第2話キビ・ダンプリングの譲渡を執拗に要請する雉に似た鳥型電脳AI
「こんにちは、おじいさん。僕はC42型レプリカント、ピーチ・ジョンです」
その全裸の成人男性はまた随分と透き通る声でおじいさんに自己紹介をした。
「こいつは一体何を言っているんだろう」とおじいさんは酷く混乱したが、C42型は政府謹製の型番である。長く生きているが実物ははじめて見た。
「いきなりご迷惑をおかけします。登録番号を読み上げますので、お手持ちの携帯端末から照合をお願いいたします。敬具」
と言うなり、長たらしい番号を言い始めたので、ひとつひとつ入力していくと、どうやら本当に政府謹製のレプリカントらしかった。
「まあ、ここじゃ何なんでとりあえず家に入ってくださいな」
とおじいさんはレプリカントに一礼すると(レプリカントにそもそも礼儀など必要ないのだが)玄関の方に促した。
あまりの光に怯えてしまい、すっかり家の隅で小さくなってしまっていたおばあさんは、いきなり我が家に全裸で入って来た成人男性に目を丸くした。
全裸だったからではなく、アラン・ドロンにそっくりだったからである。
すっかり女の顔になってしまったおばあさんに呆れたおじいさんは、簡単に今起こった非常に面倒くさい事態を説明し、レプリカント用に精製水を混ぜた髭剃りクリームと、自分には栄養補給用の経口ドリンクを出すように頼み、ホログラムの電源を入れて、囲炉裏の向かいにレプリカントを座らせた。
「それにしても何であんたみたいなモノがこんなところまで」
と、至極もっともな質問をおじいさんがすると、アラン・ドロンに瓜二つのレプリカントは淡々と答えた。
「それでは説明させていただきます。わたしは製造後、オニガアイランドに運ばれる途中に電脳山賊AIに襲撃され、担当者の判断により脱出ポッドに格納、のち射出されました。その近隣で唯一人間が住んでいる場所の近くに」
「そりゃ難儀でしたなあ」
「とりあえず、オニガアイランドへ戻らなければいけないのですが、通信装置が故障しています。困っています」
C42は非常に人間らしく、悲しい素振りをしてみせた。
「それならしばらくここに居るといい。あんたたちには自己修復機能が付いているでしょう」
「それはとても助かりますおじいさん。でも、明日には出発しないといけませぬ。それがし任務があります故」
「では、わしが少し看てやりましょう。こう見えても多少心得がありますから」
事実、おじいさんはこの地にやってくる以前は、中央政府直属、第四空挺団勤務のしがない整備士であった。あの忌々しい、田亀伝五郎伍長のベッドに酔っ払って小便をひっかけるまでは。
「そうですか。では早速お願い申し上げます」
言うが早いか、C42型はプスンと音を立てて眠りこけたように動かなくなった。
ふと、土間を見ると、白粉を顔面に塗りたくったおばあさんがこちらを向いて髭剃りクリームを泡立てていた。本日何度目だろうか、このフィーリング。おじいさんは死にたくなった。
−−翌日−−
「ありがとうございます。絶好調でございます。でも、こんな天気だとさあ死ぬか! という気分にもなりますね」
言語システムを弄った覚えはないのだが、C42型はそう言いながらいかにも人間らしい背伸びをした。
「まあ、良かった。気をつけてオニガアイランドへ向かってくださいな。これ、ばあさんからですので、道中で補給してください」
と、昨日から一言もしゃべらなくなったおばあさんが徹夜で拵えた、レプリカント用兵糧菓子「キビ・ダンプリング」の入った袋を手渡した。
「キビ・ダンプリング! 私は製造されたばかりですので、これを食べたことがありません。とても楽しみです。おばあさんによろしくお伝えください」
と、C42型は満面の笑みを浮かべた。どこからどう見てもアラン・ドロンである。
「では気をつけて、道のりは遠いですからな」
「問題ありません、わたくし、反重力物質により、空を飛べますので」
「それなら空を飛んで脱出すれば良かったんじゃあないですかな?」
「ムードが大切でしょう。それでは」
そう言うと、C42型はゆらっと中空に浮かび上がり、鳥(生きている鳥は見たことが無いが)のように優雅に飛び立って行った。
飛び始めて少し経った頃、C42と並走してくる飛行体が現れた。
雉という、かつて存在していた動物を模した鳥型電脳AI、フェズントである。約80センチという小柄な機体は、主に偵察などの目的で使用されている。
「レプリカントさん、レプリカントさん、燃料の残量不足のため、当機はそちらのキビ・ダンプリングの譲渡を要請します」
「それはできません。私はキビ・ダンプリングを食べてみたいのですから」
「レプリカントさん、レプリカントさん、それはレプリカント相互互助条約第331条6項に觝触しています。レプリカントの義務を果たさない場合、当機はそちらを撃墜する権利を付与されます」
「仕方がありませんね。それではキビ・ダンプリングを譲渡しますから、あなたの地磁気GPSチップをコピーさせてください。少し調子が悪いのです」
「承知しました。相互互助の精神、感謝いたします。データリンクが使用出来ないため隣接しますので、頭部のハッチから、チップを抜き出し、コピーをしてください」
「ありがとうございます」
隣接して来たフェズントの頭部ハッチから地磁気GPSを抜き出すと、位置情報がわからなくなったフェズントは急降下をはじめ、墜落した。
続く。
SF桃太郎 @smi2le
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