第8話 If you wish, I'll continue this travel.終


「お兄ちゃん!」

 女の子が駆け寄ってくる。白いワンピースの赤毛が可愛い女の子。さっき寄った家の子だった。裕福な家の子だが、母親の身体が弱く僕はよくここに様子を見に来ている。

「仕方ない子だね。お母さんのところにいて、と言ったじゃないか」

 やれやれといった様子で頭を掻く少年。古ぼけたカバンを肩にかけて、手には女の子の家で貰った食料が山ほど入っている。お礼である。決して強奪した訳ではない。

「アメリー……」

「ん? なぁに?」

 無邪気にそんな顔をされては何も言えまい。

「……一回だけだよ」

「うん!」

 少年は仕方ないというように、カバンから一冊の本を取り出した。少女にその文字は読めなかったが、彼女はキラキラと目を輝かせている。

「何を出して欲しいんだい。あ、いや……僕が決めよう」

 少年はページを開き、地面に置いた。

「……よし」

 一言呟いて唸る。

「『我が名に及びてかの女神遣わさん。我が名、信徒にして我が名を捧げる。ウーヌス・アウステル。我に与えよ』」

 少女は少年が唱えるのと同時に、あったかい風が吹き抜けるのを感じた。地面の花という花が共鳴し、花びらを舞い上がらせる。空高く舞った花びらが彼方へと飛んでいく。

 鳥が遠くで鳴いていた。

 少年がそっと微笑んでいたのを少女は見た。



「いいの!? あんな魔法使って! 魔力で探られたら直ぐ見つかっちゃうんだからね!?」

 少女から離れてしばらく歩くと耳元で彼女が騒ぎ始めた。うるさい。ぶんぶんという羽音がさらにうるさい。

「いいの。たまには僕だって初期魔法以外も使いたいんだよ……鈍る。腕が鈍ったらそれこそ魔法使いとして終わるよ」

 僕のため息交じりの声に、彼女は怒ったような声を出す。癇癪だ。うるさい。

「もう! 初期魔法しか使えないカス魔法使いのクセに!」

 カス魔法使いは余計だ。

「魔力貸してくれたのはキミじゃないか。助かったよ。魔力が足りなければどうなっていたことか。嫌なら詠唱の時に茶々入ればよかったじゃないか」

「詠唱遮ったら失敗するでしょ!? そしたら女の子に影響を及ぼすでしょ!?」

 まぁ、そうだろうな。彼女が援助するのは計算済み。じゃなきゃ僕だけであんなことをする訳ない。

 僕はちゃっかり確信犯だ。

 キミには悪いけど、僕は信じていた。

「ケイティ」

「何?」

 僕は彼女に話した。昨日見た夢のこと。懐かしい僕と彼女が会った時のことを。

「もう何十年も前になるね。時が止まった僕と妖精のキミじゃ時間の進みなど関係ないが、もうだいぶキミと旅をした」

 師匠が処刑された事を告げた時、彼女は頑なに僕の旅について行くと言った。あの家の狂った時間軸の中で、御主人を待っていたのに、その御主人が死んだとなれば家にいる理由は何もない。僕はそう思って付いて行く事は了承した。

 だが、これだけは随分と長い間拒否し続けた。

「サーヴァントとして僕の使い魔になってくれたし、そのおかげで僕は初期魔法以外も使えるようになったさ」

 詠唱をキチンとさえすれば、きっと上級魔法も使えるだろう。する気はないけれどそう確信する。

 ずっと付いてきてくれた。

 当てもなく彷徨う旅を続ける僕に。いつ終わるのかは分からない。もしかしたら永遠かもしれない。時間が止まった僕には、時の経過など関係ないから。

「ありがとう、ケイティ」

 彼女は僕には視えない。

 僕も自分の名前を知らない。

「……だってほっとけないんだもん。子供でもできる魔法しか使えない魔法使いなんて、どうしようもないじゃない」

 だから、彼女が今どんな顔をしているのかなんて僕には分からないのだ。




END

平成27年5月書きおろし



続編↓

「And I have no name, I can't seeing her.」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054882173909

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名なしの僕と視えない彼女 虎渓理紗 @risakuro_9608

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