けるとそこは見慣れた天井が広がっていた。寝かされたその体を動かせば、しっかりと自らの意志で動いた。顔を動かし、周りを見れば、豪華な調度品の数々。

「……と、舎利弗とどろき様!?」

「……吾は」

 部屋の掃除に来たらしい女房は寝ていた男が起きたことに驚き、ばたばたと足音を立て、その部屋から走り去った。そして、舎利弗と呼ばれた男は言葉を零した瞬間、全てのことが頭の中を駆け巡った。

「よう、お目覚めになられました」

「今はいつぞ」

 落ち着いた雰囲気を持った女房は丁寧に舎利弗に頭を下げた。しかし、舎利弗はその姿を見るや暦を尋ねる。その問いに女房は丁寧に答えた。そして、その暦は璃桜がかつて翠嵐から聞いた何事もなく進んでいれば露顕(ところあらわし)の日であった。

 舎利弗はその答えを聞いて、立ち上がる。寝たきりだったというのにしっかりと立ち上がった彼はぶれることなく、動くことが出来ていた。まるで奇跡だと喜ぶ女房を尻目に女房に手伝ってもらいつつ、さっさと青色のほうを纏った束帯姿となる。とはいっても、女房たちが行ったのか彼の髪を整え、繁文の垂纓冠すいえいかんを乗せただけである。

「舎利弗様、貴方様自らがそのようにならずとも、私共に」

「黙れ、吾の問いに応えろ。露顕はどこでやっておる」

「……中央の広間にございます」

「そうか、ご苦労」

 舎利弗は女房からそれを聞くとすぐさまその広間のあるところへと足を進めた。昔から殆ど変らぬその御殿に思うことなどなく、しっかりとした足取りでそこへと向かっていた。ただ、途中途中でしっかりと整えられた束帯姿が気に食わなかったのか冠を投げ捨て、着崩した。勿論、周りは初めてみる舎利弗に驚き、冠などを捨てたその姿から気の触れたものと思われていた。

 舎利弗はそんな人々の目などくれず、広間の前に来ると左右に控えていた検非違使たちに止められた。

「貴様、天皇の位の色を着るとは何たる狼藉か」

「しかも、身を整えないとは愚かにもほどがある」

「黙れ、若造どもが」

 舎利弗は検非違使たちの拘束を気にも留めず、そう言葉にしただけだった。されど、その言葉は検非違使たちの動きを止めるのには十分な効力を持っていた。不思議な力ではない、その言葉に含まれる重さが彼らの動きを止めさせていた。

「と、舎利弗様。なんというお姿に。天皇家の人間たるもの、整えてくださいまし」

「整える必要などない。これが吾だ」

 舎利弗はそういうと広間への扉を開けた。そこには天皇家に使える女房たちから天皇へ諂う公家。そして、三段ほど上がった上座には天皇とその嫁となる女性の姿があった。殆ど生気など感じぬ姿に舎利弗は自分はなんていうことをしたのだろうと感じた。ただ、そこにいてくれたからこそ、彼は彼女を見つけることができた。

「翠嵐」

 その名を呼ぶと、静かに顔を上げ、舎利弗を見つめる。光のなかった目にだんだんと光が差すのが見て取れた。

「……ぅ」

「吾の名は舎利弗という。だが、お前には本当の名前を呼ぶ権利がある」

 舎利弗という名に会場はざわめきに包まれた。死んだとまで言われた天皇。しかし、実際は秘密裏に残され、世話され続けていた。それは翠嵐の隣にいる現天皇に伝えられていることだった。その男が今、目の前に立ち、自分の嫁となる女性の名を呼んでいる。天皇はただ翠嵐と舎利弗を交互に見つめるしかできなかった。

 翠嵐の目に映った舎利弗という天皇はかつて翠嵐が見ていた璃桜と同じだった。ただ、髪の色や瞳の色は違ったが間違えられないほど、彼であった。そして、翠嵐を呼ぶ声は優しく、懐かしいものだった。

「翠嵐。吾は天皇ではない。何も持っていない人だ」

 そんな吾でよければ、吾と共にいてくれまいかという舎利弗にざわめきは酷くなった。天皇の嫁を取るとはかつて天皇と呼ばれたとしても狼藉甚だしいと口々に告げる。ただ、その公家たちの口を塞ぐ者がいた。

「黙れ。うぬらは朕の伯父上を愚弄するのか」

「……陛下?」

「そなたが朕を見ていないことはわかっておった。ただ、朕を通して誰かを見ているのも知っていた。ただ、それが伯父上と知って、納得できた。朕は伯父上の血筋の中で一番似ているそうだからな」

 口を塞いだのは翠嵐の隣にいた天皇であった。彼の言葉に困惑する翠嵐に彼は笑みを浮かべながら、静かに言った。

「伯父上のところに行くがいい。無理して朕のところにいる必要などない。こういってはなんだが、妻となる女性は結構いるからな」

「貴殿はそれでよいのか」

「伯父上、構いませぬ。伯父上と翠姫を見れば、朕が口出すことではないことは判然としております」

「すまない。感謝する」

「陛下、申し訳ございません。ありがとうございます」

 舎利弗は天皇に頭を下げ、翠嵐も姿勢を正し、天皇へと頭を下げた。天皇はそれほど大したことではないといい、あとは自分が何とかするからもう行けという。それに翠嵐は再度、頭を下げると壇を降り、舎利弗のもとに行く。来てくれた翠嵐に舎利弗は本当に何もないがよいかと問えば、璃桜がいると翠嵐は笑った。翠嵐を抱きしめた舎利弗は周りを見渡し言葉を綴った。

「吾にとって、これはなくてはならないもの。吾に与えてくれたことを感謝する」

「り、璃桜!?」

「では、失礼する」

 改めて礼を述べた舎利弗は、抱きしめていた翠嵐を抱きかかえた。勿論、急に横抱きをされた翠嵐は慣れないということもあり、驚く。舎利弗はそんな翠嵐を気にすることなく、そのまま広間を出ていった。

「舎利弗様、こちらをお使いなさいませ。師玉様が顔は隠した方が良いとのこと」

「あぁ、感謝する」

「璃桜、下してくれ。私は歩ける」

「このまま抱えていたかったが、仕方ないな」

 天皇お付きの女房が舎利弗に顔を隠せるようにと布を持ってきた。舎利弗はそれをありがたく受け取っていると、いい加減におろしてくれと訴える翠嵐。広間も出ていることもあり、仕方ないと翠嵐を下す。それからは手をしっかりと繋ぐ。どうして、そういう行動をするかわからない翠嵐は戸惑いつつ、舎利弗を見るが、舎利弗は平然としており、布で翠嵐を包んだ。そして、自らも身を隠すように布を羽織る。

「師玉天皇には感謝の念を伝えておいてくれ。あと、そうだな、青龍の方角の外れの屋敷に住んでいることを告げておいてくれ。他には、吾の部屋を使うときは書物に注意するよう伝えておいてもらおうか」

「畏まりました」

 天皇に伝えるために去って行った女房を見送ったのち、舎利弗と翠嵐は京(みやこ)を離れ、人目を避け、出来るだけ人の通らない細道を通った。

「璃桜、どこに行くの?青龍の方角の外れの屋敷って」

「ゆすらが吾に何かあった時のために桜の木の屋敷とは別に建てたものだ。ゆすら亡き後は吾に勝手に使えと抜かしておったがな」

「ゆすら様がいたときからかなり時間が経っていると思うのだが」

「そこは大丈夫だと思う。咲が手入れをしていたはずだ。そこの屋敷に咲く花などをよく摘んで帰ってきていた」

「お婆様が」

「あぁ、年老いてもなお、誰にも言わなかったようだがな」

 そんな話をしてながら、その屋敷へと向かう。そして、見えてきた屋敷は草に覆われてしまっていた。

「まぁ、妥当だろう」

「形があるだけましか。それに仕方ないな、一緒に頑張ろう」

「あぁ」

 二人はいろいろと言葉を交わしながら、生活できる空間を確保する。これからが大変だなというものの、翠嵐は璃桜がいるから大丈夫だといい、舎利弗もとい璃桜も翠嵐が共にいてくれるから頑張れると答える。地位や名誉など彼らに必要なかった。ただ、相手が自分の傍に居てくれるということが何よりも大切なことだった。










「伯父上、朕はどうしたらよいのだろうか」

「どうしたらよいか、それを考えるのは己自身だろう」

「璃桜、茶入ったぞ」

「あぁ、すまない。師玉も飲むか」

「いただきます」

 年月が経ち、住み始めた頃はぼろぼろだった屋敷は璃桜についてきた女房たちが住み、花は咲き誇り、たまに師玉天皇がお忍びで逃げてくる、賑やかなものになっていた。ただ、金などないというのに女房たちは献身的で一生懸命に働いてくれた。また、周りの家人も優しい方々ばかりで、日常に不慣れな璃桜に丁寧に助言などしてくれる。

「いい暮らしばかりが本当の幸せとは思わん」

「でしょうね。朕から見ても伯父上は大変、幸せそうだ。羨ましい限り」

「羨ましいと思うなら、ここに来ればいい。話を聞いてやろう」

 茶を飲みつつ、そう零す璃桜にそうさせていただくという師玉。政治の言葉すらもない璃桜の屋敷は考えたくない時に来るのは最適だった。穏やかな気持ちになり、自分をきちんと持っていられた。

「ところで、伯父上の子はまだですか」

「へ、陛下!?」

「翠姫、何を驚く。あり得ぬ話ではないだろう」

「ない話ではないが、今は二人でいい。あまりにも翠嵐を悲しませてしまったからな」

「そうか。よいな、愛せる人がいるというのは」

「であろう。宮中から逃げだしたからこそ、出会えたものだ。二度と手放せぬ」

 そういった璃桜の言葉に呼応してか、庭に植えた桜の花が一陣の風に舞い上がった。それはかつて璃桜がいた桜の分木であった。あの桜が生きているにもかかわらず、人に戻れた璃桜。もしかしたら、咲やゆすらたちが何かをしてくれたのではないだろうかと璃桜には告げないが翠嵐は思っていた。ただ、どちらにしろ、璃桜と共にいられるということが彼女にとって何よりも喜ばしいことだった。

「璃桜、狩りに行こう」

「そうだな。師玉、何が食いたい」

「伯父上と翠姫にお任せする」

「期待しておれ、大物を取ってこよう」

 そういって、狩りに向かってしまった璃桜と翠嵐。こんな夫婦はどこを探してもおらんだろうと思いながらも、期待してしまう師玉。唯一、天皇であることを忘れられるそこは何よりも彼にとって大切な場所になっていた。

「桜が綺麗だな」

 縁側で桜を見上げ、そう零せば、礼を言うかのようにひらひらと桜の花が舞った。








ある屋敷の真ん中にそれはそれは美しくも大きな桜の木があった。

昔からそこにあるというその桜の木には玉のように美しい肌に桜色の髪。そして、そこに青々しく、それでいて自然な色の髪飾りを挿した青年が住んでいるという。ずっとずっとこの屋敷を見続けてきた彼は一度だけ恋したそうだ。そして、彼は長い時を経て、漸く人としての幸せを得ることができたのだった。二度と手放さないと心に誓うほどに。

「璃桜、私と共にいてくれ」

「翠嵐、その言葉は吾の言葉ぞ」

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桜恋水 東川善通 @yosiyuki_ktn130

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