214:天地連動のショッピングモール
それは、竜昇達が話し合いを進める中で唐突にやってきた。
「――!?」
突如として詩織がバックヤードの入り口、もっと言えば店の外の方へと勢いよく振り向いて、その態度ひとつでその場の三人が同時に非常事態を理解し、立ち上がる。
それとほぼ同時に起きるのは、唐突に点灯する店の照明と、やけに軽快に響く店内放送と思しき音楽と言う変化。
「詩織さん、状況は――?」
「かなり遠くから足音が二、三……、五、……十二――、えっと、かなり多い……!! それもこれ、たぶん一か所じゃない……。さっき見た店内地図の、出入り口があった場所から一斉に大量の何かがこの階層に入ってきてる」
「明かりもついて、何やら放送も始まったようですね……。これは、ひょっとしてこのショッピングモールが開店(・・)したということなのでしょうか」
「開店って……!!
――まさかこの階層、俺達が店員として来店するお客様(シャドー)相手に接客(げいげき)しろってことなのか……!?」
直感的な静の発言から竜昇がその発想に至った次の瞬間、まるで畳みかけるように竜昇達のいる従業員用の休憩室にアラームの音が鳴り響く。
「――ッ、『くえすと』か――!!」
流石に四度目と言うこともあり即座に敵の襲来を理解して、竜昇はすぐさま自身のスマートフォンを取り出して、送られてきた敵の情報、メッセージの内容を確認しようと画面を見る。
否、見ようとしていた。
二つの変化に続く三つ目の変化、テーブルを囲んでいた竜昇の体が一斉に浮き上がり、周囲の机やいす諸共壁に向かって吸い寄せられるという、そんな現象が起こらなければ。
「――ッ!? 【増幅思考(シンキングブースト)】――!!」
自分達を襲う不可解な現象に、とっさに竜昇はポケットの中の魔本に触れて思考を加速させ、急ぎすぐ目の前にいた詩織の手を掴んで、その身を庇うように自身の元へと引き寄せる。
同時に発動させるのは、周囲で同じく浮かび上がった机やいす、そしてロッカーなどのあらゆる物品から身を守るためのとっさの守り。
「「シールド――!!」」
同じようにとっさに理香の身を引き寄せた静と声が重複し、二人がそれぞれもう一人を守る形で、壁に叩きつけられると同時にシールドを展開。
自身ともう一人のメンバーの身柄を、追撃のように降り注ぐ調度品の暴力からかろうじて守り切る。
「ぅッ、そぉおオオオオ――、なんだァぁああああ――!!」
思わず叫ぶその声が、周囲一帯に響き渡るけたたましい音にかき消される。
室内だけではない。聞こえてくる破砕音や激突音の連続は、明らかに室内だけではなく、部屋の外、もっと言うなら店の外の施設全体から響き渡っている。
そんな理解できない現象が延々と続いて、しかし実際には大した時間ではなかったのか球体状のシールドが落下物全てを受け止めて、丸いシールドの表面がぶつかって来る物品を壁面へと受け流して、ようやく竜昇の視界に滅茶苦茶になった室内が見えてくる。
あるいはそれは、室内にあったものすべてが壁に激突し終えた空間と見るべきなのか。
「――は、はぁ、はぁ……、なにが、起きた……。クソ、壁に吸いつけられて――、なんだこれ……?」
ひとまず安全を確保できたことでシールドを解除して、なんとか壁から離れようとする竜昇だったが、壁面は一向に竜昇の体を放そうとはせず、床の上へと降りられない。
否、この感覚は壁に吸い寄せられているというのとも少し違う。
壁に張り付いて微塵も動けないというほど強い力ではないにもかかわらず、どれだけ頑張っても引き寄せるその力から逃れられないその感覚は、力の働く方向にさえ目を瞑れば酷くなじみ深い感覚だ。
「落ち着いてください竜昇さん。私たちは壁に吸い寄せられているのではありません。この現象は吸引ではなく、私たちの体が|壁に向かって(・・・・・・)|落ちている(・・・・・)のです」
「――なん、だって……?」
そんな言葉と共に、自身を下敷きにしようとしていたロッカーを理香に軽量化させたうえで蹴り飛ばし、静が己の言葉を証明するように壁面へと横向きに立ちあがって見せる。
否、横向きに立ち上がるというのも、もはやこの場合は正確性を欠く表現だ。
なにしろ今竜昇のいる空間は、その壁面の方角こそが下になっているのだから。
「――なんだ、こりゃ……。確かにこれは……、壁の上で起き上がれるって……!?」
「――あ、あの、そ、そろそろ、放して……」
そうして起き上がって状況の確認を急いでいた竜昇のすぐそばで、不意に弱々しいそんな声が自らの存在を主張して来る。
言われて視線を落として、そこでようやく竜昇は、自分がとっさに引き寄せた詩織を抱きかかえたまま会話していたことに気が付いた。
「――わ、とっ――、す、すいません」
「う、ううん、た、助かったから、謝らなくて、大丈夫だけど……」
慌てて詩織の身を放して立ち上がる竜昇に対して、詩織も真っ赤になりながら慌てたようにそう言い立ち上がる。
とは言え、こんな建物そのものが横倒しになったかのようなそんな状況で、いつまでものんきな会話ばかりを続けてもいられない。
詩織を抱きかかえたような状態から脱して互いに相手から距離をとると、すぐさま竜昇は握ったままのスマートフォンへと視線をやって、そこにこの状況の原因と思しき、最有力候補と言えるものの存在を確認する。
「こいつは……」
そこに写っていたのは、名を『ヘンドル・ゲントール』と言うらしき、【決戦二十七士】の肩書を持つ、金髪の前髪をカールさせているのが印象的な洒脱な男がどこかの店の中を闊歩する写真。
そして――。
「【神造物・天を狙う地弓(スカイエイマー)】……!! こいつ、【神造物】使いか……!!」
そんな男が、驚くべきことに天井に逆さまに立った状態で、【神造物】と思われる弓を構える、そんな様子が写されたもう一枚の写真だった。
足元になった壁面、その一角に設けられた扉を開いてその下の通路を覗き込む。
どうやら先ほど重力の方向が変化した際に、休憩室から店舗内部につながる通路や店内にあった物品は床や天井、壁などにつながっていたわずかなものを除いて、その全てが大通りを挟んで反対の店舗へと落下して行ってしまったらしい。
どうやら現在のこのホームセンターは建物全体が横倒しになったような状態になっているらしく、竜昇達がいる店舗の対岸にあたる店舗群は、軒並みその通路側のガラス窓や入り口などが破壊されて、今和僅かな冊子の残骸やコンクリート製の柱などだけが残され、その奥に様々な商品や瓦礫がごちゃごちゃに積み重なっていた。
(ひどいありさまだな……)
こうなって来ると事前に必要な物資を回収し、荷物にまとめ終わっていたのは幸運だった。
本来であれば、調達できなかったいくつかの物品を他の店舗で回収するつもりだったのだが、この分だとまともな商品など到底残っていそうにない。
そのことを残念に思いながら視線を巡らせて、竜昇は店の前の大通り、先ほど理香と話したベンチがあるのに目を付ける。
(あそこなら下りられそうだ)
そう確認し、ひとまず竜昇は顔をあげて他の三人の様子を確認する。
どうやら静達の方も、重力方向の急変によって埋もれていた荷物を掘り出す作業は終了したらしい。
ひとまず出発の準備が整っているのを確認し、静から差し出された竜昇用のリュックを受け取りながら、まずは耳を澄ませる詩織の方へと声をかける。
「詩織さん、敵の様子は?」
「遠くの方で、なにか戦ってるみたいな音がしてるのが聞こえる……。あと、あちこちでたぶん【影人】だと思うんだけど、何体か生き残りが動いてるみたい……。みんなこっちじゃなくて、その戦ってる方に向かってる」
「……恐らくは、このヘンドルって奴が【影人】と戦ってるってことなんだろうな……。問題は、この重力の変更がその戦闘にどうかかわってるかってことだけど……。
――いや、なんにせよ今はここに留まり続ける方がヤバい。
いったん外に出ましょう。順番は、とりあえず俺が先行して下りますので、その後静、先口さん、詩織さんの順番に、重量軽減や空中移動用の能力を使って下りてきてください」
他の三人にそう指示を飛ばして、竜昇は前の階層で誠司に託された【麒麟の黒雲杖】を用いて【羽軽化】の魔法を発動。
自身の体重を軽くして、足元になってしまった扉から店舗への通路へと飛び下りる。
何度か壁を蹴って速度を殺しながら真下の扉近くの壁に着地して、そこからさらに下の、店舗とその先の大通りだった場所を一通り眺めて、どうやら床に固定されていたらしく、落下していなかったベンチへと狙いを定める。
(【光芒雷撃】――、起動)
店舗への扉をくぐると同時に六つの雷球を自身の周囲へと生成し、竜昇自身の体から距離を放す形で先行させて着地目標地点の周囲に次々と配置する。
(攻撃される様子はなし……。【決戦二十七士】と【影人】側、どちらも察知できていないと見るべきなのか、それとも単に、目立つ目標に片っ端から攻撃を仕掛ける手合いはいないということか……?)
これだけ大規模で大雑把な攻撃を仕掛けてくる相手が、討ち漏らしを警戒しないなどと言うことがありうるのかとそう思いながら、竜昇は軽くなった体重でどうにか真下にあったベンチの上へと着地する。
だが人間が下りてきてもなお、それに対して迎撃がなされる様子は無い。
互いに戦闘で手いっぱいになっているのかとそう思いながらも、竜昇はひとまず他のメンバーを広い空間に呼び寄せるべく、真上で待つ静達の方へと続けて下りてくるよう合図を送った。
従業員用の控室から表の通りに出るにあたって、竜昇が自身に続いて静、理香、詩織の順に下りてくるよう指示を出したのは一応の理由がある。
正直なところ竜昇は、通路に出るその瞬間が、もっとも敵からの追撃や周囲に潜む【影人】からの攻撃を受ける可能性が高いだろうと踏んでいたのだ。
だからこそ、一番最初に下りる役目として、習得する魔法スキルによって一番対応能力が高いと考える竜昇が先行する旨を申し出ていたし、それに続くメンバーも対処能力と言う意味では群を抜いている静を次点に置いて攻撃に備えた順番を組んでいた。
今でこそその大半が重量軽減効果のある魔法を込めたアイテムを保有して、残る詩織も【天舞足】と言う空中移動用の装備を備えている竜昇達のパーティーであるが、そんなものでもなければこの建物が横倒しになったような状況下、通路に出る方法などロープなどを使ってのラぺリングくらいしか術がない。
そして空中で自由の利かない敵など、狙い撃つにはまさに格好の得物だ。
そうした事情故に、部屋から出ていくこの瞬間にとりわけ警戒していた竜昇だったが、どうやら今のところ自分達は二種類ある敵勢力のどちらにも標的とはされていないらしい。
「あの互情さん……」
そう考えていたその時、静に続いて自身の体重を軽減しながら降りて来た理香が声をかけてきて、すでに竜昇と静が足場としているベンチの背もたれ部分に二人に続く形で着地する。
そのうえで口にするのは、鋭くもどこか未練のにじむ現状への指摘だ。
「詩織さんの話では、今問題の【決戦二十七士】の敵は【影人】と戦っているという話でしたが、でしたらそちらがボスを討伐するのを待っていれば、私たちはあの扉から一つ上の階層に戻れるのでは……?」
「――ええ、そうですね。うまいことこのヘンドルって男がボスを倒したところで開いた扉の所にたどり着ければ――。いえ、それどころかこの階層を攻略して先に進むこの男の後をついていくだけでも、上の階層には戻れるかもしれません」
僅かに考えた末、ひとまず竜昇は理香の言うその可能性を肯定することにする。
実際、それはできるならばかなり魅力的な選択肢ではあるのだ。
なにしろフロアボスと【決戦二十七士】、危険な敵のどちらとも戦わずに前の階層に戻れるかもしれないのである。
けれどその一方で、一見魅力的に思えるその選択肢には大きな問題と、そして別種の危険がつきまとう。
そのことをどう説明すべきかと竜昇が頭を悩ませて、同時に最後に上空の店舗から飛び降りた詩織が、足元に足場を形成しながら、まるで階段を下りるような要領で竜昇達の元へとたどり着こうとして――。
――次の瞬間、横転していた上下の間隔がさらに逆転し、小さな足場に立っていた竜昇達の両脚がその足場から引きはがされた。
「――ッ、静――!!」
「詩織さん――!!」
とっさの竜昇の叫びに、静が重力の逆転によって落下しかけた詩織に飛びついて、抱きかかえた詩織ごと自身の体重を軽減させて【空中跳躍】を用いてこちらへと帰って来る。
「来るぞぉッ――!! 全員固まれ――!!」
同時に、竜昇も直前まで足元だったベンチの淵を掴んでそう叫び、とっさに掴んでいた理香の腕を【羽軽化】を使用しながら引っ張り上げてベンチの真下へと身を隠す。
さらに――。
「充填魔力(マナプール)解放――」
魔本の中の魔力を呼び起こし、急ぎ周囲に配置していた雷球を自身の真上に集結させて、軽量化した体重でベンチの影から身を乗り出すようにしてそこに自身の腕を差し向ける。
自分たちの真上、そこにあった店舗からあふれ出し、怒涛の勢いで落下して来る莫大な量の商品群の方へと。
「【六芒迅雷砲(ヘクサカノンボルト)】――!!」
竜昇の手から電力を受け止めて、巨大化しながら一つになった雷球から一直線に極太の光条が放たれる。
雪崩のように真上から重力に引かれて落ちてくる、大量の商品からなる巨大な天井に直撃し、その正面部分を吹き飛ばして風穴を開ける。
「「シールド――!!」」
再び二人の声が重なって、静と竜昇、二人の術者が他の二人とベンチの真下に身をひそめながらながら、四人全員を包み込むように二重構造の防壁を展開する。
以前打ち合わせたことがあっただけでぶっつけ本番の二重防壁だったが、この土壇場でもなんとか互いに干渉しあうことなく展開できた。
狭いシールドの中に四人の人間と盾にしたベンチがすし詰め状態と言うのもなかなかに厳しい状況ではあったが、生憎と今はそれを気にできるだけの余裕は欠片もない。
直後、竜昇達の周囲と展開したシールドに、けたたましい破砕音が周囲を音で埋め尽くすかのように鳴り響いて、同時に展開したシールドの表面に落下して来た物品が次々と激突してそれを砕こうと挑んで来る。
「――グッ」
「――ッ、ぅ……!!」
直前に大規模な攻撃魔法をぶち込んで、降り注ぐ落下物の大半を吹き飛ばしていたにもかかわらず、展開するシールドに次から次へと落下物がぶつかってきてその表面を徐々にひび割れさせていく。
周囲の落下物の密度を考えればこれでもまだましな部類なのだろうが、それでも耐えきれるかどうかは微妙な状況だ。
とは言え、耐えられなければ落ちてくる大量の商品に飲まれてミンチになるしかない。
そうして、気を抜くだけで命を失う一瞬の時間が流れ去って、生きた心地のしない長いようで短い時間がようやく過ぎて、そうしてようやくその狂乱の時間が終了する。
後に残されたのは、床に接合されたベンチの下に張り付くことでどうにか難を逃れた竜昇達四人のみ。
「――はぁ、はぁ……、危、なかった……」
「――先ほどの部屋に残っていたら、間違いなく私たちは部屋ごと押しつぶされてぺしゃんこでしたね」
「――あ、だから、あの部屋にいたらまずいって……」
自分たちの真下、店舗と裏の従業員スペースを隔てる壁すら突き破って破壊の限りを尽くした商品群を見下ろして、静の冷静な声を聴いた詩織がようやく理解できたとばかりにそう声を漏らす。
だが実のところ、こうなると予想していたから移動を決めたのかと問われれば答えはNOだ。
なにしろ竜昇の予想は、これだけで終わるなどとは微塵も思っていない。
「――ぅ」
「ッ――」
「また――!!」
周囲の商品群の落下がようやく収まろうとしていたまさにその時、再び重力の感覚が変貌して建物内の上下が切り替わる。
今度の変化は、縦長の建物を横倒しにするようだった先ほどまでの変化とはまた違う。
竜昇達のいるショッピングセンターの中央を貫く大通りを、そのまま建物を上下に貫く巨大な縦穴に変えるかのような、そんな形で。
「うォ――」
「落ちる――!!」
突然の変化に対応しきれず、ベンチの裏に張り付くようにして潜んでいた竜昇達がひと固まりのまま真横へ向かって落下する。
とっさに詩織の【天舞足】を頼って、自分たちの体重を消してこの場に踏みとどまってもらおうと考えかけた竜昇だったが、しかし直後にそれを思いとどまり、急いで周囲へと視線を巡らせる。
直後に探し当てたのは、先ほどまで上方向にあった、スポーツ用品店とは逆の、対岸の並び。
「静、あそこだ――!!」
「【空中跳躍】――!!」
落下の途上、横穴のように待ち構えるトイレに向かう細い通路をどうにか発見して、急ぎ竜昇は声で指示して、それに静が答えて四人の体をその方向目がけて弾き飛ばす。
ギリギリのタイミングで発見できたため、通路はかろうじて滑り込める距離にあったが、しかしそれだけでは間に合うとは到底言えない。
「くそ、来やがる――!!」
なにしろ巨大な縦穴と化した大通りの上空からは、本来の天井にあった電灯を飲み込み粉砕しながら、闇と共にけた外れの轟音が猛スピードで落下してきているのだから。
「このショッピングゼンターにあるもの全部、落っこちてくるぞぉォォォォォ――!!」
もはや押し寄せてくる商品群のその物量は、先ほど対岸の店から落ちてきたものと比べても比較にならないものだった。
店の位置の問題はあるにせよ、落下するのはショッピングセンター内部にある物品、その全て。
途方もない、圧倒的なまでの物量が、垂直落下故の雪崩をも超える勢いで、竜昇達を飲み込むべく襲い掛かる。
難攻不落の不問ビル 数札霜月 @kazuhudasimotuki
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