第3話 彼女たちが二人っきりになった場合

​「ねぇさくら」

「ん、なぁ〜にぃ〜」

「あなたってさ、喋る内容もいい加減だけど、言葉使い自体がいい加減よね」

梅雨も明け、待っていたのはジリジリとひりつく熱射。

「こんなに暑いとね。言葉も溶けるんだよ」

こう、ドロドロと間延びした感じで。

「溶けているのは脳みそかしら。そもそも春からそうじゃない」

失敬な。

それを私は失礼の重ね塗りと呼ぶ。


エアコンもない教室。

昼飯時に机を突き合わせて、関崎あおいとお昼タイム。

梅雨の時期、彼女と友誼らしき何かを締結してから、目に見えて馴れ馴れしくなりました。

よく言えば懐かれたとでも。

一日一日、一言一言、会話をした時間が増えるに従い、普段から行動を共にすることが常となってきた。


夏を控えた金曜日。

私たちが二人で食べるランチタイムの光景も、もうクラスに馴染んでいる。

当初は一緒に行動するクラスガールズと食べていたけど、関崎あおいの謎威圧で引き潮のように離れていった。

以降、彼女たちと話すことはたまにあっても、距離を置かれるようになった。

まぁ入学2ヶ月ほどのご縁だった訳だ。

グッバイ、平穏な学校生活。

不穏になる訳でもないけど。

高校生にもなってイジメなんてナンセンスなことぐらい、わかっているだろうし、わかってほしい。

万が一あったとしても、徹底的なリベンジは不可避である。


女子同士のイジメで暴力は少ない。

物を隠すなり、壊すなり、捨てるなり。

なら、特定して、各所に晒して、懲りないなら犯罪にならない程度に、イスだとかバットだとかで殴りつければいい。こっそりとね。

私を標的にすると痛い目に遭う。

そんな風に思って貰えば御の字である。

面倒だぞ。何事にも理由を欲しがる人間に復讐させる理由を与えると。


昔、うららかな中学生の頃、机から教科書が数度、消えることがあった。

ぐちゃぐちゃになってゴミ箱とか、黒板消しのクリーナーに突っ込まれていた英語の教科書や道徳の教科書。

誰なのか探すのが面倒だったので、帰る前に、机の中の教科書に幾つか画鋲を、表紙の裏から、外に突き出ている状態でセットしておいた。

次の日。

机内の教科書の表紙に血痕が点々とあるのを見つけて、笑いがこみ上げて仕方がなかった。

普段話さない、クラスメイトが手を押さえていたので、「どうしたの〜? 画鋲でも刺さったぁ?」と訊いた時の顔も爆笑案件だった。

加害者には加えた以上の害を与えるのがマイポリシー。

絶対に手を出したら後悔させる。

男が出てきたら、セクハラ冤罪で学校と親も巻き込み、社会的に殺す。

こんな馬鹿げた女尊男卑社会じゃ簡単にできる。

いや、しないしない。したことはない。

幸い綺麗なお顔とお身体に傷がついたことは今のところない。

やることやった気もしなくないけど、基本的には人畜無害。

茶目っ気溢れる天使のような存在なのである。


しかし、ここは高校。

そんな程度の低いやり取りは無いとしても、中学と比べて、明確に存在するクラスヒエラルキー。

それなりに面倒な制度に巻き込まれることを考えると、外縁であおいとモソモソしている方が楽かもしれない。

常にマイペースであり続ける関崎あおい。

クラスでは嫌われていないけど、近づき難い存在としてヒエラルキーからはスポイルされている。

権威の価値を認めない人が権威に従う必要はない。

彼女はそれを正しく実践している。

私にはとてもじゃないができない。


今の私は、独立したというよりは巣を変えたモズだ。

うん。妙を得ているじゃないか。

モズの速贄もお茶目さが私にぴったしだし。

百舌の意は否定させて頂くが。

さしずめ、あおいはカッコウがお似合いだろう。

勝手に人の巣に卵を産み付ける、クズ母。

悪賢い奴め。

私は騙されんぞ。


繁殖行為なんてする予定は未定なあおいを勝手に、でき婚の子持ち女子に見立てているなど、思いも寄らないあおい。里芋なぞ頬張ってやがる。

子供を私に託し、失踪するクズ母。

ちなみに私は独身貴族予定なので、でき婚女カッコウに蹴り落とされる我が子タマゴはいない。よかったよかった。


「どうしたの?」

無意味に睨みつける私に疑問を呈する彼女。

「やっぱり、あおいは快楽堕ちが似合うなぁって」

絶対屈しない! とか、くっ殺せ… とかが似合うタイプ。

それは何となく、思い至った一言。

「突然何する気!?」

持っていた箸を置き、若干身構える彼女。

「どうして、そこまで飛躍する?」

「だって、あなたじゃない」

私が何をしたのでしょう。一体、思い当たることがありません。

「私だって現在と未来の区別くらいついてるし。今、快楽堕ちした関崎あおいはまだ早い」

分岐フラグはまだ不十分だと判断します。

「早いも遅いもありません。想像と現実を区別してくれないかしら?」

「想像にもね、可能性ある想像と、あり得ない想像があるじゃん。私はアリだと思う!」

「ああ! もう! 可能性と蓋然性の違いよ!」

う~ん、つまり、可能性はある訳だ!

「今認めた? 認めたでしょ!? でっしょー!!!」

可能性を考慮した時点で、既に快楽堕ちしているのだよ明智君。

「いいでしょうとも。いいわよ可能性ぐらい。でも、可能性ならあなたも同じよ。さくら」

「それはないですことでっしょー」

だってそれを許容したら以下ryなのだよワトソン君。

「なぜ言い張れるの」

「私にアヘ顔ダブルピースは似合わないでっしょー」

でっしょーなのだよ西之園君。

私は機械化するか石化するかが関の山。

「わからないわよ。あと、でっしょーやめて。うるさい。とにかく、空理空論は好まないし、要検証ね」

「それはお互い様だよね?」

平々凡々な昼食から、ブーメランの投げ合いと化した不毛大会。

それは彼女だってわかっているはず。

でっしょー?

「ええ。ええ! いいですとも、あなたが堕ちた姿を見てあげる」

「えー」

「えー。じゃない。絶対、後悔させるから」

えー。

なぜそうなった。

関崎あおいは私の認識だと、身銭を切る行動は嫌う傾向だったのだけど。

だからこそ、チキンレースにとことんベットできた訳だけど。

冗談が通用し辛い彼女の性格が裏目に出てしまいました。

しかし、あれですな。

内容に偏りのある話についてくる彼女も、大概な趣味をお持ちのようで。




くだらん話をしたなぁと、過去を振り返る放課後。

「じゃ、今日私の家に行きましょう?」

「ぎぇ!」

席を立ち上がるなり、私にそう言った関崎あおい。

まだ話題が引きずられている。

というより忘れていない?

ヤベェ。

何がヤベェって、こいつガチだ。

何がガチなのか知らんが、ヤベェ。

焦ると急速に知能低下をきたす私であった。


「怪獣みたいな声出しても、逃がさないわよ?」

「後生だから、今回ばかりはお助けぇ〜」

「いいから来なさい。電車賃ぐらい出すから」

ズルズル。

こ、これは……

監禁エンド……!


哀れ多々良さくらはクレイジーサイコレズ関崎あおいの毒牙に掛かり、享年15才にて没すのであった。


「であった……であった……であった」

チャラララァァー、チャラララァ――

「何、数年前の歴史ドキュメンタリーの最後みたいなナレーションとbgm。何の歴史も動いていないから」

よくご存知で。

「いや、動くじゃん。犯罪史」

きっと恐ろしく残虐な何かが待っているに違いない。

「動かないわよ。私が判明する犯罪をすると思う?」

きっと恐ろしく残虐で、狡猾な何かが待っているに違いない。

「生命を落としたとしても、わたくし多々良さくらが残したメッセージが全てを解き明かす!」

名探偵は言う。

真実は捏造した分だけある!

何が真実なのかなんて誰もわからないという格言である。

「はいはい。言ってなさい」

せめて犯罪行為の否定は聞きたかったよ……

もしや、本当にクレイジーサイコレズ成分過多な人物なのかい?

あおいさんや。


ほわ~ん、ほわ~ん、ほわわぁ~ん。

「ほら。着いたわよ」

「はっ! 私は何を!?」

気付いたらそこは、ちょっと古ぼけた木造家屋。

板塀なところが、古風さを引き立てているけど、所々木材が腐っている点から、栄枯盛衰感がある。


「ここが私の家よ」

「へえ」

「何か文句でも言いたげだけど?」

いや、ここに至るまでにつきましては、ございますよ?

「イメージとしては、あおいは億ションで寝ション」

「イメージって前置きの時点で勝手なものよね」

「自由ってことさぁ」

タチしょんでもネコしょんでも、自由!

いや、そんなサフィズム世界はちょっと……

「いそうよね。自分は自由だから、明確な社会の障害にならない限り、好きにする人。特に権利屋とか」

おもちゃみたいな鍵を、引き戸の間にある鍵穴に挿してキュルキュル回している。

「寝ションぐらい、いいじゃない。自由っしょ?」

もちろん私はそんなことしないけど。

適当に回して、引き抜き、戸を引くとガラガラと磨りガラスが音を立てる。

「しません。馬鹿言ってないで、上がれば?」




「はい。お茶。熱いけど」

「ありがと」

応接間兼リビングであろうシンプルな和室。

ちゃぶ台で向かい合わせに相対する私ら。


「い、家の人は?」

「出張と出掛けと旅行と家出」

「はあ。つまり誰もいらっしゃらない?」

「いいえ、私とあなた」

「ははあ」

誰もいない……やて?

何やて?

これは完全に嵌められている。

しかしてめぇは女だからな。ハメられねぇけどな。

品格ある淑女足らんとする私は思っても、言うことはないけど。


「…………」

「…………」

「…………何してるのよ?」

「――アヘ顔ダブルピース」

品格ある淑女が、そんなことをするはずがない?

いやいや。

淑女だからこそ、アヘ顔ダブルピースは良いと思う人がそれなりに多いと、私は多少は認識している。

故にこれは効果的アヘ顔ダブルピースなのである。倍率ドン!

「――ズズズ」

「人がアヘ顔キメてる時に、悠長に茶しばくなんて、酷いと思います……」

「いえ、反応し辛くて」

一番つらいリアクション択をチョイスする関崎あおい。

容赦ねぇ。

「じゃ、用事は済ませたから、お邪魔んぼー」

そういうことにしておこう。

「急ぎの事でもあるの? それなら止めないけど」

何となく寂しげに顔を上げるあおい。

「別にそういう訳でもないけど」

「じゃいいじゃない」

はっ。

しまった。良心を殺し、嘘をつくぐらい何てこともない私さくらが、素直に答えてしまうなんて……

「ほらほら」

戻りなさい、とでも言うように、ポンポンと座布団を叩くあおい。

さりげなく、隣に移動したあおい。


ああ。

一体、わたくしはどうなってしまうのでしょうか。

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隣のパーフェクトガール 春見悠 @koharu

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