第3話

「――あなたがたが、火星を、隔離された実験場だと考えていても、わたし達のことをケージの中のラットだと思っていてもかまいません。そんなことはどうでもいい。ただ、わたし達の考えは、あなたがたとはちがう。それをお忘れなく」

 アークは大きく息をつき、わずかに眉をひそめた。

「――少し、言いすぎたでしょうか?」

「それくらいやってもらいませんと」

 レスター・シュミットは、人の悪い笑みを浮かべた。

「挑発になりません」

「ふうっ」

 アークは、吐息で前髪を吹きあげた。

「『悪い警官と、いい警官』も、そろそろネタがつきてきましたね」

「『学者馬鹿と老練なお守り役』と、向こうは思っているでしょうね」

「本当にそう思ってくれていればいいんですが」

「さてはて」

 レスターは、おどけた調子で肩をすくめた。

「ひとは、自分の信じたいことだけを信じるものでして。でも、気になるようでしたら、もう一度編集しますが?」

「――いえ」

 アークは、ゆっくりとかぶりをふった。

「後は、レスターに任せます」

「了解」

「やれやれ」

 アークは苦笑した。

「副業が本職になりかねませんね、これじゃ」

「それもまた一興」

「え?」

「本格的に」

 レスターは、アークにヒョイと目くばせをした。

「地球とやりあってみる気はありませんか?」

「本格的に?」

 アークは首をかしげた。

「というと――」

「議会があなたを待っている」

「――ぼくに、政治家になれ、と?」

「いかがなもんです?」

「ぼくは――」

 アークはかぶりをふりかけ、驚いたように孔雀青の瞳を見開いた。

「政治家に――そう、それは――」

 アークはゆっくりと、おそるおそるつぶやいた。

「確かに――確かに、それも一つの方法ではありますね」







「どしたん、アーク?」

 ジェイクはすくいあげるようにアークの顔をのぞきこんだ。

「なんか、今日――少し、熱でもある?」

「え――あ、いえ、大丈夫です。すみません」

 アークは、あわてたほうに微笑んだ。

「少し、考えごとをしていました」

「ふーん」

「――ジェイク」

「ん?」

「ジェイクは、あの――ぼくが、火星について話をするの――好き、だって、言ってましたよね?」

「うん、好き。大好き」

「それは」

 アークは、生真面目な顔で言った。

「ぼくのことが好きだからですか? それとも、ぼくの話が面白いからですか?」

「へ?」

 ジェイクは一瞬あっけにとられ、次いで真面目に考え込んだ。

「んーっと……両方」

「……そう言うだろうと思いました」

「ごめん。でも、アークが好きだっていうのを引いても、アークの火星の話は、すっげー楽しい。わくわくする」

「――」

 アークは、頬杖をついて考え込んだ。

「……なにか、あったのか?」

「――ええ、あった、といいますか」

 アークは、大きな瞳をしばたたいた。

「少し、考えているんです」

「なにを?」

「将来について」

 アークは真面目にこたえた。ジェイクも真面目にうなずいた。

「――考えたんですが」

「うん」

「ええと――」

 アークは口ごもった。

「ぼくは――」

「うん」

「研究者としては――一流には、なれないと思うんです。せいぜい二流か、一流半、ってとこでしょう」

「そうかー?」

「残念ながら、そうです。それで」

「それで?」

「だから――」

 アークは再び口ごもった。ジェイクは少し首をかしげ、ごく何気ない、単なる事実を述べる口調で言った。

「でも、今の火星では、アークが最高の科学者だろ?」

「それは――」

 アークは、ひどく怯えたように目をあげた。ジェイクは鋭く息を飲んだ。

「アーク――?」

「それは――そう――そうかも――しれません――が――」

「お、俺、なにか悪いこと言った?」

「いえ――そんな――そうじゃなくて――ぼくは――」

「アーク」

 ジェイクは、じっとアークを見つめた。

「でも、ちがう仕事がしたかったら、してもいいんだぞ?」

「え――」

 アークは目を見開いた。

「どうして、わか――ああ」

 アークは苦笑した。

「それはわかりますよね。――ええ。ぼくは転職について考えていました。――もしかして、これは」

 アークはぐったりと肩を落とした。

「――逃避行動の一種、なんでしょうか?」

「ちがう、と思うけど」

 ジェイクは、ポンとアークの肩を叩いた。

「それで、アークは何がしたいんだ?」

「ええ――」

 アークは、ゆっくりと目をあげた。

「ぼくは――政治家になろうと思うんです」

「政治家――?」

 ジェイクは目をしばたたいた。アークは弱々しく笑った。

「おかしい――ですか? それとも、ぼくでは、無理――でしょうか?」

「いや――おかしくはないし、無理、だとも思わねえけど」

 ジェイクは首をかしげた。

「でも、なんで?」

「そう――ですね」

 アークは小さく吐息をついた。

「たぶん――ぼくが、見つけたからだと思います」

「なにを?」

「あのひとに、勝てることを」

 アークのまぶたが、ふと震えた。

「たった一つだけ、ぼくにできて、あのひとにはできないこと。――あのね、ジェイク」

「ん?」

「ぼくはね」

 アークはチラリと笑った。

「わからない、ということが、どういうことだか、わかるんですよ」

「うん」

 ジェイクは目を輝かせた。

「それって、すげえじゃん!」

「そう――ですか?」

 アークは、少し驚いたようだった。

「そう、思って、くれますか?」

「うん、思う」

「――ふふ」

 アークは少し笑った。

「ジェイクは、ぼくが何をやっても褒めてくれるからなあ」

「えー、んなことねえよ。たまたまアークが、褒められるようなことばっかやってるってだけ」

「ふふふ」

 アークは、くすぐったそうに笑った。

「ジェイクは、人を褒めるのがうまいなあ」

「そっか? ありがと」

「ねえ、でも、真面目な話――」

「おまえが立候補したら」

 ジェイクは真顔になって言った。

「絶対に、一票入れる」

「ぼく――は」

 アークは、大きくため息をついた。

「そうしたほうが、ひとの役に立てる――と、思いますか?」

「それは、やってみねえとわかんねえだろ」

「そう――ですね」

「でも、アークはそうしてみてえんだろ?」

「そう――です。そう――だと、思います」

「じゃ、やってみなよ」

 ジェイクは、屈託なく笑った。

「だめだったら、またやりなおしゃいいじゃん」

「え、そんな――」

 アークは、ビクッと身をすくめた。

「だめ、じゃ――だめ、なんですよ」

「でも、それで誰かが死ぬわけじゃねえだろ?」

「そ、それはそうですよ! そ、そんなことになったら、ぼく――」

「じゃあ、やりなおせるよ」

 ジェイクは優しく笑った。

「失敗しても、やりなおせるって。な、大丈夫だよ。成功したら、アークの手柄。失敗したら、けしかけた俺の責任」

「だめですよ」

 アークは口をとがらせた。

「それじゃ、無責任じゃないですか」

「すげえなー」

 ジェイクは感心したように言った。

「アークって、ぜってえ逃げねえんだな」

「ぼくが、逃げたらね」

 アークは、生真面目な顔で言った。

「悪く言われるのは、ぼくだけじゃ、すまないんですよ。だから――」

「俺が、いるから」

「え?」

「俺は、アークの味方だから」

「――そうですね」

「それにさ」

「それに?」

「みんなも、きっと、アークに幸せになってもらいたいと思ってるに決まってるから」

「……」

 アークは、大きく目を見開き。

 こくりとうなずいた。







「――なあ」

「え?」

「政治家になったらさ」

 ジェイクは、ツンツンとアークの髪をひっぱった。

「なにがしたい?」

「そうですね――」

 アークは、お返しにジェイクの髪をひっぱり返した。

「もう――無視されるひとが、一人もいないようにしたい」

「無視?」

「ええ」

 アークは、ジェイクの胸に顔をこすりつけるようにしながら言った。

「ぼくは――地球の人達から、『なかったこと』にされた。ぼくは、地球でいうところの『人間』では、ありませんからね。――そんなにあからさまな態度をとられた、というわけではありませんがね。でも――『なかったこと』にされた。それは、やはり――かなり、こたえます」

「――だな」

「あのひと、も、そうなんですよね」

 アークは、ジェイクの胸に顔を埋めたまま言った。

「あのひと――ノア、も――『人間』じゃ、ない。ぼくは――火星のぼくは『人間』です。火星にいる限り、みんながぼくを人間として扱ってくれる。だから――地球から『なかったこと』にされても、こたえはしますが、耐えられます。ぼくには味方がいる。愛する場所、帰るべき故郷がある。でも、あのひと、は――」

「ノア博士も――やっぱり、地球が好きなんじゃねえかな。俺達が火星が好きなのとおんなじに」

「そう――でしょうか?」

「地球が嫌いだったら、自分が火星に移住してくるんじゃねえの?」

「ああ――そう、ですね――」

「『人間』か」

「――」

「なあ」

「はい?」

「厳密にいうと、俺も――俺達一族も、『人間』じゃ、ないんだぜ。ひいばあさんが、亜人類だから」

「あ――ああ、そう、ですね――」

「だから」

 ジェイクは強く、だが優しく、アークのか細い体を抱きしめた。

「他人事じゃねえな、それ」

「地球の人達は――そうは、思わないんでしょうか?」

 アークは不思議そうに言った。

「誰にだって、亜人類の親になる可能性はあるのに」

「ん――だな」

 ジェイクは、珍しく眉をひそめた。

「そういうふうに――考えねえのかな、みんな?」

「考えないで、目をそらすなら、目をつぶるなら」

 アークは、鋭く目を光らせながら言った。

「ぼくが目の前につきつけて、まぶたをこじ開けてやる」







「ヤッホー、こっちこっち」

 アリス・セイヤーは、ヒラヒラと片手をふってアークを呼んだ。

「待ちました?」

「んーん、大丈夫。あれ、ジェイクは? 一緒じゃないの?」

「ぼくは職場から直接来ましたから。ジェイク、まだ来てないんですか?」

「うん。ま、もうすぐ来るでしょ」

「時間、間違えてないでしょうねえ……」

「ちゃんと教えたんでしょ?」

「ええ」

「じゃあ来るよ」

「そうですね」

 アークは、キョロキョロとあたりを見回した。

「時間、まだ大丈夫ですよね?」

「平気平気。ちゃんと余裕みてあるから」

 アリスは、ちょっとアークを見上げた。

「ねえ、アーク」

「はい?」

「ジェイクと、仲良くやってる?」

「ええ、もちろん」

「だよね」

 アリスは明るく笑った。

「アーク、顔がやわらかくなったもん」

「え、そう、ですか?」

 アークはペタペタと自分の顔を触った。

「ぼく、そんなにきつい顔してました?」

「あー、じゃ、なくって。前が悪かったって言ってるんじゃなくて、今、すっごくよくなった、って言ってるの」

「そうですか?」

「そうだよ」

「そうですね」

 アークはにこりと笑った。

「うらやましいなあ」

 アリスはいたずらっぽく笑った。

「初恋は、淡くはかなく消えるもの、って相場が決まってるのに」

「えー? 初恋? ――あ、そうか」

 アークはきょとんと言った。

「言われてみれば、確かに、そう、かもしれませんねえ」

「奥手だねえ」

 アリスはゆらゆらとかぶりをふった。

「アークに惚れてたやつも、たくさんいるのに」

「はあ」

 アークは苦笑した。

「ぼくの、どこがそんなにいいんでしょうか?」

「こらこら、あたしに身内をべた褒めしろっていうのか?」

「あはは」

 アークは笑った。

「それはどうも」

「アークはさ」

「はい?」

「ジェイクの、どこが好きなの?」

「そうですね――一緒にいると、落ちつくんです。安心、できるんです。そう――ほっとするんですね、ジェイクといると」

「なるほど」

 アリスは小さくうなずいた。

「よかった」

「ええ。――あ、ジェイク」

 アークは軽やかに片手をふった。

「や、わりぃわりぃ。俺が最後だな」

 ジェイクは半ば弾むようにしながら二人にかけよった。地球生まれのジェイクではあるが、火星の低重力にそこそこ適応してはいるのだ。ジェイクは転びもよろめきもせずに目的地に到達した。

「平気だよ、まだ時間あるから」

「席は?」

「指定席だから、あわてなくて平気」

「ん」

 ジェイクは満足げに笑った。

「アンも、来ればよかったのに」

「姉さんは、『アルファ・ケンタウリ』のほうが好きだから」

「俺はどっちも好き」

 ジェイクは屈託なく笑った。

「へー、それってちょっと珍しいかも」

「ん? そう?」

「うん。アークは両方聞くけど、それはあたしと姉さん、両方につきあってくれてるってだけだから」

「いや、つきあいっていうだけじゃないですよ」

 アークは少しあわてたように言った。

「『アルファ・ケンタウリ』は好きですし、『アンタレス』にもいい曲はあります」

「うーん、気をつかってくれたのはうれしいけど、アークはどっちが好きなのかは、よーくわかっちゃったな」

 アリスは苦笑した。

「まあいいや。じゃ、行こうか。『アンタレス』は、最初から最後まで、ノンストップで面白いんだから」







「それじゃあ、新曲いっくよー! みんなの前で歌うのは、今日が初めて! 2曲あるけど、明るいのと暗いの、どっちからいくー?」

『アンタレス』のヴォーカル、セイラ・テナーは、凛と声をはった。真紅の髪がざわめく。セイラは、ゼロ世代にして、『メトセラ症候群(シンドローム)』であった。『メトセラ症候群(シンドローム)』。遠い昔の宗教の聖典に登場する人物、メトセラのように、生まれつき、人並み外れた長寿、及び若さを与えられた者達の一人である。未だどこかに少女めいたところを残したセイラは、その実、もうはや50歳に手が届こうとしていた。

「明るいのからー!」

「まずはしんみりさせてー!」

「今ちょっと泣きたい気分ー!」

「パーッといこうよー!」

 客席からてんでに声があがる。セイラは、ヒョイとマイクをふった。

「オーッケー! じゃあ、まずはしんみりしてから、パーッとはじけて帰ろうか!」

 口笛、拍手、歓声。

「じゃ――いきます」

 セイラは、自分の中を何かが通り抜け、そのまま天に帰っていったかのように背筋を伸ばした。大きく息を吸い、瑠璃色の瞳を見開く。もちろん、ステージの上でのそんな表情の変化など、セイラをアップで映し出し続けているスクリーンを見なければわかりはしない。にもかかわらず、スクリーンを見るまでもなく、観客全てがその変化を感じていた。

「――『わかってる』」

 そして。

 セイラは、歌い始めた。







「『ええ  わかってる  そう  わかってる

  これはみな  罪なこと

  ええ  わかってる  もう  わかってる

  ここにいちゃ  いけないの




  ひらりひらりと  時が流れて

  ふわりふわりと  わたし漂う

  流されるのは  嫌いじゃないけど

  だけどほんとは  わかってる


  ええ  わかってる  そう  わかってる

  流される  それは罪

  ええ  わかってる  もう  わかってる

  棹をさす  それも罪




  ざわりざわりと  言葉ざわめく

  ゆらりゆらりと  わたしゆらめく

  聞いているだけ  それが好きなの

  だけどほんとは  わかってる


  ええ  わかってる  そう  わかってる

  口つぐむ  それは罪

  ええ  わかってる  もう  わかってる

  不平言う  それも罪




  ぐらりぐらりと  世界うごめく

  ちらりちらりと  わたしふりむく

  今のまんまで  いたいのだけど

  だけどほんとは  わかってる


  ええ  わかってる  そう  わかってる

  変わらない  それは罪

  ええ  わかってる  もう  わかってる

  打ち壊す  それも罪




  罪なの  罪なの  これは罪なの

  どちらへ足を  踏み出そうとも

  罪なの  罪なの  みんな罪なの

  足の下には  何もない




  ええ  わかってる  そう  わかってる

  許さない  それは罪

  ええ  わかってる  そう  わかってる

  許すこと  それも罪

  ああ  どうしよう  ねえ  どうしよう

  何もかも  罪になる

  ああ  何もかも  ああ  罪になる

  世界など  砕け散れ




  ……わかってる  わかってるよ




  ええ  わかってる  そう  わかってる

  そう思う  それは罪

  ええ  わかってる  もう  わかってる

  そう願う  まさに罪

  ええ  わかってる  そう  わかってる

  罪深い  このわたし

  ええ  わかってる  もう  わかってる

  罪なしで  生きられぬ

  ああ  わからない  ねえ  わからない

  生きていて  いいですか?

  ああ  わからない  なら  わかるまで

  わたしただ  生きてみる』」







 ――静寂。

 そして。

 火の鳥が、羽を広げる。







「――『傘はいらない』」

 歌が、はじける。







「『傘はいらない  雨は降らない

  傘はいらない  雪も降らない

  傘はいらない  何も降らない

  傘はいらない  さす時がない


  でもあるよ  でもでもあるよ

  嵐  嵐  大嵐

  でもあるよ  ほらほらそこに

  嵐  嵐  砂嵐




  船はいらない  海がないもの

  船はいらない  川もないもの

  船はいらない  水がないもの

  船はいらない  浮かべられない


  でもあるよ  でもでもあるよ

  赤い  赤い  砂の海

  でもあるよ  ほらほらそこに

  深い  深い  星の海




  何もいらない  みんな持ってる

  何もいらない  なくてもいいの

  何もいらない  必要ないの

  何もいらない  やっていけるわ


  でもだけど  でもでもだけど

  欲しい  欲しい  何か欲しい

  なぜなぜか  なぜなぜなぜか

  欲しい  欲しい  何が欲しい




  傘はいらない  だけど綺麗ね

  傘は綺麗よ  とっても綺麗

  船はいらない  だけど乗りたい

  船に乗りたい  乗って行きたい

  何もいらない  だけど欲しいの

  何が欲しいか  わからないけど

  必要はない  だけどやりたい

  だめと言われて  それでもやるの

  そうよそうして  やって来たのよ

  星の海越え  赤い海まで

  そうよそうして  また飛びたつわ

  赤い海から  星の海へと




  傘はいらない  だけど欲しいの

  欲しいんだから  きっといるのよ』」







 火の鳥が、舞い降りる。

 熱狂の上に。







「――少し、ぼく好みになったかも」

 アークは、パンフレットを抱えてつぶやいた。

「なんていうか、少し――丸くなりましたねえ」

「でも、『アンタレス』は、『アンタレス』だよ」

 アリスは、襟元のピンバッジを爪ではじいた。

「まだまだ牙は抜けていないと見たね」

「やーっ、よかったよなーっ!」

 ジェイクはあけっぴろげに笑った。

「『傘はいらない』。俺、あれ好き」

「あれ、よかったですね」

「うん、よかった。でもあたしは『わかってる』のほうがいいな。すっごく『アンタレス』らしいもんね」

「ああ、そうですねえ。そんな感じです」

「罪――か」

 不意に、ジェイクは真面目な顔でアークとアリスを見た。

「なあ――『罪』って、なんだ? なにが罪なんだ?」

「――わかるような気がします」

 アークは、ポツリと言った。

「うまく言葉にできませんけど――でも、わかるようなきがします」

「あたしも――少しわかる、かな」

「……ふーん」

 ジェイクは小さく首をかしげた。

「俺にはよくわかんねえけど――またあの歌聞いてみよ。少しはわかるかもしんない」







「――なんとなく、ね――わかるんですよ」

 アークは、静かにささやいた。

「なにが『罪』なのか。それは、きっと――」

「きっと?」

「抵抗しないこと――だと、思います」

「抵抗しない――」

「だからといって、やみくもに、見当違いの方向や方法で抵抗するのも、また――罪なんです。そんなことをしても――余計な負担とリスクを増やすだけですから」

「なんか――難しくって、厳しいな、それ」

「そう――ですね。かもしれません」

 アークはかすかに笑った。

「でも、きっと――ぼく達は、これからもそうやって生きていくんだと思います」

「――」

 ジェイクはゆっくりと目をしばたたいた。そして、ゆっくりと口を開いた。

「『アンタレス』。――『火星に対抗するもの』」

「『火星に対抗するもの』。そう――それが本来の意味です。でも――ぼくは最近、こう思うようになりました」

 視線が、ゆるやかに、闇の中をさまよう。

「あれは――彼らは――彼女は――『火星で対抗するもの』なんじゃないか――と」

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