213:上位者の采配
服を選ぶに際して、防具よりもどちらかと言えば走り回ることを意識したジャージを選択した竜昇だったが、どうやら女性陣が至った結論もそれに近いものだったらしい。
二人とも、上に長袖ジャージ、下はスパッツと言うランニングでもするような姿。
その上に、それぞれ肘や膝に竜昇同様プロテクターを付けているほか、二人とも持っていた籠手やガントレットをそれぞれ左腕に装着、逆の腕には指ぬきグローブを装着して手の保護と武器を握る際のすべり止めを兼ねている。
違っているのはジャージの色が静がワインレッドのものであるのに対して、詩織はピンクのジャージを着用している点で、また下半身の服装も、静の方が丈の長いロングスパッツなのに対して、詩織の方は丈の短いショートスパッツに、腰回りを隠すためのスカートを追加で装備していた。
恐らくこの差は、二人が両足に装備しているのがそれぞれグリープ型の【玄武の両脚】と、グラディエーターサンダルの【天舞足】であることから来る違いだろう。
確かに天使が装備していそうな印象のある【天舞足】は、服の上から装備するには少々ミスマッチに思える。
あとは、まあ静と詩織、それぞれの
今回衣服の調達を詩織が提案したのも、あの場の行き詰まった空気を何とかしたかったというのももちろんあるのだろうが、第四層の監獄で看守たちにみぐるみ剥がれて以降、半壊した拘束衣に水着とパーカーだけの組み合わせと、なかなかまともな服を着られない状況に彼女がストレスを感じていたことも影響としてはあるはずだ。
実際、久しぶりにまともな服を着られたことで、詩織自身幾分ホッとしたような様子を見せている。
「あとは……、髪形ですね。この際ですから一思いに切ってしまいましょうか?」
「いや、そこは普通にまとめればいいんじゃ……。静さん、もう少し自分の見た目にも頓着しようよ……」
どこまでも戦う際の動きやすさしか考えていない静に対して、詩織がため息をつきながら、珍しく年上らしく世話を焼いて、どこからか調達したヘアゴムで静の髪型をポニーテールにまとめていく。
否、もしも詩織の名誉のために言うならば、ここは静の方が珍しく歳下らしく世話を焼かれていると見るべきなのか。
そんなとりとめのないことを考えるうちに、詩織が静の髪をまとめ終え、自らの髪も同じように括って、そうしてようやく四人全員がこの場での身支度を整える。
そして準備が整ったとあれば、次にするべきはこの場にいる四人の意思統一を計る話し合いだ。
「さて、準備が整ったところで現状の状況確認と、今後の方針を決めて行こう。まず、大前提としてこの状況について」
店の裏にあったバックヤードへと入り込み、その中の休憩室と思われるイスと机が並んだ一角に腰を下ろして、竜昇はいよいよとばかりに他のメンバーに対してそう切り出した。
幸いにして、先ほど話していたときには取り乱していた理香の方も、今は時間を置いたせいか幾分落ち着いた様子を見せている。
「現状、俺達は前の階層から強制的にこの階層に移動させられて、その際に一緒にいた城司さんや及川さんと分断されている状況にある。当然、俺達としては二人との再度の合流を果たしたいわけだけれど――」
「――合流のためには、どうにか上のフロアにつながる扉を開けて、前のフロアに戻る必要があります。ただし、上に続く扉はあけられたとしても、それがきちんと前のフロアにつながっているかはわかりません」
竜昇の言葉に静が続けて、一同の中に再び重苦しい雰囲気が戻って来る。
厄介なことに、階層間をつなぐ扉は開閉のたびに行く先となるフロアが切り替わっている節がある。
一度同じ学校をモチーフにしたフロアを通っていた竜昇達と誠司達のグループが、二つ次の階層である監獄、さらにその次の階層であるウォーターパークで合流していることから、階層間の分岐はそれほど候補が多いわけではないと思うが、それでもただ単純に戻ればあの階層に行きつけるという訳ではないのがこの問題の少々厄介なところだ。
「正直に言って、階層移動の法則については不確定要素が多すぎます。当初は少数の候補の中からランダムに選ばれているのかとも思っていましたが、こうして強制的に移動させられたことを考えると、移動先の階層をゲームマスターが操作している可能性もある。いえ、可能性としてはそちらの方がずっと高いかもしれません」
「……つまり、単純に戻ろうとしても、私たちは愛菜さん達のところに戻れない可能性が高い、と……?」
竜昇と静、二人が交互に語る現状の情報に対して、厳しい表情をした理香が確認するようにそう問うてくる。
ただ、この件に関しては少々竜昇達としても断言しかねているところがあった。
「正直に言って、これに関しては敵の目的次第なところがあると思います。先ほどの強制階層移動が行われた点から考えて、ゲームマスターが俺達を強引にでも次に進ませたかったのはなんとなく理解できますが、俺達が城司さん達と分断されてしまったことまでがその狙いの内だったのかはいまいちわからない」
どこまでも狙い通りに、竜昇達とあの二人を分断しようとしてこの状況になってしまったのか、それともただの偶然の結果だったのか。偶然だとしたらあの二人がどうなったのか、あの階層に残っているのか、それとも別ルートでこの階層、あるいはこことは違う別の階層に放り出されているのか。
「――あるいは、狙いはそもそもあの二人で、私たちの強制移動は二人に何かをするにあたって邪魔だったから行われた、と言う可能性もありますね」
「――そんなっ、それじゃあもう愛菜さん達は、あの階層に亡き者にされているかもしれないというのですか……!!」
今こうしている間にも仲間が危機にさらされているかもしれないとそう知らされて、さしもの理香も顔色を変えてそれを告げる静に食って掛かる。
これについては詩織も同様で理香ほど劇的ではないものの腰を浮かせて危機感に満ちた表情を見せていたが、しかし対する静はと言えばあくまでも冷静そのものだった。
「落ち着いてくださいお二人とも。あくまでもその可能性もあるというだけの話です。加えて言えば、あの二人には危害を加えないように、
「――と言うよりも、このあたりの分断の理由や、あの二人であった理由については思い当たる可能性が多すぎるんですよ。
先口さん。上の階に残された二人、城司さんと及川さんの間にあった共通項については、どの程度把握していますか?」
「……少なくとも精神干渉が効いてしまうということくらいは。だからこそ、あの二人だけではその弱点を突かれた際に、碌に抵抗できないだろうことも……。
後は、そうですね……。こちらは推測の段階でしたが、あの城司さんと言う方も、スキルを即座にレベル一〇〇の状態で習得できる方だったのではありませんか?」
「ええ、その通りです。そして同時に、恐らくですが二人はともにこのビルの内部に入るまで、その異常性に気付いていなかった人物でもあります」
「このビルの異常性に、気づいていなかった……?」
静の指摘に、理香はそれを初めて聞いたかのようなそんな反応を見せる。
考えてみれば、理香は他のメンバーと違い、このビルに入ってから誠司たち四人と出会った人間だ。
当然、このビルに入る前のメンバーの様子など、本人たちが率先して語らなければ知る機会はなかったことだろう。
「――ああ、なるほど……。ヒトミさん達のマナさんへの態度はそういうことだった訳ですか……。考えてみれば、ビルに入る前に私の周りにいた人たちの様子も、精神干渉を受けた愛菜さん達に通じるものがありましたね……」
「このあたりの情報については、他にも共有しておきたい話がいくつもあるのですが……。今重要なのは、このビルがどういう訳か、精神干渉が効かない人間ばかりを内部へと招き寄せて、それ以外の人間を望んでいなかった節があるということです」
配下として扱うなら精神干渉が通じる人間の方が都合がよかったはずなのに、どういう訳かこのビルの裏に潜むゲームマスターは精神干渉が効かない人間ばかりが集まるようなシステムを作り上げていた。
先の階層で出てきたフロアボスが、本来なら竜昇達には効かない精神干渉を基本的な戦術として使ってきたことも、あるいはそう言った精神干渉への耐性を持たない人間を炙りだす狙いであったのかもしれない。
問題は、このビルのゲームマスターが精神干渉の効いてしまう人間を何故そうも盤面から排除しようとしているのか、その理由が皆目見当もつかないということだ。
「なんにせよ、今の段階ではお二人の安否を判断するのはおよそ不可能です。
加えて戻るにしても、ボスの捜索からあの階層にたどり着くための探索まで、狙ってあの階層に戻るのはかなり手間がかかることが予想されます。
そして俺達にはもう一つ、今後の行動を決める上で無視できない実状があります」
「無視できない実状、ですか?」
「ええそうです。城司さん達精神干渉の影響を受ける人たちがどんな扱いを受けるかはわかりませんが、俺達みたいな耐性持ちが受ける扱いであれば容易に想像がつきます。
あんな洪水まで起こしておいて、俺達を生かしたままにしている理由もそこにある。
恐らくゲームマスターは、この階層でまた次の【決戦二十七士】と俺達をぶつけるつもりでしょう。今はまだその予兆はありませんが、遠からずこの階層にも【決戦二十七士】の何者かが現れる」
その道行は、男にとって酷く不愉快なものだった。
光り輝く階段を踏みしめながら、男は周囲の光景と同じく暗い感情を存分に胸の内で噛み締める。
ここに来るまでに見て来たいくつもの階層、途中から様相が様変わりしたその内部構造は、男の神経を逆なでするには十分なものだった。
どこもかしこも物であふれていて、男の周りでは失われて久しい豊かさに満ちている。
敬虔なる神の信徒である男が、なにより名家に名を連ねるはずの男が、ずっと清貧なる、もっと言えばみすぼらしい生活を余儀なくされているというのに、神に仇なす神敵の巣窟がこれだけの豊かさに満ちているというのは一体どういうことなのか。
許しがたいと、そう思っていた。
許してはならないと、そんな風にも考えていた。
だから先だって、次の階層の攻略を自身に命じられたときは『ようやくか』と歓喜に打ち震えた。
その階層に足を踏み入れて、そこがこれまで以上に豊かさに満ちた場所であると知った時には、それらが補給物資として使えるという考えよりも、そんな場所を思う存分蹂躙できるという自身の現状が神の采配であると確信した。
「ハハ――、ハハハ、ハハハハハ……!!」
自身がその一室から外に出た瞬間、次々と現れて、男を取り囲む【試練獣】のまがい物を前にして、しかし男は歓喜のあまり大笑する。
「――光栄だ。これより私の放つ矢は神罰となった」
ため込んだ不満を晴らすことを神に許されたのだとそう感じて、男は笑いながら飛び掛かって来る【試練獣モドキ】の魔の手から逃れて、あまりにも軽い跳躍ではるか上にある天上へと一直線に跳びあがる。
否、それは通常の跳躍とはどこかが違う。
それは重力に逆らって跳んでいるというよりも、まるで天井そのものに招き寄せられているかの如き、あまりにも自然な摂理への反逆。
あるいはそれもまた、男にだけ許されたある種の特権であると見るべきなのか。
天井へと逆さに着地して、包囲から逃れた男を見上げる黒い影のような【試練獣モドキ】達を当り前のように見下ろして、神より特権を与えられた男は弓を構えて高らかに宣言する。
「さあ、覚悟を決められるなら決めておけよ神敵の手先ども。貴様らが落ちる地獄の方角は、このヘンドル・ゲントールが直々に決めてやる」
そう言うと、ヘンドルはその手に呼び出した矢を優雅な手つきで番えて、それを敵陣、ではなく、真横の壁へと躊躇なく撃ち込んだ。
彼が神より特権を与えられた証となる、弓と対を成す神造の矢を。
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