第2話 彼女と私の心の相性
本人も自覚していることなのは手に負えませんね。
ツヤツヤな黒い髪も羨ましい。
しかしそんな彼女にも問題はあります。
彼女には自覚があるのやらないのやら、気にしてるのか気にしていないのか。
そんな問題。
それは下校中のこと。
梅雨はまだ終わる気配も無し。
青々と茂る桜並木の路を、カラフルな傘が彩る。
校門の前に、関崎あおいが立っている。
少し前、彼女の鼻の穴を啓蒙した以来、多少は触り合う袖の関係ではあるけど、特別仲良くしている訳ではなかった。
彼女は勉学では教師の間違いや主観的見解を敏感に指摘し、運動では協調性の欠片もなく、その肉体性能を発揮している。
結果、関崎あおいは孤高の麗人ポジションへと収まっている。
誰かを待っているのかな。
うーんどうだろ。
彼女は言っては何だけど、バッサリし過ぎている。
キャピルンルン女子たちがドラマの話や、あの男子カッコイイ気がしなく無く無く無い?とか話題を振っても、釣れない反応を寄越す。
合わせる気が無いのか、正直が過ぎるのか。
ああ言った会話は、わかるー、そうだよねー、で全て疎通できる。
落とすところはちょっと間をおいて確かにぃ〜?とか
用は共感を得られればよい。
私は相互の差を楽しむ方が性に合ってるけど、それは少数派。
女子にしろ、男子にしろ、連れションは重要視されるコミュニケーションなのだ。
一緒に行動。一緒の意見。一緒の気持ち。
楽しいものかは疑問だけど、人と同じであることは、日本の一人の女子高生としては安心感と肯定感を得るために必須スキルだったりする。
これを否定する人は、それができない人か、独立不覊を貫く逞しい人だ。
さあ、関崎あおいはどちらなのか。
どっちでもいいけど。
ということで、私は颯爽と校門を抜け、カラフルな傘の群れに混じろうとした。
が。
掴まれる肩。
「ああ、待ってたのよ。
ふぁあああ!
「な、何が目的!?」
傘が水を切り周りに飛ばしつつ、振り返る。
「そう大仰にならなくても。あなたね、何でも面白可笑しくさせようとする癖やめたら?」
「失敬ね。私の生き甲斐を奪わないで頂戴」
そう言いつつも、声を掛けられたのは予想外。
彼女は必要という
逆にどれだけ嫌われていても、必要なら話し掛けてくる。
そんな関崎あおいが声を掛けたのだ。
一体何を要求してくるのか。
「お金ならないよぅ」
ビョンビョンと飛ぶ。
バシャバシャと水音。
チャリチャリと小銭が鳴る。
「ちょっと水が跳ねるからやめなさい。あとカツアゲでも無い。それと小銭の音するじゃない」
しっかり全てに反応を返す彼女。
律儀である。
「食べ損ねたジャムパンならあるよ。ほら!」
ムシャムシャ。
「言ったそばから食べてるじゃない……」
「ほら、半分こしましょ」
「え……ええ」
ここに珍妙な光景が行われる。
傘を差しながら、カバンを肩に提げ、校門傍でジャムパンを貪る生徒二人。
モグモグ。
モグモグ……ぶほっ。
「ふう、ごちそうさま」
「ご、ごちそうさま」
やはり律儀である。
「ではお元気で」
すちゃっと居直り、帰宅。
「ちょっと待ちなさいな」
ブレザーの背中部分を摘まれる。
「うっ! ちょ、ちょま!」
摘んだ力強さは良いとして、ブラ紐も摘むんじゃあない!
胸が圧迫されるぅ。
「あ、ごめんなさい」
苦しそうなのを見て取ったのか、すぐに手が離される。
ぷちっ。
「貴様プロだな」
「何のこと?」
己がやったことに気づかないらしい。
「ふふーん。私のカップサイズならポジションキィィープ……」
胸を張ると肩紐がズレてスルスルとお腹辺りにずり下がるブラ。
「やってくれましたね」
「だから何のこと?」
胸はあります!
ただ、細身だからね。うん。
「ほほほ。お気になさらずえ」
癪なので、素振りは見せない。
どっちにしろ傘担いでる外じゃ直せないし。
あースースーするすー。
●
「それで何の用事? 関崎あおい」
「なぜ怒ってるの? 多々良さくら」
ぶらじゃあの居心地が悪いからよ。
そんな訳で、私はプリプリ怒りながら、雨だしカッフェにでもと提案したのであった。
「あっと、話の前に私便所。
「はいはい。ブレンドコーヒー大ね」
「そこはブレンドしなくてよろしい」
流石に私でもショッキンだよ、それ。
まさに悪魔の飲み物ね。
…………
……
ふう。
ああ不快状態から解放される気持ち良さよ。
「おかえり。余程さっぱりしたのね」
「うん。あるべき場所にあるって大切なことだよ」
「ダストトゥダストという訳ね」
「??まぁそうとも言えるかな」
勘違いされているのは、承知ではあるが、これはこれで滑稽である。
「それで何の用事? 関崎あおい」
「なぜ突然また怒ってるの? 多々良さくら」
様式美ってやつかな。
これが漫才ならまたお手洗いに行くところ。
「まぁいいとして、ご用件? お聞きしましょうか?」
「ええ、そうね。面倒を掛けて悪いわね」
「いえいえ、お気になさらず。して、用事とは?」
彼女の意図がわからず、非常に落ち着かない。
「……それにしても良い天気だと思わない?」
「思わん。雨だし。天気に良し悪しなど無いとかそんな風に考えそうだけど、関崎あおいさんなら」
「そうね。というより、どうせ一方じゃ飽きるもの。相対化よ」
人差し指を立ててクルクル回す彼女。
いや、それよりも。
「用件」
「あら、私はコンテクストがわかる方だけど、主語だけで会話しようとするのは、良くないと思うのよ」
「しかし用件」
「いや、接続詞を足されても」
「…………」
「…………」
「
「わ、悪い?」
「いいや、悪くない。面倒だけど」
誘っておいて、用件の内容を開陳しない関崎あおい。
それはなぜか?
見立てその一。
そもそも用件などない説。
理由まではわからん。嫌がらせ?
見立てその二。
用件を言いたくない説。
理由。言いたくないから。
しまった、同語反復でした。
「ああ、なら良かった」
いや、悪いとまでは思わないけど、面倒だとは言いましたよ?
微妙に取り乱していることから、聞きたいけど、言い辛いコトなのでしょう。
まぁいいや。
こっちから追い詰めてやりましょう。
「じゃ質問。用件とは物品が付随するものか?」
とりあえず金。かね。カネェ!とか言われそうなら、両手を上げて逃げよう。
「ノー。なるほど、いわゆるソクラテス問答法の応用ね」
サクラデスというのは知らんが、そうらしい。ザ環境汚染。
言いたくないけど、認めざる得ない状況になると、割と簡単に言えてしまうもの。
イエスノーだけ答えればいいし、ちょっとしたゲームだ。
「続けて、用件とは言動を必要とするものか?」
「イエス」
つまり物ではなく、何かの行為。
「では言動を必要とする行為として指す言葉はあるか?」
「……イエス」
加えて具体的に表現できること。
「あなたの言動を必要とするものか?」
「イエス」
「他人の言動を必要とするものか?」
「……イエス」
「私の言動を必要とするものか?」
「イエス」
「それはつまり相談と表現されることがあるものか?」
「…………イエス」
まさに迂遠。
フリダシに戻った感ある。
常識的に考えれば、用件と言われれば、そういうものだろう。
しかし、相手は関崎あおいだ。油断ならねぇ。
問題はその内容だ。
私と相談(と彼女は肯定した)内容。
まだ関崎あおいにはイエスとノーを言う機械を続けてもらう。
「相談の内容について質問。それは私を害するもの?」
「…………判断しかねる」
ちょっとぉ。
まず自己保身をするつもりが蛇の目じゃないっすか。
「それは私の身体に危険があるか?」
「ノー。言っておくとそういうつもりはないから」
じゃ私の身体以外で危険が。
「なら、私の気分を害する可能性がある?」
「イエス。というより、その可能性はいつでもあるわよ」
変なところ
「確かに気にしてちゃ会話なんてできないね」
「……ええ。そうね」
何となく言い淀む関崎あおい。
もう問答の形式から外れてもいるが、決まりは無いし。
目的は彼女から聞き出すことと、その過程と結果において私が楽しめれば文句なし。
「相談の内容。それはワキガですね」
「どうしたらそうなるの!」
憤慨あおい氏。
「におうから」
ここで衝撃の事実を打ち明けざるを得なかった。
「え! 本当に!?」
「この時季から蒸れだすよね」
私が神妙な態度だから、慌てだす彼女。
ブレザーの襟をめくり、スンスン。
人目も気にせず、ブラ紐を見せつけてくれやがりながら、ワイシャツのボタンを外し
首を傾げている関崎あおいに言い放つ。
「嘘よ!」
必死に鼻を鳴らしていた彼女が、ぽかんとする。
「あ、な、たぁねぇ!」
「ま、まぁまぁ。ワキガじゃなくて、私の溢れるユーモアがにおった、ということでひとつ」
「座布団抜くどころか、畳も引き剝がしたいユーモアね」
わかっていますとも。
人の身体的特徴をダシにしてはいけないことぐらい。
やってるけど。
ふんふん。煮え切らない彼女が悪いと華麗に責任転嫁。
「じゃ次は何がいいかな。消しゴムが鼻の詰まったとか?」
「何蒸し返してんのよ!?」
そんな日もあり申した。
というか、私鼻に関係していることばかりネタにしてる。
もしや鼻が私の生命起源?
嗅覚は大事だよね。
「え、えーともうおしまいなの? 聞いてこないの?」
なんだかんだで話したいらしい関崎あおい。
……………………。
…………。
……しょうがないなぁ。
「で、オチとしてはクラスで浮いてるとかそんなところ?」
すっぱり言い切ってしまう。気にしてるとは思ってなかったけど。
「オチって言うなぁ〜」
あ、可愛い。
いじめるとより輝くタイプですわ、彼女。
メンタル的弱点を見つけにくいことが逆に燃える。
というか気にしてたんだ。
律儀に反応を返してくれるため、消耗したのか、彼女がやっとこさ相談を始める。
「通い始めてからまともに話せた人がいないのよ」
「私は?」
「まともな話では無いのでアウト」
「手厳しいねぇ」
「だから、何が問題なんだろうなぁって思って」
なかなかに素直になった関崎あおい。
最初っからそうすればいいのに、たぶん、会話の距離感が分からないからなんだろう。
だからそれが彼女の問題。
「とりあえず混ざってみること。その間は何となく同意して、何となく相手を褒めればいいだけ」
ね。簡単でしょ。
「私、そういう見え透いた嘘苦手なのよね」
なんと。ワガママな。
彼女らしいけど。
「嘘でも何でも、相手に好感得られなければ、できる機会もなくなってくよ?」
「まずね。その共感することに充足感を覚える価値観嫌い。そんなんだから、意見の言えない大人子供が量産されるのよ」
私のことですね。
意見は言わないが、端から
「加えて、喋ってる内容。俳優人気と漫画人気で稼ぐドラマに、わかりやすい台本とカンペがあるひな壇バラエティー。ノリと勢いと楽屋落ち漫才。テレビとネットのくっさいネガキャン。聞いてられないわ」
あーあーあーあー。
これじゃ仲良くなれる人も逃げてくわ。
批判系は地雷度が高いのだ。
「今話した感想だと、正直に言って難しいんじゃないかな。同じタイプと会ってもお互いがお互いを否定し合う未来が容易に想像できる」
「やっぱり?」
言うだけ言って、満足気に頷いている関崎コミュ症あおい。
わかってんじゃねぇか。
でも、その姿勢を崩す気はないらしい。
しかし割と何を言っても大丈夫そう感が出ている私だから、そんな風に喋っているだけかもしれない。
彼女がステディーなクラスメイトをつくるのはなかなか難易度が高そうである。
でもそこは運でなんとでもなる。
そもそも大前提として。
「でさぁ、いちおー聞いておくんだけど、話相手が欲しいの?」
「え…………そりゃあ、まあ。はい」
居心地悪さそうに、視線を逸らす関崎友達いないあおい。
「ふーん。へぇー。そうなんだー」
それを聞いて安心した私の心理はよく分からない。
「べ、別に寂しいからとかじゃないわよ」
「はいはい。透けた見栄は見苦しい」
最早マウンティングというよりは関崎あおいが腹を出して服従のポーズをとったも同然。
私の完全勝利。
しかし何だろうな。
近寄りがたい美人。
孤高の秀才。
それはクラスでの振る舞いが生んだ結果。
彼女も独立独歩、唯我独尊な人では無かったということなのだろうか。
むしろ、そんな人はいるのか。
人間は社会的動物だ。
コミュニティを作っていく存在。
関崎あおいだって、それはわかっているはず。
心理学なり社会学なり脳科学なり、人を対象にする学問が、人は他人が必要な存在である根拠や理由を言っている、と思う。
具体的な内容は知らんけど。
きっと博学な彼女だ。
そんな彼女はどうしてクラスに馴染めないのか。
単に相性の問題と割り切ってもいい。
自分の個性が合う場所と合わない場所はある。
しかし、個性とそこから生まれる振る舞いはイコールではない。
完璧に相手に合わせる必要はない。
ちょっとばかしの気遣い。
コミュニケーションとは意思の疎通。
だから、お互いがちょっとだけでも、相手に合わせようとする歩み寄りと心の発露が大切。
それでダメなら、自分が悪いか、相性が悪いか、相手がゴミクズということにすればいい。
私はそうしている。
そうすれば、楽しいかは別にして馴染めることはできる。
楽しいと思うことが少ないのは、私がちょっぴり大人なのか、まだまだ子供だからか。
彼女も、そうなんでしょう。
そういった点で私たちは似ているのかも。
言わないけど。
さて。
何と言えば良いかな。
「じゃーさぁ、男子バスケ部の部室で、ストリップショーをおっぱじめれば、みんなと友達に。そして新しい世界。ストリッパーあおいの艶やかな日々」
「あなたねぇ。そういう下賤な話よく思いつくわね」
インターネッッツ!
子供にパソコンを与えるのは危険である。
態度を見るに、こういった方向性はお好みでないらしいストリッパーあおい。
「えー? じゃどうすればいいのぉ〜」
これはイヤ。あれもダメ。無理難題である。
いや、もしや、よくあるある女子の、話だけ聞いてホッスィだけの相談事?
「…………別に一人だけいてくれればいいのよ」
ポツリと小さく呟かれた言葉。
びっみょーに上目遣いの関崎あおい。
やめんか、目に毒じゃ。
う〜ん。
う〜んう〜ん。
仕方がないなぁ。
バッシィィ。
「痛っ!」
とりあえず軽くデコピンをかます。
さすりながら彼女がよくわからないらしく首を傾げる。
「あなたがやることにしては普通ね」
ん? 順応している……?
「時間だし帰ろ?」
「え……ええ」
急な終わりに表情が曇る関崎あおい。
帰り道。
「…………」
「…………」
打って変わって無言の私たち。
未だにシトシトと振り続ける雨だけが、にぎやかだ。
おそらく、彼女は自分から話し出さない。話し出せない。
駅に向かう大通りに出ると、歩みを止める。
私は徒歩通学ガールだから駅前には行かない。
「私、あっちの方だから。……あおいは?」
呼び慣れない言い方は気恥ずかしい。冗談じゃないから尚更。
「……私は電車で隣の駅まで」
気づいていないか。
「そっか。じゃまた明日学校で。あおい」
二度目で伝わったのか、彼女ははっとするような笑顔を初めて見せた。
「うん、ええ。また明日。ーーさくら」
心無しか、帰る足が弾んでいた関崎あおい。
…………
彼女にとってこれが良かったのだろうか。
私にとって良かったのだろうか。
普段の軽い友人関係ではなく、沼のような関係に踏み入れそうな気がなんとなくした。
きっと、関崎あおいは本音が強すぎるのでしょう。
それが一定の正しさを持っていると確信している。
私、多々良さくらは本音が言えない。
他人にとってはどうでも良くても、さらけ出すのがとてつもなく辛い。
自分の価値が決まってしまうんじゃないかという恐怖と、それは他人の笑いものになる程間違っているんじゃないかという羞恥心。
私は本音の正しさを信じられないから。
だから。
私は本音で接してくる関崎あおいが苦手だ。
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