第7話 You told me the way I should take.
僕が煉瓦の家に戻ったのは次の日。
夜になって帰ったのは用事があった為。どうしてもやらなければならなかった。夜の家は薄暗く不気味に思う。ドアを開けると音がなく、誰もいないようである。僕はズカズカと押し入り彼女の名前を呼んだ。
「……ケイティ。僕だ」
するとすぐ声がした。
「馬鹿! バカァ! 何してたのよ! 二ヶ月もどこに行ってたのよぉ!」
やっぱりか。僕は小さく舌打ちをする。
「……ケイティ」
「何よ」
僕に彼女の姿は視えなかった。視えなくともそれは今の僕にはどうでも良い。あの本がないと魔法が使えない僕だが、あらかじめ準備はしていた。
『トレデキム・アエラ=クラ』
十三番目の女神よ。我に―――。
呪文を唱えると真っ黒な炎が現れ、彼女は僕が隠し持っていた水晶に吸い込まれた。水晶の中で小さなものがバタバタする感覚があって、僕はぼうっと眺めていた。彼女が入った水晶を手に、僕は部屋の奥に入り椅子に腰掛ける。
「何するの!? 出しなさい!」
コンコンと中から音がする。僕はそれを聞きながら水晶を机に置いた。
「……うるさいぞ。まず僕の質問に全て答えてもらおうか。答えなければ水晶に入ったまま燃やす」
僕のただならない様子の前に、水晶の中の妖精は静かになった。
「なぁに、質問に答えるだけだ。どこかの国では羽根を捥いで尋問したらしいが僕はしないから安心してくれ」
僕は奥からカップを出してきて、お茶を注いだ。カモミールにしよう。お湯に茶葉を入れカップに注ぐ。
「何を聞きたいのよ」
ケイティは小さくそう言った。
「……お前の御主人様についてだ」
「それは! ……今どこにいるか分からないけどいつか帰ってくるって!」
「へぇ。そう」
僕の声にケイティは小さく羽音を震わせた。本当にそう彼女が行動したか〝視えない〟僕には分からなかったが、そんなような音が聞こえたからそういうことにする。
視えないものの顔は、視えない。それは当然の事。
僕は少し残念だった。
「……そんなことはどうでもいい」
良くもまぁこんな冷酷な声が出るな、と自分でも思ってしまう。
「キミの御主人。名はなんという」
水晶の中が黙った。
「そういや聞くのを忘れていた。キミが言わないから変だとは思っていたが、あえて聞かなかった。魔法使いは名前があってこそ。名前で身分を売る。名前が有名ならその魔法使いは偉大だ。その逆もしかり。僕のように名前を失くした魔法使いは使い物にならない」
なら、名前があるはずだ。
「……ヴェネッサ・アラン……」
彼女は目を伏せるようにこう告げた。偉大なる彼女の名。
あぁ、やっぱりか。
僕は彼女に続き、
「ヴェネッサ・アラン。又の名を『時の魔女』時間操作が得意な、その道じゃ知らない者はいない魔女だった」
僕はそれを言って肩の荷を下ろす。
僕が力を抜くと水晶は砕け散った。ケイティは恐る恐る外に出て、僕の声が嗚咽に代わるのを聞いていた。
「キミの御主人はもう帰ってこない」
「え?」
「キミの御主人は僕の師匠だった」
だから僕はここに来た。
師匠なら僕が名前を失くした理由を分かると思っていたからだった。この地で薬草を作っている魔法使いなど一人しかいないだろうからそう聞いた。
「僕は三十年前師匠の一番弟子としてここに住んでいた」
「え? ……でもキミはどう見ても……」
「キミの御主人の得意な魔法を忘れたのか? 僕は彼女に半ば嫌々実験台にされたから、年なんて取らない。三十年。いや永遠に」
反抗しても興味があればどんなことでもする師匠だった。それで一番弟子をこんな目に合わせるんだから酷い。
仕方ないとさえ今の僕は思うが、当時の僕はこんなの酷過ぎると出て行った。
「覚えてないか! 僕のこと!」
僕は妖精が視えない。だから気づかなかったのだ。まさかこの家がまだあるとは思ってもみなかったし、ケイティが師匠の使い魔だということ、師匠がこの家全部に魔法をかけ、この家の周りだけ時間が狂っていること。
僕は気づかなかった。
「……この家の中では数十年前。外の世界では二ヶ月前」
二ヶ月、僕は名前を失くした。
名前がない魔法使いなど、初期魔法しか使えない、役立たず。僕は働いていた所を追い出され文字通り暇になってしまった。失くした理由は分からなかったが、それを探るためにここに来た。
そして、訳を知った。
「……時の魔女、ヴェネッサ・アランは時狂わせの罪により処刑。死刑執行は明朝四時。罪状は……」
僕は一つ涙を落とした。
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