── Kyle ──

千里亭希遊

ほしびとのチカラ

「たとえ今この地位を剥奪されたとしても、私はあなたを守ります」

 男は言った。

「そうされても悲しいと、わたしの一部が言っています」

 女は答えた。

「けれど嬉しがっているわたしを止められません。どうかわたしと共に来て下さいませ」






 大きな鐘塔。

 それは時を告げるために在るものだった。

 それに向かって馬車は行く。

 その馬車の主はついさきほどまでこの広場で愛想をふりまいていた。

 そういう旅を課せられているらしい。

 彼はその馬車を呆っと眺めている自分に気づいた。

 今この場に突然放り出されたような妙な感覚。その正体が分からず、くらくらと眩暈がする。

 思わず目頭を片手でつまむように押し付けて目を閉じた。

 その時。

 ズズゥン……

 鈍く重い音を立てて鐘塔の上部……鐘のあるあたりが崩壊した。

 馬車がちょうど真下を通っているはずだった。

 群衆は悲鳴などで騒然となり、彼は嫌な胸騒ぎに知らず馬を走り出させていた。が……背後で歓声があがり、足を止めて振り返る。

 そこには鐘塔を通りかかっていたはずの馬車があった。

 キィ、と扉が開き、女の子がさきほどと同じ微笑みであたりを見回した。

「空間転移、星人のチカラです。ご心配をおかけ致しました」

 彼女はそう言った。また歓声があがる。

 星人のチカラ……それは世界でもごく少数の人物が持つ特殊能力のことだ。

 各地で色々な呼ばれ方をしているが、この国では選ばれし星人の伝承からそういう呼ばれ方をしている。

「カイル、貴方も行くのです」

 間近で女性の声がして、彼は驚いた。

 見るとそこには、馬車に乗っていた女の子と似た少女がいた。

 思わず二人をきょろきょろと見比べてしまう。

 すると目の前の少女は少し悲しげな顔をした。

「カイル、わたしが分かりますか?」

 その問いに戸惑う。

 少女は誰だ? ……そもそも……自分はカイルというのか?

「カイル・ライルフナ・ディッケンベルグ。貴方は王国騎士です。わたしはユキ。ユキ・ライリフィア・ディッケンバード。貴方の妹です」

「いもう……と?」

 混乱する。では少女とよく似たあの女の子は一体何だというのだろう。もう一人の妹だろうか。それにしては群集にちやほやされすぎている気がした。

「あそこに居るのはアイリーン王女です。貴方と私とディケイドが守るべき人」

 アイリーン王女。

 魔女然とした青い帽子に青いマント、水色のドレスを着た水色の髪の女の子。

 王家の決まりごとで16歳になると国内各地を旅して周らなければならない──

 断片的に浮かぶ情報。

 自分は王国騎士だという。

 何故思い出せない?

 自分と同じ格好をした馬車に寄り添う馬上の男性がディケイドだろうか──

「わたしは王女によく似ていることを買われて影武者をしています。お兄様、はやく王女のもとへ」

「あ、あぁ……」

 王国騎士らしい自分が呆っとしていてはいけないだろう。馬を走らせ馬車のもとへ急ぐ。

 緑色のローブを着たユキもゆっくりと歩いて来て、騒ぐ群衆にすら目に留められず馬車の中へ乗り込んだ。







「騎士カイル。貴方が言ってくれたこと、それだけでもう、わたしはいいのです」

 ユキは一人ごちていた。

 頬には涙。

「あの時──五人は死にました。でもそのせいでわたしの星人のチカラが目覚めたのです。──時間操作。わたしは出発のあの日に──貴方が言ってくれた日に、時間を巻き戻しました」

 あとからあとから溢れて止まらない。

「でも重大な──重大な副作用があったのです。人々の記憶が日が経つにつれ捻じ曲がって行ったのです。ユキはあの瞬間を覚えていて変わり身を提案し、そのまま周りも彼女が王女だと思うようになりました。ディケイドも自分が何者か分からなくなっていたようでわたしが諭しました。カイル……ああカイル。貴方は最後まで覚えていてくれたのに、やはりあの瞬間が来たら、すべて忘れてしまった──。これは、騎士の身を捨ててもわたしの護衛についてくれると誓ってくれた貴方の、身の危険を顧みなかったわたしへの罰でしょうか──」

 夜、誰もいない部屋で、一人泣き崩れる──アイリーン。

 ごしごしと、彼女は目を拭う。

「自分に酔っているみたいですね。でも今日だけ。今だけはそうさせて下さい。もう思い出だけ胸にしまっておきます。わたしを守ると言ってくれてありがとう──カイル」



 この小さな恋は、終わるのか、続くのか、それは誰にも分からない──

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